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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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388 心配――彼女の誕生日――


「ゴッデス、今回は協力してくれたことに感謝しましょーう」


 白いローブを着ており、ふわりとした金髪の女性――祝福の管理者が細道でそう告げる。

 それに対し白を基調とした聖職者のような服装。首には金のネックレス。言葉を告げられた彼、ゴッデスはどうにも落ち込んだ様子を見せている。


「……いえ、礼には及びません神よ。……しかし、協力といっても私は何も出来ませんでした。せっかく神々が大いなるお力を与えてくれたというのに」


 落ち込んでいるのは当然ともいえる。

 ゴッデスにとって管理者達は神と同等の存在。そんな存在から任された使命を全う出来ず、結局最後は全て関係ない少女に任せてしまったのだから。


「結果には目を瞑りましょう。神代由治とまともに戦えないことなど、一応予想はしていましたしねぇ。あなたが悪く思う必要などありませんよお」


「……そうですか。……他の神々はどこに?」


「それぞれ仕事に戻っていますよ。あまり休むわけにもいきませんしねえ」


 元々全ての世界を管理する存在だ。もし長く休めばどうなることか。

 祝福の管理者は笑みを張り付けたままふわりと浮き上がり、管理世界という異空間へ移動しようとした。

 そんな時、一人の少女が住宅街にある細道にやって来た。


「そうそう、管理者に休む暇なんてないよねえ」


 振り返った祝福の管理者の目に映るのは、黒い猫耳と猫らしき尻尾が特徴的な少女。

 今回の協力者の一人にして神代由治をも軽くあしらった存在。彼女を目にした祝福の管理者は「ミヤマ……」と忌々しそうに呟く。


「神代由治撃破を私からも祝わせてよ。あ、これもしかして祝福の管理者の仕事だったかにゃん?」


 呑気にかけられた言葉に祝福の管理者は俯き、力を全力で込めた両腕がプルプルと震える。


「ミヤマ、あなたに一つ訊きたいことがあったんですがあ。……あなたなら勝てたんじゃないですかあ? 何の犠牲も出さずに」


 この疑問を本当なら百年近く問いかけるつもりはなかった。

 ミヤマの実力は計り知れない。あの由治と互角、もしくはそれ以上の可能性だってある。今回で犠牲者が出なければ管理者達だって何も言わないつもりだったのだが、テンという無視出来ない犠牲が出てしまっている。


 ここで会わなければ長い時間が経った後、ちょっとした過去の話として冷静な気持ちで訊けただろう。会える保証がないからミヤマへの怒りを忘れられたかもしれない。


 祝福の管理者だってミヤマに恩はある。とはいえ彼女が戦闘に加わっていれば犠牲は出なかったかもしれないし、もっと戦況はよくなっていたかもしれない。

 全て推測にすぎないがミヤマにはそう考えられるほどの力がある。


「犠牲……? ああ、アレね。まあ同情はするけど、元から死体みたいなものじゃなかったっけ? それに買い被りすぎにゃん。犠牲なら相当な数が出ちゃうって」


「どうせ犠牲は自分の分身体だけでしょうに」


「私はね、あくまで観測者なんだよ。戦いはするより見たい派だし。神代由治は神奈さんだけで犠牲なく勝てるはずだって分かってたしね。……結果はちょっと予想と違ったけど」


