377 エピソードオブ神代由治3
ファンタジー世界――ミラードバルズ。
神代由治が転生したその世界は謎に満ち溢れていた。世界の多くの謎を解き明かそうと各地を旅する者を冒険者と呼び、彼ら彼女らが集う拠点のような場所を冒険者ギルドと呼ぶ。
由治とテンが目指すのは、世界最大の冒険者ギルドが存在するオジロン王国。世界一豊かで自由に過ごせる国とも噂になっている。そんなオジロン王国を一望出来るほどの高さにある緑溢れる丘で、二人は広大な城下町と立派な西洋風の城を眺めていた。
「あれがオジロン王国。広いや……今まで見たどんな場所よりも広い」
生まれ変わる前に育った貧民街よりも、今世で育った田舎の村よりも遥かに広い。
石造りの巨大な城と広大な城下町。道を行き交う様々な種族の者達。活気が遠目でも伝わる素晴らしい場所だ。初めてここまで大きな国を見た由治はワクワクして胸が高鳴る。
新たな場所に向かうにあたって服装も一新したこともワクワクを助長しているだろう。由治は上が若緑のシャツ、下が紺の麻製ズボン、そしてその二つの上から白いコートを着ている。テンは以前と変わらず白いローブのみだが変わらず似合ってはいる。
「由治さん、やっとここまで来ましたが必要なものは一つ、お金です」
「やっとって……自由の加護でワープしてきただけじゃないか。凄いよね、本当に何でも自分の思い通りに出来ちゃうんだもん」
そう、このオジロン王国が一望出来る丘に辿り着いたのは、徒歩で大変な思いをしてやって来たわけでも、馬車などの乗り物を利用してやって来たわけではない。二人は自由の加護の力で、本来なら順調にいって一年というレベルの距離を短縮してしまったのだ。徒歩で足を痛めている者達から罵られれば返す言葉もない。
「ええ、ですからその加護は由治さんのような純粋な人間が持つべきなんです。悪人の手に渡ればどうなるか、由治さんでも分かりますね?」
「世界が滅茶苦茶になっちゃうんだよね。強大すぎる力は悪人の手に渡しちゃいけない」
頷きながら由治が答えると、テンも頷いて「よろしい」と告げる。
「……さて、話を戻しますがお金ですよ。現在私達は所持金少量という悲惨な状況に陥っていますから。このままでは何も買えず、餓死する未来が待っています」
「うん、凄くまずいよね。早く仕事見つけないと」
「その最悪な未来を回避するために自由の加護を使いましょう!」
由治は「……え」と驚きの混じった声を漏らす。
真っ当な人間は働き、その対価で賃金を得る。由治だってミラードバルズというこの世界では最初からそうするつもりだった。
「お金を! お金を無から生成するのです!」
「えぇ……それってただのズルなんじゃ」
出鼻を挫くような提案に由治が否定的な言葉をかけてみると、テンションの高くなっているテンは「
シャラッアアアアップ!」と叫んだ。あまりの勢いに由治は肩をビクッと震わせる。
「ズルだろうと何だろうと自由の加護は由治さんに与えられた天からの贈り物。持っているものは惜しみなく使わないと勿体ないでしょう!」
「そういうものかな……」
「それにこれが一番手っ取り早いんです!」
「本音はそれじゃないか……」
要は楽をしたいだけなのだ……とはいえ誰しも楽が出来るのなら楽をしたいもの。由治も例外に漏れず、金銭を対価なしで手に入れられるというのならありがたくはある。人生初の仕事をやってみたい気持ちもあったが、それは後に取っておくことにした。
「まず、これが銅貨」
テンは白いローブについているポケットから、紐で口を縛っている小さな麻袋を取り出した。さらに紐を解いて中から銅色の薄い円状の物体を取り出す。その理由について由治は見当がついている。
自由の加護を発動させるには知恵と想像力が必要になる、テンはここに来る前そう告げている。由治にとってワープの時が初発動で、それまでに発動したことは一度もないため基礎を聞いたのである。つまり今、実際に貨幣を視認して想像力を強化しているのだ。
続けてテンは「これが銀貨」といい先程取り出した硬貨の銀色バージョンを、さらに続けて「これが金貨」と金色バージョンを、さらにさらに続けて「そしてこれが白金貨」と銀貨の色を濃くしたバーションを手に取り出す。
「ざっとこれらが五百枚くらいあれば十分でしょう。それでは由治さんによる種も仕掛けもないマジックショー始まり始まり、お願いしまーす!」
「おぉ、初めて見た。これを増やすって……出来るのかなそんなこと」
「自由の加護は知恵や想像力が全てです。実物が目前にあるならイケますよ」
テンの言う通り想像力がなければ話にならない。本人の意思が最重要となる加護なので、明確に何をどうしたいのか思い浮かべる必要がある。
計四種類の硬貨を由治はじっくりと眺め、両目を瞑って想像を膨らませる。四種類の硬貨が増える想像をして数秒が経つと「いたっ」と小さな悲鳴を漏らす。思わず頭頂部を押さえたが決して内側からの頭痛で押さえたわけではない。
――落ちてきたのだ。四種類の硬貨が、上から。
「なっ……上からあああああああ!?」
白雲が少ない青い空から一個、また一個と、次々硬貨が落下してくる。その数はどんどん増していき硬貨の雨が降っているかのようだった。
もちろんこの世界に硬貨の雨なんて天候は存在しないし、今後もこの一回を最後に降ることなどない。これこそまさに自由の加護の強大な力なのである。
「これを僕がやったのか……」
未だ降り続ける硬貨の雨を見上げながら由治は口をポカンと開けた。
