33.8 信頼――できるだろ――
2025/09/27 文章一部修正
砂漠地帯には山ほど砂がある。そんなことは誰でも分かる常識で、操る荻原も熟知している。一度砂を大量に吹き飛ばそうと、砂は空気中を舞っているだけで消滅はしていない。つまり砂の総量は減らない。
「砂は減らない。私はその大量の砂を自在に操れる……それは知っているはずね。さっきので砂嵐も砂の竜巻も意味がないことが分かったわ。だから次はこんなものはどう?」
荻原が戦いの一番初めに砂の巨人を作り上げた。
身長十メートルはある巨人が神奈達を見下ろす。顔も体も細部までは作られてはいないのでマネキンのようだ。
「砂で作り上げたゴーレムか。やっていることはともかく、見た目のセンスは悪いなあ」
「余裕そうね。もしかして砂だから脆いとか思ってる? だとしたら間違い。人間一人潰すくらいわけないし」
「そうかもな、でも――」
砂の巨人が拳を振りかぶり、神奈達に向かって一気に振り下ろす。
迫って来る巨大な拳に神奈以外は頬を引きつらせて動かなかった。恐怖もあるが、それ以上に信頼がある。でたらめな強さを持つ神奈ならなんとかしてくれると信じているのだ。
友達の期待通り、巨大な大質量の右腕は神奈の拳によって粉々に吹き飛ぶ。
「――私には通用しない」
軽く口元を緩めた神奈はそう断言する。
「通用しないかどうかは、分からない」
荻原が巨人に向かって手を翳すと、欠損した右腕部分に地面から砂が集まってみるみると修復されていく。そして今度は両腕を上げて攻撃しようと――。
「通用しないっつってんだろ!」
跳び上がった神奈の拳一発で砂の巨人の上半身が消し飛ぶ。
「まだまだ甘い、砂はまだ沢山あるんだから」
腰から上がなくなった砂の巨人に砂が集まって修復されていく。全身を消滅させるか、再生材料のない場所に行かないと倒すのが不可能な敵だ。ただ殴るだけでは巨体の全身に力が行き渡らず、全身を消し飛ばすのは神奈でも厳しい。
「うざいな……。まあでも無理にこいつ倒す意味ないし、こういうのは作った本人を倒せばいいだけだ!」
無視する。それが神奈の選んだ結論だ。
面倒な相手だと認め、止めるためにはどの道倒す必要のある荻原を優先した。神奈は「〈フライ〉」と飛行魔法を使い、砂の巨人の頭上を通り過ぎて荻原のもとへ飛んで行く。
「ええ!? この巨人とは神谷が戦うんじゃないのか!?」
霧雨は頼みの綱が別の敵と戦いに行ってしまうことに驚き叫ぶ。
「大丈夫だ! 即行で荻原を倒してやるから、少しの間だけ持ち堪えてくれ! お前等なら出来るだろ、たぶん!」
「断言しろよ! ああもうしょうがないな、行ってこい! なるべく早く頼むぞ!」
神奈を見送った霧雨達は、残された砂の巨人にどう対応するか考える。しかし悠長に考える暇はない。砂の巨人が再生しきった左腕を薙ぐように振るったことで、回避しながら考えなければならないと理解する。
ローラの力を持つ霧雨と、霊力を持つ笑里は容易く回避に成功。夢咲も後ろに走って逃げることで振られた腕を回避することは出来た。しかし、腕が通り過ぎたことによる風で、津波のように押し寄せてくる砂からは三人とも逃げられない。
全力で息を切らしながらも走る夢咲だが、彼女の身体能力はこの戦いに参加出来るレベルに達していない。予知夢の魔法も自分では発動出来ない役立たず。今さらながら、この場に付いて来て正解だったのかを自問自答する。
(私、本当にここに来てよかったの? 何も出来ないのに、危険な所に行くなんて前までなら絶対にしなかった。神奈さんと一緒にいて、自分も強くなった気がしていただけなんだ……。言い換えれば私は神奈さんに頼りすぎていた)
