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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
?章 神谷神奈と番外編 
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理解者――チョコ作りby伊勢高校ガールズ――


 二月十三日、バレンタインデー前日。

 神谷神奈は友達全員に贈る物について悩んでいた。


 バレンタインといえば定番はチョコ。

 今までもチョコを作り、場合によってはチョコレイ島から採っていた。

 精霊の手を借りたりして作り上げたチョコは絶品。毎度好評で作り甲斐がある。


 しかし、チョコ作りは手間が掛かる。

 湯煎したり型を作ったり色々面倒臭い。バレンタインに贈るのはチョコじゃなくてもいいのだ、無理して作る物でもない。探せば必ずチョコより楽に作れるものがあるはずだ。


「……うん、考えんのめんどい。やっぱりチョコにしよ」


「ほうほう、じゃあせめて楽しく作るにゃん」


 伊勢高校の教室で悩んでいた神奈のもとに深山(みやま)和猫(かずこ)が来た。


「楽しくっつってもねー。どうしたもんか」


「みんなで作れば楽しいにゃん。ミヤマにお任せ!」


 普段通りテンションが高い和猫は神奈から離れる。

 何をするのかと思えば、彼女は教室内にいる他の女子生徒に話し掛けた。

 凄い勢いで女子生徒と話した彼女の狙いは神奈にも分かる。みんなで作れば楽しいと言ったことから、クラスの女子生徒を誘って一緒にチョコ作りしようと企んでいるのだ。


 誰も来ないだろうと神奈は期待せずに待ち、そして放課後。

 神奈の自宅には予想に反して人が集まっていた。


「さーあ始まりました『みんなでチョコ作ろう会』! 最初に、集まってくれた面子を紹介したいと思います! にゃん!」


「何そのテンション」


 現在自宅のキッチンには伊勢高校の女子が六人もいる。

 大して広くもない一軒家のキッチンに集まるには少し人が多い。


「一人目! 日々鍛錬を積み重ね、世に蔓延る悪霊を成仏させる霊能力者。冷たいようで中身は熱い。意外と大食いな女子高生! 藤堂(とうどう)綺羅々(きらら)!」


 和猫の紹介にサイドポニーテールの少女、藤堂は「……反応に困る」と嫌そうな顔で言う。

 神奈としては彼女が来てくれて嬉しいので自然と笑みが浮かぶ。


 伊勢高校の生活ではトラブルが絶えず、毎日起きるトラブルで神奈が頼りにする相手こそ彼女だからだ。知り合って以来、校内の出来事なら彼女はわりと協力してくれている。実は校内で神奈が信頼出来る人間トップスリーにも入るほどである。


 ただ、こうして校外で関わるのは非常に珍しい。

 普段冷めて見える彼女がチョコ作りに参加するのは意外だった。


「二人目! 血が通わない機械の体に流れるのはオリーブオイル? それともエンジンオイル? 古代に作られし叡智の結晶。マテリアル・パンダレイ!」


「いぇーいいぇーい」


 感情のない「いぇーい」を連呼するパンダレイを神奈は「うるさい」と叱る。

 正直、チョコ作りにパンダレイはいない方がよかった。

 新年初日に行われた〈隼家におせち料理を作る大会〉で彼女はオイルを提出している。その他の時でもオイルに固執しており、レストランのメニューにオイルがないことを嘆く非常識な機械人だ。チョコ作りでもどうせオイルを使う……というかオイルをチョコ代わりにする未来しか見えない。


「三人目! お堅く真面目な生徒会長。果たしてチョコを渡す相手は誰なのか。義理か友か、まさか本命がいるのか。進藤(しんどう)明日香(あすか)!」


「ミヤマさん、うるさいですよ」


「ごめんなさい」


 黒と赤の入り交じる明日香の長髪が今日はポニーテールになっている。

 正直、彼女が来てくれたのは神奈にとって凄く嬉しい。

 まず非常識な行動を殆どしない時点で貴重な人材。

 それに勝手な想像だが完璧超人のようにも思えるので料理も上手そうだ。


「四人目。説明不要。神谷神奈」


「急に雑! なんで私だけ雑なの!?」


 和猫のテンションが急に下がり紹介が雑になった。

 ここまでテンション高めで紹介してきたのだから、神奈としては最後までそのまま紹介してほしかった。そもそも誰に対しての紹介だという点は置いておき、自分だけ雑なのは納得がいかない。一応この家は神奈の家だし主催者といってもいいはずなので不満に思う。


