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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.一章 神谷神奈と花愛す者達
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33.92 斎藤は見た


 狐色で狐の耳のような髪型をしている少年、斎藤凪斗は通学路を歩いていた。

 別に特別な日でも何でもない一日が今日も始まる。そんな風に思っていたのはつい先程までのこと。電柱に隠れている彼の視界には泉沙羅と、彼女の前に立つ三人の不良らしき男子高校生が映っている。


「嬢ちゃんよお、金出せよ」

「慰謝料だよ慰謝料。意味分かる?」

「あー痛いなあ、お前がぶつかった右足が粉砕骨折してるなあ」


 ちなみに粉砕骨折したと告げる男は普通に立っているし、怪我をした様子もない。これぞまさにカツアゲというやつだ。


(くっ、まさか、こんな大事件に遭遇するなんて……)


 世界が滅亡しかけているわけではない。誰かが死ぬわけでもない。ただ不良に絡まれる、しかも対象が自分ですらないこの現状を斎藤は大事件だと思っている。

 これが普通の小学生の思考だ。どこぞの魔法少女大好きな転生者のように大規模な事件に巻き込まれることなど普通ない。自分では勝てない男子高校生三人に友人が絡まれているのだって、斎藤にとっては十分大事件なのだ。


「そっちが曲がり角から急に飛び出して来たんだけ、ど?」


「うるっせえんだよ! いいから金出せっつってんだ! テメエがこの道を歩いてたのがいけねえんだろうが、いやもっと言えば生きてるのが悪いんだよ!」


(まさかの存在否定!? 言いがかりにもほどがあるでしょ!)


「ならそっちも生きてるのが悪いことなんじゃな、い?」


(言い返しちゃったよ! でもそういう意味になるかもね!)


 誰かが生きているのを悪だと言うのなら自分だって当て嵌まる。そんな正論染みた返され方をした不良男子高校生は目を血走らせて睨みつける。


(しかしどうするべきなんだろう。助けてあげたいけど、僕が行ったところで何が出来るのかな。こんな時、神谷さんや隼君がいればあいつらを倒せるのに……。)


 斎藤自身の戦闘力は男子高校生に遠く及ばない。潜在能力があったとしてもまだ開花していないので一般的な男子小学生レベル。自分が救助に向かったところで犠牲者が追加されるだけだ。

 自分に出来ることが何かあるのか。斎藤は今するべきことを考える。


(まず、謝ってみるのはどうだろう?)


 *


 ケース1【謝罪】


「待ってください!」


 斎藤が駆け寄って泉の前に立つ。

 庇うように立ったことで泉が「斎藤君……」と呟き頬を紅潮させる。


「ああ? 何だお前、こいつのお友達か?」


「そうです、ぶつかったのは謝るので勘弁してください」


「ああ? なら土下座しろよ土下座。人に謝る時は土下座だろ?」


「わ、分かりました……」


 言われるがままに土下座した斎藤。そんな彼を不良達は嘲笑い、素直に土下座したことで泉もドン引きしていた。


「じゃあ二人分の慰謝料貰いましょうかねえ」


「そんなっ、謝ったじゃないですか!」


「知るかボケ」


 土下座した程度で止まる不良達ではない。彼らは斎藤に殴る蹴るの暴行を働き、鞄の中に入っている財布を物色する。当然その後は泉の番となるので彼女も暴行を受ける未来が確定してしまっていた。

 青痣をいくつも作った斎藤は「く、そお」と呟いて気を失う。


 *


(ダメだ、素直に謝っても解決しない。かといって立ち向かっても同じ結果だろうし、それならどうする? やっぱり助けを呼ぶべきなのか?)


 *


 ケース2【救援要請】


「待っててくれ泉さん、すぐに助けを呼んでくるからね」


 駆け出した斎藤。しかし助けとなれる存在は見つからない。

 現場に戻って来てみれば不良はおらず、泉が死んだように倒れていた。虚ろな目の彼女の傍に歩み寄って声を掛ける。


「泉さん……? そんな、嘘だろ……?」


 ピクリとも動かない泉の傍で斎藤は膝から崩れ落ちた。


「マモレナカッタ……」


 *


 都合よく神奈や速人が見つかるはずもない。斎藤はこの案もダメかと落ちこみ、次の案を脳内でシミュレーションしていく。


 *


 ケース3【逃亡1】


「泉さん! 一緒に逃げるよ!」


 全速力で走った斎藤が泉の手を取り、不良が状況を理解しきれていないうちにどんどん距離を離していく。

 しかし所詮小学生の脚力。男子高校生に及ぶはずもなく彼らが血走った目をしながら追いかけて来ると、たった数秒で追いつかれて頭を掴まれる。


「逃げられると思ってんのか?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 強制的に土下座させられて、後はケース1と同じ末路を辿る。


