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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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34.2 買物――安らかな眠り――

2025/09/28 誤字修正+文章一部修正









 神奈が宝くじを失くした翌日。

 文芸部部員は速人を除いた者だけ、放課後デパート前に集合という夢咲からの連絡を疑問に思っていた。文芸部であることに誇りを持ち、本を読めとあれだけ言っていた人間が、活動を読書から買い物に変更するのは妙だ。活動変更を連絡する時、やけに嬉しそうだったことが一番妙である。


 既に学校から一番近いデパート前に、神奈、斎藤、泉が到着している。三人はこの状況を不可思議に思いながらも残り二人の到着を待つ。

 五分程経つと全員を集めた張本人が現れた。


「みんなお待たせ! あ、まだ霧雨君が来てないね」


「そんなに待ってないけどさ。なあ、どうして今日はデパートに集合なんだ? 新しく出た本でも漁るなら商店街の本屋でもいいじゃん」


「そうだよね、売っている本もそこまで変わらないと思うし」


「やけに嬉しそうだけ、ど。何かいいことでもあった、の?」


「ふふふ、これよ!」


 夢咲は変わらずに満面の笑みを浮かべており、いつも眠そうな目をばっちり開いている。傍から見ても嬉しそうだ。そんな夢咲がチェックのスカートにあるポケットから取り出したのは一枚の紙。

 取り出された紙を見て三人は驚く。


「宝くじじゃん! どう考えても夢咲さんに買う金なんてないはずなのに……」


「珍しいね、夢咲さんが宝くじを買うなんて。その笑顔を見るに当たったの?」


「そうなの! あれは昨日のこと、本当に偶然だったわ。学校が終わって、商店街で新しい本を見てから帰っていた途中……私のもとにこれは飛んできた。この……一等の宝くじがね!」


 それを聞いた瞬間、神奈は真横を向いて吹き出す。


(それ昨日の私が持ってたやつううう! タイミング的にどう考えても私のだろ! 偶然風に吹かれて飛んできた宝くじが一等とかどんなラッキーガールだよ! 今日の占いで一位か!)


 心の中で叫んでいることは昨日の神奈にも当てはまるはずだが、本人は宝くじが夢咲に盗られたショックで気づいていない。


「本物の奇跡を、私は昨日初めて実感したの。これは神様からの褒美なんだと私は悟ったわ」


「ふ、ふぅん? で、でもさあ、その宝くじって他人(ひと)のだろ? 勝手に換金していいのかなあ。もしも持ち主が探していたらきっと厄介な事態になるよ?」


「神奈さん。私のものは私のもの、この手で掴んだものも私のものなの。大丈夫、もう持ち主は私だから」


 胸の位置で一等の宝くじをくしゃくしゃになってしまうほど握りしめ、夢咲は真剣な瞳でそう告げた。それを聞いた神奈はまたもや心の中で絶叫する。


(ぬおおおい、それ普通にダメだろ! そんなジャイアニズム振りかざすとか最低だぞ! 元の持ち主ここにいるんですけどお!)


 元の持ち主は神奈ではないし、昨日の神奈も夢咲と同じことを言っていた。大金というのは存在が身近にあると人の感性を歪めてしまうものなのだ。


「えっと……交番に届けなくていいの?」


「交番? 何それ、おいしいの?」


「おいしくはない、ね」


「いい? 交番なんて場所に届けてみなさい。確実に私の取り分が消える。それではダメ、私は少しでもお金が欲しいんだから」


「最低だな夢咲さん! ていうかデパートに来たのって、その宝くじで当たる金で買い物するためか!」


 神奈は他人のことを言えないはずだが、昨日起きた宝くじ関連で頭に残るのは風に飛ばされた事実のみ。都合の悪い記憶は全て消えていた。


「神奈さん、世界はいつだって不平等だよ。運勢というものはこの世の真理ね、人はなんにでも優劣をつけたがるもの。最低だなんてこと言って、もし同じ状況で拾ったら私と同じことをしないなんて言える?」


 神奈は何も言えなくなった。斎藤も、泉も、もし自分が宝くじを拾ったらどうするか考えて、夢咲の行動には何一つ注意できる資格がないと思い何も言わなかった。


「そういえば霧雨君遅いね」

「お、そうだな、遅いな」

「遅い、ね」


 宝くじについて何も言えない三人は露骨に話題を逸らす。


「確かに遅いかも。彼の場合、何か集まりがあったら時間丁度に来るのに……」


 今まで霧雨が集合時刻に遅れることは一度もなかった。文芸部へ来る時間も、ギリギリになることはあっても一秒も遅れたことはない。そんな霧雨がこの場所に来るのにもう三分は遅れている。

