33.94 サクサクフラワー
栄養失調で貧血を起こして倒れた笑里。
心配して保健室に集まった夢咲、才華、神奈の三人は椅子に座って、今はベッドでぐっすり眠っている彼女を見つめる。
「倒れた原因、栄養失調で貧血を起こしたらしいね。なんていうか……信じられないよね、あんなに元気だったのに」
「ええ、本当に。……笑里さんって虐待でもされているのかしら」
その才華の発言で、笑里の傍に立っている優し気な雰囲気と顔をしている中年男性が睨みつける。
彼の名は秋野風助。死んでから娘が心配なあまり幽霊となった笑里の実父だ。虐待なんてするわけがないだろうと目を細めている彼の姿は霊体であるがゆえに、今この場で見えているのは神奈のみだ。彼の気持ちを代弁するかのように神奈は口を開く。
「いやそれはないって。笑里の母親、里香さんって言うんだけど、頭はちょっとおかしいけど優しい人だったし。こいつは虐待とは無縁の生活だったと思うよ」
「そう、それならいいの。栄養失調ってことは満足に食事出来ていないんじゃないかって思っただけだから」
栄養失調になった可能性の一つとして、親に虐待されている可能性がある。
満足な食事を与えられない子供は栄養が圧倒的に足りなくなる。結果として貧血などの症状が起きて倒れることになるのだ。色々な可能性がある中で才華が疑ったのはそれであった。
もし虐待なら力になれるから、というのも大きい。彼女の家は大金持ちなので笑里を引き取って養うことすら大した手間ではない。法的にも強い家柄なのでそういった面での力は絶大だ。もっとも神奈が否定したことでその考えは頭から消え去ったが。
「うーん、私も貧血を起こしたことはあるけど。食べる時の栄養バランスの問題なんじゃない? ほら、よく言うでしょ。お肉ばっかり食べたら栄養が偏るって」
夢咲の言う通り栄養バランスというのも大事である。
肉には肉の、魚には魚の、野菜には野菜の栄養というものがある。正直勝手な想像だが神奈も笑里が肉ばっかり食べていそうとは思っていた。しかし善良な母親である里香が栄養バランスを無視した食事を出すとも思えない。
「栄養バランス偏ってそうな奴に言われたくないだろうけどな。夢咲さんって普段から山菜とかよく分からんキノコとかしか食べてなさそうじゃん」
「ちょっと、私のこと何だと思ってるの? ……まあ、そうなんだけど」
「そうなのかよ。今にも栄養失調になりそうだなおい」
「大丈夫。最近は霧雨君に栄養サプリ作ってもらったから」
つっこみどころが多いので神奈は黙ることにする。
話しているうちに時間も少なくなってきた。神奈達は休み時間の間のみここに居ることが出来るので、つまり二限目までの十分間のみ。そしてもう後五分程度で二限目の授業が始まってしまう。
「……そうか、分かりましたよ神奈さん」
時間が半分を切った頃、声を発したのは神奈の右手首にある腕輪だ。
「分かったって……何が?」
「この栄養失調は普通じゃありません。栄養を吸われたのです」
「す、吸われた? 栄養を?」
普通ならバカらしいと思うだろう。だがこんな時に腕輪が妙な冗談を言わないと信じているからこそ、神奈は栄養を吸われたなどという発言を信じる。
しかしだとすればいったい何に吸われたというのか。
未知の敵か。学校関係者か部外者か。
「花です。あの花、深く解析すれば生命体のエネルギーを吸収していることが分かります。それは今も。笑里さんだけでなく、才華さんや夢咲さんからも」
「あの花……おいおいそれはマズいだろ。二人共、具合はどうだ?」
神奈の予想は外れた。犯人は人ですらなかったのだ。
本当にエネルギーを吸収しているとすれば二人も倒れる可能性がある。心配して神奈が問いかけてみると才華は「いいえ、特には」と答え、夢咲は無言で首を縦に振る。
「一番吸収されるのは一番近い生命体でしょう。ましてや笑里さんは二十本以上も所持しています。一刻も早くこの花を処分することを提案しますよ」
「言われなくてもこんなの処分するっての」
エネルギーを吸い取る植物など危険物以外の何者でもない。喜んでいた笑里には悪いと思いつつ、神奈は両ポケットから全ての花を抜く。そして窓を開けると投げ捨てて、小さめの魔力弾で塵レベルまで消し飛ばす。
「ふぅー、これで一件落着落着」
「……待って。まだ終わりじゃないわ」
