表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
?章 神谷神奈と番外編 
603/608

元旦――普通のおせち料理を求む――

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願い致します。










 年が明けた。

 新年なんていっても特別な何かがあるわけじゃない。

 一年間が新しく始まるだけで何も起きない。ただ、特別感はある。


「……2024年、か」


 ベッドに寝転がっている神奈は眠れずにいた。

 暗闇の中、目を開けながら去年を振り返る。

 楽しいことも悲しいことも色々あったと思う。


 入学した伊世高校にて知り合いと再会。小中に負けないくらい個性的な連中と過ごし、友達が増えた。一部の生徒とはたまに遊ぶ仲だ。


 聖剣だの人魚だの色々あった夏休み。

 古代へ転移して、血の繋がる親との邂逅。

 そして、全世界の命運をかけた自殺願望持ち転生者との争い。


 神奈にとって忘れられないのが腕輪との別れ。

 もう腕輪が消えてから八日が経つものの、やはり心の奥に悲しさや寂しさが残っている。……だからだろうか。新たな年が始まる日に、今まで腕輪と過ごした日々を思い出してしまう。


 今はまだ、思い出すと辛い。

 いつの日か辛さが消える日が来ると思うが当分先だろう。


「……初日の出でも見に行くか」


 動かずにいると過去のことばかり考えてしまうので、神奈は私服に着替えて家を出た。目的地は宝生町で有名な高台だ。日の出には時間が掛かるし急ぐ必要はないため、ゆっくり夜道を歩いて高台に向かう。


 深夜なので外を出歩く者は見かけない。

 車も通らない静かな道を歩いていると、世界に一人残されたような感覚に陥る。神の加護の効力は意識的に切っているので夜風が冷たい。心すら冷えていく寒さだ。


 電灯に照らされる坂道を上がり、高台に辿り着いた。

 現在の時刻は午前三時。当然だが神奈以外誰もいない。

 テントでも張って待つ猛者が世界にはいるかもしれないが、残念ながら宝生町にはいなかったようだ。日の出を見るのにわざわざそこまでする人間は稀である。


 神奈は一人寂しく高台から町を見下ろす。


「――まだまだ日の出は遠いですよ」


 一人町を眺めていると誰かの声が聞こえた。

 神奈が振り返ると一人の青年がいた。

 首に金のネックレスを付けた彼の顔には見覚えがある。


「あ、確か、神代由治と戦っていた……」


「ゴッデスと申します。あの時は話さず去ってしまいましたね。神……あーいえ、管理者からの指示があれば指示通りに動く存在ですよ。普段は一応、光明(こうめい)教という宗教団体の教祖をやっています。どうぞよろしく」


 腕輪の件があり、神代由治を討ってからは意気消沈していたため話をしていない。顔見知りであるとはいえ互いに名前と強さしか知らなかった。今日こうして話せるのは良い機会だ。


「失礼。明暗(あんめい)の加護」


 ゴッデスが呟くと周囲一帯が昼のように明るくなる。

 加護にも色々あるんだなと神奈は感心する。


「あなたも初日の出を見に来たんですか?」


「いえ、今日はあなたに用があったのです。管理者達から全て聞きました。あなたの所持していた腕輪は本当に大事なものだったと。本来なら神代由治を排除するのは私の役目であったにもかかわらず、あなたは大事なものを犠牲にしてまで私の代わりに役目を果たしてくれた。言葉では言い表せない程に感謝しています」


「感謝なんていいですよ。戦わなきゃいけない状況でしたし」


 少し笑みを浮かべて神奈が告げた後、二人は沈黙する。

 無駄に明るい場なのに雰囲気が暗い。


 この状況、神奈にとって非常に気まずい。

 話してみたものの話題はないし、ゴッデスと話したいわけでもないのだ。彼も緊張しているようで口を閉じている。二人が沈黙してしまうのは必然と言える。


(探せ、探すんだ神谷神奈! 全力で話題を考えろ!)