「そして、その他メンバーでチョコ作りしたいと思いまーす」


「ついに名前すら紹介されない奴が出た!」


 不満はあったが神奈は自分より酷い紹介のされ方……というか紹介すらされない者がいたので、自分のことは何も言えなくなってしまった。名前すら出されないのに比べれば神奈はまだマシな方である。


「ぬおおおおいちょっと待てええい! なぜ我のことを紹介しない!」


「いやー、メリーちゃんは本編に出たけど一瞬だから。未登場と同じようなもんにゃん。いくら番外編とはいえ、読者がよく知らないキャラを出すのは良くないじゃんにゃん。あーでもなんか出番追加されてる」


「本編とか未登場って何じゃ!? 何を言っておるのか全く分からぬぞ!?」


 和猫が紹介しない二名を神奈は心の中で紹介しておく。


 伊勢高校一年、メリオマニア・慶姫(けいき)。渾名はメリー。

 見た目は銀髪の幼女だが実年齢は十六歳。

 魔界から地上に移住した吸血鬼一族の生き残りであり、一族復興を目的として生活している。


 伊勢高校一年、神々(みわ)天子(てんこ)

 神の系譜だから察する者もいるだろうが転生者である。

 いつも眠っているかうたた寝しており、同じ転生者である友人や恋人と共に過ごすことが多い。今も隅で眠っているので会話に参加していないし、おそらくチョコを作る気もない。何のために来たのか不明な少女だ。


「ま、何でもいいからチョコ作り始めよう」


「良くないんじゃが!?」


「材料なら来る途中で買ってきました。皆様お好きなものをお使いください」


 必死なメリーの叫びを無視したパンダレイがビニール袋をキッチンに置く。


「おおサンキュー」

「ありがとうございますマテリアルさん」

「……材料費浮くし、使わせてもらう」


 ビニール袋から出された物は――オイル。

 オリーブオイルにエンジンオイル、その他豊富なオイルが並ぶ。

 肝心な材料は一つもなく、全く使わない材料だけが揃っていた。


「待て。ごめん、私の目がおかしいのかもしれないけど、チョコ作りに使う材料が見当たらないんだけど」


「まさか……私の好物だけでは作れないのですか?」


「作れるわけねえだろ! チョコすらないし!」


 パンダレイの好物だけを使ったら油分オンリーな謎物体の出来上がりである。


「まあまあ、予想は出来たでしょ神奈さん。ここは主催者であるこの深山和猫が用意しますってば。買って来るので待っててにゃん」


 神奈達が「今から!?」と驚く間に和猫は出掛けた。

 普通材料の準備は事前に行うものだと思うが仕方なく待つことにする。

 実はチョコなら冷蔵庫に入っているのだが、余ったなら自分で食べればいいだけだ。無料で材料が増えるなら得しかない。


「ただいまにゃん」


「はやっ! もう買って来たの!?」


「みんな好きなものを使うにゃん」


 和猫がキッチンに並べたのは砂糖、牛乳、そして様々な種類のカカオ。

 砂糖と牛乳はいいとして、目前に並ぶカカオで何を作れというのか。いや、何を作れと言われているのかは分かるが素人には厳しすぎる。チョコがカカオから作られているのは知っているが神奈達には作れない。

 様々な国のカカオを見ながら神奈は誰もが思う感想を代弁する。


「……肝心のチョコがなくね?」


「疑問に思うのですが、チョコを作るのにチョコを使うのはおかしいのでは?」


「私達は素人だぞ。原材料から作るなんて無理だろ」


「ええ、さすがにカカオから作るとなるとプロの意見が必要でしょう」


「というか一日で終わらないんじゃないの」


 基本的にチョコ作りは市販のチョコを使う。

 溶かしてから型に入れて形作るのがバレンタインチョコの定番だ。


「えー、作り方なんて簡単ですよー。まずカカオを発酵させて、焙煎して、殻や胚芽を取り除くにゃん。その後ですり潰してペースト状にしたら砂糖、ココアバター、ミルクなどを混ぜ合わせる。そしてさらにすり潰した後、攪拌機(かくはんき)で均一に混ぜたら固めます。そしたらもうみんなが知る通り、型に流し込み、気泡を除いたチョコレートを作り出して冷却すれば出来上がりにゃん。ね、簡単でしょ?」


