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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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34.1 宝籤――たからくじ――

2025/09/28 文章一部修正









 夕方、宝生小学校から下校している神奈はある現実と戦っていた。

 それは生きていく上で避けようのない問題で、誰にでもそれが必要だ。それがなければ好きなことも出来ないだろう。


「……金が欲しい」


 それは金だ。何かを買うなら必ずなければいけないもの。


「また突然ですねえ、別に貯金はまだあるじゃないですか。高校生か大学生にでもなったときアルバイトでもすれば暮らせますよ」


 腕輪の言う通り、神奈の持つ銀行の口座には高校を卒業するのに十分すぎる金が振り込まれている。それはまだ父親が生きていた頃、将来のためと貯金してくれたものだ。


 まだ行ってすらいないが、高校を卒業した後も二、三年は贅沢しなければ暮らせるほどの金が神奈にはある。しかしそれもいつかは尽きる……そうなれば社会の歯車としてせっせと働くことになるのは目に見えている。


 神奈自身に働くことへの嫌悪感などはない。

 生きていくうえで避けられない金銭問題を解決するには、働く以外の選択肢が神奈にはない。もし他に方法があるとするなら宝くじでも購入し、特等でも当たる奇跡を起こす必要がある。ゆえに働くことが嫌なんて神奈は思えない。


「いいか、金はいくらあっても困らない。だからあれだ、お金を生み出す魔法なんてない? もしくはあれだよ、一瞬で大金持ちになれるような魔法はないか?」


「ありませんよ、そんなものがあったら偽札だらけになっちゃいますし。いいですか? 日本銀行券はしっかり一枚一枚の違いが分かるようにされているんですからね? 偽札作って使った日には刑務所行きですよ」


「分かってるよそれくらい。……言ってみただけだし」


「にしては落ち込みようすごいんですけど……」


 誰だって金が欲しいし、もしも魔法でどうにかできると思ってしまえば期待はする。金がない夢咲は貧乏な暮らしであるし、金がある才華は裕福な暮らし。そんな当たり前のことがこの世の真理だ。

 そんな普段よりもがめつさを発揮する発言をしていた神奈の元に、一枚の紙が風に飛ばされてきた。


「なんだこれ? えっと……た、たか、宝くじ……だと?」


 飛ばされてきたものを手に取るとそれは宝くじであった。


「落ち着いてくださいよ神奈さん、まだ当たったわけじゃないんですよ? だいたいそれは他人のものでしょう」


「バカなことを言うなよ腕輪。私の物は私の物、この手で取った物は私の物なんだよ」


「いや、そんなガキ大将みたいなこと言ってないで、交番に届けましょうよ」


 どう聞いても正論を返す腕輪だが、神奈は正気を疑う目を向けている。


「私はな、道端に一万円が落ちていたら、交番には届けるけど落とし主が現れないことを祈る。そして法的に問題なくなったら自分の財布に届けるんだよ」


「普通一万円は落ちてないですし、その宝くじが一万円の価値があるかどうか分からないですよ?」


「それをこれから知るんだよ。さて、元の持ち主が削ったのか番号はもう出てるな……」


 もう神奈は完全に宝くじを自分の物としている。宝くじは番号がもう露わにされていた。

 宝くじには六桁の番号が表記されており、その番号が一等から七等のどれかと同じならば、換金して決められた金額が貰える。低金額ならば宝くじ販売所で当選した金額分に換金でき、金額が高すぎるならば銀行にて換金することができる。


「よし腕輪、宝くじの当選番号を調べてくれ!」


「えぇ……まあいいですけど。えっと、一等の番号は……」


「……冗談だったんだけど、ほんとに調べられるのかよ」


 神奈がつけている腕輪が万能腕輪と呼ばれることを忘れてはならない。万能という名前の通り、人間ができることは大抵することが可能であり、もちろんインターネットの情報を閲覧することもできる。それだけではなく情報を改竄することすら可能だ。


「三、二、八、六、八、九ですね」

「……当たってる」


「はい?」


 一等の当選番号を調べ終わった腕輪は、神奈の呟きに間の抜けた声を出す。そんな声に対して、神奈は小刻みに手足を震わせながらまた呟く。


「いや……これ、一等だ。これ、一等の宝くじだ……」


「いやいやいや。神奈さん、偶然拾った宝くじが一等で当たりだなんて、そんな偶然があるわけないじゃないですか。そんなウソ言ってないで、本当は何等だったんですか? ハズレでしたか?」


