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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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387 最期――別れの時――


「……これは、加護が……戻ろうとしている!?」


 由治は焦った声で現状を叫ぶ。


「おそらく拒絶反応のようなものでしょう。本来の所有者から離れたくない理由があるのかもしれません。時間はそう長くありませんね」


 本来の所有者は神奈だと加護も認識しているのかもしれない。そもそも譲渡という行為が前代未聞なわけもあり、具体的な原因などは全く分からない。ただ時間がないことだけは確かである。


「ダメだ、自由の加護の力を全て回さなければ神の加護が離れてしまう。そうでなければ手っ取り早く自殺で終われたものを……。我を殺せるのはもはや汝だけかもしれぬ」


「……神奈さん、今なら代われますよ。魔力贈与を利用すれば殺す人間は誰でも構わないんですから、無理して由治さんを殺そうとしなくてもいいんです」


 現在、神の加護が由治に渡り、不老不死の加護は無力化されている。

 神代由治という男はそれでも強大な力を持っている。むしろ加護が一つ増えたことでエネルギー量は増している。そんな彼を殺せるのは今この場では一人、予め由治と互角レベルになっていた神奈のみ。

 この場にいない者も含めるならミヤマもいただろうが全員が知る由もない。


 神奈のみとはいったが魔力贈与を使用すれば他の三人……神音、速人、ゴッデスの誰かに殺す役目を任せることは出来る。速人なら何も言わず引き受けてくれるだろう。だが神奈は誰にもこの役目を任せるつもりなどなく「いや」と言い、強い意思を込めて首を横に振る。


「……私がやるよ。約束みたいなもんだし、提案したのも私だし」


「後悔しますよ? 殺したくない人間を殺してしまったら」


「……それでもやる。超魔激烈拳で殴るくらいやれるさ」


 殺したくない気持ちをまだ持ったままなのは明白。望まない人殺しは全て後悔し、場合によっては心が罪悪感などで押し潰されて壊れてしまう。

 テンが気遣って止めようとするが神奈は引き受けた。


「ただ、神代由治……それに腕輪。二人に訊きたい」


 本当に行動に移す前に神奈は問いかける。


「いいんだよな。本当に、これでいいんだよな?」


 神奈としては死なずに生きていてほしいと思っている。

 精神が壊れているというのなら治療する術を見つけ、二人が幸せに過ごす未来を求めてほしい。そう思っている。


「問題ない」


「ええ、後悔なんてしませんよ。ですが神奈さんは……」


「私は二人の意思を尊重する。私のことまで気にするな」


 しかし当事者である由治とテンが死を望んでいるというのならやるしかない。

 神奈は右腕を引き、全身に漲る魔力を一か所に集め始める。


「全魔力を……右拳に集中……!」


 右拳に紫紺のエネルギーが纏わりついていく。

 魔力の色が濃い。かつてないほどに濃密なエネルギーだ。


「準備は……いいか……!」


 こんなはずではなかった。神奈の思いつきでは由治が自殺出来る予定だったのだ。

 死ぬなら勝手に死ねと言いたかったわけではなく、ただ死ぬ方法を教えただけだ。そこに何かの思惑らしきものは欠片も存在しない。


 針で刺されたような胸の痛みで歯を食いしばり、右拳を振るう。



 ――その時。テンが由治へと飛んで抱きついた。



 予想外の光景が目に入って神奈は慌てて攻撃を止める。なんとか反応が間に合ってテンに触れる寸前で止めることが出来た。


「どういう状況か、分かってるよな?」


 テンは「ええ」と頷いて、由治に抱きついていた腕を離す。そしてゆっくりと振り返って神奈と顔を合わせる。


「どういう状況か分かっているから今なんですよ。ねえ神奈さん……最期なんです。最期くらい話してもいいでしょう?」


「……分かった。最期だしな、それくらいの時間は待ってやるよ」


 再び右手を引き、神奈は全魔力を込めた状態を維持して待つ。

 もし家族がもう死ぬと分かっていて、その現場に立ち会っていたとすれば神奈は冷静でいられる自信がない。テンも同じだろう。何を話せばいいのか悩むような困り顔を見せつつ「すみません」と、一言謝ってから由治と向き合う。


