381 エピソードオブ神代由治7
やって来て早々に「テン」と呟いた由治は周囲の管理者達を睨みつける。
殺意とまではいかずとも敵判定するには十分すぎる敵意が向けられているので、情報の管理者や運命の管理者は殺気を叩きつけている。このままではマズいと考えたテンは管理者達の前に飛び出し、両手を大きく横に広げて庇い立つ。
「待ってください由治さん! 彼らは別に敵ではありません、私の仲間です!」
「……管理者」
「そうです! だからそれ以上敵意を向けないでください!」
管理者が転生者を殺すことはない。神が定めたルールで生きている転生者を殺すなど、神の意志を継ぐ管理者達にとっては禁忌のようなもの。だが殺されないとはいえ危害は加えられる。たとえば転生者が管理者を攻撃した場合には相応に痛めつけるだろう。
自由の加護は強力な加護だが、一人ならともかく数人を相手取るのは厳しい。戦いになれば由治の敗北は目に見えている。
「……そうか、ごめんなさい。僕、ちょっとおかしくなってた」
「当然だな。神代由治、貴様、精神に異常が発生しているぞ」
情報の管理者が眼鏡をクイッと上げて告げる。
聞き逃せない発言にテンは振り返って「どういうことですか!?」と問う。
「テン、貴様のことを大切に思うあまり、失った時の悲しみで心が捻じ曲がったんだ。まったく厄介な転生者を育ててしまったものだな」
「由治さん……そこまで、私のことを?」
「うん、好きだよ。……でも帰ろうとは言わない。君がどこにいようと僕はこの力で絶対に会いに行けるから。毎日会えるのなら僕達の家じゃなくたっていいんだ」
異常だ。テンはそう思った。
自分達が異常な精神を持っている存在だからこそ誰かの異常には敏感なのだ。神代由治はこの会わなかった短時間で、情報の管理者の言う通り精神が捻じ曲がったのだとテンは悟る。
彼の優しさはそのままでも在り方が歪んでしまった。彼のテンに対する執着心は想像を遥かに上回っていたのだ。
「恋愛感情を持ってしまうのはやはり問題だな。テン、今後転生者の補助をする時は醜悪な怪物の姿にでもなったらどうだ」
「嫌ですけど!? なぜ私のこのパーフェクトボディーを、醜悪なものに変えなければいけないんですか! 嫌でしょうそんなサポート役!」
「俺は筋肉さえあればいいと思うぞ」
「儂はゲームじゃな、ゲーム。体がゲーム機とかよくないかの?」
「あなた達の意見は意地でも取り入れませんからね!?」
こんな時でも平常運転の仲間達にテンはつっこみを止められない。
運命の管理者は相変わらず本を読み、加護の管理者はそちらに興味を持ったようで近付いている。魂と法則の管理者二人はこの際無視してもいい。問題なのは由治をよく思っていない情報の管理者と、恋愛脳で頭お花畑である祝福の管理者だろう。
「……それで由治さん。由治さんはどうしても私を諦めるつもりがないんですか? 私がいなければまともに生きることも出来ないと?」
「そうだね。僕にとってはテンとの生活が全てだから」
「意味のないやり取りだぞテン。こいつは狂いかけている」
由治は情報の管理者へ視線だけを向ける。
「あなたは誰ですか? 管理者って言ってましたっけ」
「情報の管理者という者だ。まあ俺達のことなどどうでもいい、問題なのは貴様だからだ。……テンから色々言われたはずだがそれでも愛するつもりか? こいつは交際の条件として不老不死を要求したんだろう?」
テンは「要求した覚えはないんですけど」と呟くが誰にも聞こえていない。
確かに要求はしていないが、条件の一つとしては当然のものだろう。不老不死の存在が寿命百年と少しの人間と恋人になったところで、精々共にいられるのは数十年が限度。恋人となるべく死別したくないテンとしては相手も不老不死の存在がいいと思っている。
「……たとえ、たとえ人間を止めることになったとしても、僕はテンを愛します。不老不死になるのだって今は全然怖くない」
「いいですねえその熱! その愛! これぞ恋の成せる強メンタル! 私はあなたのことを応援しちゃいますよお!」
「祝福、黙っていろ。……神代由治、聞け」
しゅんとなって落ち込む祝福の管理者には目もくれず情報の管理者は続ける。
「不滅の存在となるのは貴様にとって簡単だろう。だがいずれ精神は永久の生が原因のストレスに蝕まれ、廃人と化す。そうなっては貴様の意思で発動する自由の加護も意味がないだろう。貴様は永遠に廃人として生き続け、テンはそれを養い続ける。これは本当に幸せと言えるのか」