終わっていないとはどういうことか疑問に思って神奈は「どゆこと?」と返す。
笑里が所持していた花は処分した。これでもう栄養失調で倒れるなんてことはなくなったはず……とそこまで考えた時点で神奈も気付く。
あの不気味な花は四年一組全員の家に届けられていた。神奈の家にもまだあるし、一組だけでなく学校の人間全員、宝生町、可能性としては日本中に届くなんてこともありえる。現実的なのはせいぜいこの宝生町内だろうがもっと広範囲に送られた可能性はゼロではない。
「まだこの花を持っている人間は多くいる。そういうことか」
「ええ、一応さっきの花の危険性をパパに報告してみる。藤原家なら顔が利くし国中に向けて危険を伝えられるかもしれない」
「分かった頼む。……そういえば夢咲さんの花は?」
夢咲は笑里に花を渡していない。学校に持って来なかったなら家にあるのだろうが一応確認しようと神奈が問いかけて、彼女は顔面蒼白になる。
いきなり顔色が悪くなった夢咲に、神奈達は焦って「どうしたの!」と叫ぶ。今にも倒れそうなくらい顔色が悪いのだから心配しないわけがない。
「……た、食べちゃった。朝食のデザート的なものとして」
「何やってんだああああああああああああ! いやそれ大丈夫か!? 今すぐ吐き出せ、腹パンすればたぶん胃の中のもの全部吐けるから!」
「さすがに可哀想よ神奈さん! 私がお医者さんに連絡して、お腹を開いて取り出してもらうよう頼んでみるから!」
「……どっちもどっちな気がする」
腹パンか手術の二択を迫られた夢咲は死んだ目で呟いた。
「神奈さん才華さん、たぶん大丈夫ですよ。胃酸で消化されるでしょうし、何より今もエネルギーを吸収されているならとっくに貧血起こして倒れています。夢咲さんの体は今でも限界に近いはずですから」
心配いらないと分かった二人はホッとして「ふうぅ」とため息を吐き出す。
笑里が集めていた花達のエネルギー吸収により、ただでさえ栄養が足りない夢咲の体は腕輪の言う通り限界ギリギリだ。本人もいつも以上に空腹なことでそれに気付いている。
「つまり私が全部食べちゃえば解決かな。結構甘かったし食べられるよ?」
「……さすがに止めた方がいいのでは」
いくらエネルギーを吸収されていないといっても未知の花だ。食べたことで何かしら体に異常が出る可能性は高い。一本ならともかくそれ以上は余計に。
気にしていない夢咲は「そっかあ」と肩を落として落ち込んだ。
* * *
不気味な花の大規模な処分は才華に一任した神奈。
適材適所というやつだ。知名度のないただの女子小学生が国民に向けて、突然送られた花はエネルギーを吸収する危険なものなので破棄してくださいなどと言っても信じられないだろう。誰が言っても半信半疑になるだろうが、それはそれで社会的影響力を持つらしい藤原家に任せた方が賢い選択である。
そんな風に人任せにした神奈は学校からの下校途中、泉の実家である花屋へ向かっていた。
生徒達の家に送られた花は【フラワーショップIZUMI】にも商品として置いてあったものだ。昨日の朝、泉の母親である英里佳が倒れたという原因はもう予想がつく。
「しかしあの花、マジでどこで仕入れたんだ。エネルギーを吸収する花なんて危ないもん絶対日本産じゃないだろ」
「日本産どころか地球産ですらないのでは?」
「うわ確かにそうだ。……ってことはあいつらなら何か知ってるかも」
地球産ですらないなら宇宙産。これは神奈と腕輪の頭がバグったわけではなく本当にあり得る可能性である。
神奈は去年の夏に宇宙人と対峙していた。宇宙には地球以外に生命体が住める惑星が存在しても、地球より文明が発達していて遠い惑星からやって来る宇宙人がいてもおかしくない。実際に神奈の出会ったトルバ人は宇宙船で地球にやって来ていた。
宇宙のことは宇宙人に訊くのが手っ取り早い。
目的地を変更しようとしたその時。歩道を歩いている神奈の視界に、あの不気味な花の花束を持って歩いている青髪の少年が映る。
「おーい、グラヴィー!」
鋭い目をした青髪の少年、グラヴィーが神奈に気付く。
「……神谷。……何だ、何か用か。僕はまだ何もしてないぞ」
「どこで手に入れたか知らないけどお前今すぐその花捨てろ……!」
「はぁ? 捨てろって……これは僕が店で見つけて購入したものなんだぞ。捨てるわけないだろ勿体ない」
危険性を理解していないからだと神奈は思うがゆっくり説明する時間がない。
