382 エピソードオブ神代由治8
既婚者、夫婦となった由治とテンは元の世界に戻って来た。
心配をかけた友人達には頭を下げて謝り、冒険者活動も再開させた。古代兵器の情報集めをし続けて一年程が過ぎた頃、二人はとある遺跡の最深部にやって来ていた。
陽光が届かないのに不思議と明るい石造りの部屋で、砲身が異常に長く太い戦車のような物体を目にしてテンは感動しているように呟く。
「ついに……ここまで、来ましたね」
由治の隣にいるテンの服装は一新されている。
胸上から太ももまでの短めの白いワンピース。背中には蝶々のような形の長いリボン。膝上から下は薄紅の二―ソックス。ワンピースと同色でシンプルな靴。全て由治が結婚後に贈ったものであり、テンはそれを大層気に入った様子でほぼ毎日のように着ている。
汚れについては発展した技術でどうにかなるので問題ない。由治だってほとんど着替えないため白いコートを着たままだ。
「うん、ようやく辿り着いたんだ。――古代兵器へ」
二人は情報を集めては調査に乗り出して、冒険者になり古代兵器を探して十四年という年月でようやく目的の物の前にいる。
古代兵器は砲身が異常に長く太い戦車のような形をしていた。本当に古代兵器なのか一度由治は疑問に思ったが、自由の加護は目前の物体がそうだと告げている。
「十四年。長いようで、短かったような気さえするよ。これでようやく争いの不穏分子を取り除くことが出来るんだから。戦争なんか起きないんだから」
「ですね、強力な古代兵器が国に渡れば戦争が始まる可能性は極めて高かった。それを未然に阻止したんです。誰かにお礼を言われることはないでしょうが良いことをしたんだと思います」
「ははっ、まだ何もしてないよ。……といっても、後はこの兵器をどうにかして破壊すればいいだけなんだけどね。まあ僕達の力なら大した手間じゃないよ」
「ええ、破壊しましょう。まずは砲身でもへし折りましょうか」
テンが古代兵器の伸びた砲身へと歩み寄り、手を伸ばす。
細い腕だがテンの力ならばどんな金属であれ容易くへし折れるだろう。管理者の中では最弱であっても総合戦闘値は2000000を超えているのだから。
「――おめでとう。我も祝おう、汝らの目標達成を」
テンと由治の目が驚愕で見開かれる。
唐突に、自分達しかいないはずの部屋に響いた第三者の声。
それが聞こえた瞬間――テンの胸を一本の剣が貫いた。
「……なっ!?」
「て、テン!?」
槍のように尖っている剣身、その周囲を螺旋状に囲んでいる剣身。二つの黒い剣身にはびっしりと赤い血管のような模様があり、一拍置いて少し光るのを繰り返している。そんな奇妙で不気味な剣をテンに突き刺したのは一人の男。
長い白髪で左目を隠している男。服装は黒い無地のピッチりとしたスーツであり、それには水玉模様になるよういくつもの穴が空いていた。さらにその上にはファーのついた赤いコートを羽織っている。その姿に由治は見覚えがあったような気がしたが思い出せない。
「だから祝ってくれ。汝らも我の目標達成を」
そう言って男は剣を抜き、後方に跳んだ。
同時にテンの胸から滝のように鮮血が流れ出る。
愛する者が刺されて流血しているのを認識し、頭に受け入れた瞬間。信じられないとばかりに瞳は揺れ、喉から意味を持たない「あ」という声だけが出る。それから少しして由治は絶叫した。
「あ……あ、ああ、ああああああああ!」
不老不死だということも忘れ、テンが死んでしまうと考えれば目の前が真っ暗になる。かつての貧民街のように呆気なく死ぬような気がして、その思い出が蘇って恐怖の悲鳴を上げ続ける。
「落ち着いてください、由治さん……」
「ああああっ、て、テン……? 大丈夫? 大丈夫なのか?」
痛みが原因でテンは弱った声を出す。人間であれば心臓周辺がごっそり刺されたのでもう生きていないが、テンは不老不死である管理者だ。痛みこそあれど死はやってこない。
「忘れないでください……私達、不老不死でしょ……?」
「でも痛みはあるだろう? 待ってて、今傷を癒やすから」
「……ありがとう、ございます」
傷口は綺麗に塞がっていき流血も止まる。だが一度刺されたからかテンの表情は苦しそうなものだった。汗を掻き、胸を押さえ、襲撃者である男をテンは中途半端にしか開いていない目で見やる。
由治は心配しつつ、苦痛を与えた襲撃者の方を睨みつける。
「お前、いったい誰だ。なんでテンを刺した」
「なんだ覚えていないのかユウジ。我は一度も忘れたことがなかったというのに。ほら、汝が冒険者登録にやって来た日に出会ったじゃないか」
十四年も前のこと。一度会っただけの男など由治は思い出せない。
「……悪いけど、記憶にない」
「私は覚えています。確か……ルガンさん、でしたね」
「覚えていてくれたか! いやあ実に嬉しい、汝が覚えてくれていれば我は嬉しいよ。我はあの時興奮したものだ。なんて言ったって、長年追い求めてきた管理者とついに! 出会えたのだから!」
管理者と確かにルガンは言った。本来ほとんどの者が知り得ない世界を管理する存在の名を口にした。それだけで只者ではないと二人は警戒する。
ついでにテンは「〈ルカハ〉」と呟くと僅かに目を見開いた。
「……総合戦闘値200000000。想像以上に……危険な相手ですね。あの時、私と話したがっていたのは……管理者だと見抜いていたから……ですか」
ルガンは「その通り!」と肯定する。
