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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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390 神谷神奈と……


 誕生日会に大遅刻中の神奈は小走りで家を出る。

 それに速人も後を追うように出て、急に立ち止まった神奈を目にする。


「やあ、元気になってなによりだよ」


 塀ブロックに寄りかかっている黒髪の少女を目にした途端神奈は動きを止めている。

 その少女、神野神音は神奈が鬱状態のようなものになった原因の一端でもある。あの時、操作されていた事実を聞いている神奈は俯いており、その表情は神音や速人からは見えない。


 気さくに声を掛けてみたものの神音だって、自分がテンを犠牲にした原因だということくらい分かっている。それで恨まれていることくらい想像出来る。

 だから――殴りかかって来る神奈を受け入れた。


「……っ!」


 ただ受け入れたものの神奈の拳は顔の横へ外れた。

 塀ブロックの壁が一部粉砕され、神音の目が見開かれる。


「本当なら一発殴りたいところだけど、殴らないよ。驚いたか? あのときのお前の行動は正しかったと思う。悔しいけど、他に方法はなかったって断言できる。あんなことしか思いつかなかったんだ……辛いのは私だけじゃなくて、お互い様だもんな」


「いいのかい? もう、二度とないかもしれないよ。君が私の無抵抗な顔を殴れるのは」


「言ったろ、私も辛かったけど、あれを実行せざるを得なかった神音も辛いだろうって。正直負の感情はあるんだけど私だって自制できるんだ。……まあ、何だ。そんな決断をさせて申し訳なかったし、お前がやってくれなかったら今頃世界は消えてたかもしれない。……だから一応、言っておく」


 深く深く、深呼吸した神奈は神音の瞳をジッと見つめる。


「――ありがとう」


 そう告げると神奈は喫茶店へ駆けて行く。


 呆けていた神音は何か言うことも出来なかった。向かってくるものは罵詈雑言(ばりぞうごん)の類ばかりだろうと思っていたので、唐突な感謝に返す言葉を持ち合わせていなかった。


「……意外だったか」


 問いかけたのは速人だ。間抜けな表情から戻った神音は視線を向ける。


「君、行かなくていいのかい?」


「後で行くさ。まあなんだ、見ての通りあいつはもう大丈夫だ」


「どうやらそのようだ。うまくやってくれたようだね。君に頼んで正解だった」


 神音がしたことを伝えてほしいと言われていた速人はその役目を放棄していた。なぜかといえば二人の関係性のためである。

 神奈と神音には一応友情と呼べるものがある。互いに信頼し合っているような関係性。それが今回の件で壊れることを速人は危惧したため、敢えて今日になるまで神奈に教えなかった。

 そんな考えがあるとは露知らず礼を言う神音に対し、速人は若干目を逸らす。


「勘違いするなよ、俺はただあいつが腑抜けていたらつまらないと思っただけにすぎない。断じてお前に言われたからここに来たわけではない」


「くくっ、ふはははっ……! 素直じゃないね、君は」


「なんとでも言え」


 二人の間に長い沈黙が降りた。

 しばらくしてから、神音の呟きによって二人の会話はまた始まる。


「……彼女は、勘違いしていた」


 一部が破壊された塀ブロックの壁に寄りかかっている神音は空を見上げる。

 空は青く澄み渡っていて、心が洗われるような色をしている。


「私は別に辛くなんてなかった。所詮は他人のものが消えただけにすぎない。その原因が私なのは申し訳なく思うが、辛くなど……なかったんだ」


「ほら、これを受け取れ」


 速人がそう言って差し出したのは若干濡れている黒い布。

 なぜ差し出すのか分からず神音は「……ハンカチ?」と疑問符をつけて返すと、自分の両目から垂れている何かに気付く。

 涙が溢れて頬を垂れている。速人はそれに気付いてハンカチを渡したのだ。


「素直じゃないだったか? バカめ、お前も素直じゃないだろうが」


「ふふ、訂正しよう。私も君も、素直じゃないさ」


「俺は素直だぞ。少なくともお前よりはな」


 黒いハンカチを受け取った神音は涙を拭きとって速人に返す。


「どうだろうね? さて、もう神谷も喫茶店に着いているころかな」


 速人は「なら俺も行くか」と零してから走っていく。

 去っていく速人を見送った後、神音はまた神奈のことを考える。


「あの様子ならもう大丈夫だろう。彼女の物語はまた……動き始めた」




 * * *




 駆ける、駆ける。少女はとある喫茶店まで駆け抜ける。

 そこで待っている人達のために走ると不思議と心が躍った。まだ辛い気持ちはあれど、嬉しさや楽しさなどの感情が上回っている。


 喫茶店に到着した少女は扉を開ける前にふと考えた。

 これから入って何を言えばいいのか、どんな顔で入ればいいのか、少女は悩んで悩んで悩み抜く。

 やがて心に決めたのか少女は勢いよく扉を開ける。


 来客を知らせる鐘の音が店内に響き渡ると、店内にいた者達の視線が一斉に入ってきた少女へ向けられる。

 少女の第一声は……遅れたことへの謝罪とこれまでの感謝だった。



 魔法を求めていた少年は、違う世界に転生し少女となった。

 求めて教わった魔法は使い道のよく分からない碌でもないものばかりだったが、それでも魔法を追い求めた少女にとってかけがえのないものとめぐり合わせてくれた。


 世界は広い。どこに行こうと、誰といようと、どんなことをしようと個人の自由である。

 様々な不思議なものが存在する世界で少女――神谷神奈とその仲間達の自由な日常はまだまだこれからも続いていく。


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