「ローラあああああ! 何をすればいいか教えてくれええ!」
走る速度が落ちた夢咲を見た霧雨はマズいと思いローラに助言を求める。
『ツタを生やして身を守って!』
「万能だなツタああああ!」
霧雨は自分と夢咲、笑里の足下から太いツタを生やし、三人を庇うように伸ばす。
ツタに気付いた夢咲と笑里は立ち止まって霧雨を見る。植物を砂漠に生やすなんて芸当が出来るのは、ローラの力を持つ霧雨くらいなものだからだ。
太いツタのおかげで、小規模な砂の津波は三人を避けて流れていった。
「霧雨君……ありがとう」
「ありがとう! 助かっちゃった!」
「礼は後にしろ夢咲、秋野。あの巨人をどうにかするのが先だ。ローラ、どうすればいい? お前の力でどうにかなるか?」
状況を打破するため霧雨はローラに助言を求める。
神奈が荻原を倒してくれれば全て終わるが、霧雨はそれまで耐えられる自信がないので困っていた。口にはしないが夢咲が足手まといなことと、総合的に現在自分が一番強いことでプレッシャーがかかっている。
『全てを消し飛ばすのは私達じゃ不可能ね。砂がある限り再生するというのなら、とりあえず砂のない場所に移動させましょう』
「いやどうやってだ、砂のない場所といってもここは砂漠だぞ。辺り一面砂だらけじゃないか」
『大丈夫、といっても説明が難しいわ。私の記憶を読むことが出来るなら早いんだけど……それは無理かしら? こう、ガブッと食べるような植物って言っても分からないわよね……』
「読めても曖昧なんだぞ。狙った記憶を読むのは無理だ。もっとマシな説明をくれ」
本来ならローラと意思疎通が出来るだけでも奇跡に近い。こうして会話出来ているという事実だけでも、霧雨はありがたく思わなければいけない。意思疎通出来なければとっくに霧雨達は全滅している。
「……来た」
砂の巨人が霧雨達に駆けて来る。
敵を殲滅するという命令だけで動いているから休まない。未だに無事な霧雨達を押し潰そうと、拳を引いてから勢いよく突き出す。まともに喰らえば霧雨と夢咲は潰されてしまう。
「むっ、ええい!」
霧雨と夢咲を庇うように笑里が移動して、迫る拳を両手で受け止めた。
「ぎぎぎぎ……!」
圧倒的な身長差と質量差。
笑里の力でも、歯を食いしばり必死に力を込めて止めるのが精一杯だ。
いつ笑里が押し負けてもおかしくないので、夢咲は霧雨に叫ぶように問う。
「早くなんとかしないと……。霧雨君、ローラはなんて言ってるの!」
「いや、なんかガブッと食べるような植物とか言っているんだが……」
「ふざけないで、そんな説明で分かるわけないでしょ! もっと丁寧に説明してよ!」
「俺は一言一句丁寧に説明したぞ!?」
「ぐううう! 二人共早く逃げてええ……!」
曖昧な説明で霧雨すら分かっていないのに夢咲が分かるわけない。だが、笑里が必死に押さえているのを無駄にしたくないので、ローラの説明から何か思い浮かばないかと脳を回転させる。
「砂がない場所に移動させればいいとも言っていたんだが……。ここは砂漠だ。いくら植物を生やせるといっても、砂漠全域を緑化させるのには数週間かかる」
「砂……植物……緑……。関連している植物なんてほとんどない。……いえ、ちょっと待って……もしかして、もしかしたらこれで。霧雨君、その植物操作ってイメージすればなんでも生やせるの?」
「まあ、おそらくはな。何か思い付いたのか?」
「丸くても四角くてもいいの。とにかくあの巨人を閉じ込められる植物を出して! とりあえずスイカでもなんでもいいから!」
「……そういうことか! 砂があるのは真下。地面を遮るものさえ作れば、再生するための砂は不足する! さっきも出したツタをまた使って、今度は完全に球体の部屋を完成させる。いくぞ!」