 今日の短い会話の中で話題となるものを必死に探す。

 光明教という仕事について訊いても、宗教は興味ないので「そうですか」と言って終わりそうだ。好きな物や嫌いな物を訊いても話を広げる自信がない。よく考えたところ、やはり管理者について話すのが一番会話を広げられると思う。


「管理者は元気ですか?」


「さあ、分かりません。神代由治の一件以来会えていないもので」


「……そうですか」


 会話がすぐに終わり静寂に戻る。


(終わったああああ! 気まずいんだよ何この空間! 笑里(えみり)でも(はやぶさ)でもいいから誰か来てくれ!)


 ここまで会話に困ったのは初めて笑里に会った時以来だ。出来ることなら今すぐ帰りたいが、今帰ったらゴッデスと共にいたくないと示すようなもの。初日の出を見に来たと知られている以上、神奈が高台を離れると不自然しか生まない。


「神谷神奈さん」


 ゴッデスが「これを」と言って右手を差し出す。

 彼の右手には見覚えある白黒の腕輪が乗っていた。

 小学生の時からずっと付けてきたから神奈は見間違えない。形も色も、全て万能腕輪と同じ見た目の腕輪だ。


 しかし、やはり違う。

 腕輪はもう消滅したはずであり、仮に消滅していなかったら神奈は困る。消滅は腕輪自身が望んだことなのだ。まだ存在してくれていたら嬉しいが、願いを叶えてあげられなかったことで辛くなる。


 消滅したはずだから違うと思ったわけではない。

 説明出来ない何かが、直感的な何かが否定している。

 神奈が時間を共にした腕輪と目前の腕輪は何かが違う。


「……偽物ですか」


「ええ、残念ながらその通り。この腕輪は喋りませんし魔法も使えない。取り柄といえば頑丈だという程度の代物。ですが、見た目だけなら瓜二つ。……ずっと付けていたものが無いと調子が狂うでしょう。せめて見た目が同じものがあればいいのではないかと、本日は届けに参りました」


 完全な善意だろうが余計な気遣いだ。

 ゴッデスが善人でも、神奈とは根本的な部分で分かり合えない。


「すみません。それ、受け取りません」


「なぜかお聞きしても宜しいですか?」


「そんなものを持っていたら、話し掛けちゃいそうですから。……もうあいつはいないって現実を受け入れていますから。今更、幻想には縋れない。それに、こういう時の定番な台詞を言いますけど、あいつは私の中で生きています。〈万能腕輪ああああ〉のことを忘れなければ、心にいつまでもいてくれる」


「……え? ああああという名前なのですか? なんとも呼び辛い……あ、失礼。誰かの名前を呼び辛いなどと言ってはいけませんね」


「いや事実呼び辛いし数える程しか呼んだことないです」


 名前が全て『あ』なのでどう呼んでも違和感しかない。

 今更ながらあの名前はどうかと思う。

 本人はわりと気に入っていたが気に入る方もどうかと思う。


「……あなたの言い分は理解しました。少し、配慮が欠けていたようですね。腕輪の件はもう諦めましょう。今日はこれにて帰らせてもらいます。……もし、何か困り事があれば光明教本部に来てください。必ず力になると約束しましょう」


 ゴッデスは去り、真昼以上に明るかった場も暗くなる。

 力になるとは言われたが、彼に頼らざるを得ない状況は来てほしくない。正直なところ、宗教団体とはあまり関わり合いたくないのだ。それでも本当に頼る時が来てしまった時、きっとその時はまた世界の危機だろう。


「……しっかしあの人……服ダサかったな」


 ゴッデスの服装は以前会った時とかなり違っていた。以前は白を基調とした法衣だったが、今日はレインボーのセーターにデニムパンツとセンスを疑う服装。レインボーのセーターなど誰が着ても似合わない気がする。


