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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.六章 神谷神奈とクリスマス
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31.6 聖夜――サンタクロース――


 十二月二十五日。クリスマス当日。


 神奈と才華の二人は町内会が主導するサンタサービスの手伝いをすることになっており、参加する町内会の人間含めてサンタクロースのコスプレをして真崎玩具店に集まっていた。


 クリスマス当日といっても真夜中、時刻は十二時。眠気が容赦なく襲ってくるので神奈はついつい欠伸してしまう。もっと早い時間に集まりたくても、サンタは子供の寝静まった時間にやって来るので遅い時間になるのは仕方ないことだ。

 真崎玩具店に集まったのは総勢二十人。その全員が白い綿がついた赤い服、白い顎鬚、赤い帽子、大きな白い袋を持って全力でコスプレしている。なお動きやすさを重視しているため女性はミニスカートである。


「それではみなさん、時間となりましたので速やかにプレゼントを届けましょう。今年は特別に藤原さんのところの娘さんと、そのお友達も参加してくれるので一人一人の負担は多少減ると思われます」


「あっ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしふぁ~す」


 一人欠伸しているが手伝いは全員嬉しく思っている。各々「よろしく」と声をかけたり、手を振ったり、頭を下げたりして感謝を表していた。


「……サンタミッション、スタート!」


 町内会長の真崎が叫び、応じて各々が迅速に散っていく。

 初参加の才華や神奈も行こうとしたが、町内会長に「待ってくれ、色々説明するから」と言われて引き留められた。

 それから説明されたことをまとめれば三つ。


 一つ。袋の中に入っているプレゼントの包装紙には住所が書かれた紙が貼ってあるので、それを見て各々プレゼントを間違えずに届けること。


 二つ。絶対に子供達にサンタではないとバレないこと。


 三つ。夜は視界が暗く危ないので気をつけること。


 基本的なことを聞かされた神奈達はこくりと頷く。町内会長は二人が理解したと分かって「健闘を祈る」とだけ言い残し去ってしまった。置いていかれた二人も仕事を全うするべく行動に移る。


「とりあえず私達も……あ、笑里さんのところへは二人で行きましょう」


「了解。まああいつの家に行くまでに通るところは終わらせようよ」


 全員がバラバラに動いているなか神奈と才華だけは二人で動くことにした。笑里の元へは友達である自分達が行こうと考えたゆえに、そのときまでは一緒にいることにしたのだ。


「えっと、まず最初は――」


 才華がプレゼントを袋から取り出して、住所を確認して近い場所を調べる。ひんやりとした空気が原因か才華が白い息を吐き出して最初のターゲットを告げた。

 二人がプレゼントを配る記念すべき一人目となった子供は全く知らない赤の他人。名前を聞いても分からなかったことからクラスメイトではない。そもそも数の多い子供達へのプレゼント配りで知人が相手の事例は数少ない。


 一人目の家にまでやって来た神奈達はここであることに気付く。

 暗い真夜中にこっそりとやって来たはいいものの、どうやって中へ侵入すればいいのか。当然夜なので玄関の鍵は掛かっているし、もし掛かっていなかったらいなかったで問題になる。窓も同様。サンタといえば煙突から入るのがメジャーなところだが、煙突など付いている家の方が少ない。つまり詰みである。


「どうやって入ればいいのかしら。そこは聞いておかなきゃダメだったわね」


「だよなあ、窓とか割るわけにもいかないし」


 他のサンタ達はポストの中に入れたり、あらかじめ玄関の鍵を開けてもらって入ったりするのだが、神奈達はどうしてもサンタが家に入るイメージを消すことが出来ずに侵入方法を考えている。そして解決したのは悩む二人を見兼ねて口を出した腕輪であった。


「それなら〈ロック〉を使用すればいいかと」


「腕輪さんね、その〈ロック〉っていうのは何? 直訳するなら岩とか施錠の意味になると思うんだけれど、何かの道具?」


 才華は魔法を知らない。この世界では魔法が政府により一般人に隠されているため当然といえば当然なのだが、神奈は現状をどうにかするため才華の目の前で魔法を使用することにした。腕輪の助言通り〈ロック〉なら、原理は扉の鍵にのみ働く念力のため開錠することも可能である。

