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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.六章 神谷神奈とクリスマス
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31.9 プレゼントすり替え事件~後編~


 盲目的なまでに自分の考えを信じる厄介な警察官、倉間(くらま)繕海(ぜんかい)から解放された神奈と才華。二人は一先ず学校に戻り、真面目に授業を受けることにした。

 二人が学校に戻ったのは一日の最後となる六限目の授業中であり、一応それだけでも受けておく。終了すると笑里や夢咲から何があったのかと質問攻めされたので答えた。神奈に関しては繕海への愚痴も多少交ぜて話した。


 笑里と夢咲は「大変だったね」や「何その人……」などと言って労わってくれた。特にカツ丼をお預けされたのが一番辛かったと神奈は後に語る。


「あっ、神谷さん。今、大丈夫?」


 色々と話していると平凡な容姿の少年、真崎が近付いて声を掛けてくる。

 最近仲良くなれた少年に「大丈夫だけど、どうした?」と神奈は問い返す。


「実はゴリキュアレッドのステッキを爺ちゃんから貰ったんだ。よかったら家に見に来ない? まだ指一本触れてない新品のまんまだしさ」


「ゴリキュアレッドのステッキだとおおおおお!? 見に行く見に行く!」


「じゃあ一緒に帰ろう! 早くレッドのステッキ見たいもんね!」


「ああ早く帰ろうぜ! 音速くらい出していいか!?」


「……いや、それは僕が付いていけないよ」


 真崎との、というよりゴリキュアの話題となれば神奈はいつもこうだ。

 普段のつっこみレベルのテンションになり、真崎以外誰も付いていけないので才華達でも会話に入れない。


「みんなもレッドのステッキ見に来るか!?」


 会話に入れないが話しかけられたら答えるしかない。……とはいえ興味もないので答えは決まりきっているが。


「ごめん神奈ちゃん。興味ないや」

「帰ったら内職しないと」

「ごめんなさい。今日はえっと……用事があるの」


「そうかそれは残念だ。真崎君、二人で行こうか」


 真崎は「そうだね」と返事をして歩き出す。その後に神奈も続く。

 先程は勘違いで犯人扱いされて苛立っていたというのに、いざ解放されてゴリキュアの話題になれば幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 二人で下校しようと歩いていると、校門で佇んでいる男を発見する。

 神奈が「ん? あれって」と呟いたのは知っている顔だったからだ。しかもその整った顔立ちで警察服を着ている男は先程会ったばかりなのだから驚きもある。


「待っていたよ、神谷神奈ちゃん」


「またアンタか。倉間繕海……」


 目前に立つのは勘違いで犯人扱いしてきた印象の悪い男であった。

 テンションが急降下する。幸せそうな顔が一気に苛立ちを表す。


「神谷さん、この人は知り合いなの?」


「警察だよ。私を犯罪者とか言ってた阿呆だ」


「それはすまない、謝るよ。俺も頭を冷やして一度思考を整理してみたんだ。それで今度は町内会長に事情聴取でもしようかと思って、出掛けるついでに君に謝りに来たのさ」


 ついでと言われて神奈はまた頭に血が昇る。

 怒鳴りはしない。糾弾したい衝動に駆られるが抑え込み、多少俯いて「あっそ」と素っ気なく返す。


「あ、町内会長なら僕の爺ちゃんです。家まで案内しますよ」


「そうかい? それはありがたい、是非頼むよ」


 事情を何も知らない真崎は親切心で提案して、繕海はそれに乗る。

 事情を知っている神奈はうげっという嫌そうな表情へ変わる。

 人目を引くような三人はそのまま真崎家へと足を進めだした。



 * * * 



 夕方、オレンジに染まる宝生商店街へと神奈達はやって来た。

 つい先日までツリーやリースなどクリスマス関連の物品が飾られていたが、もうクリスマスを過ぎたので綺麗に片付けられている。


 そんな商店街にある真崎の家、町内会長が経営している玩具屋でもある場所で神奈達は立ち止まる。同行している倉間繕海も目的は違うが目的地は同じなので、昭和の雰囲気が残る玩具屋の中を見つめる。


「あ、僕の家はここです」


「ここが犯人の家か。突入準備をしよう」


「いや町内会長の家だよ」


 警察服を着ている繕海がいると目立ってしまうため、商店街を通る人々から好奇心の視線が突き刺さってくる。警察官がいたら大抵の人間は何か事件でもあったのかと気になってしまうものだ。