「どこが? 簡単なところ一工程もなかったよね?」


 仮に一から作るにしても発酵やら焙煎やらはプロや機械の仕事。

 試しに神奈達はインターネットで調べてみたがやり方がよく分からない。


「……はぁ。みんな、私が買っておいたチョコを使っていいぞ」


 神奈は冷蔵庫を開けて、大量に入っている市販のチョコを見せる。

 ほぼ友達に贈る用だが一応自分用のも買ってあるので分けても足りる。

 その代わり自分で食べる用の物がなくなるが今回は仕方ない。

 どうしても食べたければまた買いに行けばいい。


「ありがとうございます神谷さん」

「ありがたく使わせてもらいます神谷様」

「ここまで無駄な時間だったわね」


 明日香、パンダレイ、藤堂がチョコを取っていく。

 最後に和猫が取ろうと伸ばした手を神奈は叩き落とす。


「お前は取るな。カカオから作れ」

「酷い!」


 簡単だと言ってみせたのだし、カカオからでも美味しいチョコが一日以内に出来るのだろう。時間が限られている状況下で、つまらないギャグ展開をやった彼女の自業自得だ。なんだかんだ言っても彼女なら全工程をすぐに終わらせるだろう。


 神奈達は市販のチョコを細かく刻み、水が入らないよう注意して湯煎にかける。

 熱気で溶かしたチョコをスプーンで型に流し込み、冷やして固めれば完成だ。


「そういやパンダレイは霧雨と夜知留だろうけど、綺羅々と進藤会長は誰にあげんの? 二人があげる相手って想像つかないな。進藤会長は隼とか?」


「もちろん彼にもあげますが、クラスメイトやあなた達にもあげますよ」


「お、嬉しい。綺羅々は……自分用?」


「なぜそう思ったのか問い詰めたい」


 今日集まった面子で藤堂が一番バレンタインと縁遠い人間に思える。

 普段から無愛想で冷めた態度の彼女は男子生徒との関わりも少ない。自分用という答えが一番納得いくのだが違い、ジト目で見られた神奈は「うっ」と呻き声を出す。


「分かった、白部君だろ」

「違う」


「……まさか、私?」

「違う」


「……藤堂零の墓に供えるとか」

「やると思う?」


 低い可能性まで出し切った神奈はうんうん頭を悩ませる。

 クラスで一番関わりある神奈にくれるのが一番ありえそうだったのだが。


「……秋野(あきの)笑里(えみり)。チョコ贈り合うって約束しちゃったの」


「あーなるほど。お前等わりと仲良いよな」


「あっちが強引に距離を詰めてくるの。仲良くないから」


 強引に距離を詰めてくるという言葉で神奈は納得してしまう。

 笑里はコミュ力の怪物。彼女ならどんな相手とも友達になれるかもしれない。

 実際、関わった当初は嫌々付き合っていた藤堂が今では若干笑みを浮かべている。

 笑うのはそれ程までに打ち解けた証。もう藤堂の心には笑里との友情が芽生えているはずだ。


「……お前は一人かあ。私なんて何十個も作るんだけど。毎年友達全員にあげてるけど今年は伊勢高校の面子もいるし多過ぎだよなー。うーん、やっぱり来年から買った物そのまま渡そうかなあ」


 小学生の頃から増え続けた友達全員に毎年あげるのは少し辛い。

 宝生小学校、メイジ学院、伊勢高校、学校外で出会った者達へと作るせいで材料費も高い。あまり手間をかけていないチョコとはいえ、何十個も作っていれば完成は数時間後。このまま友達が増え続けたら作りきれなくなる可能性がある。