 一人になってから再び町を眺めて日の出を待つ。

 ずっと眺めていると遠くから声が聞こえた。高台へと近付く声の持ち主は走って来る笑里だ。彼女の後ろには才華や夢咲など神奈の友達が多くいる。


 いつの間にか日の出の時刻が迫っていた。

 やって来た友達と共に神奈は地平線を見つめる。

 白く眩い太陽が姿を現して町の暗闇を照らしていく。

 綺麗な光景に感動した神奈は来年も来ようと思い、静かに笑みを浮かべた。




 *




 初日の出を見た後、友達に新年の挨拶をした神奈は帰る。

 帰宅途中、自宅の前で腕を組んで立っている男を見かけた。髑髏柄のシャツを着た黒髪の彼は(はやぶさ)速人(はやと)。普段より私服がダサい、というか厨二病的ファッションの彼は神奈に用事があるのだろう。


「隼あけおめことよろ。私に何か用か?」


「ああ。あけましておめでとう。インターホン鳴らしても出ないからまた引き篭もったのかと思ったぞ。こんな朝っぱらからどこへ行っていた」


「もう引き篭もらないっての。初日の出を綺麗に見られる場所に行ったんだよ。ついでに会った奴等と挨拶済ませてきた。で? 用件は?」


「急な話だが、(うち)に飯を食べに来ないか」


「本当に急だな」


 前もって聞かされるとかはなくいきなり誘われた。

 急すぎて何の準備もしていないが、出掛ける時に最低限の身嗜みは整えている。隼家へと行く準備は時間を掛けないで終われる。


「母さんがおせち料理を作りすぎてな、食べるのに人手がいるんだ。用事があるならそちらを優先していいんだが」


「……行くよ。用事なんてないし」


 今年の神奈に正月予定は全くない。

 誰かと会う約束も遊ぶ約束もせず……というか、意気消沈していたから誘いづらかったのだろう。そうであるはずだ。そうでなければ、笑里達が神奈を放っておくわけない。今までに築き上げた友情を神奈は信じている。


 簡単に準備をした神奈は隼家へと歩く。


「そういやさあ、お前私にプロポーズ的な台詞言ったじゃん。私より先に死なないし傍に居続けるみたいなやつ」


「……臭い台詞だ。忘れていいぞ」


「あんなん忘れられるかよ。……まあ、その、あの件で気になっていたんだけどさ、お前、私のこと好きなの?」


 隣を歩く速人について気になったので、神奈はあくまでも話題の一つとして話す。速人が神奈のことを恋愛的な意味で好きなのか、友達として好きなのか非常に気になる。


「恋愛感情はないが、な」


「何それ。じゃあ友達か? お前は私をどう思っているんだ?」


「……気に入らなかったよ。最初はな」


「ふーん」


 速人は結論を言わずに躱す。この調子では具体的な答えを何一つ言わないだろう。もう面倒なので神奈は今まで通り、彼をただの友達として扱うことにした。


 しばらく歩いて隼家に辿り着く。

 江戸時代の建物かと思える木造屋敷。

 敷地は広く、二百平方メートルはある。とても広い隼家にはまだ数える程しか行ったことがない。


「ただいま」

「あ、お兄ちゃんお帰りー」


 扉を開けて中に入ると一人の少女が現れた。

 着物姿で黒髪の少女は速人の妹、隼兎化(うか)だ。

 兄に目が似ているので可愛いというより美しい。そんな目が神奈を見た瞬間に輝き、素早い動きで神奈に抱きついてくる。


「お姉ちゃん久し振りいい! あけおめことよろー」


「はいはい、あけおめことよろ。元気そうだな」


「元気元気超元気! 今日は何の用!? 遂に同棲!?」


 たまにしか会わないのに相変わらず神奈に懐いている。いつも双子の弟と一緒にいるイメージだが、今日はいないようだ。


 密着する兎化を力尽くで離した神奈は「まだしない」と告げる。

 速人との婚約話がある以上同棲するのは確実。

 同棲したら賑やかで楽しそうではあるが、今はまだ慣れ親しんだ家に住んでいたい。


「喜べ。こいつもおせちを食べるのを手伝ってくれるぞ」


「え、えー、今かー」


 途端に兎化は困り果てた表情になる。


「何だその反応は。ありがたいだろう」


「実は……おせちは全部なくなっちゃったの。隼家に恨みを持つ人間が攻めて来てさ、始末はしたけどキッチン爆破されたんだよ。今は蘭兎(らんと)が後片付けしてる。残念ながらおせちは爆発で焼失しちゃったの」