先程砂嵐を届かせないために作り上げたツタの防壁。それを今度は球体にすることで、下からの侵入も防ぐことが出来る。夢咲の発想はまさにそれだと霧雨は理解した。
勢いよく右足で地面を踏みつけると緑が広がり、極太のツタが砂の中から現れて伸びていく。その数は二十本以上。同時にそれだけの数を操るのは精神的負担がかかるが、命の危機に負担なんて気にしていられない。急速に伸びたツタとツタを絡ませて球体にする。
ツタで出来上がった球体内は暗くて何も見えない。砂が侵入する隙間もないので光すら通さないのだ。そのままでは不便なので、霧雨は再び右足でツタの地面を踏みつける。植物操作と生成の力を使い、緑の光を放つ物体をあちこちに湧かせた。
霧雨が出したのはヤコウタケ。熱い熱帯地域を中心に生えていて、発光するキノコの中ではかなり強い緑色の光を放つ。
「光……キノコ? 霧雨君、ローラの能力ってキノコなんて生やせたの?」
「……やってみるものだな。キノコは植物とは明確に違うはずだが、どうやらこの能力は生えるものなら生やせるらしい」
「出来る根拠はないけどやってみたっていうことね。えっと、ヤコウタケかな……ちょっと気持ち悪いね。こんなに多く生えてると」
そうして二人が話している間も砂の巨人と戦っていた笑里に限界が訪れる。
笑里は砂の巨人に殴り飛ばされて壁にぶつかった。極太のツタは硬くても、壁に生えたキノコは柔らかいのでクッションの役割を果たす。激突しても衝撃は軽減される。
「いたた、なんだろこれ……キノコだ! いただきまあす!」
キノコ好きな笑里はとりあえず口に含む。
毒があったらどうするんだと霧雨は思うが幸いヤコウタケに毒はない。
「あ、ヤコウタケってそんなに美味しくないのに」
見境なくキノコを口に含んだ笑里は瞬時に下を向いて吐き捨てた。
「うええええ……! まずっ、まずいっ……!」
「そりゃそうだろ。見た目からして美味しくなさそうだし。毒性がないからって美味しいとは限らないぞ」
ヤコウタケは水っぽく、カビ臭いため食用には適さない。食べるよりも鑑賞用にした方がいいだろう。毒がない以上食べられなくはないが、正常な味覚をしている者は吐いてしまうかもしれない。
「はぁ、二人とも気を引き締めよう。敵が来るよ」
砂の巨人が霧雨達に駆け出そうとした……が、一歩も足が動かない。
「俺がなんの意味もない話をしているだけだとでも思っていたのか。目がないから分からんが、もし人と同じように目や口があったなら驚いて、これから起きることを理解しながら……悔しがっていたに、違いない」
動かなかった理由は単純。地面から伸びる細いツタが両足の膝辺りまで、三百以上も絡みついていたからだ。霧雨はヤコウタケを生やした直後、もう一度ツタの地面を踏み、笑里が押さえている内に次の動きを封じていたのだ。
砂の巨人は前に進みたくても進めず、動かせない両足を動かそうと足掻く。
「いつの間に……」
「備えあれば、うれいなし。……さすがに、疲れた。精神的疲労というものが、ここまで酷くなったのは……初めてだ」
一本一本を脳内で把握して動きを指示しているから精密な動きで操れるが、操る数が増えれば精神的疲労は大きくなる。三百以上という膨大な数を一度に操作した霧雨の精神は、肉体に影響が出る程疲れきっていた。脳が疲れて眠気に襲われる。
真後ろにいた夢咲は倒れる霧雨の体を支え、ゆっくりと地面に寝かせる。
「お休みなさい。それと、頑張ってくれて、ありがとう……」
夢咲の心にあるのは、倒れる程に頑張ってくれた霧雨への圧倒的感謝。もしも自分だけなら何も出来ないのが分かるからこそ、砂の巨人の動きを封じた霧雨に対する感謝の念は尽きない。