 目立っていたからか玩具屋の中から、町内会長であるシワの多い老人がわざわざ出て来る。孫もいることに気付いて確認しに来たのだろう。


「ん? なんじゃ、友達……か……」


「どうしたのさ爺ちゃん。何か喉詰まったの?」


 町内会長は繕海を見た途端に言葉を詰まらせた。

 視線は固定されており、真崎や神奈は不思議そうな目を向ける。


「町内会長の真崎さんですね? 俺はエリート警察官の倉間繕海といいます。本日はプレゼントすり替え事件について――」


「儂がやりました」


「お話を……え? 今なんて?」


 予想だにしない告白に三人の思考が停止した。

 聞き間違いでなければ自分が事件を起こしたと、そう言っていた。真崎は事件のことを知らないので困惑しているが、神奈と繕海は信じられないといった表情に変化する。


「……儂が、やりました」


「爺ちゃん? 何の話、してるんだよ」


「町内会長、本当なんですか……?」


「そんな……ば、そなバカな……!」


「アンタ何で驚いてんだよ。さっき思いっきり犯人とか言ってたのに」


「いや、本当に犯人だとは……。ぶっちゃけノリだったし……」


「エリートが聞いて呆れるな」


 繕海がエリートなのは自称だ。本当にそうだとしても神奈は信じない。


「警察が来たということは全てお見通しだったのでしょう。偽のプレゼントを用意したのは儂なのです」


 混乱する三人へ町内会長は真剣な表情で語る。とても冗談のようには思えず、本当に犯人なのだと真崎以外は理解し始めた。


「あっ、ああっ、そういえば俺は最初から町内会長を疑っていたんでしたよ」


「アンタが最初疑ってたのは私だろ」


 額から汗を噴き出した繕海を神奈はジト目で見つめる。

 ついさっき勘違いで逮捕しかけたのはいったいどこの誰だったのか。


「ちょっと待ってよ! ねえ神谷さん、爺ちゃん、倉間さん、本当に何の話をしてるのさ? 僕……分かんないよ」


「すまない、儂は罪を犯したんじゃ。この方は儂を逮捕しに来たんじゃよ」


「そんなの嘘だ! 爺ちゃんは優しいじゃないか、きっと勘違いだよ!」


 事情を知らない真崎が焦るように町内会長を擁護する。

 自首のようなものとはいえ、何も知らない真崎にとって信じたくない現実だ。本当に祖父が犯罪者であるなど事情を知っていたとしても信じられない。


 縋るように「ねえ、神谷さん」と同意を求めるが神奈は口を閉じていた。

 同意したくても出来ないのだ。真崎の心境を考えれば同意した方がいいのだろうが、今回ばかりは繕海の勘違いではなく本人からの告白。否定出来る材料も揃っていないため神奈は何も言えない。


「……なぜ、こんなことを? 子供達はプレゼントを楽しみにしていたはずです。あなたは幸せを配る側の人間でありながら、なぜ子供達の期待を裏切るような真似を?」


 神奈の聞きたいことを繕海が代弁してくれた。

 当然、何か理由があるはずなのだ。犯罪者には犯罪者なりの理由があって罪を犯す。町内会長にも町内会長なりの思惑があって実行したのだ。


 理由に同情して許すことはしない。神奈とて被害を(こうむ)っているわけで、他にも精神的ショックを受けた子供は多い。ただ動機を、根っこからの悪人ではない彼がなぜこんなことをしたのかを神奈は知りたかった。


「孫のためです。魔法少女ゴリキュアレッドのステッキが欲しいといった、孫のために儂はこの作戦を考えつきました。予算が足りなかったから他から捻り出すしかないと……。子供へのプレゼントがポケットティッシュになった程度で警察が動くとは思わなかったのです」


「ふざけないでください。お孫さんのためにと言うのなら、その喜ぶ顔が見たかったからでしょう? それなら分かるはずだ。他の子供達の悲しんだ心も、親御さん達のショックを受けた心も、あなたは理解出来たはずだ」


 町内会長は「そうですな……」と言って俯く。

 動機は本当にそれだけだったのかと神奈は疑問に思う。ここに才華がいればきっと全てを解き明かしてくれたのだろうが生憎今はいない。もう納得しかけている繕海を当てにしてはダメだ。このまま警察に連れて行かれては真崎があまりにも救われないため、神奈は必死に頭を回す。


「町内会長、本当にそれだけですか? 真崎君のためなのは本当だろうけど、本当に希望したプレゼントを用意してあげたかっただけなんですか?」


 結局、本人に問いかけることしか神奈は出来なかった。

 顔を上げた町内会長は、困惑しつつ涙を浮かべている真崎へ顔を向ける。


「この子には……あまり友達がいませんでした」


「……爺ちゃん?」


 手を伸ばして頭を撫でつつ町内会長はもっと深く語る。


「でも最近になって、この子の友達になってくれた子がいました。……儂は嬉しかった。この子の笑顔が増えていくのを見ていて微笑ましかったものです」


 一瞥してきたことから神奈はその友達が自分なのだと悟った。


「魔法少女ゴリキュアの玩具から知り合ったようで、それならもっとこの子に与えてやれば笑顔も増えるんじゃないかと、そう思いました。……結果は、こんなことになってしまいましたが」


「爺ちゃんは勘違いしてる……」


 涙を零しながら真崎は町内会長の目を見つめる。

 その時、繕海が「よし、じゃあ逮捕だ」と言って手錠を取り出したのを見て、神奈は「空気読めよド三流」と告げてローキックをかます。当然手加減しているので繕海は右足を押さえて座り込むだけで済んだ。


