31.7 無知――サンタコロース――
笑里の家から出た神奈達二人は別行動を取ることにした。一応目的は果たしたので後は残った仕事を片付けるだけだ。
袋の中に入っているプレゼントは今のところ全てで二十個。元々子供の手伝いということもあって大した量は入っていなかったし、笑里の家に行くまでに少し片付けたのもあって二十個となっている。二十と聞くと多いと思う人間もいるが、まあそれも神奈のスピードを持ってすればかなり早めに終わる数である。
そして実際に十六個を三十分かからずに配り終え、残りは四個なので終了は近い。早く終わらせてしまおうと思った神奈が次の家に向かい、表札と家を見て「えっ」と声を出す。
表札には【光ヶ丘】という聞いたことのある名字。家も行ったことのある友人の家。
「ここかぁ、あの三人こういうの頼む性格なんだな」
光ヶ丘というのは偽名にすぎない。この家にいる三人というのはかつて地球を侵略しに来た宇宙人だ。
静かに鍵を開けて侵入。神奈は忍び足でこっそりとリビングへ侵入しようとして――突如「おい」という声でビクッと肩を震わせて足を止める。
「貴様、何者だ」
灰色のマフラーを首に巻いている細身の少年が廊下の奥から歩いて来た。
(ディスト……! なんでこいつまだ起きてんだよ。あれか、サンタをそんなに楽しみにしてたのか?)
警戒心剥き出しのディストは強く神奈を睨んでいる。とてもサンタを楽しみにしている純粋な子供の目ではない。
「グラヴィー! レイ! 起きろ、敵襲だ!」
「ちょっ違う! 敵じゃないだろどう見ても!」
「どう見てもだと……?」
ここで重要なのはディスト含めたトルバ人がサンタクロースを知らないということだ。果たしてサンタを知らない者が予備知識なしに初めて見た場合どうなるのか。
トレードマークの衣服は血で染まったかのような危険信号を送る色。誘拐犯が持っているような人間が入るくらい大きな袋。身バレ防止のためか白い顎鬚を伸ばし、怪しげな笑みを浮かべている。――どこからどう見ても危険人物であった。
「どう見ても危険人物にしか見えないが?」
「誤解だよ。ほら、サンタクロースって知らないのか? 今日はクリスマスっていう特別な日だからプレゼントを渡しに来たんだよ」
「クリスマス……聞いたことはあるが……むぅ、レイやグラヴィーなら何か知っているかもしれんな。だが二人が知らなかった場合、貴様はこの俺が直々に処刑してやろう。勝手に人様の家に入り込んんだ泥棒風情にはそんな死に方がお似合いだ」
さすがに地球で生活している以上、クリスマスという単語くらいは耳にしていたディスト。しかしまだ生活期間が短いために詳細までは知らない。
この家にいる残りの二人に訊こうとしたディストだが、改めて呼ぶまでもなく先程の叫びで飛び起きていた。ディストがやって来た方向にある寝室から、子供用寝間着を纏っている赤紫髪の少年と青髪の少年がやって来る。
「騒がしいぞディスト、敵なんてお前一人で十分だろう」
「もしも負けるというのなら僕がやろうか?」
(くっ、厄介なことに集合した。これで全員知らなかったら私襲われんの? プレゼント持ってきてあげただけなのに?)
不安に駆られる神奈は汗をだらだらと流し、どうか知っていますようにと胸中で願う。
「二人共、サンタコロースというのを知っているか? クリスマスにこんな不審者がやって来るらしいのだが」
(コロースじゃなくてクロースだよ! 何その物騒な名前!)
サンタクロースをサンタコロースと間違えたディスト。そんな名前で伝えられては殺し屋か何かと間違われそうで神奈の額から汗がさらに噴き出る。
「サンタコロース……三太殺す!? まさか殺人鬼か!」
神奈が一番頼りにしていたレイは見事に誤解した。そもそも間違えて伝わっているので誤解しかされないわけだが、真のサンタを知っていれば間違いに気付くはずである。こうなればグラヴィーしか神奈の頼れる者はいない。
「なるほど、ではグラヴィーはどうだ? こいつのことを知っているか?」
(グラヴィー頼むぞ……!)