 ミヤマが悪いわけではない。彼女だって最善を尽くして……いないが協力はしたのだ。祝福の管理者の推測はあくまで想像なので責めはしない。

 ただ余計なことばかり考えてしまうので、もうこの話を切ろうと思った。


「はぁ、もういいですう。ゴッデス、あなたはこれから迷える人々を救っていきなさあい。それがあなたの役目ですからねえ」


「了解しました。神よ、また会える日を心待ちにしております」


 呑気に笑ったミヤマは「じゃあねー」と言って手を軽く振る。

 祝福の管理者は彼女のことを強引に頭から追い出して、逃げるように管理世界へと跳躍した。




 * * * 




 十二月二十五日。とある係留施設へと二人組の男女がやって来た。

 青い海の上に船が何隻も泊まっているそこでは、奥の方にハーデス行きという文字が書いてある巨大な漆黒の船が禍々しいオーラを放っている。


「ここからは船で向かうわよ」


 水色の髪を腰まで下げたストレートな長髪の少女、天寺静香は隣の少年に告げる。

 漆黒の船に乗り込んで、船の広い甲板(かんぱん)に二人は立つ。


「二人きりで優雅な船旅かい? 日戸君が聞いたら怒り狂いそうだね」


 白いスーツと赤いマントを身に纏い、額にゴーグルをつけている少年――法月正義は青く広大な海を見渡しながら口を開く。


「操真は知ってるわ。まああなたの予想通りだから、あっちに着いたら罵倒でもされるんじゃない?」


「そこは君が落ち着かせてくれよ」


 巨大な漆黒の船が出発して一時間。

 法月は青空を飛ぶ白い鳥達を見上げながら天寺に話しかける。


「そういえば、今日は誕生日だってね」


 潮風ではためく赤いマントの音をうるさいと思いつつ、天寺は法月の方を見やって不快そうに答えた。


「……私は自分の誕生日なんて知らないわよ」


「いやいや、君じゃなくて。神谷さんだよ」


 鳥を見上げるのを止めて視線を向けた法月。

 天寺は「ああ……あの女のか……」と不快そうな表情をなくして海に目を向ける。


「お祝いとかしてあげないのかい? 君達仲はいいんだろう?」


「はあ? 何の冗談よ」


「仲がよくなきゃ、わざわざ君を助けになんか来なかったと思うけどね。彼女の方は友達だと思ってるんじゃないかな」


 法月が言っているのは以前、敵対していた時の話だ。

 何とも思っていない相手でも神奈は助けに行くだろうが、彼女の気迫や言動からそこそこ認めてはいるんだろうと法月は思っていた。


「ありえないわ。というか法月、なんであなたがあの女の誕生日なんか知ってるわけ」


「ちょっと小耳に挟んだだけさ」


 甲板にある柵に肘をつき、頬杖をついた天寺は「あっそ」と呟く。

 それから暫く時間が過ぎると二人の視界に一つの島が見えてくる。


「見えてきたわね。あれがハーデス、世界各地から凶悪な犯罪者が送られる監獄」


 世界から様々な犯罪者が送られる脱獄不可能とされている大監獄ハーデス。

 周囲は荒れ狂う海に囲まれている絶海の孤島、その島一つ丸ごとが監獄になっている。


 高く黒い壁に囲まれた、言われなければ島だとも気付けないその場所。

 漆黒の船が島に近付くと髑髏マークがある重々しく巨大な扉が開き、島への道が開ける。島へはこれ以外に出入りする場所がなく一度扉が閉まれば二度と出ることは出来ない。扉を潜ればそこは既に監獄の玄関だ。


「あそこが、か。それにしても考えたものだよね。君の趣味、本当に気に入らないけど犯罪者相手なら制裁するわけにもいかない。たぶん神谷さんからだって何も言われないだろうね」


「前任の看守長が死亡してちょうどよかったわ。今日からあなたがハーデス看守長よ」


 天寺の趣味は他人の絶望を眺めるという碌でもないもの。

 それに対して法月はよく思っていないが、天寺も趣味を止める気がない。


 しかし平行線かと思われた二人だが思わぬところで妥協出来た。何の罪もない一般人相手に酷いことをするから法月などが阻止しようとするので、天寺は罰として解釈させられる監獄の囚人達を相手にすることにしたのだ。


 法月は犯罪者を守るつもりなどない。罪のない市民を守るためにいつも動いている。だからこそ天寺の紹介でハーデスという監獄へ向かうことにした。いきなり看守長というのには驚かされたが。

 過去、表向き脱出不可能とされているハーデスから三人も囚人が逃走していた。そしてその一人は何百という人々を軽々と爆殺している。今後二度とこういった事態が起きないようにしたいと法月は思っている。


 天寺は趣味で好き放題出来る場所に移り住むことができ、法月は悪の囚人達が外に出ないよう間接的に市民を守れる。一応利害の一致ともいえる。


「あーそうそう、さっきの話だけど」


 何のことか分からず法月は「さっき?」と返す。


「誕生日。一応中学の頃から文章で祝ってあげてるわ。……でもまあ、どうせ私から祝われなくても大勢のお友達がいるし、私から祝う意味ないけどね」


 大監獄となっている島の港に着いたので船から飛び降りた天寺と、それを追うように飛び降りる法月。

 出迎えるため出てくるのは少年二人。彼らを見て悪そうな笑みを浮かべた天寺はふと思う。


(今頃、お友達に祝われてさぞご満悦でしょう。もう会うこともないだろうけど毎年メールくらいしてあげるわ。精々平和に過ごすことね)