「さらっと怖いこと言うな。怖いよ裏社会の日常」


「日常なわけあるか。毎日キッチン爆破されたら修理代で破産するだろ」


 毎日でなくとも襲撃を受けるのは否定していない。

 隼家は裏社会の殺し屋集団、当然他所から恨みを買う。

 他の殺し屋に狙われて襲撃されても、今まで生きてこられたのは家族全員が強いからだ。これから神奈も一員になると思うと恐ろしい。普段の生活が百八十度変わってしまう。


「あ、でも待ってお姉ちゃん! おせちならまだある!」


 慌ただしく走る兎化が「これこれ」と何かを持って来た。彼女から包装紙を渡されたので受け取った神奈は、包装紙を破いて中身を確認する。


「おせちクッキー……ってクッキーじゃん! しかも懐かしっ!」


「味はおせちだよ。栗金団味は私にちょうだい」


「新年の朝ご飯がクッキーでいいのか!?」


 兎化の言う通りクッキーの味はおせちに使われるものばかり。黒豆、栗金団、海老、肉、数の子、錦玉子、なます、本当に様々な種類がある。かつて神奈が試食した時よりも味が増えていた。しかしいくらクッキーが美味しくても、朝食として食べる物ではない。


 新年初日の朝食がクッキーなど御免被る。

 神奈自身が食べたくないし、兎化や速人の朝食がクッキーになるのは可哀想だ。本人達が良かったとしても、本来ならもっと豪華な物を食べられたはずなのだから。


「……これはもう、やるしかないな。おせち作るぞ! みんなで!」


 元旦から運がない隼家のために神奈は宣言した。

 おせちが爆散したのなら、また作ればいいのだ。




 * * *




 藤原家の庭にて大人数の歓声が沸く。

 元旦である今日、藤原家の庭でとあるイベントが開催された。今年初めて行われる今回のイベントは、才華が声掛けしたことで初回とは思えない人数が集まっている。全員神奈の顔見知りだが、来てくれたのは才華の人徳のおかげだろう。


「はい、始まりました。隼家におせちを作る大会、略して……えー……略して……思いつきませんでしたね。名前は〈隼家におせちを作る大会〉にしましょう」


 司会実況である伊世高校生徒会長、進藤(しんどう)明日香(あすか)が話をしている間、大勢の前で椅子に座っている速人が神奈に口を開く。


「なあ……ここまで話を大きくする必要あったか?」


「ごめん。気付いたらこんなことに」


 現在神奈は速人、兎化、蘭兎の三人と椅子に座らされている。

 何がどうなってこうなったのか分からない。神奈がおせちを作りたいと才華含めた友人に相談した結果、いつの間にかこんなことになっていたのだ。呼ばれて来てみたらこんな状況で神奈も困惑している。


「みなさんにはおせちに入る料理を各々作ってもらいます。食材や道具は中央に用意されていますので、早い者勝ちで入手してください。料理は隼家の三人と神谷さんに食べていただき評価してもらいます。一番高評価だった料理を作った方には、なんと賞金三万円が贈呈されるので頑張ってください」


 三万円という微妙な賞金に全員のやる気が溢れた。特に闘志を燃やしているのは夢咲(ゆめさき)夜知留(やちる)だ。資産が少ない彼女は三万円でも喉から手が出る程欲しいらしい。