(サンタコロース……いやこれサンタクロースだろ、どう見てもそんな感じの服装だし。そういえばサンタがプレゼントを持って来てくれるとかいうやつに応募したような気がするな。ああそうだ、きっと町内会とやらのイベントだ。……しかし、この国で暮らしてサンタを知らないはずがない。レイとディストだって知っているはずだ)
残念ながらレイとディストは何も知らない。グラヴィーの深読みが始まってしまう。
(知っているならこの騒ぎはなんだ。考えろ、おそらく二人共知っていて敵視している。なぜだ、サンタはこちらに害を与えるような者では……いやそうか! こう考えれば納得がいくぞ!)
藁にも縋る思いで神奈が見つめると――
「サンタコロースという殺人鬼だな、どうやらサンタクロースの名を騙り殺そうとしているようだ。ふっ残念だったな偽サンタ、僕達はお前の企みなど全て読んでいたのさ」
そんなことをグラヴィーが自信満々に言い出した。
所詮期待は期待。誰かに押しつけられても応えられるかは本人次第。勝手に裏切られた気分になっている神奈は呆然と立ち尽くす。
「どういうことだグラヴィー。俺達にも分かるよう説明してくれ」
「単純な話、そこにいるのはサンタクロースという存在の偽物だ。服装は本物そっくりだが間抜けなことにそいつはサンタを詳しく知らなかったようだな。サンタクロースというのは四、五十代だと言われているんだ。だというのにそいつの体格はどう見ても子供……サンタの服装をしていれば住民が油断するとでも思っていたんだろう。だが残念なことに僕達はトルバ人。子供でもサンタでも油断も慢心もしない戦士! 犯罪者などには屈さない!」
誤解が、誤解を生む。
もはや今から「私でした~」などと言える雰囲気ではない。そんなことを告げて正体を明かせば殺人未遂という罪を神奈が被ることになる。誤解を解けばいいと一瞬思ったが、ここから全て誤解と説明できる自信が神奈にはない。
「……元々、この星を侵略しに来た僕等が言えることではないかもしれない。でももう僕等はこの星の住人だ、生起するだろう事件を野放しには出来ない。今こそこの星のために戦うんだ、グラヴィー、ディスト! 行くぞおおおお!」
レイの熱い言葉に二人は「おう!」と短く返事する。
三人が神奈目掛けて突進してきた。全て勘違いだというのに。
「クソがあああああ!」
正気に戻った神奈は叫び、プレゼント三つを三人に投げ渡す。三人は避けきれずに顔で受け止めると後方へ吹き飛ばされた。
プレゼントを渡しに来ただけなのに殺人未遂の疑いをかけられて襲われるという始末。神奈は自棄になってその場から逃走した。
* * *
いくつもある街灯の照明があるおかげで公園はそこそこ明るい。特に現在神奈が座っているベンチ周辺は左右の二本によってよく照らされている。
公園で一人座って何をしているかといえば、単純に落ち込んでいる最中だ。家に入ってしまったとはいえ襲われるなど落ち込むしかない。……というか町内会のサンタイベントに応募したのなら事情を知っているはずなのだが、最悪な空回りによって誤解を生んでしまったのだ。
残り一個のプレゼントを、待っている子供に届ける気分ではなくなってしまった。どうせまた襲われるだろうと勝手な想像を働かせてしまう。
「神奈さん、何をしてるの?」
俯かせていた顔を上げてみれば、サンタのコスプレをした才華が立っていた。
「才華か。悪い、もう玩具屋に戻る時間か。でも私まだプレゼントを配り終えてなくてな……あと一個なんだけどさ」
「へぇ、私もあと一個なのよ。……これ喋りづらいわね、神奈さんも取ったら?」
