31.99 新年初日の餅つき
――上谷という表札のある一軒家にて。
一月一日という新年初日に神奈、笑里、才華、夢咲の四人は餅つきをすることにした。ちょうど家の倉庫に杵と臼があったのを見つけたことから場所は神奈の家の庭だ。
「いやー、最近はさらに寒くなってきたわね……」
手袋をした才華が白い息を吐きながら呟く。
「ほ、ほ、ほん、とにね……」
それにカタカタと震えながら同意するのは夢咲である。
彼女の服装は真冬だというのに防寒具一切なしであり、寒くて当たり前だろと言いたくなる薄着だ。……といっても神奈も防寒具は着用せずパーカーにズボンと普段通りだが。
「寒そうだね夜知留ちゃん。私のダウンジャケット貸してあげるね!」
「あ、あばばばば……あ、ありが、がが」
「毎年どうやって冬越してんだよ。凍死してそうで怖いよ」
白いダウンジャケットをありがたそうに笑里から受け取った夢咲。袖を通した彼女の震えは若干マシになり、鼻水でも出そうだったのかズルッという吸い上げる音がした。春にするような服装だったので放置したら本当に凍死していたかもしれない。
「手と手を擦ると、若干だけど温かくなるの。でも、擦りすぎて、毎年血が出ちゃうけどね……」
「いや怖い怖い貧乏怖い! 才華なんとかしてやってよ!」
「え、ええ。明日にでもコタツとかを送るわ」
その言葉に反応した夢咲が「コタツ!」と目を輝かせ、かじかんでいるため遅いスピードで才華の手を掴んで笑みを浮かべる。
「ありがとう……! 藤原さん、大好き……!」
「ねえ気のせいかな。私、今お金持ち大好きって意味に感じたんだけど」
「気のせいじゃないと思うぞ。まあ私もお金は好きだけど、才華も好きだから安心してくれよな」
「私も才華ちゃん大好きだよ!」
「同じ好きって言葉なのにここまで違うなんて……。本当の本当に、純粋な好意を向けてくれるのは笑里さんだけだったのね……」
神奈が「あれ私は!?」と叫ぶ。
お金が好きと言った時点で純粋ではないだろうが、神奈としては本気で純粋だと思っていた。比べて純粋さの塊である笑里は金銭に大した価値を感じていない。
「さて、場も温まってきたしそろそろお餅作りを始めましょう」
笑里と夢咲が「おお!」と、テンションに差はあれど手を挙げた。
ただ一人、神奈だけ餅作りという作業に面倒そうな顔をしている。
「なあ、別に市販品でよくね? 確かに臼と杵があったとは話したけど、まさかマジでやるとは思ってなかったんだよ。絶対面倒っていうか素人が作って美味しくなるかね」
「こういうのも思い出になるじゃない。いい機会だわ」
現在四人がいる庭には立派な臼がドンと置いてある。
餅つきといえば杵を用いて臼の中にある餅を叩き、もう一人が餅の向きを変える作業。しかし言葉というのは奇妙なもので、餅つきではなく餅作りと言われた方が面倒そうに感じるものだ。実際に工程はそちらの方が多いので間違っていないのだが。
「まずは餅作りの工程を確認しましょう。三人はお餅に必要なのって何か知ってるかしら」
「私分かる! 海苔とか小豆だよね!」
「それは餅が完成した後の話ね。私が言ったのは材料の話よ」
餅を食べる方法は色々種類があるが代表的なのは焼き餅やお汁粉、雑煮などだろう。笑里が涎を出しながら答えたのは明らかに料理を想像している。
勘違いしていた笑里と違い夢咲と神奈は真面目に考えて答えを出す。
「餅はもちっとしてるし似たような食感のものだよね。……チーズ?」
「似てない……いえ、似てるの? でも加熱したら溶けちゃうわよ」
「二人共さあ、常識で考えろよ。餅の材料は餅に決まってんだろ。バレンタインのチョコレートみたいに、混ぜて大きくしてから形を作るんだよ」
「ループしちゃうわよ、何で餅を作るのに餅を用意しなきゃいけないの。それじゃあ最初に餅を作った人はどうやって作ったのよ」
自信満々に告げた神奈は「……え」と真顔になった。
悲しいことに、前世の知識なんてものがあってもこれである。しかし転生者のアドバンテージを活かすかのように腕輪が回答する。
「もち米ですね。蒸してから臼に入れ、杵を使ってこねれば出来上がりです」
「はっはっは! 万能腕輪の名が泣きますなあ! 餅の材料がお米なわけないじゃんかよ常識的に考えろよなあ!」
「いや合ってるわよ。さすが腕輪さんね」
思いっきり笑った神奈が「あ、そうっすか」と再び真顔になる。
余計恥ずかしい思いをしたのは完全に自業自得。恥の上塗りと言っていい。
「蒸すって……時間かかるんじゃないの?」
疑問に思った夢咲が問いかけた。
蒸したうえにこねるのだ、今日で完成するのかどうかすら怪しい。朝食を食べていない彼女からすれば大きな問題である。
「色々調べたんだけど、蒸し器でだいたい三十分ちょっとってところね。それ以前にお米は前日の晩には研いでおいた方がいいらしくて、水に浸けるらしいわ」
「えっと、それ以前にそのもち米はどこにあるの?」
もち米などこの場に存在していない。あるのは臼だけだ。
「大丈夫よ、時間短縮のために家の者に任せたから」
