384 帰世――結果、生まれた怪物――
夢と精神の世界。神谷神奈の自宅にて。
リビングでテンの語る神代由治の物語を聞いていた神奈は、心から溢れる悲しみで落ち込んだような表情になっていた。隣の速人には表情の変化が見られないが、悲劇の物語を聞いて何も思わないはずがない。表に出さない心の中では様々な想いが生まれている。
「……と、いうのが大まかな流れですね。それからテンの再現でしかない道具の私と由治さん……二人で長い時をかけて多くの世界を旅して、死ねる方法を模索し続けてきたんです。中々見つからない死に方を求める旅は膨大なストレスとなり精神を蝕んでいき、現在の由治さんへと至ります」
「なんだよそれ……。そんなの……あいつ、悪い奴じゃないじゃんか。幸せになろうとしただけなのに……なんでこんなことになってんだよ。おかしいだろ……」
「不老不死が原因のストレスか。それで、それに呑まれた結果があの光の天使で生命を滅ぼす今。……だがおかしいな。お前は神代由治とずっと一緒だったんじゃないのか? なぜ大層大切にし合っているように話したお前は神奈と共に在った?」
神奈の方に親指を向けて速人が疑問をぶつける。
そう、語られた中身では二人の仲は良好。今も悪いわけではないだろう。だというのに腕輪として神奈と共に過ごしていたのは何が原因なのか。
「……ある日、光天使を創り出して世界の生命を滅ぼそうとした時、私達は喧嘩したのです。私としてはそんな必要ないと思っているので……。しかし彼は引かなかった。死を自分に与えられない者達など生きている意味はないとして、彼は大勢の者達を光で殺戮した。……だからですかね、そんな彼と一番の大喧嘩を繰り広げ……魂の管理者に預けられたのは。記憶を消したのは喧嘩をなかったことにしたいという気持ちもあったのかもしれませんね」
「で、転生者の神奈にその魂の管理者とやらが与えたというわけか。話に出てきた神の加護とやらも一緒に」
「そこは後で聞いた話ですが、十中八九、魂の管理者が全てを忘れた結果でしょう。彼は重要性をほぼ理解していないんでしょうし」
加護の管理者が魂の管理者に預けた小型保管庫。彼らはそれを互いにそのままにしてしまったうえ、重要性を忘れているゲーム狂いの老人が神奈に渡してしまったということだ。
複雑な運命の糸が絡まり続けた末、全ての鍵が神谷神奈という一人の人間へと集約してしまった。由治を倒せるのはもうテンの知る限り神奈しかいない。
「……なあ、お前は何を望む? あいつを、どうしたい?」
相変わらず悲しみの表情のまま神奈は問いかける。
「私はさ、あいつのことヤバい悪人だって思ってたんだよ。だって全生命ごと世界全てを消滅させようなんて悪としか思えないだろ。でもお前の話を聞いてたらよく分からなくなった」
「誰もが事情を抱えているものだ。それを一面から見ただけなら当事者と他の誰かで見え方も違ってくるだろう。大事なのは全て知ったうえでどうするかだな」
速人の言う通りだと神奈も同意して頷く。
今まで神奈が戦ってきた相手には本物の悪もいたが、それぞれ事情を抱えて戦っていたのだろうかと考えた。もちろん善悪の基準的には悪に傾く、しかし本人にとっては善意から動いた結果だったのかもしれない。
「……私は……お前の意思を尊重する。確か約束してたよな、一個だけ何でも言うこと聞くんだっけ私は。……約束は果たすぞ。お前の願いを、私は叶えたい」
仮に約束などなくとも神奈はテンのために動くのをテンと速人は理解している。
罪とする過去を清算するためか。常識から見た善意ゆえか。そんな気持ちも確かにあるのだが動くことの意味で一番多くを占めているのは二人の、この場合は一人と一個の友情だ。
テンは願いを告げるのを躊躇している様子を見せ、視線をあちこちに彷徨わせた後、決心したようで真っ直ぐに神奈の目を見つめる。
「神奈さん、あなたには……彼を……彼を――殺してほしい」
「……それでいいのか?」
「ええ、迷いは消えました。もう止まれる段階をとっくに過ぎた彼に真の終わりを与えたい。……しかしこれはあの約束じゃありませんよ? 神奈さんには断る権利もあるんです」
断る権利と言われてもないようなものだ。なぜなら由治を放置すれば全員死ぬのだから、戦わない選択肢はない。
殺す気持ちは固まっていないままだが神奈は席から立ち上がる。
「…………やるさ。……行こう」
三人は玄関へと歩き出した。
若干睨むような速人の視線を背に受けながら神奈は家を出る。
家を出ると塀ブロックに寄りかかる神神楽神人がいた。珍しく穏やかな表情をしていることも、彼がいることにも神奈は目を丸くする。
「もう行くのか?」
その問いに神奈はフッと笑みを浮かべて神人の横を通り過ぎる。
「行くよ。また会えたら会おう」
この精神と夢の世界は神奈にとって幸せな世界だったのかもしれない。
もう死んだはずの者が生きていて、関わって過ごしたいと思った全員とまた過ごせるのだから。……しかしこれは泡沫の夢。本来はありえない偽物の世界。
たとえ辛いことが多かろうと現実は現実。神奈は自らの意思で今まで生きていた本来の世界――現実を選んだ。
* * *
緑豊かな草原地帯で気を失っていた三人は目を覚ます。
神音の隣で速人が、神奈とテンは同時に起き上がる。
立ち上がった神奈は真正面にいた由治を見やると沈痛な気持ちを抱く。
「戻って来たのか……」
「起きたっ……隼、よくやってくれたね」
速人は「当然だ」と答えて視線を神奈達三人へと向けた。
由治が戻って来た神奈へ無表情の顔を向けながら口を開く。
「戻って来れたようだな。汝のテンへの気持ちはこれで証明された」
「ああ。そしてこれからやるべきことは一つ。私はお前を倒す」
「その様子だと事情はなんとなく理解しているようだな。我のことも、汝のことも。……自身が何をすべきかも」
二人の闘志が宿った視線が交差する。
戦いがいつ始まってもおかしくない緊張感漂う場の中、由治は続ける。
「分かっているとは思うが一応宣言しておこう。我は汝を殺した後で神の加護を吸収し、新たな神へ存在を昇華させるピースを集める。我を殺す気なら好きにすればいい。どうせ我を殺せはしない……ほんの少しだけ期待はしているがな」
「そのちっぽけな期待に応えてやるよ。テンがそれを望んでるからな」
神奈は魔力を体に漲らせる。
普段通りの紫色のエネルギーが体を覆い始め、やがて黄金へと変化した。
ランダムな箇所に小さくスパークを起こしているエネルギーは神の加護が元手だろう。神代由治を倒したいという想いに強く反応したのだと神奈は思う。
対する由治は何をすることもなくひたすらに待ち続けていた。
何を待っているのか。それは――戦闘開始のタイミング。
わざわざ自分が動くのを待っているのだと理解した神奈は拳を引き、黄金のエネルギーを纏った右拳で思いっきり殴りかかった。
テン「ついに始まった最終決戦。神奈さん、あなたなら全てを終わらせられると私は信じています。……次回『神谷神奈VS神代由治』。……そろそろ私も覚悟を決めなければいけませんね」