 夢咲に次いで熱意があるのは禿頭の少年、熱井(あつい)心悟(しんご)だ。メラメラと燃える情熱が目の奥にある彼は暑苦しく叫ぶ。


「しゃああああ! 僕は焼き料理、焼き蒲鉾(かまぼこ)を作るぞ! 最高の蒲鉾を作って賞金を手に入れてみせる! まずは海で魚を捕まえるぞおおお!」


「食材は用意されてるって言われたよな!?」


 話を聞いていたのか不明の熱井は走って海に向かう。

 冷静に考えて、今から魚を入手して調理までするのは時間が掛かりすぎる。復帰は困難として熱井は失格になってしまった。


 いきなり参加者が減るアクシデントが発生したが、隼家におせちを作る大会は開催された。全員が食材や調理道具置き場に殺到して、あっという間に全ての食材と道具が手に取られる。


 食材や調理道具は幅広く用意されているので様々な料理が作れる。

 そう、料理人の個性を十分出す料理が作れてしまう。


「へいお待ちどう! 味噌ラーメンにゃん!」

「何で!?」


 一番手は深山(みやま)和猫(かずこ)。料理はラーメン。

 開始早々趣旨を無視したものが目前に出された。

 メンマやチャーシューなど定番のトッピングが乗るそれは、白い湯気が出て熱々なのが伝わる。ラーメンを食べる気分ではなかったのに、お腹が空いているせいで余計美味しそうに見えて食べたくなる。それそれとして――。


「何でラーメン!? おせち料理って言われたろ!」


「我が家は正月にラーメンを食べているにゃん」


「そんな家庭はごく少数だろ」


「拒絶しますねー。……まさか、醤油派?」


「味の問題じゃないんだわ。ラーメンはおせち料理じゃないんだわ。見ろお前、お前以外にラーメン作っている奴なんかいない……いたよ」


 追加でラーメンを持って来たのはベータだ。

 彼女はリンナ・フローリアのクローンの一人。彼女が料理を作っていたキッチンには同じクローンのゼータやアルファもいる。クローンとバレれば大問題だが、同じ顔の人間が複数いても姉妹で押し通す気だ。堂々と外出していれば逆にバレない。


 目前にラーメンを持って来た二人を神奈はジト目で見る。

 少なくともクローン一家には常識があると思っていたが、おせち料理を作れと言われてラーメンを作るあたり勘違いだったようだ。


 一方、和猫は仲間がいたからか満面の笑みを浮かべていた。神奈が「イレギュラーが偶々いただけだぞ」と言うと、彼女は「えー、そうかなー」と笑ったまま言う。彼女の中では神奈の方がイレギュラーらしい。


「これでおせち代わりにラーメンを食べるのは常識と証明されたわけにゃん。早速食べてもらうにゃん」


「お前ら二人だけの常識だろ。少しなら食べてもいいけどさ、全部食べたら他の奴が作った料理が食べられなくなるんだよ。ラーメン二杯も食べたらお腹いっぱいになっちゃうだろ」


 神奈としてはラーメンを食べて帰りたい。しかし、集まってくれた他の者達の料理を食べないのは、せっかく作ってくれようと集まったみんなの気持ちを踏み躙ることになる。……そもそも作ってくれと頼んだ覚えはないが。


「――それなら私達が食べるよ!」


 神奈達の方に来てそう宣言したのは笑里だ。


「笑里来てたのか。……まあ当然か」


「当然だよ。美味しい物がある場所に私が行かないわけないじゃん」


 オレンジ髪の彼女は誇らしげに胸を張る。

 告げた理由は神奈が想像していたものと大きく違った。


「私は才華ちゃんから余り物処理班に任命されたの。神奈ちゃんや速人君が食べなかった物は、私達が責任を持って食べてあげるからね」


「私達?」


 今、確かに笑里は『私達』と言った。

 他に誰が余り物処理班にいるのかと疑問に思い、彼女が元々いたテーブルを見れば男が三人いた。


 獅子のたてがみのような髪型の少年、獅子神(ししがみ)闘也(とうや)

 灰色のマフラーを巻いた細身の男、ディスト。

 青髪の男、グラヴィー。

 彼等三人と笑里の四人で余り物処理班ということだろう。


「飯まだか? 飯くれるんだろ? 飯を出せ」


「今日は何も食べていないんだ。何でもいいから食わせろ」


「ラーメンとは随分なご馳走じゃないか。食べさせろ」


「全員態度がでかいな」


 料理を作りもせず獅子神達三人は寛いでいる。呼ばれただけの分際で随分態度が大きい。寛ぐなら何かしら料理を作ってからにしてほしい。神奈は自分でも理不尽だと思うが何となく苛つく。


