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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.六章 神谷神奈とクリスマス
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31.3 魔法少女――ゴリキュア――


 赤色の髪で、フリルのついた可愛らしい服装の少女が空を飛ぶ。


「怪人デザートライオン! 今日こそあなたを倒す!」


 少女が向かうは獅子の頭と人間の体が融合している異形。黒いマントを羽織っているデザートライオンは少女に向かって吼える。


「くははは! この俺に貴様のチンケな魔法が通ずると思うか!? この肉体はドラゴーン様より頂いた究極の肉体、全属性魔法を無効化するのだ! まるで新品の傘が雨を弾くようになあ!」


「まずいよゴリキュアレッド、あいつにはこの前倒したメタルタートルの甲羅が混ざっている! 魔法攻撃が全く効かない反則的な肉体だ!」


 少女の肩に乗る小さな赤いゴリラが焦ったように叫ぶ。

 それに対して、少女は――ゴリキュアレッドは問題ないと笑ってみせる。


「それなら……物理で殴るのみよ!」


「ごばっはああああ!?」


 デザートライオンの無敵の肉体を細い少女の腕が貫き、遅れて衝撃が全身に巡って爆発四散した。血と臓物のシャワーを浴びながら少女は着地する。


「見なさい、正義は勝つ! ゴリキュアは負けないわ!」


 そして返り血を手で拭って、殴った手とは反対の手に持っていたステッキを構えてキメポーズをとる。謎のカラフルな爆発が背後で起きて事件は一件落着。人々の平和は今日もゴリキュアに守られたのだ。



 * * *



「今回もかっこよかったなあゴリキュア」


 季節は冬。肌寒くなってくる季節。

 癖のある黒髪の少女――神谷神奈は夕方、自宅でテレビアニメを視聴していた。


 児童向けアニメ「魔法少女ゴリキュア」という、児童向けのはずなのに平気で敵が爆発四散するグロ映像が流されるアニメだ。もう神奈は慣れたものの、全国の幼い視聴者が初回は確実に絶叫して泣き喚くような酷いものである。

 臓物が映るようなグロアニメが夕方の時間に放送されているのはもちろん問題視される。だがもう五年以上放送出来ているのは「魔法少女ゴリキュア」の完成度が非常に高いゆえだろう。この作品は世界を救う魔法少女のバトルを描いた作品ではない、むしろそれはオマケであり、本当は平凡だった少女が主役の人間ドラマがメインなのだ。その内容が泣ける、面白いなどという理由で未だに放送枠を得続けている。


「神奈さんのセンスがいまいち分からないんですけど……これかっこいいとかそういう次元なんですか? もはやただグロ映像流してるだけじゃないですか」


 右腕につけている白黒の腕輪が意見してくるが、神奈は「はぁ」と呆れたようなため息を深く吐いて解説する。


「いいか、ゴリキュアの戦闘には全て意味がある。今回は圧倒的身体能力で無双するレッドの強さを見せるためだったんだよ。だいたい怪人デザートライオンは三話くらい前に友達のさっちゃんを拷問した悪党なんだぞ。過去に拷問を受けてから拷問好きになった変態の死に様はな、あんなもんでいいんだよ」


「この作品って魔法少女ものなんですよね?」


「それ以外の何に見えるんだよ」


「逆にそれ以外にしか見えないんですけど。ゴリキュアってほとんど身体能力で戦っているじゃないですか、もう魔法少女の意味ないじゃないですか。それにレッドは今回変身しませんでしたよね? ゴリラになるんじゃないんですかゴリキュアって。いやそもそもそこがおかしいんですけど」


「バカ野郎、魔法少女とゴリラは共通点が多いんだよ。力が強いだろうが」


 一つしかないじゃないですか。そんなつっこみをしそうになった直前、腕輪は諦めて呑み込んだ。


「……まあ、もういいです。なんというか、ぶっちゃけ私には合わない作品みたいなので」


「はぁー? マジか、お前本当に人間……腕輪だった。ゴリキュアの面白さが分からないなんて人生の九割は損してるぞ」


「人生にすごい影響してくるんですね、ゴリキュア。私は人間じゃないですけど」


 もはやつっこみ役が神奈ではなく腕輪になっているが、これはゴリキュアの視聴中はいつものことである。大ファンである神奈は視聴中だけ言動というか常識がおかしい。


『次回予告! わぁー、デザートライオンを倒したのになんでまだデザートライオンがいるの!? ええ、デザートライオン二号!? まさかクローンを作って大量生産しているなんて……。そんなときにブルーの行動が怪しくなって……あぁーもう大変! 次回、ブルーハワイ。お楽しみに!』