才華がそう告げて指を鳴らすと、いきなり庭に執事服を着た男二人が入って来る。
不審者が来たように見えるが彼らは、ふかし布に乗っている蒸されたもち米を持っている。そして近付いて来た二人の男は臼の中にふかし布ごともち米を投下したと思えば、颯爽とこの場から立ち去っていった。
「――と、まあ出来上がったものがこちらになるわね」
「あの人達ずっといたの……? 寒そうだな……」
「藤原家の使用人よ。彼らはお餅持ち運び係なの」
「何その正月くらいしか出番なさそうな役職!」
餅を運ぶためだけの役職なら今の季節は大忙しだろう。一年のほとんどは暇で過ごしているのだろうと推測も容易い。
「後は杵で……杵で……あの神奈さん、杵は?」
「あれ? 持って来たと思ってたんだけどなかったか。たぶん倉庫だよ」
庭の隅にある倉庫に辿り着くには、現在いる南側の場所から西側に歩かなければならない。神奈は先導して歩いて才華を案内する。
倉庫の前まで来ると何やらドンドンという音が聞こえてきた。
「……何の音だ?」
「さあ、考えたくないわね。何となく予想出来るけど」
ドンドンという音が鳴り続ける中、神奈は倉庫の扉をスライドさせて中を覗く。
倉庫内には各地の名産品だったりお土産品などが入っている。神奈が前世の記憶を取り戻したことで五年分の記憶は上書きされて消えてしまったため、覚えがないものばかりである。それらの中には滅多に使わない道具類も入っていて、杵もその一つだ。
未だにドンドン鳴る中、神奈は杵を「これだこれだ」と言いながら持って、才華と共に南側へと戻るため歩いて行く。
そうして戻ってみれば――笑里が素手で餅つきを始めていた。
((うわあ……素手でやってるよ……))
「あ、神奈ちゃん才華ちゃん! ごめーん、やってみたかったから先にやっちゃった。こうやって衝撃を与えればいいんだよね!」
何かを叩くような音の正体はこれだったのだ。確かに笑里の霊力ありきの馬鹿力なら出来なくもないが、杵を持って来るまで待てなかったのかと二人は呆れた目で見つめる。なお近くにいる夢咲は頬を引きつらせて引き気味な目をしている。
餅をつくなら餅の向きを変える役目の人間も必要なのだが夢咲は何もしていない。笑里がひたすらに餅に拳を叩きつけているだけである。
別にそのせいというわけでもないが唐突にドスンと重い音が鳴った。
「うげっ、ちょっと待て待て。嫌な音鳴ったぞ今」
「聞き間違いと思いたいけど私もだわ……。ねぇ笑里さん……その臼を持ち上げてみてくれないかしら」
元気に「分かった!」といい返事をした笑里は臼を両手で持ち上げる。
頭上まで高く持ち上げた彼女を見て夢咲は「ええ……」とさらに引いた目になった。だが慣れたもので神奈と才華の二人は驚かない。そんなことよりも二人の目線は臼の置かれていた場所に固定されている。
「ああ……底、抜けてる……」
臼の底と、乗っていた餅だけが地面に取り残されていた。
馬鹿力だったせいで臼が破損した結果に二人の目から光がなくなる。
「あの、神奈さん。ちなみに臼ってもう一つあったりは」
「ないよ。あの底抜けたやつしかないよ」
「私の餅つきが始まりもしないで終わった……」
楽しみにしていた才華は膝から崩れ落ちた。
やらかした笑里はまだ理解しておらず「ん?」と不思議そうな目になって首を傾げている。自分達のような子供だけでやろうなんて最初から無理だったのかもしれないと、神奈は密かに思う。
結局その後、藤原家のお餅持ち運び係である男性二人の協力により市販品の餅が用意された。神奈達四人はおしるこを作ってもらい、仲良く食べて体を温めた。市販品でも餅は十分に美味しいため四人は満足気に完食したのだった。
終わり良ければ総て良し。残念ながら餅つきは出来なかったが、四人でおしるこを食べられたので結果的にはいい方向で終われた。神奈は三人が帰っていってからそう思う。
腕輪と二人きり、いや一人と一個きりになった神奈は呟く。
「しっかし、去年を振り返ってみると散々だな」
「え? 私はそうは思いませんけど」
「いやいや。シスコンぶっ飛ばして、宇宙人ぶっ飛ばして、挙句の果て警察に逮捕されそうになったんだぞ。これのどこにいい要素があるんだよ」
「まあそこら辺はそうでしょうが。私が言っているのは事件じゃなくて、出会いの話ですよ。今日集まった三人だって、私だって、去年の波乱万丈な一年で神奈さんと出会ったわけじゃないですか。そういう面では良かったと思えませんか?」
事件に巻き込まれ続けた過程で生まれた出会いがある。
嫌な思いも沢山しているが楽しかった思い出は多い。現世の父親が死んでから腕輪と出会うまではいつも一人であった。寂寥感も前世と変わらず味わった。それが友達と呼べるくらいに親しくなった者達と過ごして消えつつある。
たった一年で神奈の周囲は賑やかになったものだ。前世では友達など一人もいなかったというのに。
「あーなるほど、言われてみれば確かに」
本当に一年の記憶を振り返ってみた神奈は軽く微笑む。
「……思いの外、悪くない一年だったのかもな」