「あれ、和樹君は寝ちゃったの?」
「あなたが不味いキノコを食べて吐いている間にね。……もう決着はついた。あの砂の巨人も両足を封じられて動けないみたいだし、あとは神奈さんが荻原さんを倒すのを待つだけ」
「そっか、それならすぐだね! 神奈ちゃんは強いから!」
「そうだね、神奈さんが強いのは私もよく知ってる」
神奈を信じる二人が笑い合う間も、砂の巨人は足掻き続けていた。両足が動かないからか、上半身を動かしてどうにか抜け出そうとしている。動く腕でツタを掴んで引き千切ろうとしても頑丈なツタは千切れない。
拘束するために生やしたツタはこの世界特有の植物だ。特性はたった一つ、頑丈なことのみ。神奈程の力なら強引に引き千切ることも出来ただろう。しかし、砂の巨人の腕力では不可能な頑丈さ。
引き千切るのを無理だと悟ると、砂の巨人は誰も想定しない手段に出る。
敵を殲滅しろという命令で動く砂の巨人は、命令を無視する知能すら持ち合わせない。よって諦めず、砂の巨人は巨人であることを止めた。両手と上半身が変形し、十本の腕として固まる。腰から細めの腕が十も生えたおかしな姿になった。
「……まさか」
「どうしたの? なんだかあのでっかい砂の人、変な形になっちゃったね」
「あの腕の長さ……。もしかしてだけど、私達まで届く……。いえ、伸びて届かせることが出来るかもしれない……」
「え? それってもしかして、あそこから攻撃されるってこと?」
夢咲の予感と笑里の疑問は――正解だ。
子供程度握り潰せる砂の腕が一本、急速に伸びる。腕が夢咲に到達すると、か弱い身体を握り潰す。骨が砕ける音と肉が潰れる音、小さいがその二つが確かに聞こえた。
「え? 今の……何?」
――という映像が夢咲の脳内に入ってきた。
それからすぐ、砂の腕が映像と同じように伸びてくる。夢咲は先程見た光景だと分かると強い危機感を抱き、霧雨を引き摺りながら後退したことで辛うじて掴まれなかった。しかし、掴めなくても腕の先が当たったことで数メートル吹き飛ばされる。ツタの地面を三回跳ねてから転がっていく。
砂の腕は伸びきると、何も掴めなかったからか元の場所へ戻る。もう疑いようがない。離れた位置からでも体を変形して攻撃出来ることが証明された。これでも巨人が殴りかかったり、蹴り飛ばそうとしたりするよりは危険度が下がっている。霧雨のしたことは無駄にはなっていない。
夢咲は先程見えたリアルすぎる映像のことを考える。
心当たりはある。夢咲の固有魔法は未来予知。そこから派生した力と思えば、少し先の未来が見えてもおかしくない。二秒先の未来を見る力を命の危機で開花させたのだ。
派生する魔法が扱えるようになるきっかけは危機的状況が多い。他にも修行をして開花させる単純な方法があるが効率は悪い。だから、固有魔法から派生する魔法は大抵追い詰められた状態でいきなり使えるようになる。
「なんでもいい……今の状況で生き延びられるなら、なんだってありがたい」
避けられると確信した夢咲は、静かに眠る霧雨を背負う。
「夜知留ちゃん、危なかったね」
「秋野さん、私達二人であの腕の攻撃全てを避け続けよう。それしか生き残る術はないよ」
駆け寄ってくる笑里に夢咲はこれからすることを口に出して、覚悟を決める。
「そうだね! きっともうすぐ神奈ちゃんがララちゃんを倒してくれるよ! それまでがんばろ!」
「うん……霧雨君のやったことは無駄にしない。私達は最後まで無事に生き残る!」
夢咲と笑里は密室空間で、十もの砂の腕から逃げ続ける。
――神奈が荻原を倒す時まで。