 天寺は知らない。神奈が今どうなっているのかを。

 今日、笑い合える平和な誕生日会などまだ行われていないことを知らない。



 * * * 



 十二月二十五日。――喫茶マインドピースにて。


 落ち着ける雰囲気の喫茶店には多くの者がいる。だからといって賑わっているわけではなく、少数の者は通夜でもしているかのような表情をしていた。

 この場にいるのは全員が神谷神奈の知り合いだ。そして本来ならもう彼女の誕生日会が開かれて賑やかな時間を過ごしていただろう。


「神奈ちゃん、来ないね……」


 オレンジ髪の少女、秋野笑里は暗い表情で声を零す。

 いつもなら明るく元気に笑っている笑里でも今は笑っていない。友人が誕生日会をドタキャンしているからではなく、まだ来ない理由を知っているから。

 同じく理由を知っている黄髪の少女、藤原才華も暗い表情で「そうね」と返す。


「それだけショックも大きいってことでしょうね。隼君から話を聞いただけの私でもまだ驚きが消えないもの」


「でもその、あれはただの腕輪だったのでは? いえ、ただのというのは間違いでしょうけど、ちょっと変わった装飾品の一種ですよね?」


 才華の言葉に反応したのは隣に座る少女。

 艶のある黒い髪を二纏めにして下ろしているおさげ髪。藤原家に仕えているため、スカート丈の長いメイド服を着用している黄泉川(よみかわ)三子(さんず)だ。


「三子ちゃん。あの腕輪さんは神奈ちゃんの家族みたいなものだったんだよ」


「笑里さんの言う通り、付き合いの長さで言うならあの腕輪が一番だった。血が繋がっていなくても、人間じゃなかったとしても、一緒に楽しく暮らせているならそれはもう家族なのよ」


 才華の発言に「その通り」と続けて声に出したのは喫茶店の制服を着た一人の少年。

 赤紫の髪は後ろだけが逆立っている彼、レイは才華達のテーブルにまで歩いて来る。


「あの腕輪は神奈の家族だった。家族を失う痛みはとても辛いものだ」


 三子は「家族……」と呟いて俯く。

 失う痛みなら知っている。かけがえのない家族がいなくなってしまうことで発生する胸の痛みを三子は、いや三子だけでなく笑里や一部他の者も理解出来る。


「藤原さん、店の貸し切りは今週までが精一杯だ。さすがにこれ以上は店長に頼み込んでも無理だった。せっかく準備したから出来れば誕生日会を開きたいんだけどね……」


「仕方ないわ。無理を言っているのはこちらなんだから」


「じゃあその件について私から一ついい?」


 笑里の隣に座っている、鋭い黒の瞳を持つサイドポニーの少女が口を開く。

 藤堂綺羅々だ。無表情の彼女は軽く手を挙げて問いかける。


「何で私ここにいるの?」


「そりゃあ綺羅々ちゃんだって神奈ちゃんの友達だからだよ」


「神谷さんと友達になった覚えはないんだけど」


「でも私とは友達だよね? ほら、友達の友達は友達っていうから綺羅々ちゃんは神奈ちゃんの友達だよ」


「あなたも別に友達ってわけじゃないんだけど」


 光天使を倒した、というかスピルドに助けられた後。

 綺羅々は笑里に主に藤堂零関係を容赦なく質問攻めした。

 結果、笑里の回答は「よく分かんないや」の一点張り。これに参りつつも綺羅々が諦めることはなく、丁寧に分かりやすく説明することを心掛けて問いかけたが回答は同じものだった。


 質問するのに疲れた綺羅々へ今度は笑里が質問攻めを開始。

 趣味や好き嫌いなど様々なことに答えさせられた挙句、唐突に殴られた。そして「綺羅々ちゃんも殴って殴って」などと言われるがままに困惑しつつ殴り返すと、笑顔の笑里が意味不明な友達宣言をする。さらに明日は神奈の誕生日会だからと言って強制連行されてきたのである。

