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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三章 神谷神奈と文芸部
72/608

33.4 条件――じっちゃんの名にかけて――

2025/09/23 文章一部修正









 走る夢咲を追いかけた神奈は数秒で追いつく。

 夢咲は予知という力があっても身体能力はほぼ一般人並だ。


 正面に回り込むんだことで怯んだ夢咲の両肩を掴んで押さえ込む。全く前に進めなくなった夢咲は何度か強引に進もうとして、ついに諦めた。縋りつくように神奈の服を掴んで膝をつく。


「落ち着けって言ったろうに。一人で突っ走ったら危ないだろ」


「危ない……そう、ね。私一人じゃ危ない、よね。ごめんなさい。身の程は知っていたはずなのに……」


「いやそこまで卑屈にならなくていいけど!? まあとにかく一人はマズいんだ。相手のことが何も分からないんだから。斎藤君と泉さんには図書室に来るよう才華に伝言を頼んだ。とりあえず焦らないで一緒に行こう」


「ええ、行きましょう。大切な部員を、友達を助けるために」


 落ち着いた夢咲は立ち上がり、神奈と一緒に歩いて図書室まで向かう。

 映像で見た壁の貼り紙を見つけ、深呼吸してから図書室の扉を開ける。

 図書室内には二人の少女がいた。そのうち神奈がよく知るオレンジ髪の少女は大声を上げていた。嫌な予感は当たるものだと神奈は頭を抱え、足を進めていく。


 窓からの風が当たって心地良い席に座る荻原に対して、向かい側の席に座る笑里が机を両手で叩く。


「ほら、いい加減に意地を張らないで出して! 隠しているものを出さないとこの取り調べは終わらないよ!」


「だから、なんのこと?」


「惚けないで出しなさい! お姉ちゃんは怒らないから隠した人を出しなさい!」


「私一人っ子なんだけど」


「今ならカツ丼もあげるから! なんなら牛丼もあげるから白状しなさい!」


「どこにもないし、図書室で飲食は禁止」


「この薄暗い部屋の中で一生暮らしたいの!? 田舎のお母さんが泣いてるよ!」


 繰り広げられている光景を見て、神奈と夢咲は関わりたくないと思ってしまう。しかし、ここまで来て帰るのもダメだろう。仕方なく関わるために声を割り込ませる。


「色々言いたいことあるけど、とりあえずシンプルにいこう。何やってんだお前はあああああ!」


「あ、神奈ちゃん! それに夜知留ちゃんも! 待っててね、もう少しでララちゃんの取り調べを終わらせるからね」


「何が取り調べだよ、ここは学校だしお前は小学生だぞ」


 案の定、状況がややこしい。警察がする取り調べの真似事をして叩いていた机には僅かに亀裂が入っている。もし荻原に見つかれば怒られてしまう。


 目前でよく分からない芝居をしていた笑里に、突然やかましいつっこみを入れる神奈を見て荻原も混乱していた。さらに、一連の芸人と見間違う光景に加わらず、怖い目で荻原を睨む夢咲の存在も混乱させることに一役買っている。


「初めまして、荻原ララさん」


 騒ぎが収まるのを待たず夢咲は荻原の隣に行く。

 振り向いた荻原はジッと夢咲のことを見つめて言葉を返さない。


「私は文芸部部長、四年一組の夢咲夜知留です。単刀直入に訊きたいんですけど、霧雨和樹という名前に覚えはありませんか? 白衣を着ている男子なんですけど」


「……シラナイ」


「誤魔化すの下手か! なんだよその片言は!」


「どうやら、知っているみたいね。お願い、知っていることを全て話して。彼に、何をしたの?」


 騒いでいた神奈と笑里も静かになって話を聞く態勢を作り上げる。何かを知っていることは疑いようがないので、荻原が元凶の可能性もさらに高くなる。危険性が出てきたので三人は警戒も怠らない、何か攻撃を仕掛けてくれば避けられるよう目を凝らす。