「――なら、僕の精神が異常をきたした時にあなたが殺してください」
思わぬ提案に情報の管理者は「なに?」と目を丸くし、テンや祝福の管理者も由治を見る目が見開かれる。少し離れたところで聞き耳を立てていた運命の管理者も一瞥し、また本へと視線を戻す。
「出来るんでしょう? 自由の加護が教えてくれましたよ。この加護、自分が知りたいと願ったら教えてくれるんですもん。さっき、問題点の解決方法を知りたいと願ったんです。……あなたは情報を書き換えて、不老不死を取り除くことが可能なんですよね」
自由の加護にそんな力があるなどテンは知らなかったので驚く。それよりも目を見開いて驚いたのが情報の管理者だ。
由治が言ったのは事実だ。情報の管理者なら情報操作で不老不死も消滅させられる。だが真に驚いたのは、それを理解したうえで殺してくれと頼んできたことである。
「……可能だが、理解しているのか? 自分を殺してくれなんて正気とは思えん」
「あなた達は異常なんでしょ? それなら僕も異常にならないと釣り合わないじゃないですか。別に大したことないですよ。廃人なんてものになるまで生きたのなら、それ以上生きる意味があまりないですから。僕はね、楽しくテンと一緒にいられる時間が欲しいだけなんです」
由治の秘めた異常性に情報の管理者は引き攣った笑みを浮かべる。
感じ取ってしまった。由治はその目的のためならどんな手段も厭わない。なまじ自由の加護なんて強力なものを与えてしまったせいで、その行動力を後押しする形になっている。
「いいですねえ! これはもう結婚ですよ結婚!」
唐突に祝福の管理者が叫び始めた。
話を聞いていた全員が「け、結婚……!」と驚愕する。
「え、いや私はそこまで考えてなかったんですけど。いきなり結婚ってそんな、交際してすらいないのに早いのでは……」
「おい祝福、貴様は唐突に何だ。結婚はもっと手順を踏んでだな」
「頭が固いんですよお情報はぁ。テンも、もっと積極的になりましょうよ。あんなに情熱的な男性は中々出会えませんよお? 彼、一途で良いと思うんですけどねえ」
「だ、だからって結婚は……」
「脳内ピンクでお花畑の祝福。いい加減にしろ、場に混乱を招くな。両者の意思確認なしにそんなことを決定しようとするなど恥を知れ」
「カチカチ石頭の情報は柔軟な思考を身につけるべきですよねえ。まあちょっと私の意見も聞いてくださいよ」
祝福の管理者は急に情報の管理者の肩に腕を回し、超スピードで一旦離れた場所に移動した。超光速で移動するなど普段通りなので由治以外気にしていない。さすがに慣れていない由治は「はやっ!」と愕然としている。
「あのですね、彼のテンへの執着心は異常なんです。ここで管理者だからだのなんだのと理由をつけて共にいることを否定すれば、おそらく危険です」
「……ああ、それは分かっている。だが我々に近付く者を増やすのは――」
「もうそんなこと言ってる場合じゃないでしょう? 幸いなことに両想いなようですし、彼もテンと一緒にいる間は正常に戻るでしょう。ここは二人を共にいさせるのが安全策。それに、彼が言ったようにもしもの時は情報、あなたが不老不死を消せばいいだけの話です。ここで事を荒立てるのはよくありません」
「……貴様……普段からそれくらい頭を回しておけ。……まあいいだろう。いいか、今回だけの特例として俺が協力してやる。ただし問題が起きれば貴様も対処に協力しろよ」
その言葉に「もちろんですぅ」と返した祝福の管理者は、情報の管理者の肩に回していた腕を戻す。そして二人は超光速でテン達のいる場所へと帰還した。
「はぁい、ではこの頭カッチカチ星人も納得したのでお二人の結婚式を挙げましょーう! 汝いい、健やかなる時も、なんか色々あった時も共にいることを誓いますかあ?」
「もう展開早すぎでついてけませんよ!」
いくら何でも結婚式を挙げるのは早いだろうとテンが叫ぶも、マイペースな祝福の管理者を止められる者はほとんどいない。
「僕は誓います」
「由治さんはよくこのノリについていけますね!?」
「汝いい、テンんん。夫と同様に誓いますかあ?」
「ああもう誓いますよ! これでいいですか満足ですか!」
もはやヤケクソ気味で叫ぶようにテンは宣言する。