「神谷様、アドバイスします。四捨五入です」


 パンダレイの言葉に神奈は「四捨五入?」と首を傾げる。


「たぶん取捨選択じゃない?」


「そうとも言います」


「そうとしか言わないだろ」


 四捨五入と取捨選択では意味が全く違う。

 ただ、パンダレイの言いたいことは分かった。


 チョコをあげる人数が多すぎるのなら、友達の中から選んで渡せということだ。それは賢いし合理的な考えかもしれないが神奈は気に食わない。一年お世話になった人、自分と関わってくれた人、そうした人々に感謝の証を渡すのが正しいと神奈は思う。


「……ちゃんと全員にあげるよ。友達になってくれた感謝を伝えるために」


 面倒と思っても神奈は毎年バレンタインに何かを贈るのは欠かさない。

 多く作るのは大変だが、それを行うだけの価値があるから。



 * 



 西洋の屋敷のような家で神奈は語る。


「――ということがあったんだよ。バレンタインのチョコ作るだけで、ていうか作り始めるまでに随分疲れた。ほんと私の周りには迷惑なくらい愉快な奴等が集まってくれる。もうチョコを渡していないのはお前だけだから受け取れ」


 神奈がチョコを差し出した相手は神音だ。

 最近自分や周辺の者を避けていた彼女を神奈は捜し当てることが出来た。


「よくここにいると分かったね。誰にも教えてないのに」


「捜したんだよ。ま、何となくここじゃないかって思っていたけどな」


 神音がいる場所で真っ先に思い付いたのはここ、時の支配人が住んでいた屋敷。

 最初は泉の実家に行ったのだが、泉の母親は『娘なら独り立ちしたよ』と告げた。


 高校一年生で独り立ちなんて早すぎる。神奈は神音の素性を知っているからなるほどとしか思わなかったが、泉の母親からすれば高校生の娘が独り立ちなんて無謀に感じたに違いない。彼女は神音が出て行った時のことを苦笑しながら話していた。


 実家にいないのなら次はどこに行ったのか。

 どこかでアパートの部屋や一軒家を借りて過ごす可能性もある。

 もしそうだったら厳しかったが神音なら昔の親友、時の支配人の屋敷を選ぶのではと神奈は予想したのである。


「もういいだろ神音。私は、いや私達はお前を待ってる。いつまでも距離を置くな」


「言ったはずだよ。合わせる顔がない。君の腕輪を破壊させたのは私なのだから」


「私が許してる。最初からお前だけだぞ、神野神音を許していないのは」


 あの最後に会った日、神奈の誕生日。

 怒っていないと気持ちを伝えたのに神音は去った。

 彼女が想像以上に思い詰めていたと察した時には全てが遅い。

 誰にも行き先を知らせず、勝手に行方を眩ませていた。

 重すぎる罪悪感で彼女が苦しむのを神奈は理解しきれていなかった。


「……はぁ、もういい。分かった。近いうち君達に会いに行く」


 わりとあっさり目的を達成出来たので神奈は目を丸くする。


「え、なんだ、長期戦を覚悟してたんだけど拍子抜けだな。実は寂しかったとか?」


「どうせ君のことだ。私がイェスと言うまで説得を続ける気だろ。居場所もバレたし毎日来るかもしれない。君はしつこいからな、断り続けても徒労に終わる。……私としては憎悪でもぶつけてくれた方がマシだったというのに」


 本当に毎日来るつもりだった神奈は苦笑する。

 やろうとしていたことも、その結果も、全てが見透かされている。

 思えば友達の中で三番目くらいに神音は神奈の理解者だった。

 彼女に思考を悟らせないというのは非常に厳しい。


「毎日来てやろうか。遊びに」


「週一にしてくれ。彼等にもそう言っておいた」


「彼等?」


「私を捜し出せたのは君だけじゃないってことさ」


 神音は後ろを振り向き、奥のテーブルを見つめる。

 そこには神奈より先に来た三人のチョコと、四枚のメッセージカードが置かれていた。


【また一緒に遊んだりして過ごそうね。by夢咲夜知留】


【お前はまだ俺達の友達だぞ】


【辛い気持ちは一緒に背負いたい。文芸部の絆は覚えているでしょ】


【迷惑だ、逃げるな】


 一度読んだメッセージを思い出す神音は静かに笑った。

 彼女にもかけがえのない理解者が確かに存在している。



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