 警戒を感じ取った荻原は特に何もせず、読書中の手元の本に視線を移す。


「別に、ただ本の素晴らしさを知ってもらおうとしただけ」


「へーえ、それはどうやってだ? その素晴らしさを伝えて鬱になったなんて笑えないぞ」


「大丈夫、素晴らしさを知れば帰ってこれる」


「帰ってこれる? それじゃ彼がいないみたいじゃない。彼はちゃんと学校に来ているのに」


 夢咲の言う通り、霧雨は登校して授業を受けている。しかしそれは体だけの話で、魂は荻原の持つ本に吸い込まれている。登下校しているのは魂の抜け殻でしかない。

 魂が吸い込まれていてもそれは中途半端だった。最低限の日常を遅らせる程度の意識は体に残っているのだ。残っているといってもその知能は虫以下で、今までやってきたことを繰り返すくらいしか出来ない。そのことに一番速く気付いたのは神奈が付ける白黒の腕輪だ。


「なるほど、そういうことですか」

「誰?」

「私です!」

「……誰?」


 腕輪が喋るなんて荻原は想像出来ず、困惑が深まる。


「どういうことだ、何か分かったのか?」


「全てが分かりました。さあ、まずは容疑者を全員集めてください」


「容疑者は荻原さん一人だろ」


「その通り、全員集まっているようですね。それではこの謎を解き明かしましょう。解き明かせる方にじっちゃんの魂を賭けます」


「お前にじっちゃんいないだろ、バカにしてんのか。ていうか色々交ざりすぎだよ! なんでじっちゃんの魂賭けるの!?」


「まあ落ち着いてください神奈さん、魂というのが今回の謎のミソなんです」


 真相を知っている荻原以外が首を傾げる。


「まず荻原さんが持っている本には魔力反応がありました。魔導書ではなく、本から発されているのは荻原さんの魔力です。つまり荻原さんの魔力は二か所から発生しています。一つは荻原さん自身、もう一つはその女王シリーズ最新巻からです」


「本から、人の魔力?」


 魔導書と呼ばれる本なら本自体に魔力が宿っている。大昔から存在しているそれは強大な力を持ち、所持者に力を与える。荻原が持つのはそんな大層な本ではなくただの文庫本。本来なら魔力を発するなんてありえない。


「固有魔法でしょうね。鬱に見えた生徒達は魂を一部抜かれてしまっているのです。ほとんどの意識は持っていかれ、そしてそれは荻原さんが持っている本の中に閉じ込められています。私には分かるのです」


 説明されたことを理解するために神奈達は頭を回す。


「つまり、霧雨の魂の一部はこの本の中にあるってことなのか?」


「どういうこと! 本の素晴らしさを教えるってことがどうしてそんなことになるの!」


 純粋に本が好きだからこそ夢咲は怒りを剥き出しにした。

 怒りをぶつけられた荻原は気にせずに淡々と言葉を並べる。


「本を蔑ろにし、雑に扱う酷い人達。そんな人達に本の素晴らしさを教えるにはどうすればいいか。私は答えに簡単に辿り着いた。本の内容を実際に体験させれば面白いと思ってくれる。普通に考えれば無理だけど、私には出来た。白いモヤを抜いて本に移せばその物語の登場人物に成り代わって物語を堪能出来る。これならきっと素晴らしさに気付いてくれる」


「……違う、そんなことする必要ない。そんな遠回りする必要なんてない。ただ普通に面白い本を勧めて、好きになってもらえばいいじゃない!」


「そんなことで好きになるのは元から嫌いじゃない人達。私が素晴らしさを広めたいのは本が嫌いな人達。本を傷つけて、汚して、配慮しない人達に、好きになってもらいたい。自分に現実ではない別の景色を見せてくれる素晴らしさを、私は世界に広めたい」


