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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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378 エピソードオブ神代由治4


 世界の多くの謎を解き明かそうと各地を旅する者を冒険者と呼び、彼ら彼女らが集う拠点のような場所を冒険者ギルドと呼ぶ。

 由治とテンはオジロン王国にある世界一大きな冒険者ギルドを訪れた。


「ここが冒険者ギルドかぁ……!」


「なんか酒場みたいですね。由治さんにはまだ早いかも……」


 城を除けば一番大きい木製の建物がギルドだ。入口には二台の燭台があり黄金の炎が揺らめいている。いくつものテーブル席が存在して、各テーブルはほとんど数人が座って話している。中には酒を飲んで寛いでいる者達もいる。


 木製カウンターへ直進して辿り着くまでの間、二人は様々な視線に晒された。

 十二歳というまだ背の低い少年と、二十代に見える美女のコンビ。若くして冒険者になる者はいるが前者は若すぎる。後者は美女すぎて目を引く。しかも二人は似ていないので姉弟にも見えない。


 ギルドに来る目的といえば冒険者登録か情報提供くらいなものだが、一般人の情報提供は全くと言っていいほどない。中にいる全員が登録に来た命知らずだと思い込んでいる。


「あ、あの! 冒険者になりたいんですけど!」


 緊張で固くなりつつ由治はそう言い放った。

 十二歳の少年の宣言にギルド内にいた大半の者達がドッと笑い出す。木製カウンターの傍にいる受付嬢は表情を笑顔から変えなかったのが救いだろう。もっともその笑みは嘲笑でなくとも営業スマイルだが。


「おいボウズ! お前みてえな餓鬼に冒険者が務まるかよ!」

「あーっはっはっは腹痛え!」

「後ろのお姉さんは保護者か何かですかあ!? 社会の見学ですかあ!?」

「おい笑わすなよ、酒を吹いちまったじゃねえか!」


 嘲笑の嵐にテンは顔を怒りで真っ赤にして、酒を飲んでいる大半の者達へ叫ぶ。


「好き放題言わないでくださいよ! 彼はこう見えて凄い力を持っていますし、立派に冒険者として活動していけます!」


「……テン、いいよ。僕が子供なの事実だし」


 手を掴んで由治が制止させると、テンは「由治さん……」と呟いて力を抜く。

 本人があまり気にしていないのに過剰反応してしまったことをテンは反省する。誰かに言い返したりすればエスカレートしてしまうこともあるのだから。


「あの、僕、冒険者になりたいんです。……なれますか?」


 そう自信なさ気に問いかけてみれば受付嬢は「あなたは何歳でしょう?」と、質問を質問で返してきたのでとりあえず「十二歳」とだけ返しておく。

 十二歳というのはこの世界においての労働可能最低年齢。納得してもらえるか怪しかったが受付嬢は笑顔で頷いた。


「なれますよ。別に特別な資格が必要とかそういうわけではございませんので。こちら契約書になりますので、よくお読みになってからサインをお願いします」


 受付嬢が文字がびっしりと書かれた紙をカウンター上に置き、両目の位置と同じ高さゆえに取りづらいが由治は両手で持つ。

 自分の見やすい位置にまで両腕を下げてから契約書を注視する。


 文字の読み書きは問題ない。テンが予め最低限不自由しないような基礎を教えていたのだ。今なら未知の言語でも自由の加護を発動すれば即理解出来るだろうが、敢えてその楽な方法を教えずに自分で教えたのは苦労も多少経験した方がいいからだろう。