 *


(ダメか、となると……)


 *


 ケース4【逃亡2】


 斎藤は恐怖した。勝てるはずのない相手に楯突けるわけがない。

 惨めな負け犬として罵倒されるだろう。遠くない未来、罰として悪いことが起きるかもしれない。それでも逃げることは間違いではないのだと信じている。


(ごめん……泉さん……)


 彼は背を向けてその場から逃走した。

 ただ走ることだけに全力を注いだ。ただ逃げることに集中した。そんな薄情な選択肢を選んだばかりにあんなことが起きるとは、この時の彼は知る由もなかったのだ。


 *


(自分だけ逃げるなんて最低だ……。さすがにこれはしないとして、考えているだけじゃ状況は一向に改善しないぞ。今、泉さんだって怖い思いをしているはずなのに……)


「う、うわあああ! ご、ごめん、ごめんなさい!」


 泉だってまだ十歳の小学四年生の女の子。

 不良に絡まれれば、不良でなくても年上に絡まれたりすれば恐怖するだろう。カツアゲだけで済めばいいのだが、女子小学生に欲情している人間だった場合もっと酷いことになる。性的被害を受ければトラウマものだ。


「ゆ、許してくれえええええええ!」

「悪気はなかったんだよ! あああ、ママああ助けてくれええ!」


(こんな感じできっと悲鳴を上げちゃうんだろうなあ……って、あれ? いや、この声って明らかに泉さんじゃないよね……?)


 恐る恐る再び様子を窺ってみた斎藤の視界にとんでもない光景が映る。

 電柱の横へ顔を出してみれば、その前方には血塗れで倒れている男子高校生三人。肝心の泉はといえば怪我をした様子もなくピンピンして佇んでいる。


「え……ええ……?」


 泉は歩き出したが斎藤は動けなかった。

 予想外すぎる光景が現実かどうか確かめるべく、一度電柱を見てから再び視線を戻す。当然何も変化していない光景が広がっている。


「……どゆこと?」


 斎藤が何かをするまでもなく泉は一人で切り抜けたのだ。

 つまりこれは脳内シミュレーションしていたどのケースでもない。


 ケース5【絡まれていた女子小学生が誰の助けを借りることもなく不良達をボコボコにし、何事もなかったかのように歩き出す】


 この現実に斎藤は引き攣った笑みしか浮かべられなかった。



 * * *



 宝生小学校からの下校途中。

 神谷神奈はとある少女の後をつけていた。

 対象は黒髪を肩までストレートに垂らしている少女、泉沙羅である。


 こうして尾行しているのは決して特殊な性癖に目覚めたからではない。尾行のきっかけを作ったのは泉と同じ四年二組であり、文芸部に所属している斎藤凪斗だ。


 今朝、一限目前に大慌てで神奈へと駆け寄って来た彼は語った。

 登校途中のこと、男子高校生の不良に絡まれた泉が返り討ちにしたという信じられない話。身体能力が高いわけでもない彼女が暴力で解決するなど嘘としか思えない。しかし斎藤がそんな嘘をわざわざ吐くとも思えず、真相を確かめるために今こうして証拠でも出ないかと尾行している。


「でもやっぱり信じられないんだよなあ。だってあの泉さんだぞ? か弱そうな普通の女子だぞ? 高校生をボコボコにしたって斎藤君は言ってたけど無理があるだろ」


「それを確かめるために後をつけているんじゃないですか。それに、笑里さんや神奈さんだって一応傍から見ればか弱そうですし、見た目じゃ人は判断出来ないものですよ」


「でもな腕輪、正直信じたくないよ。まだ昨日飲んでたあの薬を使っていたってんなら納得出来るんだけどさ」


 ハイパープロテインα(アルファ)という霧雨和樹が作成した筋肉強制成長剤。それを使用した泉の肉体強度なら高校生でも何でも一撃で倒せるだろう。もっとも本当にそうなら高身長のマッチョになっているはずなので斎藤も理解出来るはずである。


