新・風の勇者伝説――異世界での行動は慎重に――
登場人物紹介
神谷神奈……魔法に憧れていた転生者であり主人公。天然パーマの髪質をストレートにしたいと思っている。
総合戦闘能力値 約500000。
神野神音……かつて大賢者と呼ばれた転生者。現在は泉沙羅という名前であり、かつて時の支配人が住んでいた家に住んでいる。
総合戦闘能力値 約530000。
深山和猫……全ての世界に存在し、記憶や戦闘力その他諸々を全個体で共有しあっている超次元生命体。仮に彼女を殺せたとしても、すぐその世界に新たなミヤマが生命体の魂を上書きして誕生する。
総合戦闘能力値 計測不能
エビル・アグレム……『新・風の勇者伝説』の主人公。白い肌に白い髪の優しい少年。風の勇者に憧れている。
総合戦闘能力値 5
四月一日。エイプリルフール。
近年存在感が薄い日。一応嘘を吐いてもいいとされている日だ。
嘘を吐いてもいいとはいうが基本的に嘘は良くないので、エイプリルフールを口実に酷い嘘を吐いたら信頼を失うかもしれない。口で言うのは自由だが許されるかどうかは別の話である。
そんな四月一日。神奈は神音から嘘みたいな話を聞かされた。
「……マジで? マジで行けんの?」
「可能だよ。暇なら行ってみればいいんじゃない、異世界」
発端は神奈が暇潰しを求めて相談したこと。
答えとして神音は『異世界にでも行ってきなよ』と言葉を返した。
冗談だと思った神奈だが会話しているうちに本気だと分かり今に至る。
「どんな異世界に行けるんだよ。漫画の世界とか行ける?」
「行けるけどオススメしない。漫画のキャラクターに会いたい気持ちは分かるけどね、止めた方がいいよ。君が好きなのは二次元であって三次元じゃない。実際に会ったところで想像と違ってガッカリするだけさ」
絵柄にもよるが漫画のキャラと実際の人間はあまり似ていない。
ガッカリすると神音が言うのも一理ある。
ただ、それでも神奈の楽しみな気持ちは膨らみ続けている。
「会った訳でもないくせに……あ、会ったの?」
「興味本位でね。失望したよ。私が愛したのは所詮、絵だったんだってね」
神音が実際に会ったのは超有名漫画作品のキャラクター。
ワ○ピースのルフィに勧誘されたり、ドラゴンボ○ルの悟空に戦いを挑まれたりした。彼女は暇潰しで創作世界によく行くらしく、ハンター試験や忍になる試験も受けたらしい。○探偵コナンの世界では犯人と疑われて焦り、最悪コナンを始末しようとする一歩手前まで考えたと言う。
「悟空と戦ったって……羨ましいな! 勝敗は!?」
「途中までは良い勝負だったけど赤い髪になって完封されたよ。いったい何なんだあれは。原作にはなかったぞあんなの」
「あ、超を知らないのね。てかゴッドに変身させたの凄いな」
「変身といえばルフィもコナンも変身したぞ。なんだギアフィフスって、私サードまでしか知らないのに急に出してきたんだが。コナンもなんだあれは、いきなり高校生になったんだが」
「お前コナン見たことないだろ」
他にも色々な創作世界やキャラクターの話を聞かされて神奈は興奮する。
ワクワクが止まらない。摩訶不思議な冒険や世界に行けるのなら、誰でも一度は行ってみたいだろう。神奈の今日の気分は完全に異世界であり、今更どんな言葉を掛けられても止まる気はない。
「で! 私も連れて行ってくれるんだよな異世界! どこ行く!?」
「君の知らない世界にしよう。失望させないために」
そんなやり取りがあった四月一日。
神奈と神音は究極魔法〈理想郷への扉〉で異世界へ旅立つ。
「ところでどこ行くの?」
「最近完結した【新・風の勇者伝説】って作品がもとになった世界」
* * *
異世界へとやって来た神奈達。
二人で探索しようと思っていた神奈だが、神音は「確かめたいことがある」と一言告げて去ってしまった。置いてけぼりにされた神奈は数秒放心したもののすぐ正気に戻り、知らない土地の探索を始めるために動く。
「うーん、森はつまらないなー」
森の中を歩く神奈は呟く。
いくら異世界といっても森は森。現代人が森でやれることなどほとんどない。
夢咲や笑里なら木の実やキノコを探して楽しく過ごせるだろうが、神奈は空腹なわけでも大食いなわけでもないので探さない。適当に見て回ってはいるが早々に町を目指そうと考えていた。