 由治としてもテンの授業は分かりやすく、面倒などと思うことなく知識をどんどん吸収出来ていた。今なら勉強を教えてもらって良かったとはっきり言える。


 契約書の内容は要約すれば六つ。


 一つ。世界各地の歴史的価値ある品や、その手がかりとなる確かな情報を持って来た時のみ報酬が払われる。


 二つ。情報の共有は各冒険者の判断に一任する。


 三つ。冒険者同士での殺し合いを禁じる。揉めても別の手段で解決すること。


 四つ。三百六十五日以内に、ギルド本部、または支部に顔を出すこと。そうでなければギルドは行方不明扱いとして国に捜索願いを提出する。


 五つ。身に余る一件だと思うなら他の誰かと協力、もしくは静かに引き下がってギルドに報告すること。


 六つ。上記を遵守しない、勝手すぎる真似をする者は追放とする。


 まだ細かい条件や指示のようなものはあるが基本的に重要なのは六つだろう。由治はよく頭に叩き込み、契約書をカウンター上に戻す。

 サインペンはカウンター上にあるが、背伸びしても契約書に書きづらい高さなので困り顔になる。そんな由治を見兼ねてか、テンはサインペンを手に取ると二人分のサインをあっという間に書いた。目を丸くした由治は「ありがとう」と感謝を告げる。


「はい、はい。ユウジ・カミシロ様、テン様ですね。これにてギルドとの契約は完了となりましたので、晴れてお二人のご職業は冒険者となります。是非、古代の遺物など歴史的価値ある物を多く見つけられますよう、心から応援しております」


 笑顔でそう言った受付嬢はお辞儀してから姿勢を正す。

 二人は身を翻して元来た入口へと歩き出し、途中でテンが問いかけた。


「由治さん、どうして冒険者になろうとしたんですか?」


 冒険者とは未知の探究者。世界各地に存在する大昔の道具や兵器、生活情報などを調査する考古学者のような存在。テンは由治がそんな職業をやってみたいと思っていたことなど知らなかった。


「実はね、さっき食事している時に聞こえてきたんだ。冒険者の人だろうけど、古代兵器がどうとか、見つけた国は戦争を仕掛けるかもとか……そういうの、嫌だなって思った。……だからかな」


 戦争を由治は知らない。単語や意味などの知識としてしか戦争を知らない。それでも、経験していなくても、それが途轍もない地獄を作り出すという一つの知識を知っている。

 戦争が起きれば難民が増え、かつての自分のような貧困の民が多く生まれる。過去の自分の境遇に戻るのだけはなんとしても阻止したかった。


「他人がどうなってもその人の責任だ。自分がどうにかなったら当然責任は自分にある。僕はもうあの頃に戻りたくない、テンと一緒にいたい。だから古代兵器を見つけ出して破壊する、それを目的として今後を好きに生きるよ」


 今後の方針を告げながら歩く由治に一人の男が高笑いしながら近付いて来る。


「いやはや実にいい、その強固な意思はいい!」


 その男の左目は白髪で隠れてしまっている。特に顔や体に問題はないだろうが、黒い無地のピッチリとしたスーツを着ており、それには水玉模様になるよう穴が空いていた。穴からは筋肉質な肉体が覗いている。さらにその上にファーのついた赤いコートを纏っている独特な服装をしていた。


「失礼、我はルガン。知識の探究者。汝からすれば先輩だよ」


「は、はぁ、どうも。僕はユウジ・カミシロです」


「私はテンと申します。何か御用なんですか?」


 唐突に話しかけてきたルガンに二人は戸惑う。


「いやなんてことはない。ユウジ・カミシロだったか、汝の想いと精神に強く心を打たれたものでね。我も一つの目的のために自由に生きていると自負している。まるで同士に会えたかのようで感動してしまってね」


「そう、なんですか?」


 自身あり気に「そうだとも!」と答えるルガン。

 一見、人の好さそうな男であるが由治はどこか懐かしく、それでいておぞましい何かを感じ取っていた。

 ルガンの容姿や人当たりからは想像も出来ないような何か。貧民街にいた時によく居た、あの時自分を殺した男のように他者への思いやりを欠片も持たない者。自己中心的な男だと断言するのは簡単だがルガンは何か、もっと恐ろしい異常性があると本能的に感じ取った。