「斎藤君の幻覚だったんじゃ……」


「あ、神奈さん! 建物に入っていきますよ!」


「おいおい、まさか変な施設じゃないだろうな……って」


 泉が入っていったのは花屋であった。

 様々な花達が並ぶその店の看板には【フラワーショップIZUMI】とカラフルな文字で書かれている。


「花屋……? いずみって名前ってことはもしかして、実家……?」


 電柱に隠れるのを止めて神奈は店の正面へ歩いて行く。

 特に何の変哲もない普通の店舗であった。入口だけでなく奥にも花が並んでいて品揃えも豊富に見える。店の名前には経営者の名前が使われることも多いので、花屋は泉の実家である可能性が極めて高い。


「神奈さん、何かよ、う?」


 店の正面にいれば見つかるのも当然だろう。泉が不思議そうな顔をしながら首を傾げて、神奈へと問いかける。


「あちゃあ、見つかったか」


「まあ店の前に出ちゃいましたしね」


「というか最初から気付いてた、よ」


 神奈は「え、マジ?」と目を丸くする。

 尾行に自信があったわけではないが気付かれていない自信はあった。気付いた素振りもないので完璧に遂行出来ていると思っていたのに、実際は尾行してすぐ気付かれていたという間抜けっぷり。泉からすれば心の中での嘲笑案件だ。


「花屋を見たいなら案内しよう、か?」


「うーん、せっかくだし見ていくか。買わないけど」


「次来た時に買っていって、ね」


 花に興味はない。神奈は暇潰しに見ていこうと思ったにすぎない。

 仮に次来る機会があったとして、それはおそらく客としてではなく友達としてだろう。普通に遊びに行くということなら興味ない花屋にも入る。


 泉が案内してくれるというので神奈は店内を歩き回る。

 現在の季節は春。店には春に咲くような花が多く並んでいた。

 カーネーション、チューリップ、パンジー、ナノハナ、ヒヤシンス。花など有名どころしか知らなかった神奈は「こんなにあるのか」とつい思っていることを口に出してしまう。


「私が説明してあげる、ね」


 白い花びらが六枚、中心が黄色い花を泉が一本手に取る。


「スイセン。別名ダフォディル。花言葉は自己愛なんだ、よ」


「ああ、名前くらいは知ってるかも。……にしても花とかって誰かに贈るイメージがあるんだけど、そんな花言葉だと贈りづらいよな」


「自分の家の庭とかに植えればいいんだ、よ。それでも十分楽しめるか、ら」


 続いて泉が手に取ったのは桜としか形容出来ないものであった。

 よく道端の木に咲いている桜とあまり違いはない見た目をしている。


「贈るっていうんならこれとかいいかも。サクラソウっていってね、花言葉は初恋とか希望とか色々意味があるんだ、よ」


「おお、それなら確かに贈りやすいな。贈る相手いないけど」


 次に手に取ったのは茎が青く、花の色はくすんで濁ったような朱色の潤朱(うるみしゅ)。当たり前だが見たことのない品種に神奈は多少の興味を寄せる。

 スイセンもサクラソウも花言葉を紹介してくれたので、今度はいったいどんな花言葉があるのかとほんの僅かに楽しみにしていた。


「これはよく分からない花だよ。名前も花言葉も原産地も不明なん、だ」


「何にも分かんないのかよ! そんな花買う奴いないだろ!?」


 まさかの何もかも不明な花を紹介された。取り扱っている以上どれか一つくらいは把握していてほしいと神奈は思う。


「でもこうして見ると綺麗だ、よ?」


「いやそういう問題じゃないだろ。どこで仕入れたんだよこの花。……それに何だか、不気味に感じるんだけど」


 色は濁ったような朱色でも汚いわけではない。茎が青というのも珍しく、綺麗といえば綺麗なのかもしれない。だが神奈はずっと見ていると嫌な気配をその花から感じた。

 何てことはない普通の花なのに触れてはいけないような、近寄ってはいけないようなおぞましさを小さな花が纏っている。


「ありゃ、沙羅のお友達かい?」


 そんな怖さを感じていた時、神奈へと女性が声を掛けてきた。

 腰ほどまである黒髪のポニーテール。膝まで達している長い白エプロンの下には赤と白のストライプ柄シャツ、紺色の長ズボン。シャツの袖を肘まで捲り上げていて、程よい筋肉がついた腕が露出している。