 たとえ多少交流がある神奈の誕生日会でも本人は一切来る気がなかった。


「藤堂さん」


「名字で呼ばないで」


「……綺羅々さん。あの人達は友達なのかしら?」


 才華が目を向けている先は最奥のテーブル。

 そこには伊世高校の生徒達が十五人ほど制服姿で並んでいた。


「知らない。学校の集会の後なんか勝手に付いてきただけ」


「問題なんじゃないのそれは……」


「問題ないよ。彼ら彼女らも神谷さんと友達なんだから」


 口を挿んできたのは車椅子に乗る茶髪の少年。伊世高校の制服である黒いセーラー服を着ている白部洋一。

 その車椅子を押してきた少女。これまた伊世高校の黒いセーラー服で身を包み、ローズピンクの髪をツインテールにしている鷲本恵もうんうんと頷いて肯定している。


「白部君と……鷲本さんね。まあいいわ。主役がいない現段階じゃそもそも何も始まらないんだし、誰がいようと何も変わらないもの」


「そうでもないさ。きっともうすぐ神谷さんは来るんじゃないかな」


 根拠は何かと疑惑の目を才華は向ける。


「隼君が、いい理解者だからさ」


 速人のことを洋一はこの場の誰よりも信頼している。

 夢現世界でも現実世界でも頼りになった彼ならば、神奈を立ち直らせることが出来ると信じている。



 そんな会話を近いテーブル席で聞いていたのは元文芸部の面々。……といっても神奈と速人がいないのに加えて、神音も来ていないので三人しかいないが。

 ボリュームある紫髪が首に巻きついている少女、夢咲夜知留は口を開く。


「ねえ、神音は本当にそう言ったの?」


「……言ったというか、レインで送られてきたんだけど」


 答えるのは狐色の髪をした平凡そうな少年、斎藤凪斗だ。

 この場に本来なら神音も泉沙羅として参加するはずだった。それがなぜ来る気配すらないのかと夢咲や霧雨は知らない。詳しいところは斎藤も知らないのだが、斎藤のところにだけ携帯電話の無料トークアプリで文章が送られていた。


【許されないことをした。合わせる顔がないし、顔どころか全身が弾け飛ぶかもしれない。すまないがもう君達に会うことはないだろう。……今まで楽しかったよ】


 斎藤は不安気な顔をしながら携帯電話の画面を二人へ見せる。

 見せられた夢咲と霧雨の二人は黙読し終わった瞬間に息を呑む。


「……今回、神奈さんと何か関係があるかもね」


「僕、悲しいな。こんな風に一方的に関係が絶たれるなんて」


「私もよ。後で意地でも捜し出して連れ戻しましょう」



 元文芸部面々がいるテーブルの隣には元メイジ学園生徒の面々がいる。

 隣で夢咲達が頷き合っているのを見やった眼鏡を掛けた青髪の少女、南野葵は、視線を自分達のいるテーブルへと戻す。……正確にはそこに突っ伏して泣いている少年、暗緑色の髪を男にしては伸ばしている影野統真にだ。


「なぜだあ、なんで大事な時に俺は傍にいなかったんだあ……! 神谷さんが辛い思いをしているのにどうしてえ……! どうして俺はこんなところにいるんだあ……!」


 少し前、速人が喫茶店に来て事情を説明した時。

 影野は自分こそが神奈を立ち直らせると奮起して出て行こうとしたのだが、それを傍にいる者達に止められる形となっていた。ショックを受けた影野はそれからずっと一人で泣いている。


「俺が行かなくてはいけないのにい……これじゃあ神谷教トップとして立つ瀬がない。俺達の女神が悲しい思いをしている時に情けないぞ俺はあああああ……!」


「いや(こえ)えよ。お前そんなもん作ってたのか」


 隣に座っている金髪の強面少年、日野昌は戦慄して引いた目を向ける。その後、ため息を吐いた後で頭を掻いて影野に話す。


「つっても神谷だろ? あいつならあっさり立ち直れるんじゃねえの?」


 日野の発言に「僕もそう思う」と斜め前にいる全体的にナヨナヨした少年、坂下勇気も同意する。

 しかしその発言に否定的な意見を述べたのが葵だ。


「どうかな。案外、厳しいかもよ」


「ああ? 何でだよ」


「心の支えがなくなった人間っていうのはね、ちょっとやそっとじゃ元に戻れやしないから。長年一緒にいる存在、いなくなるはずがないと思っていた存在が消えたりすると……心はぐちゃぐちゃになるものだから」


「くうっ、神谷さん。どうか、どうかああ! お姿を現してくださいいい!」


 主役がいないため誕生日会はまだ開かれない。

 もしかしたら延期か中止になるかもしれない。

 だが主役である神奈を連れて来るために速人が動いている。喫茶店に集まった者達に今回の事件を簡潔にまとめて話した後で、一人で神奈の家に向かっている。


 喫茶店に集まった者達は全員が速人に託すしかなかった。彼ならば神奈を立ち直らせてこの場に連れて来れると、全員が信じて祈るしかなかった。


「……お願い。神奈ちゃんを……助けてあげて」



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