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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.六章 神谷神奈とクリスマス
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31.4 町内会長――ステッキ見せて、持って来て――


 宝生町商店街。若干空がオレンジになり始めているなか、ある程度の活気があるその場所に神奈は来ていた。

 笑里のサンタが実在しているという幻想を守るため、策があるという才華も合流して商店街内を歩き始める。

 もうじきクリスマスだからか、商店街の店にはクリスマスツリーを外に置いているところが多く、中には追加でサンタの置物まである店もあった。


「それで? 案っていうのはいったいなんなんだ?」


「ああ言ってなかったわね。毎年クリスマスになると町内会がある活動を行っているのよ。それがサンタのコスプレをしてプレゼントを子供に渡すっていうものなの」


 クリスマスで親がやるようなことの代行サービスのようなものだと神奈は理解する。そんな活動が行われているなど一切知らなかったが、子供の親が町内会に頼みに行くのなら一人暮らしの神奈が知るはずもない。


「なるほどね、それに協力しようってことか。……たださ、今思ったんだけど、笑里は母親がいるから私達がサンタ役になる必要ないかもしれないんだよね」


「それなら後で笑里さんのママに頼みに行きましょう。今年は私達にサンタをやらせてくださいってね」


「頼むのは私達がやる方なのかよ。普通にやってもらった方がいいんじゃないの?」


「仕方ないの……だって、だってこういうこと一度やってみたかったんだもん!」


「意外と自分本位!」


 友達のためというのもあるが、一番は自分のためだった。才華でもそういうところがあることを神奈は初めて知った。


「……まあ、サンタ役やってたのは亡くなった父親らしいから母親がやってくれるかは分からないしな。代行サービスがあるならそっちに頼む可能性もあるか」


 ここに来る前に笑里の父親――幽霊となっている秋野風助にクリスマス関連の話を神奈は聞いている。

 毎年秋野家では風助がサンタのコスプレをしてプレゼントを渡していた。プレゼントに関してはほぼ毎年「お菓子」とだけ言われていたので、笑里が好んでいるお菓子を靴下に入れておくのが一連の流れである。


「毎年この町の六割近い家が依頼しているみたいだからね」


「意外といるんだな、代行を頼む親」


「そうね。……見えてきたわ、あれが町内会長の家よ。雑貨屋の隣の玩具屋」


 雑貨屋の隣には子供向けの玩具を売っている店がある。神奈もゴリキュアのステッキを求めて行ったことがある見知った店であった。玩具としてヨーヨーや戦隊シリーズの変身ベルトなどが置いてあるが、求めていた玩具が売っていなかったことによるガッカリ感も覚えている。

 店内に入ると白髪でシワの目立つ老人が会計カウンターに立っていた。才華の「すみませーん」という声に反応した老人は二人の方を向く。


「おぉ、藤原さんのところの。元気だったかな」


 藤原家は宝生町で有名な家だ。無駄に大きな屋敷のために話題となったことがあるため、町のほとんどの人間が知っている。


「はい、真崎(まざき)さんもお変わりないようで何よりです」


「うむ、それで今日はどういったご用件かな?」


 才華は一度神奈の方を見て頷くと、神奈も頷き返す。


「今日はご相談があって来ました。もうすぐクリスマスの町内会活動がありますよね。私の友達で父親を亡くした子がいて……その子のサンタがいるという純粋な夢を壊したくないんです」


「なるほどそれは素敵なお嬢さんのようだ。私も五十になるまでサンタを信じていたからなあ、才華ちゃんの気持ちはよく分かる。つまり此度の活動でその子の家にも行ってほしいということだね?」


「いえ、私達がサンタをやりたいのでやらせてください」


「友達関係ないのお!? しかもまた直球なお願いだな……まあ藤原さんのお父さんには色々援助してもらっているので強く否定出来ないのだが……お父さんは許可を出してくれたのかな?」


 さすがに活動が夜なので、町内会長も親の許可なしにやらせるわけにはいかないだろう。普通に断ればいいのだが、他の一般の子供ならともかく、活動資金を援助してもらっている家の子供では無下にすることもできない。