「少なくともそんなやり方じゃあなたの夢は叶わないよ。……ねえ、それに閉じ込められているってことは、霧雨君も本が嫌いだったって言うの?」


 夢咲は知っている。始まりこそ嫌々だったが、段々と不機嫌な表情が消えて読書していたことを知っているのだ。霧雨が本を嫌いで雑に扱ったというのは些か信じられない。

 夢咲の問いに荻原は即答する。


「そう。私の前で本を踏みつけたのだから、そうに決まっている」


 淡々としていたがどこか迷いのある言葉だった。

 荻原は知っているからだ。霧雨が毎日図書室に顔を出し、読んだ本の感想を口にしていたのを荻原だけは知っている。感想は不真面目に読んで出る薄っぺらいものではなかった。本当に本が嫌いなら真剣に読まないのではと……考えたくはないが、自分の思いが間違いなのではと思ってしまっている。


「……お願い、霧雨君を解放して。それと他の閉じ込めた人達も」


 話し合いで解決したい神奈達だが、間違ったやり方を正すことが出来ないと悟った夢咲はダメ元で願う。当然、それに対する荻原の答えは分かりきっていた。


「嫌。お願いされて解放したんじゃ意味がない。それにこの力は私本人でも解くことが出来ない。この力は私の前で本を傷つければ自動発動してしまうくらいだから」


「あなたに発動の意思があろうとなかろうと、霧雨君はこうなっていたってことね。だったらどうすればいいの? 私は彼を、友達を助けるためならなんだってやる」


「……なら、この本の中に入ればいい。この力は私でも解くことが出来ないから、たった一つの脱出条件をクリアするしかない」


「その条件は?」


「本の中に入って物語を終わらせること。それが達成出来たなら、閉じ込められている白いモヤは全て解放される。でも逆にそれが出来なければ一生本に閉じ込められたまま。それでもやる?」


 告げられた条件は簡単そうに聞こえて困難なものだ。大まかでいいとはいえ、本文の流れに沿わなければ解決出来ないだろう。解決するための筋道は用意されているが、何も知らなければ気付けない。


「やる。私を本の中に送って」


 即答だった。生死に関わる問題だというのに、夢咲は即答してみせた。


「……本気?」


「私がやるのは当然だよ。部長で、友達だしね。二人はどうする? もう本から出られないかもしれないから強制はしないけど」


 本に一度入れば条件を達成しない限り出られない。まだ未来ある自分と同じ年の少女達のことを考えれば、夢咲は無理に一緒に行こうとは誘えなかった。しかし、神奈と笑里は目の前の友達を見捨てるような人間ではない。


「おいおい、行くに決まってるじゃん。夢咲さんにだけ任せてられないよ」


「私も行くよ! 苦しんでる人いっぱいだもんね!」


 やれやれと神奈は首を横に振り、ため息を吐く。

 笑里は笑顔で片腕を大きく上げて、元気な声で神奈に賛同する。

 彼女達は解決方法が提示されているのに、それを実行しないで諦めるような者達ではない。まず何事もやってみなくては分からないというチャレンジ精神を持っている。


「二人とも……ありがとう。さあ、私達は絶対条件をクリアしてみせる。だから送って――」


「ちょっとタンマ、腕輪に訊きたいことできた」


「え、まあいいけど。流れ的に遮らないでほしかった……」


 空気を台無しにした神奈は夢咲達から離れる。

 離れたのは話を聞かれると面倒で、突っ込まれて訊かれると上手く説明出来ないし、したくないことだからだ。


「私って加護で害がある異能の力を防ぐよな。初めてだから分からないんだけど、どこかに転移する力って加護が防いだりする?」


「防ぎますね。神奈さんが無理やり移動させられますから」


「ですよねー、じゃあどうする。このままだと私だけこの場に残っちゃうぞ」


 神奈の訊きたいことは加護についてだった。

 加護について夢咲達に説明してしまうと、転生についても話さなければいけなくなるし、それを友達に話すのは遠慮したい。同じ境遇の者さえいれば話は別だが、転生云々は誰にも話したくないのだ。