「由治さん。こうして話すのも最後になりそうです」


「テン。……そうだな、我はもうじき死ねるのだから」


 長年望み続けた死が目前にあることで由治は優し気な笑みを浮かばせる。

 穏やかな表情で、まるで長年やり続けたことに満足して終止符を打つような気持ちで、由治はテンに向けて過去と同じように笑っている。


「あなたと過ごした日々。転生の管理者時代からすごく楽しかったあの時を、今でも昨日のように思い出せます。本当に……楽しかった……雑な結婚でしたけど、嬉しかった……死んだ私をここまで想ってくれたこと……言葉に出来ないくらい……感謝しています」


「感謝するのは我の方だ。汝は我にとって初めての家族。この命を捨てることも、人間を辞めることも、自分がどうなることも汝を思えばすんなりと受け入れられた。味わったことのない愛と温もりを与えてくれた汝はかけがえのない存在だ。最後に看取ってくれるのが汝で良かったと思う」


「……今さら言うのは卑怯かもしれないですけど、いつまでも一緒にいたかったです。私は……いや以前の私だって同じ気持ちなはず。また同じ家で寝食を共にして、色々な世界を見て回りたかったんです」


「そうだな。出来ることなら……我も」


 テンの瞳からは涙が溢れて生い茂る草へ落ちていく。

 落ちた涙を見つめ、まだ零れていく涙を逆再生のように追って由治は再びテンの顔を見つめる。少し黙っていた由治はようやくまた口を開く。


「テン、まだ話していたいのかもしれないが、さすがに時間を無視出来ない。神谷神奈が行おうとしている技はあまり維持出来ないだろうし、神の加護も所持者の元へ戻ろうとしている。辛いだろうがここでお別れだ。汝は神谷神奈と共に楽しく生きてくれ」


 由治と違ってテンは不老不死に苦しんでなどいない。それに神奈という新たなパートナーがいるのだから死ぬ理由もない。由治は泣き止んだ彼女に生きるよう告げた。



 ――しかしテンは「嫌です」と一蹴した。



「それは嫌なんです。以前した約束を私は果たしたい」


「……だが、汝は」


「私だってテンなんですから、あなたと死ぬときは一緒です。私と初めて話した日、最期までお供すると言ったでしょ?」


 最期までお供するというテンの言葉を神奈は疑問に思う。

 疑問は段々と確信に変わる。ピースが埋まっていくジグソーパズルのようにしっくりときて、徐々に目を見開く。



「……なあ、嘘だよな? 冗談だろ?」



 なぜテンが由治を殺すことを頼んだのか。

 暴走を止めるためというのもあるだろう。だが本音のところでは、気持ちの奥底に眠る強い想いが原因だ。


 ――テンは由治が死ぬ時、自分も死ぬつもりなのである。


 振り返ったテンは神奈に向けて「すみません」と申し訳なさそうな表情で口にする。


「気付いてしまったかもしれませんが今言っておきます。……私、由治さんと一緒に死にたいんです」


「冗談だよな? ほら、お前よく冗談言うしさ。時と場合考えてくれよ」


「冗談じゃありません、本気です。それにこんな状況だからこそですよ。この局面だからこそ神奈さんの選択は実質一択。私もろとも由治さんを殺すしかない」


 神奈は二人を殺したくないが世界を守るには由治を殺す必要がある。

 由治を殺そうとすればテンも一緒に死ぬ。

 もう発動した超魔激烈拳をキャンセルすればチャンスは(つい)える。

 テンの言う通り、神奈はこのまま必殺拳を放つしかなくなった。そうしなければ由治が死ぬ方法は全世界ごと消滅する碌でもない方法だけになり、自分含めて大切な者達は全員死んでしまう。


「大丈夫。今の状態で超魔激烈拳を放てば私なんて紙屑みたいに消し飛びます。由治さんを殺す勢いは失われませんし、私は粉砕されてこの意思も消えるでしょう」


「なんで、なんでだよ! なあ、私よりもそいつを選ぶのかよ。……お前も、私を……一人にするのかよ」


 神奈の家族はいつも先にいなくなってしまう。前世での両親だって、今世で父親代わりだった上谷周だって、産んでくれたアイギスだって全員死んでいった。

 前世では一人だったため一人には慣れている。だが家族を失う悲しみは慣れない。


 俯いてしまった神奈に、再びテンは「申し訳ありません」と謝罪を口にする。


「確かに神奈さんのことも大事に思っています。その気持ちに偽りありません」


「それでも私と生きるより、そいつと死ぬことを選んだんだろ。私との絆なんて所詮その程度ってか? そりゃあそうだよな、そいつはお前のパートナーみたいなもんなんだから。比べたら浅い付き合いの私を切り捨てるのは当然だよな……!」