「あなたの目的は……いったい……」
「我の目的は――管理者を殺すこと。具体的には管理者がいない世界を見てみたいのだ。汝らが役目を果たせない場合、この世界がどう変化するのかを我は見届けたい」
なんともまあ滅茶苦茶な目的だと由治は思う。
世界を管理する存在を転生者でもないだろうルガンがどうやって知ったのかは置いておき、そんな大切な存在を始末しようとするなど異常だ。
「もうこの世界で知れる知識はほぼ全て頭にある。古代兵器の在処も! ありとあらゆる書物の詳細も! 人間として知識を詰められるだけ詰めた。だが止まらない。どうにも我は知識欲というのもが人一倍強いらしく、気になったことはどうしても知りたいのだよ。……手段など選んでいられないほどに」
しかしそんな知識欲の権化ともあろう人間が手にした情報は不足していたらしい。殺すにあたって一番重要な殺し方を知らないのだと由治はほくそ笑む。
不老不死の管理者をいったいどうやって殺すというのか。
「その割に、テンが不老不死だってことを知らなかったみたいだね。僕達は殺せない、永遠を生きる。ずっと幸せに生きるんだ。その幸福をお前なんかに崩せやしないよ」
「……一つ、訊きたいんですが……その剣……ただの剣じゃ、ありませんね。……いったい、何ですか? その……不気味な剣は」
「さすが目の付け所がいい。この剣、名を死人の手招きと言うんだが」
苦しそうなテンの問いにルガンは笑って解説する。
「我の固有魔法はありとあらゆる性質を、ありとあらゆるモノに与えることが出来る。その力でこの剣には数千年以上にわたって死という性質を与え続けた。それだけではない。多種多様な性質を与え続けた結果、この死人の手招きは恐ろしい性能を秘めたのだ。――刺した瞬間に生物、非生物問わず、存在を何の特殊能力も持たない只人へと捻じ曲げ、どんなモノだろうと死の概念を与えて殺せるという! 凶悪な性質をな!」
説明を静聴していた由治は絶句する。
もしルガンの言う通りの効果を秘めているというのなら、たとえ管理者であろうと不老不死であろうと刺せば殺せるということ。つまりそれは――刺されたテンも死ぬということ。
「まあ、そんな……ところでしょうね。……薄々……勘付いて……いましたとも」
(え……でも、でもテンは管理者で……不老不死で……でもあの剣は)
恐ろしい性能だがテンはまだ生きている。つまり今の状態こそ死人の手招きの効果は管理者に発揮されないという証明だ。もしくはルガンの勘違いだ。
――テンは死なないと由治は思い続ける。そうでなければ自分が自分でなくなってしまうような、目前のルガン以上の怪物になるような気がした。
「由治さん……ごめん……なさい……」
「テン、何を謝っているんだ? 何も謝る必要なんて――」
困惑する由治が隣を向くと、テンが前のめりに倒れていくのを見た。
音を立てて石床に倒れたテンを目にした由治は「……え?」と愕然とする。
「冗談、でしょ? テンは結構冗談言うもんね? あ、あはは、笑えないよ。死なないでしょ。だってテンは不老不死じゃないか、だから僕だって不老不死になったのに。死ぬわけ……死ぬわけない。ねえ起きてよ……」
彼女はピクリとも動かない。閉じられた目が開くこともない。
由治が膝から崩れ、彼女の元に這うようにして至近距離まで近付いて右手を触れさせる。しかし死の概念を作られて死を与えられた彼女の体温は石床と同じで冷たく、生者の温もりを宿してはいなかった。
抱き寄せて頬を撫でても動かない。胸部に耳を当てて鼓動を確認するが心臓は動いていない。そもそも管理者なら心臓を潰されていようと生きられるので必要のない行為だったかもしれないが、由治は自分の知るありとあらゆる生存確認法を試した。
「嘘だ……こんなの嘘だ……テン……テンが死ぬなんて……」
「なに、そう悲観することもない。汝、ユウジ、今すぐ愛していた妻の元へと送ってあげようじゃないか。まあ行き先は……そういえばどこになるんだ? 転生の間……いや、魂に影響を与えるこの剣で殺したなら……。ふふっ、どうやらまた知りたいことが出来てしまったようだ」
「置いて行かないで……僕を、置いて行かないでよ……。自由の加護、僕をテンのところへ連れていけ。連れていってくれよ……」
テンに置いて行かれたのはあの愛の告白の日のみ。
あの時も由治は廃人になりかけるほどショックを受けた。しかしあの場合は会いに行けるからまだ良かったものの、殺された場合はテンがどこにいるのか分からない。自由の加護に願ってもテンがいる場所へと移動しない。
「さあ待たせたなユウジよ。もし彼女に会えたら――」
「お前もう黙れよ」
――歩み寄っていたルガンの肉体が爆発四散した。
「お前を爆散させるもしないも僕の自由」
細かい肉片になって石床に散らばったルガン。彼が持っていた死人の手招きは音を立てて床に落ちる。
「……テン。……僕も、今からそっちへ行くよ」
由治は魂の抜け殻となったテンを静かに寝かせると立ち上がった。
両目から溢れてきた涙を拭くことはせず、石床に落ちた死人の手招きの傍まで移動して拾い上げる。
不老不死でも殺せる武器。テンが死んだのなら自分も死ねるだろうと思い、その剣を勢いよく、自分の心臓に狙いを定めて突き刺した。
そして由治はその場で膝から崩れ落ちた。
神奈「……え? ちょっ、えっ? 死んだの?」
テン「……まあ。次回、エピソードオブ神代由治9」