そう言いつつ才華はふわふわの白い顎鬚をとってプレゼント袋の中に入れる。それを見て神奈も顎鬚をとって、足元に置いてある袋の中へ入れる。
顎鬚がなければ、中途半端なサンタコスプレをしたただの可愛い少女となる。正直なところ二人は顎鬚が似合うなど微塵も思っていなかった。
「何かあったの? 話してみればスッキリするわよ」
才華がそう告げながら神奈の隣に腰を下ろす。ベンチは鉄製だったので気温と比例するように冷えており、才華は思わず「冷たっ!」と声を出してしまう。ミニスカートなのも絶対に影響しているだろうなと神奈は密かに思う。
「べっつに、すごい嫌なことがあったわけじゃないんだよ。ただなんていうかな、人生うまい具合にいかないなと思ってさ」
「人生山あり谷ありって言うじゃない。これからうまくいくようになるのかも」
「だといいけどなあ」
二人は冷たいベンチに座ったまま話を続け、口を開く度に白い吐息が漏れ出す。
「というか、少なくとも私は神奈さんがうまくいっていないとは思えないわ。相談に乗ってくれる大親友がいるんだから」
「ははっ、まあ確かに。サンタをやりたいとかいう我が儘お嬢様がいたな」
「その言い方は悪意あるでしょ、ゴリキュア狂いの神奈さん」
「そっちの方が悪意あると思うんですけど」
喧嘩になりそうな口調ではなく、どちらも物腰は柔らかで怒る様子はない。二人は遠慮がいらない理想的な関係性を築けている。
「……プレゼント、神奈さんリクエストしたでしょ」
「え? あっ、そういえば私もノリでプレゼント応募したんだった。でもなんで知って……ってまさか才華の袋に私の分が入ってんの?」
神奈は確かに町内会に希望プレゼント応募用紙を提出していた。あわよくば魔法少女ゴリキュアレッドのステッキが手に入るかもという欲望を溢れさせて。
「私が配る最後の一個、魔法少女ゴリキュアレッドのステッキ。百二十万円だってね、私に言ってくれれば買ってあげたのに」
「太っ腹だけど遠慮しとくよ、友達にねだるわけにはいかないし。……そういや私も一個残ってるんだっけ」
思い出したように袋へ手を伸ばし、神奈が取り出したのは赤いリボンが巻かれている小さな袋。住所を確認して「わりと遠いかもな」とぼやいた。
仕事に戻ろうかと思い始めた神奈が立ち上がる前に、取り出されたプレゼントを盗み見た才華は「あっ」と声を上げる。
「それ私のよ、住所が私の家だもの」
「ええ? つまり互いに互い宛てのプレゼントを持ってるってこと?」
「そういうことになるわね。よかったじゃない、手間がかからないで」
「こんな偶然あるんだな……」
偶然とは恐ろしいものだと神奈は思う。何十人もいた中で、何百人ものプレゼントの中で、偶然二人のものが互いの袋に入れられたなど、誰かに仕組まれているとした方がよっぽど現実味がある。もっともそんなことをする理由が誰にもないので正真正銘恐ろしい偶然なわけだが。
神奈達はお互いを見やり柔らかい笑みを浮かべる。そして「メリークリスマス」と告げてプレゼントを手渡した。
プレゼントを受け取ったとき、上から白い綿のようなものが鼻へ降ってきたことに才華は気付く。それは次第に増えていき、二人が暗い空を見上げると玉雪が降ってくる光景が視界に映し出される。
「……ホワイトクリスマス」
無邪気な喜色を二人が浮かべた。今年初めての降雪がクリスマスというのも何か運命染みたものを二人に与える。
普段大人びた言動をするとはいえ小学生である才華は目を輝かせている。そんな隣の親友を横目で眺めてから視線を上空へと戻し、神奈は「今日はお疲れ様」と夜の公園内に溶け込むような静かな声で告げた。