「お、お母さ、ん」


「お母さん? 泉さんの?」


「そう、アタシは(いずみ)英里佳(えりか)。その子の母親」


 姉御とでも呼びたくなるようなその女性はなんと泉の実母であった。


「お母さん、まだ安静にしてない、と……!」


 実母である英里佳に対して泉は心配そうな顔をして駆け寄る。

 英里佳は優しく笑って、寄っていった泉の頭を撫でる。


「アタシは大丈夫だよ、心配いらないいらない。もうすっかり体調も戻ったし花の世話もしなきゃいけないし、ずっと寝てなんていられないよ」


「あの、体調が悪かったんですか? あ、申し遅れたんですけど私は神谷神奈です。泉……沙羅さんとは同じ部活動に所属しています」


 神奈が自己紹介すると英里佳は「ああ!」と心当たりがあるような声を上げた。


「沙羅から聞いてるよ。すごい怪力なんだって?」


「おいどんな紹介の仕方してんだよ。必要ないよねその説明」


 確かに怪力なのは合っている。だが話すなら話すでもっと何かあっただろうと神奈は思う。例えば……と考えてみたものの何もそれらしきものは出て来なかったが。


「他の部員の子とも会ってみたかったんだけど……今はいないか。でも神奈、アンタには言っておくけど、この子と仲良くしてくれてありがとうね。この子は読書とかばっかりで友達なんていなくてさ。部活の子達と仲良くなったって聞いて嬉しかったんだよ」


「それはどうも。ネタバレ癖は直してほしいけどこれからも仲良くします」


 本のネタバレをするところだけは神奈も嫌いだ。本当にそこだけはどうにかならないのかと思う。仮にも文芸部に所属しているのに、本のネタバレするなど部員からバッシングされても文句が言えないのだから。


「そんなことより! 今朝まで倒れていたんだから大人しく寝てて、よ!」


 今明かされる事実に神奈は「え?」と驚きを露わにした。

 元気そうな英里佳が今朝倒れていたとは意外であった。倒れた原因として推測出来るのは発熱したくらいだが、本当にそうなら病み上がりで動き回るのは良くない。


「朝倒れたんですか?」


「あー、ちょっとクラッとしてさ。でも今は動けるし問題なし。それじゃあアタシは花の世話とかあるから沙羅は友達と遊んでなよ」


「私も手伝うから、ね!」


 仕事を始めるつもりで歩いて行く英里佳に泉が付いていく。

 一人になった神奈は少し心配になったものの、今は元気そうだし本当に問題なさそうだと判断した。神奈も前世ではぶっ倒れるまで滝行していたことがあったが、少し時間が経てば元気に動き回れたものだ。ちょっと特殊すぎる例だがそういうこともある。


「あれ、私……何しに来たんだっけ」


「忘れたんですか? 泉さんが不良をフルボッコにしたって斎藤さんが証言していたから、本当にそんなことがあるのか真相を確かめに来たんでしょう?」


 腕輪の言葉で神奈は目的を思い出した。

 しかし、件の張本人である泉は今、大きめの鉢植えを重そうにしながら運んでいる。今の姿からとてもそんな怪力があるとは思えない。


「まあ、斎藤君の見間違いか何かだろ。もう帰ろう」


「えー本当にそうですかねえ……。実は神奈さんと同じゴリラだったりするかもしれないじゃないですか」


「私をゴリラ扱いするのは止めようか」


 母親を助けている心優しい彼女を信じて神奈は店を出て行く。

 思い返してみれば阿保らしいことをしていたものだ。尾行など端からする必要などなかったし、もし気になるなら斎藤が直接訊いてみればいいだけの話である。


 そうして家の前まで帰って来るといつもと違うことに気付く。

 灰色の郵便受けに妙な花が入っている。神奈が「花……?」と呟きながら手に取ってみると、茎は青く、花弁の色はくすんで濁ったような朱色の潤朱(うるみしゅ)というどこか不気味な花だった。どこかで見覚えがあると思った神奈が思い出したのは先程の花屋。


「これって、さっき泉さんが綺麗とか言ってた変な花? 何で家のポストに入ってんだ。悪戯……じゃあないよな」


 不思議に思いつつも持ったまま家に入り、結局部屋に置いておいた。

 花瓶や植木鉢もないため裸で置くしかない。すぐに枯れてしまうだろうが問題ない。誰かの間違いで他人の郵便受けに入られらることはないだろうし、何の意図があるか不明だがこれは神奈に送られてきたものなのだから。








神奈「幻覚じゃない?」


斎藤「いや、本当に見たんだって!」


神奈「疲れてるんだろ。ゆっくり休めよ」

夢咲「あはは、ありえないでしょ」

霧雨「ふっ、中々高度な冗談だな」

泉「……」


斎藤「絶対見たのに誰も信じてくれない……」


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