神音はこの世界が【新・風の勇者伝説】というファンタジー作品と言っていた。
正確にはその作品が生まれたと同時に生まれたよく似た世界。作品そのものの世界ではないので、仮に誰かが世界を滅ぼしても作品に影響はない。……とはいえ、この世界に生きる者のことを考えると迂闊な真似は出来ない。一日観光したらすぐ帰った方がいいだろう。
町へ行こうと考える神奈は真上にジャンプして森を抜ける。
人の住んでいる場所を探していると……嫌な光景が目に入ってしまった。
森の中にある村らしき場所が燃えている。距離の離れた家も燃えていることから火事ではなく、知的生物による放火の可能性が高いのだ。村が放火されているなら神奈は見過ごせない。
「まったく、異世界へ来てまでトラブルかよ」
燃える村に飛行魔法〈フライ〉で向かい着地する。
家が燃えているのは分かっていたが、近くまで来ると血塗れの死体が転がっているのに気付く。放火に加えて殺人もセットとなれば犯人は碌な性格をしていないだろう。時間があれば死体を弔ってやりたいが神奈が優先するのは犯人捜しだ。
「ん、生き残りか? 誰かと戦ってる?」
白い肌に白髪の少年が腰を深く落とし、木刀を引く構えを取っている。
神奈はそれを見て真っ先に「〈牙突〉だ」と感想を抱いた。
少年の構えは某有名漫画で子供の厨二心をくすぐったかっこいい必殺技とほとんど同じ。つまり高速の突き技と推測出来る。
「〈疾風迅雷〉!」
彼は一気に足腰に力を入れて駆け、相手目掛けて高速の突きを繰り出す。
相手は肌が黒く、着ている服も黒いフード付きローブと真っ黒な男だ。
「は? なんだそりゃ?」
突きは黒男の左手に軽々と止められた。
嘲笑する黒男が木刀を押し返し、白少年の鎖骨下に木刀の柄が直撃。
衝撃で手を離してしまった白少年は十五メートルほど吹き飛ばされて地を転がる。
「今のってまさか、お前の師匠とやらが使ってた技の真似事か? だとしたら天と地ほどの差があるぜ。あの男は俺に攻撃を当ててきやがったからな」
そう語りつつ黒男は木刀を空中へ軽く投げて、ちゃんと刀身から柄の部分へと持ち替える。そして倒れている人間の隣に立つと身軽な動作で――人間の首を斬り飛ばした。
あまりにも自然に行われた最低な行為に白少年と神奈は驚愕する。
「それに武器を手放すなよ。ちゃーんと返してやるから今度は放すなよ、大事に持っておけ。大好きな師匠の首を斬ったその安そうな木刀を」
黒男は木刀を軽く投げ、白少年はそれを右手でキャッチすると立ち上がる。
「ふざけるな……ふざけるなよ……。この木刀は師匠が誕生日プレゼントでくれたものなのに、よりにもよってこの木刀で、師匠の首を落とすなんて……」
「そうかそりゃあ悪かったなあ、とでも言うと思ったか。いい感じに怒って絶望してくれるなら最高だぜ。ついでといっちゃあなんだが一つ、お前にとって絶望的な情報を教えてやるよ」
黒男は深く被っていたフードを捲り上げる。
フードで隠されていた顔が露わになって白少年と神奈は驚愕して目を見開く。
「魔王信仰団体、魔信教。その幹部である四人のイカれた面子、四罪。その一人である俺の名はシャドウ。この顔、見覚えがあるはずだよなあエビル」
エビルと呼ばれた白少年と同じ顔だ。
シャドウとエビルは生き別れの兄弟という言葉すら安いほどに似ていた。
肌が白か黒か程度の違いしかない。予想外な正体に神奈はほんの僅かに硬直する。
「僕……? お前は……いったい……」
「ククッ、そして俺はずっとお前を捜していた。つまりどういうことか分かるかエビル。この村がこんな目にあったのは、お前の師匠とやらが死んだのは、ぜーんぶ全部お前のせいなんだよお!」
「――そんなわけあるか。お前のせいだろ」
硬直からすぐ復活した神奈は二人へと歩いて行く。
突然の第三者の登場に二人は驚きを隠せないでいる。
こうして神奈が首を突っ込んだのはいいが、ここは異世界。
ただの一般人でも自分以上の力を持っている可能性すらある。
念のために神奈は〈ルカハ〉を唱えて安全を確認しておいた。
エビル・アグレム
総 合 5
身体能力 5
魔 力 0
シャドウ
総 合 720
身体能力 555
魔 力 165
神奈は心の中で『納得。こりゃ勝てんわ』と呟くと同時に安心した。
