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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.六章 神谷神奈とクリスマス
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31.5 回顧――大事なのは反省と成長――


 授業合間の休み時間。

 喉が渇いたのもあって自動販売機へと向かっていたとき、屋上へと続く階段から話し声が聞こえてきたので神奈は立ち止まる。


 屋上は一応立ち入り禁止だ。階段を使用する者などほとんどいないため、友達のいないボッチがたまに休み時間に休んでいたり、何か怪しい取引が行われていたりする。特に気にする必要などないはずなのだが神奈はちょっとした好奇心から階段を上ることにした。

 半分まで上って折り返し地点。そこでようやく何が行われているのか見えたので咄嗟に隠れる。


「おい真崎、お前調子に乗んなよ」


 三人の男子生徒が真崎一人を追い詰めている。過去の、前世の経験から神奈はこれがいじめのようなものだと察した。


「調子に乗ってなんて……」


「乗ってんだよ。女子と話したいからってあの……二人はゴリキュアだっけ、魔法少女アニメの勉強なんかして恥ずかしくないわけ? しかもウチのクラスで三大美少女なんて呼ばれてる神谷と仲良くなるとかさあ、マジありえないでしょ」


(ちょっ、何それ三大美少女なんて呼ばれてんの!? 初耳!)


 三大美少女などと陰で呼ばれていることを神奈は今初めて知った。ちなみに仲のいい女子生徒三人を見ていた男子生徒が偶々呟いた言葉が偶々浸透したのがきっかけである。


(いやそんなことよりもこれ……私が原因じゃん)


 まさか自分が原因とは思いもしなかった神奈は様子を窺う。


「べ、勉強なんてわざわざしないよ。ほら、家が玩具屋だから偶然玩具を手に入れて、それが好きな神谷さんが偶然寄ってきただけで」


「はっ、ぐうぜぇん~? お前そりゃあねえだろ、お前が持っていたあれって魔法少女ゴリキュア第十二話で初めて出てきたグリーンのステッキだろ? 俺達じゃ買えないような値段の玩具を偶然手に入れたなんてあるわけねえだろうがあよお」


(詳しっ! 何あいつ絶対ゴリキュア好きじゃん!)


 普通興味のないアニメの玩具の情報など知らないだろう。しかもそれが出てきた話数と値段まで知っているときた。明らかにファン以外の何者でもない。残り二人もうんうんと頷いていることからファン確定だ。


「……別に、もう話さないよ」


「当たり前だろ。あぁー、そうだ、そのステッキ俺達に寄越せよ。お前みたいなやつがグリーンのステッキ持ってるとグリーンも泣くだろうからさ」


「違いねえ!」


「ほら早く出せよ!」


 そのとき、神奈の脳内にある光景が過ぎる。

 宝生とは違う小学校の教室。同級生の少年が可愛らしいステッキを持つ少年を嘲笑う。


『だっさ……男のくせにそんなもの買って、大事そうに見てるとか気持ち悪すぎだろお前』


 今世ではなく前世の記憶。想起するのも嫌になるが忘れられない記憶に神奈の顔は一瞬強張った。

 いじめだ。理由は違えど神奈と真崎はいじめを受けた。友人に揶揄われたとかではなく確かな悪意を持って男子生徒は近付いてきたのだ。


(……あのときとは違う。自分の蒔いた種は自分でどうにかしてやる)


 止めることを決意した神奈は「おい」と言って階段を上っていく。

 声をかけられたいじめっ子三人は最初「あぁ?」と呟きながら強気な様子で振り向いたのだが、来た者が神奈であると認識した瞬間に怯えた表情になる。


 いじめの現場を見聞きされたからか――いいや違う。彼らは神奈の制裁を恐れているのだ。なにせ同じクラスゆえに速人が一方的にやられている光景を何度も見ている。もし今日のように天井へ刺さるようなパンチを出されれば間違いなく死ぬだろう。