「確かに神谷さんとはゴリキュアを通じて仲良くなれたんだと思う。でも違う、そうじゃないんだ。別に魔法のステッキなんてなくてもよかったんだ。……大事なのは逃げずに正直になることだって、神谷さんが気付かせてくれた。もし自分に正直に生きていたら、僕はもっと早く神谷さんと友達になっていたかもしれない。他人の目や言葉を気にせず本当の自分を曝け出せていたら……きっと、もっと早くに心から笑えていたんだと思う」


 座り込みながら繕海は神奈の両手に手錠をかけた。だがそんなものは何の障害にもならず、神奈は手錠の鎖を強引に千切った。そして繕海の頭をはたいて衝撃で気絶させる。


「……成長したの。随分と、大きくなった」


「爺ちゃん、爺ちゃんがやったのは悪いことだけどさ。僕のためだったんだよね。僕のことをいつも一番に考えてくれていたのは爺ちゃんだけだったよ。……いつも、ありがとう」


「儂は空回りしてばかりじゃなあ。はぁ、今回ばかりは孫の成長すら目で見て分からなかった。儂は本当に愚かなことをしたよ。……さあ刑事さん、儂を連れて行ってくだされ」


 町内会長と真崎が視線を送った方向では――繕海が気絶して倒れていた。

 愕然とする二人を見て神奈は、全く悪びれずに「あ、終わった?」などと問いかける。公務執行妨害か暴行罪と言われても言い逃れ出来ないだろう。


「警察の方あああああああああああ!」


 気絶した繕海が起きるのを待ち、起きてから町内会長は手錠をかけられた。

 警察署へと連行されていくのを見送った真崎に、神奈はこんなことになった以上今日は中止にしようと告げて帰路につく。

 こうして実に締まらない形でプレゼントすり替え事件は幕を閉じたのである。



 * * *



 宝生警察署のトップである倉間全公の机の前に繕海は立っている。

 つい先程、プレゼントすり替え事件の犯人を逮捕したと報告したところだ。その結果を予想外とばかりに目を丸くした全公を見て気分が良くなった。


「どうです? これで俺もメトロノーム殺人事件の捜査に加えていただけますか? なんせ俺はたった一日で犯人を逮捕してきたスーパーエリートですし、当然捜査に加えていただけますよね!」


「メトロノーム殺人事件ならもう解決したぞ」


 自信満々に言い放っていた繕海が「あっ、えっ、そう、ですか」と呟き、みるみるとテンションが下がっていく。


「……間違いは誰にでもある。警察も人間だ、間違えることは恥ではない。間違え続けることが恥なのだ。ちゃんと犯人を捕まえてくれたことに私は感心したぞ。繕海、お前は遅すぎたが間違いに気付けたんだからな」


 一度また犯人を勘違いしそうになったとはいえ、終わり良ければ総て良しとも言う。結果だけを見れば繕海はたった一日で犯人を逮捕した優秀な警察官に見えるだろう。感心したと告げる実父に繕海は誇らし気な顔をする。


「そんなお前に早速担当してほしい案件がある。熱意あるお前にしか出来ないことだ……やってくれるか? 随分と厳しい仕事になるが」


「はい! 必ずやその仕事を成し遂げてみせます!」


 自称スーパーエリート警察官、倉間繕海は未来へ向かって突き進む。

 目指すは警視総監。いずれはハイパースーパーエリート警察官と呼ばれるようになる男。繕海の未来は良い方向に進み始めた……と、本人は勝手に思った。



 * * * 



 ――宝生町内のとある公園にて。

 プレゼントすり替え事件解決の翌日。神奈は散歩でもしようと近場の公園へ足を運んでいた。

 特に変わったこともない風景。子供達が遊んでいる平和な日常風景だけが視界に収まる。その他のものなど気にするべきではないし、気にしてはいけない。断じて――暗い瞳をしながらベンチに座る警察官など見てはいけない。


 神奈が見なかったことにして立ち去ろうとした時、その男は「おっ」と呟いて声を掛けてきた。

 嬉しそうに「おーい」と声を掛けられたからには無視するのも何か悪い気がする。神奈はその顔立ちの整った男、倉間繕海の方へ肩を落としながら歩み寄る。


「昨日ぶりだね神谷神奈ちゃん。今日は一人かい?」


「……あー、何があった? この世の終わりみたいな顔してたけど」


 再び暗い表情へ戻った繕海が「左遷された」と小声で呟く。

 よく聞き取れなかった神奈は「はい?」と返すと、プルプルと震え始めた繕海が今度は大声で叫びを上げた。


「左遷されたんだよ! この公園になあ!」


「なるほど公園に左遷……いや意味分かんないんだけど」


「くっ、まさかこのスーパーエリート警察官である俺が公園警備だなんて……。あの時、藤原家の人間を警察署になんて連れて行かなければ……」


 事情が分からない神奈では大したことは言えないが、一つだけ確かに言えることがある。前世や今世の常識と照らし合わせてもこれだけは言える。


「……現代社会……イカれてんな」


 ただ、憐れみの目を向けることしか神奈には出来なかった。


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