なぜならグラヴィーが持っているのは花束なのだ。その本数ざっと見ただけでも四十本以上。笑里が所持していた本数の二倍は軽くある。
いくらトルバ人で笑里よりも強いグラヴィーといえども、笑里を一時間もしないで倒れさせた花が相手ではあまり持たない。本数が倍以上ならエネルギー吸収力も相当なものだろう。
「いいから捨てろって! お花で人は死ぬんだよ!?」
「死ぬって……大袈裟だな。まあ確かにサクサクフラワーならエネルギー吸収で人を殺せるかもしれないが。ちゃんと有効活用すれば大丈夫だぞ」
「サクサクフラワー……?」
謎の固有名詞が出てきたので神奈は困惑してパチパチと瞬きする。
「何だ、知らずに言っていたのか。この花はサクサクフラワーと言ってな、惑星セキュウイに生息している他の生命体のエネルギーを吸収して育つ植物だ。そのエネルギーを溜め込む性質を利用して一部の地域では栄養素の高い非常食などとして扱われている」
案の定というべきか地球の植物ではなかった。そして非常食として利用されるというのなら夢咲が食べてしまったのも問題はなかったらしい。
グラヴィーは扱いを心得ているようなので心配はいらないだろう。心配すべきなのはそのサクサクフラワーを取り扱っているという店であり、あの不気味な花を置いている店など一つしか神奈は知らない。
「……なあ、それどこで買ったんだ?」
「近くの花屋で偶然見かけてな。地球には他惑星の商品などないと思っていたから驚いたぞ。あの店は中々いい品揃えをしているじゃないか」
「やっぱ泉さんのところか……。悪いけど私もう行くわ」
急がなければ英里佳がまた倒れているかもしれない。そう思った神奈はグラヴィーの横を通り過ぎて花屋へと歩き出す。
「ん、ああ……甘いからオススメだぞ」
「欲しいわけじゃないんだよね!」
グラヴィーのオススメはどうでもいいため神奈は叫ぶが足を止めることはない。周囲に被害を及ぼさないレベルの小走りで出来る限り早く花屋へと辿り着いた。
店の入口では一人の女性が男性客に数本のチューリップが入った袋を渡していた。
腰ほどまである黒髪のポニーテール。膝まで達している長い白エプロンの下には黄と白のボーダー柄シャツ、紺色の長ズボン。シャツの袖を肘まで捲り上げていて、多少筋肉がついた腕が露出している。その店の前に立つ女性、英里佳は男性客を「ありがとうございましたー」と見送ると、近くの台に置いてあった如雨露を手に取って花に水をやり始める。
まだ英里佳が元気そうなので神奈はホッと一息吐く。
「あの、泉さん!」
「ん? ああ、確か神谷神奈ちゃんだっけ? 沙羅ならついさっき出かけたところなんだけど……」
名前を憶えていてもらったのはありがたいが今はありがたみを堪能出来ない。一刻も早くサクサクフラワーを処分しなければどんな被害が出るか分からないからだ。
「サクサクフラワー、あの茎が青い花ってまだありますか?」
「茎が青いっていうと……ああ、あれのことかい。さっき神奈ちゃんと同じくらいの青髪の子が全部買って行っちゃったんだよね。貰い物だから入荷も出来ないし……何だったらまた頼んでみてもいいけど」
青髪の同年代っぽい子供というのは間違いなくグラヴィーのことだろう。意識せずファインプレーをしてくれた彼には神奈もグッジョブと感謝する。
店にもうないなら後は入手先に赴いて処分するだけだ。貰い物というからには育てている人間がいると見ていい。その人物を説得して焼き払うなり塵にするなりすれば、サクサクフラワーの件において神奈が動くべきことはなくなる。
「その貰ったってどこでですか?」
「ずっと東にある森の中さ。孤児院に花を届けに行った時に偶然見つけてね。育ててるっていうプラティナリアって外人さんに貰ったんだよ」
「東の森にいるプラティナリアさんですね、分かりました。教えてくれてありがとうございます」
外人という表現から日本人ではないのだろうが、神奈は地球人ですらないのではないかと考える。サクサクフラワーが宇宙産である以上可能性は高い。
何か目的があるなら訊き出さなければならないと思い、教えてもらった場所へと神奈は走って向かっていった。
夢咲「あれ、何だろうこの花……。お腹空いた、とりあえず食べてみよう。……結構甘くて美味しい! 後でもっとないか探してみようかな」
 