「はい、これも経験だと言っていました。問題ありません」


「そうか……まあそういうことなら参加を許可するとも。クリスマス当日にここへ顔を出すといい。ただ他の子供達には活動のことは内緒だよ?」


「分かっています。ありがとうございました」


 頭を下げる才華につられて神奈も頭を下げる。

 二人が礼をし終わったとき、一人の少年が店内に「ただいま」と言いながら入って来て、神奈達に気付くと「うわっ」という驚いたような声を漏らす。

 声に反応して振り返った神奈達は少年が学校の同級生であることに気付く。


「同じクラスの……真崎、だっけ?」


「ああそうね、こんにちは真崎君。町内会長の孫だから家がここなのね」


「か、神谷さんに藤原さん……こんにちは。(うち)に何か用?」


 真崎という少年は良くも悪くも普通の子供である。クラスメイトだからという理由で神奈も名前くらいは憶えているが、特技や趣味など個性と呼ぶべきものを全く知らない。普段から一人でいることが多く、友達がいるのかさえも分からない。


「ちょっと町内会長に頼みがあったんだよ。まあもう終わったから帰るところだけど」


「へ、へぇ、そうなんだ。じゃあまた明日」


 特に何か話すべきことがあるわけでもないので神奈と才華は店を出ようと歩いていく。その姿を真崎は緊張気味で見送り、通り過ぎてから町内会長である祖父へと話しかける。


「爺ちゃん、あれ手に入った?」


「……ああ、あれか。手痛い出費だったが買えたぞ。魔法少女ゴリキュアグリーンのステッキ」


「魔法少女ゴリキュアグリーンのステッキだとおおおお!」


 ――出ていく直前だった神奈が振り返って叫んだ。

 いきなり叫ばれたことで真崎と町内会長は悲鳴を上げて驚愕する。才華も悲鳴は上げなかったものの目を丸くして神奈を凝視していた。


「……えっと、そうだけど」


 ずかずかと歩み寄って相手が怯むのも関係なしに神奈は真崎の両手を握る。


「私も大ファンなんだよ! そのステッキ、どうか見せてくれ!」


「そ、そうなの!? じゃ、じゃあ見せるよ。爺ちゃん、グリーンのステッキを持って来て」


「いや、ネット通販で買ったから届くのは夜なんだ」


「夜まで待ちます!」


「待たんでいいわ。そのステッキなら明日学校に持って行かせるから安心していいぞ」


 冷静な指摘と提案に神奈は納得し「ありがとうございました!」と再び頭を下げてから、呆然としている才華の腕を掴んで店を出ていく。

 腕を引っ張られる才華は見ていた。帰路に就く神奈の表情が、まるでサンタに会えると聞かされて喜ぶ子供のようなものになっていたことを。



 * * *



 十二月十五日。


 宝生小学校の教室も商店街と同じようにクリスマスツリーを飾っている。全ての教室に用意するとなると相当な資金が必要になるだろうが、七割方藤原家が負担しているので問題ない。


「そういえば神奈ちゃんと才華ちゃんはいい子にしてる? いい子にしていないとサンタさんが来ないんだからね」


「そういう笑里はどうなのさ」


「私は大丈夫だよ。毎年神社に行ってサンタさんが来るようにお祈りしてるから」


「神頼みかよ! いい子の自信ないの!?」


 たとえ神頼みをしていようと、神奈達二人のサンタがプレゼントを持っていくということは確定しているので、確実に笑里の元にはサンタが現れる。ただ、心配しなくていいと伝えられないのは不便だなと二人は思う。


「神奈さん、朝からソワソワしてるわね」


「えっ、そうかな」


 才華の指摘通り神奈は今朝からずっとソワソワしている。

 今朝は珍しく早めに登校してきた神奈は教室を見渡して、真崎がいるかどうか確認し、まだ教室にいなかったので自分の席に座ってずっと待っていた。そこから今まで右足を爪先で立たせてぐるぐると動かし続けている。


 なぜここまで落ち着いていないのかといえば昨日の夕方の件だ。

 真崎というクラスメイトが魔法少女ゴリキュアグリーンのステッキを手に入れたと偶然聞いてしまい、今日じっくりと見せてもらう約束をしている。ゴリキュアの大ファンである神奈が生でステッキを見れるとくれば、何をしようと落ち着けるはずもなかった。