 いじめっ子三人は顔を青ざめさせて、悪質な笑みが引きつる。


「……か、神谷……これは違う」


「へぇーなにが違うって?」


「ごめんなさい俺が悪かったです! いじめてましたごめんなさいごめんなさい! これで失礼しまあああす!」


 ほんの少し神奈が睨みを利かせるといじめっ子三人は大慌てで逃げていく。

 三大美少女などと呼ばれているのに、怒った様子を見せただけでなぜこれだけ怖がられるのか。もはやあの態度ですら神奈はいじめに思えてくる。


「……神谷さん」


 取り残された真崎は信じられないような疑惑の瞳を神奈へと向けている。

 同じクラスで授業を受けているとはいえ、昨日までほぼ接点がなかった二人。昨日初めて会ったのと同じような認知度だ。そんな神奈が助けてくれる理由を色々考えても真崎には思い当たらない。

 真崎は基本的に行動も考えも根暗なものだ。いじめ現場に介入することに本当に勇気が必要であると分かっているし、自分なら見てみぬ振りをしてしまうと思う。


「あー、その、厄介なのに絡まれてたな。主に私のせいで」


「いや神谷さんのせいじゃないよ! あの、助けてくれてありがとう。……本当に神谷さんのせいじゃないから。僕がもっと自分の立場を弁えていればよかっただけなんだ」


「自分の……立場……?」


 スクールカーストというものがある。学校のクラスメイトの中で自然と決められる身分制度のようなものだ。真崎のような根暗であまり周囲と関わらない者は下層に位置し、上層は先程の逃げていったいじめっ子のような良くも悪くも周囲を動かせる人間。

 真崎は自分の立場を理解していた。友人もあまりいない彼はクラスでも目立たない存在。常に受け身であるため、何か理由があればいついじめられてもおかしくない。今回はクラス内で良くも悪くも目立つ神奈と関わったことが理由となった。


「ごめんね、これからは話しかけないでくれるかな。またああいった人達に目をつけられたら嫌だしさ」


 助けられても真崎の意思はぶれない。こうして一度助けてもらったとしても次はどうだろうか。今回であのいじめっ子が関わらなくなったとしても、また同じような輩が出てくる可能性は十分ある。その度に助けてもらうなど真崎からすれば申し訳ない気持ちになってしまうし、神奈がずっと傍にいて守護してくれるわけではない。それなら最初から関わらない方がリスクの少ない生活を送れるだろう。


「本当に真崎君はそれでいいのか? ゴリキュアの話してるときすごい楽しそうだったぞ……ついでに私も楽しかった。いじめが怖いから逃げているだけなんじゃないの」


「……そうだよ。ただ怖いから逃げる、何かおかしいのかな」


 逃げの選択肢は決して悪いわけではない。立場の強い者から逃げて無事に生活出来るのなら逃亡はいい選択の一つだ。


「別におかしくないな、弱者が強者から身を守るには一人じゃそれしか方法がないから。でもさ、私がいるじゃん。私みたいなやつに助けを求めればそれで済む話じゃないの?」


「……神谷さんはいいよね、単純で。正しいよ、正しすぎる。でもさ、その正善(せいぜん)さが眩しいんだ。ずっと助けられるなんて僕が嫌だ……きっと、罪悪感に圧し潰されそうになる」


「私は……そんな大したやつじゃないよ。今だって正しくあろうと必死になってるだけだ」


「そんなことない、神谷さんぐらい良い人なんてそうはいないよ。こうして助けてくれたんだから……だから僕のことを、弱者の気持ちを理解できない。事なかれ主義なんだよ僕は。特別ちやほやされたくもないし、いじめられたくない。ただ普通の生活を送りたいだけなんだ」


 時に人は停滞を所望する。変化を求めない。

 いじめは当然として、いい意味で目立つのも真崎は求めない。今まで通り仲のいい一握りの友人と過ごせていければそれ以上は望まない。今の時点で幸福だと思えるのだ、それ以上を望むのは贅沢だとしか思えない。だが、本音を露わにするというのなら真崎は神奈との関係性は維持したいと思っている。共通の趣味を持つ相手というのは同性だろうが異性だろうが話で盛り上がれるし、笑い合って楽しめる友好な関係を結べるだろう。