「違います! 神奈さんは私にとっての光だったんです。記憶を失った私がいたのは神の倉庫という隔離された空間。意思のある道具などは他の転生者に与えられ、私は本当に一人だったんです。でも神奈さんに出会った。一人だった私と話して、共に歩んでくれた眩い太陽のような光。それこそ私にとっての神奈さんなんです」


「なんだよそれ……。私だって、私だってお前のことを大切に思ってるんだ。前世でも今世でも両親が、家族が……私を置いて一人にした。でもお前だけは……お前だけは違うと思ってたのに! なんでお前も私を置いてくんだよ!」


 どうしても神奈は納得がいかない。

 互いに相手を大切にしているのになぜ離れなければいけないのか。

 一人が嫌なのではなく、一人にされるのが嫌なのだ。胸いっぱいに広がる悲しみで叫ばずにはいられない。


 こうして言い合いを続けているうちにも、神奈の超魔激烈拳の維持は限界が近付いていた。それを由治も、神奈も、離れて見ている神音も気付いており焦りが生まれる。


「……申し訳ありません。神奈さん、確かに私はもうあなたと一緒に生きられません。でも、あなたは一人じゃないでしょう? 笑里さんや才華さん、それにこれまで出会ってきた友達はあなたから離れたりしませんよ。私は管理者の一人。転生の管理者の仕事はまだ幼い転生者の支援と、温かく見守って問題がないか確かめること。私の役目は当に終わっていたのです。もう神奈さんは私がいなくても大丈夫だと信じています」


「大丈夫だとか、問題ないとか、そういうんじゃないだろ……。家族がいなくなったら寂しいし悲しいんだよ……」


「家族と思ってくれるのは嬉しい限りです。でも神奈さん、大切に思ってくれるのならお願いです。なんでも言うことを聞く約束がありましたよね。……あれ、内容を決めましたよ」


 帝王カミヤを倒す時、勢いで約束してしまった件だ。

 テンは勝利に大きく貢献したので神奈も願いを叶えてあげたいと思っている。もちろん殺してくれなどという物騒な願いでなければの話だが。



「――由治さんと私を殺してください」



「そんなの……ズルいよ……」


「神奈さん、ご決断を。約束……果たしてくれないんですか?」


「……嫌だ。……嫌だあああああああ!」


 テンは涙を流して穏やかに笑いかけ、神奈は両目を閉じて泣き叫ぶ。

 悲劇のような光景を、離れた場所で三人の男が見守っていた。ゴッデスは伝染したように零している涙を指で拭い、速人と神音の二人は真剣な顔で見つめている。


 普段の速人なら痺れを切らして由治の首を斬っていただろう。だが今は状況を神音から説明されている。

 

 神の加護で底上げされているエネルギー量は無限に使えない。一時的に得ているだけで、使い切ってしまえばもう一度願わなければいけない。現在、神の加護は神奈から離れているので不可能だ。


 超魔激烈拳を発動させる前なら魔力贈与など方法は他にあったが時すでに遅し。今、神代由治を殺せるのはこの瞬間の神奈しか存在しなくなっていた。いくら相手が無抵抗でも実力が離れすぎていては攻撃が通用しないのである。

 それを理解したからこそ速人は刀を抜くことも出来ない。


「……隼」


 神音が覇気のない声で名を呼んだので速人は無言で視線だけを向ける。


「頼みがある。後で私がしたことを話すから……神谷にも伝えてくれ」


「お前、何を……」


「――究極魔法。完全支配(ニルネルウス)


 両目を閉じて泣き叫んでいた神奈の動きが止まり、目が開かれる。

 意思などないような暗い瞳は不気味に映る。テンは神音の方を一瞥すると軽く頭を下げ、黙して行方を見守っていた由治を抱きしめる。


「いいのか?」


「はい。神奈さんには頼りになる人達が傍にいますから。失う悲しみからだって立ち直れます。元々私はずっと傍にいられるような存在じゃないですしね」


 増幅された神奈の全魔力が集中した右拳が躊躇なく二人目掛けて振るわれた。

 不老不死で苦しんだ一人の男と、そんな男を愛した女。二人の命と魂は風に吹かれた蝋燭の火のように瞬時に掻き消えた。









 今日中に終章最終話まで投稿予定

 次回『心配』


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