「ときにそちらのテンさんだったかな? 汝のことがやけに気になる、気になってしょうがない! 汝のことを是非! 知識の一環として! 識りたいのだが! ……お時間、貰っても?」


 大きく両手を振って大袈裟な動きをしながらルガンは叫ぶ。


「えっ……なんだやだなあナンパですか! ふっふっふ、この私に目をつけるとはお目が高い。私のようにボンキュッボンで家事万能で容姿端麗な美女はなっかなかいないでしょうからねえ!」


「まあそのような認識でも構わない。我はただ汝のことを識りたいのだから」


 静かに笑みを浮かべるルガンは歩きテンの腕を取ろうとする。自然な動きゆえ油断していたテンは反応出来ず、おぞましさを感じて凝視していた由治だからこそ動作をはっきりと視認出来た。

 テンの腕を掴もうとしていたルガンの手を、間に入った由治が払いのける。


「汝、ユウジ。なんのつもりかね」


「……渡さない。テンは渡さない! テンは僕の家族だから!」


 不思議とテンがルガンに触れられるのが嫌だと思った由治は即行動した。

 おぞましさから警戒しているというのもあるが、いつも一緒にいてくれた唯一裏切らない存在だからというのが一番の理由だ。血の繋がりなどなくても家族のようなものだと由治は思っている。


「由治さん……」


 目を丸くしたテンは驚きが抜けず呆然と呟く。

 七年前は居ても居なくてもいい存在だった。自分一人でも生きていけるからと、育ててくれたテンに感謝こそすれど迷惑はもう掛けたくないとして追い出そうとした。しかしもう十一年近くの付き合いになる。自分のことを思いやってくれる彼女は好ましく思うし、生涯を共に過ごしていたいとすら考えている。


 由治に芽生えた初めての気持ちは――愛。

 果たして芽生えたのは家族愛か、それとも寵愛か。また別の何かか。今の人生経験の足りない由治ではその名前を決めることは出来ない。


「くふっ、ふふふっ、あっははははは! いやいやユウジ、別に我は彼女を奪取するつもりなどないとも。ただ話を聞かせてもらいたいだけさ」


 白髪で隠れている左目を押さえ、おかしいとばかりに笑い出したルガン。

 引き下がらない彼に、先程までは賛成的だったテンが「すみません」と告げる。


「申し訳ないんですが、彼が嫌だというんならお話は無理そうです。また別の機会に声を掛けていただければ何か違うかもしれません」


「うーん、どうしてもかい? まあ気のせいかもしれないし、我も多忙なゆえここでのんびりしているわけにもいかない。もう一度会うこともあるだろう、その時まで話はお預けとしておこう」


 テン本人に断られれば、引き際を多少弁えている方なのかあっさりとルガンは身を翻す。堂々と歩き去っていく彼の背を由治が見送っていると、テンが耳元まで顔を近付けて囁く。


「嬉しかったですよ由治さん。庇ってくれて」


 心臓の鼓動が速くなり、頬が紅潮し、熱でも出たのかと錯覚するくらいに顔と胸が熱くなった。耳元に近付いていた顔が遠ざけられ、軽く肩を叩かれたと思えば「行きましょう」と告げられる。先に入口へと向かって歩くテンの背を、短時間とはいえ立ち止まって見送ってしまう。


(何だろう、今の……)


 まだ知らない感情に由治は戸惑いつつ走って追いかける。

 その感情にはっきりと名前が付けられるのはまだまだ先であった。








テン「……邪魔者はいませんよね? いや、前回なんか別世界のミヤマさんが来たものですから、つい警戒しちゃいまして。あの人……人? まあ本当に自由ですよね。ちょっと仕返しに情報を暴露しましょう。深山和猫がマタタビとメイド好きなのは誰でも知ってると思うんですが、実は彼女――バイセクシャルなんです。次回、エピソードオブ神代由治5」


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