そこで祝福の管理者が「おめでとーございますうう」とのんびりとした口調でお祝いの言葉を送り、情報の管理者も無愛想ながら拍手し出す。運命の管理者もボソッと「おめでとう」呟き、展開を理解していない加護の管理者は元気よく「おめでとー!」と祝う。魂と法則の二人はもはや注目すらしておらず趣味に没頭していた。
「あのおお! 結婚式ってこんなんでいいんですかあああああああ!?」
色々雑な晴れ舞台を経験したテンは内に眠る若干の不満を叫ぶ。そんな妻の様子を由治は声に出して笑い、結婚式は終了する。
雑ではあるが二人は晴れて夫婦となったのだ。
* * *
夫婦となったテンと由治が元の世界に帰っていった後。
管理世界では白いローブを着た、眼鏡を掛けている青髪の青年――情報の管理者が深いため息を吐いていた。
「……まったく、先が思いやられる」
そこに「どうしたのー?」と、白いローブを着た緑髪の少年――加護の管理者がトコトコ歩いて来た。
今、なぜか木製小箱を持っている彼は純粋な子供。自分の悩みなど真に理解してもらえはしないだろうと情報の管理者は再びため息を吐く。
「……加護、その箱は?」
先程までは持っていなかった小箱が気になって情報の管理者は問いかける。
「これ? これは小型保管庫だよ。この中には転生者に与えられない加護が入ってるんだよ。とにかくすっごい力で、与えたらとってもマズイんだって神様から教えられたよ」
その知識は情報の管理者も持っていた。
転生者が強大すぎる力を手に入れると、力に呑まれて邪な方面に走ってしまうことが多々ある。そうなった時、管理者すら凌駕する力を与えていたら止められない。そんな強大すぎるものや、並の魂では耐えられない加護が入っているのが小型保管庫だ。自由の加護も入れた方がいい気がするがもう過ぎたことである。
「でもねー、変なんだよねー」
そう言って加護の管理者は小型保管庫を軽く宙に投げてはキャッチし続ける。
かなり貴重なもので一人キャッチボールをするなと情報の管理者は言いたかったが、彼の発言が気になったので黙っておく。
「開けてないはずなのにさあ、なんか一つなくなった気がするんだよね」
事実なら一大事。何を呑気に遊んでいるんだと情報の管理者は怒鳴りたかった。
怒鳴れなかった。頭の中に保管されている膨大な量の知識が元で、現在起こりえている最悪な状況を想像してしまったからだ。
「加護、そこに保管されているのは三つだったか?」
「そうだよ、よく知ってるね。ここにあるのは神の加護、全知の加護、そして――不老不死の加護だね」
「なんということだ。くそっ、まさか……! こんな……!」
情報の管理者は自分の顔面を鷲掴みするようにして愕然とする。両目を見開きながら、王手をかけられた最悪の状況に戦慄する。
こんな時に加護の管理者は「どうしたのー?」と呑気に問いかけるだけだ。状況を説明しても理解してもらえるか分からないが説明を開始する。
「マズい、マズいんだ! まだ確定ではないが神代由治が不老不死になった!」
「別にそれはいいんじゃないの? だってそういう話だったじゃん」
「違うそうじゃない、そうじゃないんだ……! おそらく神代由治は自由の加護で不老不死を願ったんだろうが……結果、その小型保管庫の中にあったはずの不老不死の加護が奴に宿った可能性がある!」
ここまで説明しても加護の管理者は「ふーん。それで?」と、情報の管理者が想定している最悪な事態を一片すら想像出来ていない。
「不老不死の加護は元々神のお力、一般的な不老不死とはわけが違う。あれには俺の管理者権限である情報操作がまるで通用しないんだ! もし神代由治がその力を得ていたとすれば……もう、俺にはどうしようもない」
先程、廃人と化せば自由の加護の意味などないと由治には告げた。しかしそれはあくまでも一例。もしも由治が廃人とならず、自由の加護の効力をフルで発揮出来るようになれば管理者以上の存在となってしまう。
――暴走すれば、誰にも止められない。
「うーん、とりあえず不老不死の加護があればいいんだよね。僕ちょっと探してくるよ! おーい魂、これ預かっててー!」
加護の管理者は少し離れた場所でゲームしている魂の管理者へ小型保管庫を投げ、広大な管理世界内を探索し始めた。
情報の管理者は由治が暴走しないように祈る。
――最悪な結末が遠くないうちに訪れるのも知らずに。
テン「結婚式、もうちょっとまともにやりたかったんですけどね。……ふぅ、だいぶ話しましたがまだありますね。まあもう少しですからとりあえず聞いていってください。次回、エピソードオブ神代由治8」