「はっはっは、じゃあミヤマ特製味噌ラーメンは君達に食べてもらおうかにゃん」


「あ、味噌? おいおい、ラーメンつったら塩一択だろ」


「は?」

「あ?」


 和猫とベータの目が合い、視線が交差する。

 二人の鋭い視線がぶつかると火花が散る。


「分かってないね。ラーメンは醤油一択にゃん」


「あれお前味噌ラーメン作ってなかったっけ!?」


「味噌も醤油も塩には勝てねえよ。等しく敗者だぜ」


「喧嘩すんなよお前ら! 喧嘩すんなら他所でやれ!」


 神奈が注意すると二人は本当に藤原家の庭から出て行った。ラーメン屋へ行って分からせる的なことを言っていたので、ヒートアップしなければ平和に終わりそうだ。


 開始から三人が消えたが大会は続く。

 次に神奈達の前に出されたのは――赤いラーメン。


 とにかく赤い、マグマにも見えるそれを持って来たのは、水色の髪を腰まで伸ばした少女。軍服らしき服を着ている彼女は天寺(あまでら)静香(しずか)だ。


 彼女の服装は見覚えがある。神奈が過去に滞在したハーデスという監獄の看守長が着用していたものだ。看守長の制服のようなものだろう。ハーデスの新たな看守長となったのは彼女自身から報告されている。


「ほら、作ってあげたわよ。感謝しなさい」


「赤っ!? 何この……何、絶対辛いだろ! ていうか今のところ三品出されて三品ともラーメンじゃん! もはやラーメン作る大会じゃね!?」


「丁度いい。腹が空いたし何かしら食べたかったところだ」


 深紅のラーメンに臆さず速人は箸を手に取る。

 神奈の「やめろ死ぬぞ!」という忠告を無視した彼は麺を啜り、チャーシューなどの具材を食べ、最後に深紅のスープを飲み干す。


 若干汗を掻きながらも完食した彼の偉業に神奈は軽く引いた。

 天寺も予想外だったのか目を丸くしている。


「……よく食べたわね。そのラーメンには世界一辛い唐辛子、ペッパーXを五個も入れたのよ。食べたら死んでもおかしくないってのに」


「物騒なラーメンを出すな! というかラーメン自体出すな!」


「ふん、俺は辛い物が好きだから余裕だぞ。点数は四十五点ってとこか」


「いつか死ぬぞお前」


 さすがに神奈、兎化、蘭兎は食べられないので、超激辛ラーメン三杯は余り物処理班へと持って行かれる。食い意地を張った面々でも食べられるのか不安だったが、不安は見事に的中した。全員が一口食べただけで気絶してしまったのだ。


 気絶した獅子神に天寺は何か話し掛けた後、彼を肩に担ぎ瞬間移動で姿を消す。

 まだまともなおせち料理が出されないまま参加者が四名脱落。あまりに酷い展開に神奈は呆れるが、何だかんだこれがいつも通りの展開だと思う。


「――お待たせ。真打ち登場だよ」


 次にやって来たのは夢咲夜知留。

 前に出された料理を見て神奈は「げっ」と声を漏らす。


 ようやく待ち望んだおせち料理が来たのは良い。大きな皿の中心には(たい)の姿焼き。周りには数の子、田作り、蒲鉾、(ぶり)の照り焼きが乗せられている。問題なのは……色だ。全てが紫で見た目が毒々しい。