神奈の総合戦闘力数値は500000以上。
とりあえずこの場で脅威になる人物はいない。
「なんだお前。この村の人間ってわけじゃねえな。その服、アスライフ大陸の人間でもねえだろ。何者だ」
「私は神谷神奈。ただの通りすがりだ」
「通りすがりいい? 馬鹿が、首を突っ込まなきゃ死なずにすんだものをよ」
「に、逃げてください! せめてあなたが逃げる隙くらい作ってみせます!」
「悪い奴を放置して逃げるってのは性に合わない。まあ待て、今すぐそいつぶっ飛ばすから」
エビルは慌て、シャドウは嗤う。
普通の反応だ。見た目が弱そうな一般人が乱入したらそうなる。
ただ、彼等の誤算だったことが一つ。
乱入してきた一般人っぽい少女はこの場で一番強い。
嗤うシャドウの顔面に神奈は拳をめり込ませ、そのまま地面に叩きつける。
巨大なクレーターが生まれた村は陥没。
衝撃と拳による風圧で家の火は消し飛んだ。
「ぎゃぼべらああ!? ほ、ほはえ、何なんだひょ、ひくひょうが」
「え、生きてる!? タフだなこいつ!?」
鼻骨は粉砕されて鼻が陥没。
歯は上側が全て折れて口は血だらけ。
おそらく頭蓋骨も酷い損傷を受けたはずだがシャドウは生きている。
「おいそこの白いの! 私はこの黒いのを殺すために戦う場所を移す」
「え、いや、僕がそいつを――」
「お前じゃ無理だ。強くなれよ白いの! こんな奴は片手でひねり潰せるくらいな!」
神奈はシャドウの首を持って〈フライ〉で飛び去る。
あっという間の展開にエビルは唖然としてしばらく硬直してしまう。
二人が去ってから時間が経つと、村に鎧を着た集団がやって来た。
集団のリーダーである男はエビルの顔見知りだ。
彼は村の惨状を確認した後でエビルを見つけて駆け寄って来る。
「エビル君、ここでいったい何があったんだ?」
「……よく分かりません。えっと、誰かが飛び去っていきました」
「…………なるほど。幻覚を見るほど酷い目に遭ったらしいな」
いったいどこからどこまでが幻覚だったというのか。
村への襲撃。師匠の死。自分と同じ顔をした犯人。そして飛行少女。
何が真実で何が幻だったかエビルにはまだ分からない。
……しかし、残念だがそれらは全て現実に起きたことである。
* * *
神奈はシャドウの首を掴みながら飛行し、雪が降る山脈へと着地した。
時間にして僅か数秒。流れた景色から考えるに数十キロメートルは村から離れている。
着地した後に神奈はシャドウを雪道に放り投げる。
「ごおっ!? な、こ、ここはライゼルシア山脈!? ば、馬鹿な、さっきの村は大陸の最南端に近い。なのに俺は今、大陸の最北端に近い場所にいる? 意味が分からねえ」
「人はいなさそうだな。よし、この山にお前を埋めることにしよう」
「待て待て待て! お、俺の話も聞いてくれよ。あ、あの村を襲ったのには事情があるんだ事情が。このまま俺を殺したらお前はきっと後悔するぜ!?」
「じゃあ話してみろ。納得出来なかったら埋めるか殺す」
「同じことだろそりゃ……」
シャドウは事情を話す。
自身が悪魔王という者の配下であること。
魔王復活を目論む宗教団体に、悪魔王の命令で潜入中なこと。
組織に怪しまれないよう命令に従い、人間を多く殺害していること。
悪魔王から宗教団体を壊滅させるよう言われているので方法を模索中なこと。
「……要するに、お前は魔信教とやらに潜入中のスパイで、魔王復活を阻止するために組織を潰そうとしている。人殺しは嫌々仕方なくやっていた。お前を殺して魔王復活の阻止を失敗すればこの世界はヤバい。そういうわけか」
「そ、そういうことだ。分かったな? 俺を生かしておいた方が――」
「よし、なら私が組織を潰してやる。アジトはどこだ」
「北に城があるが……で、出来るかね。魔信教を束ねるトップは手練れだぜ」
神奈は「問題ない」と告げて〈フライ〉で北へ向かう。
本来なら到着まで何ヶ月もかかる距離を一瞬で進み、悪者のアジトっぽい城を発見した。物語に出て来る魔王の城のようだ。組織はそこそこ大きいようなので城内には敵が大勢いるだろう。数百人という敵を一人一人相手するのは非常に面倒臭い。
「とりあえず……城ごと破壊するか」
黒い城に向かって神奈は魔力弾を放つ。