 そんな真崎の友達になりたいという想いを神奈は僅かに感じ取っていた。自分の感情を、心を押し殺す結論など、納得できる理由がなければ神奈は認めない。真崎の逃亡を許可しない。しかしこのまま正しいことだけを告げていてもどうしようもないことは明白。


(ああ……分かる、なんとなく分かる。前世でそう思っていた時期もあった。でも……理不尽は唐突に訪れる。私の普通な生活って一瞬で消し飛ぶようなものなんだって思い知らされている。……それならいっそ、そんな世界ならいっそ、自分の気持ちを殺すことなく人生を思いっきり楽しんだ方がいい。怖い相手に逆らわないなんて人生がもったいなくなるだけなんだ)


 正しい言葉が通じない相手にどうすればいいのか。諦める選択肢など端から存在していないために神奈は苦悩する。


「私は本当に……なんていうか、その弱者の気持ちってやつが分かるよ。私は以前から強い人間ってわけじゃないんだ」


「……口だけならどうとでも言える。神谷さんが弱かったなんて」


「かもな、でも私も確かに弱者側の人間だったんだよ。忘れもしないあの日が原因で私は変わろうと思えた」


「……何があったの?」


 善性の塊のような神奈の過去に何があったのか。単純な興味本位で、嫌な記憶を掘り起こさせることを悪いと思いながらも真崎は問いかけてしまった。


「この学校に来る前の話だ。私もさっきみたいにいじめの標的にされたことがある……っていっても今みたいに一日で終わったけどな。でもその終わらせた方法が最悪だった、私の罪になった。……あの日、友達になろうとしてくれたやつがいた。そいつはいじめを止めようとしてくれて、クラスの人気者が標的をそいつに移したんだ。そして私は――いじめに加担した」


「神谷さんが……いじめた?」


「酷かったよ、特に暴言と暴力がね。助けようとしてくれたのに私もそいつを一度だけ殴った……自分がまた殴られるのが怖くて、加害者側に回っちゃったんだ。ほんと、今思えばバカなことしたと思ってる。差し伸べられた手を取らずに振り払っちゃったんだから」


 前世の話だ。神奈という側面しか知らない真崎は話の内容に違和感を持ちつつも、揺れ続ける瞳でしっかりと見て耳で聞いていた。


「だからさ、私は正しくなろうと思った。決してもう罪を重ねないんだ、誰かに手を差し伸べる側のやつになるんだってな」


「……今でも、後悔してるんだね」


「今になってもっていうかずっとだろうな、後悔。罪悪感って人間の心に住み着いて離れないものだから――だから私はこうするんだよ、真崎君」


 そうして全てを話した神奈は左手を真崎へと差し伸べる。


「変わるのは今すぐじゃなくていいし、個人の自由だ。でも何かを恐れたままじゃきっと気持ちよく生活出来ないと思う。私もまだクズから変化する途中だしさ、これから一緒に変わっていこうよ」


 これは決して開き直っているわけではない。前世のある時期からの切望とでもいうべき、こうなりたいという目標が確かに神奈にはある。トラックから子供を助けたのも、今までに起きた数々の事件に介入してきたのも、見捨てるクズのままでいたくないという強い想いが後押しした結果だ。

 純粋に神奈は想いが伝わることを熱望し、ゆっくりと動いた真崎の手に注目する。


「……本当は分かっていたんだ。いつまでもこのままじゃきっと壁にぶつかる日が来るってことくらい、逃げるだけじゃダメだってことくらい、分かっていたんだ。……人間大事なのは反省して、成長すること。ゴリキュアが僕にそう教えてくれた。……だから僕も、神谷さんみたいに変わってみるよ」


 そう言って手を取った真崎はふと優しい笑みを浮かべた。

 弱者だった過去を聞いて真崎は心情が一変したのだ。仲良くしたい人間がいるのに、いじめを恐れて感情を殺してまで関わらないなどただの逃げ。一緒にいるために恐怖を克服し、停滞から脱却しようと真崎は自分に言い聞かせる。そうするだけの価値が、僅かとはいえ楽しかった時間をもたらした神奈にはあると判断した。

 神奈と真崎。二人の友情はここから始まる。


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