 神奈と隼家の四人は顔を顰める。


「まともなおせち料理が来たと思ったら……何これ」


「いやー鯛の調理は大変だったよ」


「大変なのは色だろ。紫のおせち料理なんて見たことないぞ」


 思い返してみれば、以前神奈が夢咲に料理を振る舞われた時も同じだった。毒物ではないだろうが、当時は警戒して食べずに帰っている。今回も早く帰りたい。


「おい、毒物などいらんぞ」

「お兄ちゃんと同意見かなー」

「同じく」


 隼家全員の辛辣な感想に夢咲は「失礼な!」と憤る。


「どこからどう見ても美味しそうなおせち料理でしょ!」


「どこからどう見ても毒物なんだが?」


「食べれば良さが分かるの! ふふふ、残念だけど余り物処理班は全員気絶している。あなた達に残された選択肢は食べる一択なのよ。観念して食べてよね! そして賞金三万円を私にちょうだい!」


 確かに余り物処理班はもう役に立たない。

 食材を無駄にするのは良くないし捨てるのは論外。

 神奈達は観念して、毒性がないことを祈りつつ恐る恐る料理を口へ運ぶ。


 舌に触れた瞬間、感じたのは――サツマイモの旨味。

 鯛も鰤も蒲鉾も全て味がサツマイモ。

 色が紫なのは確実にそれのせいだ。


「意外と美味しい……けど、味が全部サツマイモじゃん」


「美味しいよねサツマイモ」


「……うん、美味しいけど、今はいらなかった。点数は七十点かな」


 今神奈が求めているのは普通のおせち料理だ。

 今回の〈隼家におせちを作る大会〉で、まともなおせち料理が多く出て来るならアレンジはありがたかった。しかし作られるのはラーメンばかり。いい加減にごく普通のおせち料理が食べたい。


 素直な感想を神奈が告げると、夢咲は肩を落として調理場に戻っていく。

 自信満々だった彼女には悪いことを言ったかもしれない。


「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんのお友達って変人ばっかりだね」


「否定出来ない。良い奴等ではあるんだけどな」


 今日集まっている全員と神奈は長い付き合いになるが、変人という認識を変えさせる人物は見当たらない。しかし、変人でも良識はある……と思う。おせち料理と言われたのにラーメンを作る阿呆が三人いたわけだがそれと良識は別問題。友達として付き合っていけるレベルの人間なのは間違いない。


「――真打ち登場。次はワタチです。どうぞ」


 少し間を開けてやって来たのはマテリアル・パンダレイ。

 髪の毛代わりに鉛色の金属糸を垂らす彼女が出したのは謎の液体。……謎だがある程度の予想は付いている。彼女が好み、神奈に馴染みのない液体といえば一つ。


「うん、一応訊くけど何これ」


「オイルです」


 オイルの入ったグラスを神奈は無言で返した。

 人間がオイルなんて飲んだら腹を壊す。これが食用油ならいいが、パンダレイが出したのは当然食用油ではない。分かりやすく表現するならガソリンを飲めと言われているようなものだ。さすがの神奈も飲んだら腹を壊すし最悪死ぬ。製作者はパンダレイに常識を搭載し忘れたのかもしれない。


 パンダレイは夢咲がいる調理場へと無表情で向かい、彼女の手伝いを始めた。

 現状唯一の希望がオイル塗れにならないことを祈る。


「――さあ、真打ち登場だよ」


 赤紫髪の男、レイが得意気に笑い登場した。


「さっきから真打ち登場しすぎだろ。何人いるんだよ真打ち」


「僕の料理、内蔵が口から飛び出る程に美味しいと思うよ」


「事実なら怖いわ」


 コーヒーの絵が描かれているエプロンを着用している彼は喫茶店の店員。普段から料理しているし、飲食店の店員ともなれば作る料理もまともなはずだ。おせち料理を作ったことはないかもしれないが期待は出来る。


 笑いながら〈流星脚〉を発動してあっという間に神奈達へと料理を出す。

 皿には緑色のスライム的な何かが存在した。へらへら笑っているような印象を受ける顔なのに、白い眼球が飛び出ている笑えない姿だ。火を用いて調理されたのか全身から湯気が出ている。もう命はないだろうが時折プルプルと体が震えている。