「だからこれ一等だって……。その偶然が起こりえてしまったんだよ、今まさにな」


 風で飛ばされてきた宝くじが一等だったなど、余程の幸運でなければ起こりえない。ラッキーなどという言葉では言い表せないほどの幸運だ。


「待ってください、それが本当に一等だとするならば……な、七億です。七億が貰えますよ!」


「な、七億……!」


 日本のサラリーマンの一生での年収は平均約二億五千万円。

 三億円もあれば多少贅沢しても働かずに暮らせ、七億はその二倍以上の金額だ。あまりに大きすぎる金額に神奈は心が麻痺したように痺れ、しばらく口をパクパクとさせていた。


 受けた精神的衝撃によりしばらく神奈は立ち尽くしていた。突風が吹くが加護のおかげで髪は揺れない。その後、動揺しつつも声を出すことに成功する。


「どうしますか神奈さん、七億ですよ! 七億あればなんでもできる! 使い道は考えましたか!」


「ダ、ダメだ……! 金額が大きすぎて使い道が出てこない! とりあえず、明日のご飯でも買うくらいしか出てこない……」


「ならそれにキャビアにフォアグラにトリュフも合わせて購入して、贅沢に使いましょうよ!」


「……それはいいや。それって珍しいだけで、味は思った程でもないってよく聞くし」


 まだ七億という大きな額が貰えると思っている神奈は冷静になる。すると手元から紙の感触が消えているのに気がついた。


「あ、あれ? 私の七億は?」


「ああそれなら先程風で飛ばされていきましたよ」


「おいそれ飛ばされた時に言えよ! 探すぞ、絶対に七億を見つけ出す!」


 七億という金は誰だって欲しいと思うだろう。神奈は躍起になって、どこに行ったか分からない一枚の紙を探し出そうと決意する。


 神奈が動こうとした時、またしても突風が吹いて青髪の少年が通り過ぎた。全速力で必死に走っていた少年を見て、何かあったのかもと思い追いかけていく。


「くそっ、僕としたことが油断した。あの風はただの風じゃない……生物だ! まんまと本を持っていかれるなんて、本当に、本当に油断した!」


「それ本当は油断じゃないんじゃね?」


「ですよね、油断したって思いたいだけですよね」


 目つきが少し悪いが知的に見える青い髪の少年、グラヴィーは風を追っていた。

 音を遥かに置き去りにして走るグラヴィーに、神奈はいとも容易く追いついて並走する。


「はあ! 誰だおまみや神奈!」


「誰だよ、おまみやって」


「くっ、今はお前に構っているほど暇じゃない! 本が盗まれてしまったのだからな!」


「誰に?」

「風になれる魔法生物にだ! あの本、お前達から預かった本なんだよ!」


 少し遡ること五分前。宇宙人が住む民家付近で、帰宅しようと歩いていたグラヴィーに突風が襲い掛かったのだ。


 魔法生物という名前は初めて聞いたので神奈はピンときていない。だが預かった本というのは紛れもなく、斎藤の所持していた本だと理解する。


「なに簡単に盗まれてるんだよ! お前それでもトルバ人か!」


「黙れ化け物地球人! まあもうすぐ追いつく、僕から逃げるには速さが足りないようだからな」


 そう言うと前方に一瞬だけ人間の足首が現れ、すぐに消える。その足首は加速しながら走る動作をしていた。


「今のは……」

「あれが魔法生物の体だ! よし、追いつく!」


 移動している風があるところにグラヴィーは手を突っ込む。その手が何かを掴むと、本を盗んだ者の姿が風の中心から、水に絵の具を垂らしたかのように現れていく。


 薄い緑色の肌をしていて、耳が長く、服はキトンというものだった。古代ギリシアで男女が着ていたとされるキトンとは、布一枚で体を覆うような服装。姿を現した少年は上半身を左肩だけ出し、膝より上の丈に合わせて着こなしている。


「うっそだろ! ぼっくんの風移動は音速を超えるってのに、人間が追いつけるわけないでしょ!」


「音を超えた程度で粋がるとはバカな奴だ。トルバでは下級戦士でもお前程度の速さがあるぞ」


「私と追いかけっこしたいなら、せめて光速くらいになってくれないと話にならないな」


「……な、なんなんだよお前ら。くっそう! せっかく一番にぼっくんが目当ての本を見つけたっていうのに!」


 左腕全体で抱えている斎藤の本を見て、悔しそうに少年は地団駄を踏む。


「その目当ての本というのは、その本なのか。それをどこに持っていこうとした……いや、誰に渡そうとした?」


「ふざけんな、誰が言うか! ぼっくんは帰る……デポート!」


 少年が叫ぶと体が光を放ち、光の球となって遥か彼方へ飛んでいってしまう。それを追いかけることも神奈には出来たが本まで持っていかれてはたまらない。飛び去る前に強引に奪うだけで精一杯になってしまった。


「ふぅ、あっぶな……なんだったんだ、あいつ」


「さあな、だが覚えておけ。この本を狙う者がいる、それは確かだということをな。元の持ち主に返して守り切れるか?」


「襲われたら私がぶっ飛ばせばいいだろ。ま、お前は本の解読に集中してくれればそれでいいよ」


 そう言って神奈は斎藤の分厚い本をグラヴィーに手渡す。それを受け取ると、グラヴィーは頷いて家へと帰っていく。

 新たな敵となる者が、神奈達の知らないうちに動き出していた。








神奈「ちくしょおおお!」

夢咲「あれ、何か飛んできた……?」


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