「デザートライオン二号だと!? しかもブルーがここで行動を起こすのか? やっばいな、次回も神回決定だわ」


「神奈さん毎回神回って言ってますけどね」


 興奮している様子の神奈が何かに気付いて「ん?」と呟く。

 テレビ画面の下部分に【新発売、ゴリキュアレッドのステッキ!】と表示されていた。それを見た神奈は「うおおお」と驚いて、すぐさま携帯の電源を入れて調べ出す。


 ゴリキュア達のステッキは有名なネット通販サイトでも入荷未定の超レアアイテムだ。そのため発売していても値段はかなり高く、子供向けの玩具だというのに二十万円以上が当前というおかしすぎる値段となっている。神奈がたった今見つけたゴリキュアレッドのステッキも例外にはならない。


「うげ……百二十万円」


「相変わらず高いですねえ。子供向け玩具のくせに、これじゃあ子供が気軽に買えないじゃないですか」


「私もそこだけは変わってほしいと思う……」


 いくら人気だからといって百万円越えは異常である。それでも買う客の方が異常な気もするが、やはりそんなぼったくりレベルの値段で販売する側の方が異常だ。おかげで神奈はこれまででステッキを一本も手に入れられていない。


「くっ、なんとか大金を手に入れる方法はないものか」


「諦めましょう神奈さん。銀行強盗でもしない限り庶民には手が出せませんよ」


「そうか、銀行強盗か」


「……冗談ですよね?」


「冗談に決まってるだろ。あー、空から一億円くらい降ってこないかなあ」


 ソファーにもたれかかる体の力をさらに抜いて、首をだらんと後ろに下げる。こんなだらしない人間でも金だけは、いやだらしない人間だからこそ金を手に入れようと強く思うものだ。


「神様、どうか宝くじを買いに行ったら一等を当ててください」


「神奈さん買いに行ったことないじゃないですか」


「だから買いに行ったらって言ってんじゃん。いつか行ったときだよ」


 ――しかし、最低限の努力すらしようとしない者に大金などやってこない。



 * * * 



 宝生小学校。三年一組の教室。

 朝のホームルームぎりぎりでやって来た神奈はなんとか始まる前に着席した。八時三十分から始まるのだが、神奈の場合圧倒的脚力によって走れば一分前に家を出ても間に合うため、いつも余裕をもって家を出ようとしない。そのせいでたまに遅刻して怒られるので、せめて十分前には家を出た方がいい。


 眠気と戦いながら欠伸していると朝のホームルームが終わって、一限目の授業の準備をし始める。そんななか、神奈の元に少女二人がやって来た。


「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ~」


「笑里さん、それハロウィンね」


 少し意地悪そうな表情を浮かべているオレンジ髪の少女――秋野笑里。

 そして冷静につっこむ、ゆるふわパーマの黄色髪の少女――藤原才華。


「……なぜにハロウィン?」


「違うのよ神奈さん、笑里さんはクリスマスだと思っていたの。ほらもうすぐクリスマスでしょう?」


 現在は十二月十四日。クリスマスである二十五日まで一週間と少しだ。


(あー、今月だもんな……それでお菓子なのか)


「今日ホームルーム前に会ったときになんて言われたと思う? まさかの『ハッピーハロウィ~ン』よ? さすがの私も何を言っているのか理解するのに時間がかかったわ」


「おいおい、ハロウィンとかとっくに過ぎたろ。普通間違えないよな」


「へへ、そんなに褒めても私はサンタさんじゃないからお菓子はあげられないよ」


 照れながら頬を指で掻く笑里に「一言も褒めてないよ」と神奈は告げる。


「……クリスマスプレゼント、二人は何が欲しいのさ」


 神奈は雑談として二人にプレゼントは何がいいのかを訊く。


「お菓子!」


「クリスマスでもお菓子なの!? いつでも買えるじゃん!」


 ハロウィンと勘違いしていたからお菓子が欲しいのではなく、お菓子が欲しいからこそ笑里は間違えていたのかもしれない。……とはいえ普通間違えないが。

 

「私は……うーん、欲しい物って大抵買えちゃうから特にないかな」


(金持ち羨ましい!)