 結局、遅刻者(きりさめ)は四分後に姿を見せた。


「ああ、いたいた! 悪いな遅れてしまって」


 右手を後頭部に当てて軽い謝罪をしながら、いつもと同じ白衣を着る霧雨は神奈達のもとへ歩み寄る。

 遅れたことに対して神奈達は何も言わない。これが何十分も遅れたのならさすがに怒るが、数分なら怒るようなことではない。何かのハプニングがあれば数分程度あっという間に過ぎる。


「別にいいよ、そこまで遅れてないから。でも霧雨君が遅れるなんて珍しいね。何かあった?」


「まあ、ちょっとしたことがな。そんなことよりデパート前に集合しているということは買い物だろ? 早いとこ中に入ろうじゃないか」


「そうね、もう入って、中で商品を見ないと」


「商品って、そういえば今日は何買うつもりなんだ?」


「家具とか食器類。生活に必要なものかな」


 暮れ始めている暖かい太陽の光に当たるのもいいが、デパート前で集まっていても何も始まらない。なにより他人の迷惑になる。全員揃った神奈達は『バツヒロ』というデパート内に入って行く。


 八階建てというかなりの高さで、それだけ商品の種類も豊富だ。家具や電化製品、本、食品、日常での便利グッズなど様々なものがある。


 五人はデパート内を二列になって歩く。先頭は神奈、夢咲。それに続くのが他の三人だ。

 まずは食器類を見たいという夢咲の要望により、食器コーナーへと向かいながら神奈は口を開く。


「なあ、宝くじはいいんだけどさ。どうして換金してから買い物に来なかったの?」


「そ、それは」


「自慢したかっただけか」


「うん……。だって一等って凄いじゃない……」


 それぞれが話しながら歩いていると、食器コーナーへ辿り着く。

 皿、コップ、箸、スプーン、ナイフなど食器類関連ならばほとんどの種類が置いてある。


「ほとんど揃ってるな。それで? 買いたい食器は?」


「うーん、箸はボロボロになってきたし、スプーンとかナイフとかは錆びてきたし、お皿はもう割れたのをセロテープで繋ぎ合わせたのを使っているし、コップも底に穴が()いてるし――」


「ああもういいよ! 要するに全部だな! 夢咲さんの家大丈夫か!?」


 予想以上に酷い状況だったので神奈は叫ぶ。

 夢咲家にある食器は全滅していたのだ。さらにいえば食器類だけでなく、テレビも一日に一時間程度しか映らず、扇風機は動く度にガガガと妙な音が響き、冷蔵庫は生暖かい。もはや生活必需品などあってないようなものである。

 あまりの酷さに全員が絶句し、それぞれが使いやすそうな食器を探すことになった。


「ねえねえ、お皿とかこれはどうかな?」


 斎藤が持ってきたのは白い無地の皿。大きさは様々で、単色だからか値段は少し安い。白一色なため料理の鮮やかさも映えるという説明も書かれている。


「どこにでもある無地の皿だな。シンプルでいいんじゃないか?」


「あれ? そういう神奈さんは何を持ってきたの?」


「ほらこれだよ。とりあえず箸とスプーンとかの、食べるために必要なやつ」


 神奈が持ってきたのは銀一色のスプーンやナイフ、そして赤一色の箸だ。こちらもシンプルなので賛否両論あるが、夢咲の好み的に単色は合っていたので笑みを浮かべる。


「ありがとう二人共、使いやすくていいと思う」


 残り二人の霧雨と泉も戻ってきて、持ってきた商品を夢咲に見せる。


「おーい、俺も持ってきたぞ」


「ありがとう霧雨く……ん……。こ、これは?」


「なかなかイカすと思わないか? この蛇柄のコップ」


 霧雨が手に持っているのは濃い緑に蛇の鱗模様があるコップだった。爬虫類が嫌いなわけではないが夢咲はあまりいい顔をしていない。そのコップは、蛇大好きな人間にしか買われないものだろう。


「だったらこれも負けていな、い」


「い、泉さん……そ、それは?」


「いいでしょ、う? 蛇のデザインのティーポット、よ」


 泉が抱えているのは手頃な大きさのティーポット。そのポット部分は蛇柄で霧雨と同じだが、飲み物を入れる注ぎ口の部分はリアルな蛇の頭がついている。これも蛇大好きな人間にしか買われないものだろう。


「なんで二人とも同じようなの持ってきてんの!? 蛇柄とか小学生女子が貰って嬉しがると思うか!」


「ふっ、まあお前のセンスでは、俺達に追いつけないだろうな」


「まだまだあま、い」


「いやお前らが下だからな? お前らが私達に追いつかなきゃいけないんだからな?」


 奇抜すぎるセンスを発揮した霧雨と泉が持ってきたものは置いておき、夢咲は神奈と斎藤が持ってきた単色の食器を購入した。選んだ物が買われなかった二人は不満そうにしていたが、さすがに夢咲は蛇柄の食器を買う気になれなかった。