 家の扉に手を触れて「ロック」と神奈が呟くと、扉から小さくガチャッという音がして才華の目が丸くなる。


「その、信じられないかもしれないけどさ……私は魔法が使えるんだ。あんまり役に立たないやつばっかだけど」


 隠していたことを申し訳なく思う神奈はゆっくりと才華の方を向く。

 いったいどういう反応をするのか。気味が悪いと罵られるか。笑里のように凄い凄いと賞賛されるのか。


「……まさか魔法とはね」


 思ったよりも反応がないに等しくて神奈は困惑する。


「魔法だぞ? 魔法使いが目の前にいるんだぞ? なんでそんなに冷静でいられる?」


「いやぁ、これまでのことを振り返ればすごい驚くほどのものでもないかなあと。ごめんね、笑里さんなら賞賛するんでしょうけど。ああ、使えること自体はすごいと思っているわ。……それと神奈さんって、魔法使いというよりは武道家だと思うの」


「なんか複雑な気分だけど……今は仕事に集中するか」


 秘密を教えたはいいがもう少しリアクションを期待していた神奈は、音がなるべく立たないよう静かに扉を開け始める。ゆっくりと開かれた扉から侵入し、二階にある子供部屋で寝ている男の子の横にプレゼントを置いておく。異様に軽かったが、プレゼントの中身は詮索しないのがマナーというものだろう。


 ※なお、勝手に他人の家へ侵入するのはマナー違反です。


 それから神奈達のプレゼント配りは順調に進み、ついに笑里の家へと辿り着いた。

 ここで一つ問題が浮上する。笑里のことだ、サンタの来訪を確認するため夜遅くまで起きている可能性がある。そうすると説明されたルール――子供達にサンタでないとバレないことが重要になってくる。


「ついに笑里の家なんだけど、あいつ起きてるかな」


「……可能性はあるわね。サンタが来るところを実際に確認しておきたいとでも思っているかも。もしそうならうまく誤魔化さないとね」


 二人は秋野家へと侵入し、笑里の部屋へと向かう。


 ※なお、勝手に友人の家へ侵入するのは犯罪です。


 扉に【えみり】とネームプレートが付けられていたこともありすぐに気付いた。それに手をかけた神奈は一度動きを止める。


「なあ才華、この扉を開けたら笑里が待ってるよな。だったらもう分かりやすくメリークリスマスとでも言った方がいいんじゃないか。ほら、サプライズ的な」


「うーん、まあその方がサンタっぽいかもしれないわね」


「よし決まりだ。開けてすぐに言うぞ」


 止めていた体を再始動させて神奈達は笑里の部屋の扉を開ける。そして白い顎鬚のせいで見えづらいが笑顔を浮かべて足を踏み入れた。


「「メリークリ――」」


 祝福の声は途中で途切れる。なぜかといえば肝心の笑里がぐっすり眠っていたからだ。


((寝てるー!))


 窓から入る月光に照らされながら、気持ちよさそうに眠る笑里は起きる気配がない。別にこれはこれでいいことなのだが、二人からすればどう誤魔化すかを必死に考えていたことがバカらしくなってしまう。

 二人は互いの顔を見てクスッと笑うと、笑里のプレゼントを袋から取り出す。赤いリボンのついた白い袋に入っている物はいったいなんなのか。先日の発言通りなら菓子類なわけだが、それで納得出来るくらいに軽かったので本当に菓子を望んだのだろう。


 部屋にあったクリスマスツリーに赤い靴下が飾られている。サンタといえば靴下の中にプレゼントを入れるというので、神奈達二人はプレゼントを赤い靴下に入れておいた。


「むにゃあ……サンタさぁん」


 声がしたので二人がバッと振り向くが笑里は寝たままだ。寝言だと数瞬遅れて理解する。


「私も連れていかないとダメでしょお~、トナカイがいないと始まらないよお」


(どんな夢だよ。ていうかお前人間だろ)


「ずるいよお、神奈ちゃんはソリで一緒に行けるのに……」


(私が生物ですらなくなっちゃったよ! せめて私をサンタ役にしろよ!)


 寝言を聞いて才華がクスクスと笑う。


「ほんと面白いわよね笑里さんって」


「……ま、いいやつなのは確かだな」


 秋野笑里は純粋な子供。悪事を働く者に妥協せず鉄拳制裁する正義。

 転生前、前世の神奈がなりたかった理想の自分というのはまさに笑里のような子供だった。悪辣で陰湿ないじめも見過ごさずに介入するだろうし、加害者に罰を与えるヒーローそのものに感じられる。知らぬ間に神奈は笑里に対して憧れのような想いも抱いていた。

 呑気に眠っている笑里は神奈の気持ちなど一ミリも理解していないし、これからも知ることはないだろう。だがそれでいい、勝手な神奈の憧憬など知らなくていい。


「いいやつだよ、本当に」


 神奈達は静かに「メリークリスマス」と告げてから部屋を出ていった。


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