 お金がある人間は基本的に欲しい物が買えてしまう。そういうお金持ちの子供に限って親からの愛情が欲しいなどというパターンが多いが、才華は十分愛情を注がれているので本当に何もない。


「神奈さんは何が欲しいの?」


「ああ、私は――」


 答えようとした神奈の脳内にある光景が過ぎる。

 宝生とは違う小学校の教室。同級生の少年が可愛らしいステッキを持つ少年を嘲笑う。


『だっさ……男のくせにそんなもの買って、大事そうに見てるとか気持ち悪すぎだろお前』


 頭に過ぎった光景が現在のことではないと神奈は分かっている。過去の記憶を再び重い蓋に閉じ込めて、忘れ去ろうと現実に意識を引き戻す。


「……魔法少女ゴリキュアレッドのステッキ」


「ああ、あれね。子供用のくせに高すぎる値段のやつでしょう?」


「私も知ってるよ。サンタさんが持って来てくれるといいね」


 その言葉を聞いて神奈と才華はバッと振り向いて笑里のことを凝視した。ビクッと肩を震わせた笑里はさすがに居心地が悪かったようで「ど、どうしたの?」と問いかける。

 じっと笑里を見ていた二人は顔を互いに向けてコクリと頷き合う。


「才華、後ろへ。笑里はここにいてくれ」


「ど、どうして……」


「悪いけど笑里さん、言う通りにしていて。私達は秘密のお話があるから」


 捨てられた子犬のような顔をしてしょんぼりする笑里を置いておき、二人は教室の比較的人が少ない後ろへ移動する。……とはいっても神奈の席が窓際最後尾なので少し下がっただけだが。


「信じられないんだけど、マジだよね?」


「私達くらいの年ならおかしくはないけれど」


「「サンタクロースを信じてるううう……!」」


 小声でこそこそと話す二人は息を揃えて、笑里に聞こえないように声を押し殺したように叫んだ。


「ううぅ、私はサンタなんて生まれたときから信じていなかったのに……」


「私は去年まで信じちゃってたわ……サンタの服装をしたパパを見るまではね。くうっ、笑里さんが私のような絶望を味わうのは見ていられないわ。どうにかできないかしら……」


 サンタクロースという赤服の生命体。正体不明。彼、もしくは彼女だが、日本のクリスマスというイベントにとって欠かせない者である。夜中に子供達の家へと不法侵入し、クリスマスツリーなどにぶら下げている靴下の中へ子供達の欲しがる物を不法投棄していく存在だ。決して怪しい者ではないという常套句では騙しきれないくらいに怪しい。


 サンタは世界各国に出現しており、国や地域で違いがある。

 イギリスでは服が緑の場合があるし、オランダではプレゼントを二回渡す。オーストラリアではサンタがサーフィンをしながらやって来るとされている。だがどの国でも純粋な子供以外目撃していない存在だ。


「いっそ、私達が変装してプレゼントを渡すか? お菓子くらいなら用意できそうだし」


「そうね、それしか……あ、そうだわ。私に妙案があるから放課後に商店街で集まりましょう、もちろん笑里さんには内緒で」


「了解。とにかく二人で笑里の幻想を守ってやろう」


 純粋な子供の夢を壊さないために行動することを二人は誓い、秘密にするべき話は終わったので笑里の元に戻る。

 除け者にされていたことで笑里は二人から視線を逸らし、軽く両頬を膨らませて不機嫌そうにしていた。


「いやあ、お待たせえ……なんか怒ってる?」


「……べっつにい」


「怒ってるわね、確実に」


 分かりやすく怒っている笑里に神奈は困ったような表情を浮かべる。

 どうしていいのか神奈が分からずにいると、目を逸らしていた笑里が少し視線を戻して再び口を開く。


「なんの話してたの?」


「あぁー、悪いけど教えられないんだよ」


「むぅ……そうやって私を仲間外れにするんだ」


(やばいどうしようこれ)


 サンタの件とは別に重大な問題が発生してしまった。しかしそれから一日の授業が終わったときにはもう笑里の機嫌は直っていた。

 意外とすぐに戻ったことで神奈は心配したことを悔いた。


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