「何このグロテスクな料理! つーか地球産の食材じゃないだろこれ!?」


「惑星ラビリアに生息しているウマウマの姿煮さ」


 他惑星の食材でも味と見た目が良ければ使って構わないが、目前のスライム的な何かは論外。速人は「ほう」と感心した様子だが彼の弟妹は硬直している。裏社会で活躍する隼家でもスライム的な何かを食べる勇気はないだろう。


「まさかウマウマとはな。懐かしい。毒は抜けているんだろうな」


「当然。毒抜きの方法くらい心得ているよ」


「ちょっと待て。え、何、速人はこれ知ってんの?」


「宇宙で修行していた時に食べた。美味いぞ」


「……お前もそっち側かよ」


 皿に乗ったウマウマを速人がスプーンで食べ始める。

 あまりにも平然と、慣れ親しんだ料理を食べるように口へ運ぶ。

 異常すぎる光景に彼とレイ以外は困惑の表情を浮かべた。


「どうした、お前達も早く食べた方がいいぞ。ウマウマは熱した後に冷ますと、大気中に有毒物質を撒き散らす。生物の胃に入れば毒は撒かないが放置すれば全員死ぬぞ。地球上の生命体は死滅してしまうだろうな」


「予想以上に食用じゃねええええ!」


 料理に使う食材は安全第一。生命体を死滅させる食材は食材と認められない。

 仮に速人の言葉が真実だとして……いや、冗談を言う人間ではないので真実だろうと神奈は思う。しかし信じたくないそれが真実だとしたら、神奈達に残る選択肢は食べる一択になってしまう。目前のスライム的な何かを、料理とすら呼びたくない何かを、食べて消化しなければ地球は死の星へと変貌する。


 見た目からの偏見だがウマウマの姿煮を食べたら死ぬかもしれない。

 死ぬ覚悟を持った神奈達は、プリンのようにプルプルした緑の身を口へ運ぶ。


「「「美味ああああああああああ!?」」」


 舌に乗せた瞬間、衝撃が全身に奔る。

 暴力的なまでの旨味が脳まで響く。まるで実体を持った旨味のサンドバッグにされているかのように、体の至る所へと衝撃が無差別に届く。死ぬかもなんて思考は一瞬で吹き飛び、美味い以外の言語を思い出せなくなる。全身の力が抜けてウマウマのようにプルプル震える気がした。


「ウマウマの姿煮、八十五点!」


「あれ、想像より低いね。気に入らないところでもあったのかい?」


「見た目に決まってんだろ」


 いくら美味しくても料理には見た目も重要。緑色のスライム的な生物が美味しいのは分かったが、次からはウマウマと分からない見た目にしてほしい。この意見は審査員四人全員の意見である。


 味だけは最高なレイの料理が出されてから十分程が経過。

 まだ胃袋に余裕がある神奈達は次の料理を待ち続けていた。


「――遅れたけど持って来たよ神谷さん、隼君」


 遂にやって来た次の料理人は斉藤(さいとう)凪斗(なぎと)

 狐色の髪を持つ彼が出した皿に乗るのはごく普通のおせち料理。毎年食べる普通のハムや錦玉子等々。神奈達がずっと待ち望んで止まなかった、市販と変わらない見た目のおせち料理だ。

 今までと違い何の抵抗もなく食べた神奈達は涙を流す。


「これだよこれ。これを求めてた」


「まあ、無難なものがベストか」


 審査員四人が声を揃えて「百点!」と告げる。


「よし斉藤君、この調子でおせち料理全種類作ってくれ」


「僕の負担でかすぎない!? 誰か手伝ってよ!」


 急遽開催された〈隼家におせち料理を作る大会〉優勝は斉藤に決まった。

 大会終了後。集まった者達全員でおせち料理を作り、賑やかに食事をする。

 激動の一年が過ぎた新年初日を神奈達は普段通り賑やかに楽しく過ごせた。













 十章の加筆&修正は長くなるのでしばらく改稿しません。その代わりといっては何ですが、もしかしたらまたイベント系の番外編を投稿するかも?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