 次に神奈達が向かったのは家電・電化製品のフロア。

 電子レンジや冷蔵庫など生活に必要なものが揃っている。しかし、そういったものは高いので、今日は買わず見ておくだけに留めておくと夢咲が告げる。


 最新の冷蔵庫は大幅に容量が増したり、温度調節以外にも多くの機能が備わっている。電子レンジもただ温めるだけではなく、パスタを調理したり、色々便利機能が付いている。テレビも進化している。夢咲が持っているのは小型テレビだが、さらに小型の手のひらサイズのものが出ていた。

 技術は日々進歩する。そう霧雨も少しうるさく言っている。


「しかし色んな物があったなあ。手のひらサイズのテレビとか意味あるのか分からんけど」


「持ち運びが便利だよね」


「技術は日々進歩するのだ」


「その進歩の方向性が分からないって言ってんだよ」


「まあまあ、それでも面白かったと思うしいいんじゃない? あ、マッサージチェアがある」


 少し歩いて疲れてしまった夢咲は、目に入ったマッサージチェアに飛びつくように座る。起動ボタンを手慣れた動作で押すと、マッサージチェアは微小な振動を起こし始める。


 マッサージチェアとは椅子型の電動マッサージ機器で、背中や肩が接触する背もたれ部分にローラーなどが組み込まれているものが多く、足全体や腕全体もマッサージ出来る物もある。夢咲が座っている物のように、微小な振動で全身をほぐすこともできる。


 妙に慣れた手つきだったのは夢咲が何度もこういった場所で、マッサージ機器を試しているからである。神奈達はしょうがないなと次の階への歩みを止めて、マッサージ機器コーナーに寄っていく。


「ああぁ、なんだか疲れが取れる気がするうぅ」


「ずいぶんと気持ちよさそうだな」


「最近のものとなると、全身から疲労などのマッサージが有効な場所を探し出し、その場所に合った方法でマッサージしてくれるものもあるらしい。さらには脈拍や皮膚の温度、電気反応などを計測したりして、動きを使用者の感覚に合わせて変えるものも出ているらしいぞ」


「なんで霧雨がそんなに詳しいんだ……」


 神奈と霧雨が話していると、泉は隣のマッサージチェアに座って、夢咲と同じように起動させ始めていた。斎藤はその間に、マッサージチェアの横に書いてある説明文に目を通す。


「えっと、極楽マジン。研究に研究を重ねて、まさに昇天してしまうかのような快楽を味わえます。安らかな眠りをお楽しみください……か。あ、ちなみに極楽マジンのマジンって部分は、マッサージマシンの略称なんだって」


「最後の情報別にいらないな。しかし安らかな眠りねえ、そんなに気持ちいいのかよこれ」


「なんだかそうみたいだね、神谷さんも座ってみれば?」


「私はいいよ、疲れてないから」


 そう言いつつも、神奈は座っている二人の気持ちよさそうな表情を見て実は座りたがっていた。

 疲れも自分では分からないことがあるし、神奈はよく立ちはだかる敵のせいで戦いばかりだ。一般人よりも疲れがたまっている可能性はある。


「疲れを取る以外にも色んな機能があるみたいだね。えっと、体温測定、体重測定、脈拍測定、肩叩きと肩もみ、指圧モード……。じ、自爆……」


 表示されている機能を斎藤は順に口にしていき、最後のもので引き気味になりつつも全て言い終える。


「自爆ってなんだよ! 今言われた色んなものの最後になんで自爆機能!? なんだこれ悪の組織が作ったの!?」


「バカだな神谷。説明文にしっかりと書いてあっただろう? 安らかな眠りをお楽しみくださいと」


「安らかな眠りってそっち!? そういう眠り!? それ一度眠ったらもう目覚めないじゃん!」


「あのな、冗談だぞ。そんな危険物を商品にするバカがいるわけがないだろう。それと静かにしろ。二人が起きてしまう」


 神奈が霧雨の指す方向を見ると、マッサージチェアに座りながら気持ちよさそうに眠っている友人の姿があった。安らかな眠りというのは自爆機能のことではなく、単純に性能のよさからの説明文だったのだ。


「普段運動していないからね。僕も少し疲れたから、座ったら眠っちゃうかもなあ」


「今日はしばらく、このままにしておいてあげよっか」


 小さな寝息を立てて眠っている二人を見た神奈達は、それぞれの顔を見合わせてから優しく微笑んだ。









泉「うーん、そこは、邪魔だ、よ」

斎藤「うわっ! 泉さんが自爆ボタン押した!」


 ドカーン!


神奈「音だけかよ! てかこの機能いる!?」


 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


神奈「連打すんな!」


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