紫の魔力弾は城に着弾。山の一部を呑み込む大爆発を起こす。
威力を抑えたのもあって城の欠片は残ったが、内部にいただろう悪人の肉片は一つも残っていない。山を抉ってしまったのは申し訳ないがこれも人助け。多少の自然の犠牲は神様にスルーしてもらうしかない。
「……つ、つええ。……な、なあ、ついでに頼みがあるんだが」
唖然としているシャドウは驚きが抜けないまま相談しようとする。
「え、面倒臭い」
「頼む、お前からしたらちょっとしたおつかいみてえなもんだ! 殺してほしい奴がいるんだよ。そいつらは正義組織に潜入している悪のスパイ。組織で俺以外の幹部を殺してくれ!」
「お前の組織スパイだらけだな。はぁ、アジトの場所教えろ」
どこぞの黒の組織並にスパイがいるのは組織として致命的すぎる。
もっとも、シャドウの話が真実だと神奈は思っていない。今破壊した城に悪人がいたのも、その悪人達を始末したがっていたのも嘘ではないだろうが、彼もしくは彼の背後にいる者の企みが透けて見える。
こんなものはただの悪い組織同士の潰し合いだ。
解決するにはどうしたらいいのか。答えは簡単だ。
潰し合おうとする二つの組織を壊滅してしまえばいい。
一つは今潰したので残るのはシャドウが所属する組織のみ。
神奈は彼から聞き出したアジトの方角へ進み、そのアジトらしき建物上空で停止する。
「アレか?」
「おうアレだアレ。悪魔王城。懐かしいねえ」
「そうか。じゃあ……」
神奈はシャドウを悪魔王城に投げ飛ばす。
「うわあああ!? な、何しやがるテメエええええ!」
「お前が正義側とか嘘だろ。ここまで来たついでにお前ごとアジトを爆破してやる」
「ふざけんじゃんえぞクソがああああああああああ!」
赤と黒の二色で塗られた悪魔王城に神奈は魔力弾を落とした。
上空から落ちていく紫のエネルギーの塊は静かに城へと着弾し、大爆発を起こす。
今回は周囲に人間もいない孤島だったので手っ取り早く孤島ごと破壊した。シャドウのしぶとさを思い出して不安になったので、念のためもう三発撃ち込んで周囲の海も爆破しておく。
「ふう、悪は滅びた。異世界で良いことしたなあ」
「――いやいや、何してくれちゃってんですかにゃん」
背後から聞こえてきた声で振り返れば神奈の視界に入ったのは知り合いの姿。
黒い猫の耳と尻尾が生えている少女、深山和猫がメイド服姿で浮いていた。
「お、おまっ、ダメイド!? 何でこの世界にいんだよ!?」
「私の存在を管理者から聞いたんじゃありませんでしたっけ? そんなことより、神奈さんのせいで私が密かに練っていた計画がパーじゃないですか。尻尾を出しかけたクズを英雄に倒させる神殺し計画が台無しにゃん」
「なんだよ、良いことしただろ私」
自慢するつもりはないが物騒な組織の拠点を二つも潰したのだ。
親玉も死んだので神奈は二回世界を救ったも同然の偉業を成したはずである。
「いいですか神奈さん、神奈さんがしたことを分かりやすく説明するにゃん。ドラゴンボ○ルで悟空を戦わせず、ピッコロもフリーザもセルも部外者が殺したような状況。未来はブウに滅ぼされます。分かりました?」
「…………あーうん、なんかごめん」
和猫の言いたいことは何となく理解出来た。
この世界が一つの物語だとしたら主人公と呼べる者がいて、その者の行動で世界が救われる。運命という大きな仕掛けに翻弄される哀れな存在だが、歯車の一つを取り除くと上手く回らなくなる。神奈はこの世界救済のための歯車を取り除いてしまったのだろう。
一時期は平和であっても時間が経てば危機が訪れる。
事件を通して成長するはずだった者の成長する機会を奪ったら、次の事件でその者の力が足りず敵が勝つことになる。正に和猫の言う通り。スーパーサイヤ人に未覚醒状態で悟空が平和を築けないのと同じこと。
世の中には必ず意味のあることしか起きない。
異世界から遊びに来た人間が好き勝手に首を突っ込んではダメなのだ。
この世界の行く末を不安に思いながら神奈は少し反省した。
※作品の加筆修正の進み具合はカクヨム版にてチェック出来る。
※『新・風の勇者伝説』は小説家になろう、カクヨムで読める。
※作者の最新作『自称天才魔術師と時空旅行』はカクヨムにて読める。
※勢いだけで書いているこの番外編を次に投稿するのは七月七日。