「おそらくですが、私の推測通りなら工夫すれば大丈夫なはずです。神奈さんは転移することを……この場合は魂を抜かれることをですね。そうされることを害ではなく自ら望んでいることだと暗示をかけてください」


「それでいけるのか? 分かった、こういう時だけは信じてるぞ」


「それは嬉し……こういう時だけ!?」


 訊きたいことの一つの答えが分かったところで笑里から声が掛かる。


「神奈ちゃんまだあ?」


「も、もうすぐだ、もうすぐ質問終わるから!」


「あれ? まだ何かあるんですか?」


 腕輪は神奈の質問は加護のことだと予想していた。それは見事に的中し、予め考えていた答えを教えるだけだったが、もう一つの質問に関してはなんなのか分からない。


「あるよ、どっちかといえばこっちの方が重要だ。あの荻原とかいう奴、何を企んでいると思う」


「……神奈さんが何を思っているのかだいたい理解しました。確かに私も妙だとは思います。私達が本の中に入るのは、彼女にとってリスクでしかないはずです。彼女の望みは言っていた通り、本に閉じ込められている人達が本の内容を追体験すること。それなら特に閉じ込める理由もない神奈さん達を入れても、ひっかき回されるだけですしね」


「私達が助けに行くことに肯定的なのは怪しすぎる。お前を信じてるから魂云々の話が嘘ではないとは思う。それでも私達が助けに行くのをあっさり受け入れすぎていて、物事がスムーズにいきすぎて怖いんだ。夢咲さんと笑里はそこまで考えていないだろうけどさ」


 本当はこんなことをする気はなかった、なんてことはありえない。荻原は自らの意思でこの事件を起こし、神奈達は賛同出来ないがある程度の目的を持っている。それなのに神奈が助けに行くのは彼女的には許容範囲だったらしく、助け方まで教えてくれる親切さだ。


 反省していると思いたいが、それはないと神奈は確信している。もしも悔やんでいるのならそれなりの反応を見せるはずだ。まるで助けてあげてほしいかのように情報を開示したのは、何かしらの狙いがあるはずである。


「言えることはただ一つです。荻原さんが何を考えているのか、分からないと自信を持って言えます。じっちゃんの名にかけて」


「嫌な名前のかけ方だな……」


「それでも神奈さんなら大丈夫ですよ……きっと」


「そこは言いきれよ。ああもうっ、分かったよ。今は悩んでいても仕方がない。早いとこ霧雨の魂を連れ戻して日常を取り戻そう」


 神奈は質問を終わらせて、待たせた夢咲達のもとへと戻る。

 全員揃ったことで荻原も準備が終わったと判断し、持っている本の数ページ目を開いて魔力を高めていく。


「〈本渡り(ブックインヴェイド)〉」


 固有魔法名を口にすると本から青い光が放たれて、魔法使用者の荻原以外の体から白いモヤが出始める。魂だ。三つの魂は抵抗せず本の中へ吸い込まれていく。本体の肉体は虚ろな目になって無気力そうな状態だ。抜け殻同然でも極僅かに意識はあるので、学校ですべき授業(こと)は終わったとばかりに歩き出そうとする。学生なら模範的な行動だ。


「待って、今日だけは」


 図書室から去ろうとする神奈達に荻原が声を掛けると戻ってくる。肉体だけが一人歩きしてしまうと、いざ神奈達が戻ってきた時に混乱するだろう。気付けば道路で車に轢かれる寸前なんてこともありえる。そうならないよう荻原が配慮したのだ。


 荻原は元々座っていた席に戻り、本を虚ろな目で見つめる。そうしていると時間だけが過ぎていき、図書室に向かって走る大きな足音が聞こえてくる。追加の来客だと察した荻原は怠そうに動き、面倒だから早く帰って来てと神奈達に願う。


 ――全ては、自分のために。


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