「まあやっぱり楽しみでさ。早く来ないかなあ」


 早く真崎が来ないかなと思いながら待っていると、神奈の傍に男子生徒がやって来る。


「そんなに会いたがっているとは知らなかった。待たせたな」


 嬉しそうな表情で横へ振り向くと男子生徒――隼速人が立っていた。

 神奈の顔はすぐに生気を失くしたような死んだものとなる。


「さあ、退院したばかりだがこの俺と今すぐ勝負だんがらあっ!?」


 無言の鉄拳が速人の顎にクリーンヒット。真っ直ぐに飛ばされた速人は頭が天井に突き刺さって、斬新な天井の装飾品のようになって動かなくなる。

 期待外れと言わんばかりにがっかりした様子で神奈はため息を吐く。普段だったら「退院おめでとさん」くらい告げたのだろうが、時期が悪かったとしかいえない。


 その後、待つこと五分。

 神奈は暇だったので笑里と雑談していると、才華が「神奈さん」と呼んで指を扉の方へ向ける。つられてそちらを見てみれば、ずっと待っていた少年真崎がようやく登校してきた。

 神奈は笑顔を浮かべて立ち上がり、着席した真崎の元へうきうきとした様子で歩いていく。


「おっはよう真崎君! さて、早速だが例の物を」


「お、おはよう。本当に早速だね……」


 若干引き気味で呟く真崎は鞄から一本のステッキを取り出す。

 長さは三十センチメートル。先端の形はハートマークで、中心には緑の石が取りつけられている。間違いなく魔法少女ゴリキュアグリーンのステッキだと神奈は興奮した様子で叫び出した。


「これがあああああ、魔法少女ゴリキュアグリーンのステッキかああああ! なんて、なんて輝きだ。そして今、私はゴリキュアグリーンと同じステッキを持っているんだなあ……感動だ、超感動だぁ」


 感極まった様子の神奈に真崎の表情が固まる。

 普段のキャラと違うような……と真崎が思うのも無理はない。神奈はゴリキュアの話になると、普段つっこみ役の芸人がボケ役をやるようにおかしくなる。


「随分とゴリキュアが好きなんだね……」


「当ったり前じゃん大好きだよ! 真崎君だって好きなんだろ?」


 真崎は「……それは」と口にして、周囲を見渡してから俯いて小さな声で「好きだよ」と告げた。

 大声で注目が集まっているなかで言うなどもはや拷問である。その点、神奈は何も気にせず「やっぱそうだよなあ!」と叫ぶ。


「よしじゃあ好きなシーンを言ってみてくれ。ちなみに私はな、他人を下賎(げせん)だって見下してたイエローがピンクの説教で対等だと思い直したシーンが好きなんだ」


「あっそれ分かる、僕もあのシーン何回も見たから。ピンクの純粋な心にみんな影響されていくんだよね。えっと、僕が一番好きなのはあれかな。グリーンが周りの目を気にして自分の趣味を隠してたけど、ピンクの言葉をきっかけにクラスのみんなの前で大声で宣言したところ」


 恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた真崎に神奈は同意する。


「おお、あれもいいシーンだよね! グリーンは学園のアイドル的存在で理想を押し付けられていたから実は同人作家だってなかなか言えなくって。本当にゴリキュアは心理描写が最高なんだよ、そしてあのグリーンが宣言したときの笑顔、視聴者の爽快感、全てが合わさって最高の神回になったんだ!」


「エンディングがその回だけ特別仕様だったのもよかったよね! グリーンの子供時代から始まって肉体的な成長を描き、サビから精神的な成長を描いた一枚絵の連続! 実は僕グリーンが大好きでそのステッキが夜もよく眠れないくらい物凄く欲しかったんだ!」


「くうううぅぅぅ! 分かる、分かるよその気持ち! 私も今はレッドのステッキが欲しすぎて夜しか眠れないからさあ!」


「あっ僕もレッドのステッキ欲しいんだよ! 爺ちゃんにもう頼んでるんだ!」


「おっマジ!? じゃあ手に入ったら見せてくれよ! いや私も手に入るように動いてみるけどさ!」


 遠くで見守っていた才華と笑里は「なにあれ……」と呟く。

 先程まで気まずそうにしていた少年の姿はどこへやら。気がつけば満面の笑みでオタク全開の話をしている。教室中の生徒が真崎の変わりように一驚していた。


 それからもゴリキュア関連の話はホームルームが始まるときにまで続いた。

 担任教師は教室に入ってから「なにこれ……」と異様な熱気に包まれた二人を凝視し、二人の気を静めるために迅速に行動したものの効果なし。大声で「ホームルームの時間ですよ」だと告げても一切聞いてくれない。そこで笑里と才華の協力も入って五分の時間を要して止められたのである。


 ――人間誰しも、熱が入ると集中しすぎる悪い癖があるものだ。


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