この異例の謎天気を作り出した張本人が一番信じられない光景だと驚いている。
「ふははははっ! 金です! 金こそ全てを解決するううぅ!」
確かに硬貨の雨は降っていたが一瞬で全てが掻き消える。
加護で生み出した物体が意思なしに消えることはない。消失した原因は瞬き一回程度の時間でテンが全てを回収したためだ。圧倒的なエネルギーを保有するテンからすれば楽に行える行動である。
大袈裟かもしれないが今テンは由治の命を救った。あれほどの硬貨が高所から落下してくればかなりの威力になり、一枚ならともかく雪崩のように来られたらたまったものではない。確実に脳天から骨が粉砕される。
本来ならテンはもうサポートの役目を終えていると由治は本人から聞いていた。
しかし例外として現在もこうしてサポートをしている。その原因となるのは由治のありえないレベルの不運さである。
放っておいたらすぐに死ぬかもしれないためテンも離れることが出来なかった。せっかく苦労して無事に育ったというのに、また未練を引っ提げて転生の間に来られても困るからだ。由治を例外として、テンは満足するまで共にいることを過去に告げられている。
「ふぅ。由治さん由治さん、全部集めて袋に入れておきましたよ」
当然山ほどある硬貨など両手を使っても持てやしない。だがここで使用する便利アイテムが先程テンが硬貨を取り出した麻袋だ。それは一見普通の麻袋だがただの麻袋ではない。袋の中の空間が拡張されており、見た目より遥かに多くの物体を入れて保管出来る――道具袋。この世界では誰もが持っている生活必需品のようなものだ。
拡張されている広大な空間をいちいち手探りで探すことなく、取り出したい物を思い浮かべつつ手を入れれば自動で袋の口付近に移動してくる。四種類の硬貨をテンがスムーズに出してみせたのはその機能のおかげである。
「さぁお金は十分集まりました。由治さんは最初に何がしたいですか?」
何をするにも貨幣は必要だが十分すぎるほどに所持金が増えた。
四種類の硬貨が五百枚ずつ。銅貨はともかく、最高値である白金貨が五百枚もあれば高級な屋敷も楽に購入出来る。何でもとはいかないが相当自由に動けることだろう。いったいその多すぎる貨幣で最初に何をしたいのか、由治は「うーん」と思い悩み――唐突に腹の虫が声を上げる。
「まずは、お腹いっぱいご飯が食べたいな」
腹から鳴った音に照れて目を逸らしながら由治は告げた。
目指すはオジロン王国。最初の目的は――食事だ。
* * *
世界で一番豊かと噂のオジロン王国城下町。
様々な者達が行き交うそこで繁盛している飲食店の一つで、運ばれてきた料理を目にした少年は目を輝かせ、笑顔で「うわああ」と声を零すほど嬉しそうにしている。その向かい側の席では黒い長髪で白いローブを着ている美女が少年の反応を楽しんで笑みを浮かべている。
黒髪黒目で、白いコートを着ている少年――神代由治は、様々な美味しそうな料理を目にして口から垂れそうになる涎を手で拭く。
それを見た黒髪美女テンは「ふふっ」と口を軽く押さえて笑い声を零す。
「この料理、本当に食べていいの!? こんなご馳走、本当に!?」
「ええ、いいんですよ。だって由治さんのお金で頼んだんですから」
その言葉を聞いた由治はうんうんと頷いて、ごくりと息を呑んだ後、テーブルに置かれているナイフとフォークを手で持つ。
ミラードバルズというこの世界の生態系は地球とほぼ同じようなものだ。テーブルの上に並ぶ料理群に使われる食材も当然この世界特有の物は少ない。しかし由治にとってはどれも未知で新鮮に見えた。
由治はフォークを一口サイズの料理へと向かわせる。
肉の表面だけを軽く焼いた、立方体にカットされている牛肉。上に乗るのは一部溶けている白く丸いチーズ。その料理の皿には牛肉の上に別の何かが乗っているものが七個も存在している。
チーズの乗った牛肉にフォークを刺すと肉汁が零れ、多少皿に零れているチーズと混ざり合う。
落ちないようしっかりと刺した料理を口へと運ぶ。すると今まで食べたことのない旨味が暴力的に口内を暴れ回る。脳が幸福を訴えてきて、頬がとろけて溶けてしまいそうだと思い、思わずフォークを手放してしまいそうになるほどに美味な料理だった。
「ふふっ、満足そうで可愛い顔ですねぇ」
「ねえテン、こんなに美味しいのに本当に食べなくていいの?」
「以前も言ったでしょうが私はもう食事をとらなくても生きていけるので。管理者は人間の姿でも、根本的に違う存在へ変化してしまっているんですよ」
「……そう、美味しいのにな」
あっという間に牛肉の料理を食べ終わり、次の料理へと目を向ける。
魚のムニエルに赤い果物のような何かが乗せられていた。それは丸く小さく、とろみのある真っ赤なソースに浸っている。
「クシャナラガンの実ですね。いやぁ、私も料理にこの世界特有の食材を使おうと思ったのですが、中々手を出せる代物ではなかったですね。この赤いソースも同じ……実に面白い」
テンの言うクシャナラガンの実というのはミラードバルズ特有の果物。
低木に生る真っ赤な実は微妙に酸味があり、時間が経てば経つほど酸味が強くなっていく。色は変わらず、季節で木が枯れたり実が落ちることもないので、何も知らず長年放置されたクシャナラガンを食べた男が強力な酸味にショック死した事例がある。だが特性を利用すれば色々応用が利く果物なのは間違いない。
ムニエルにかかるソースと乗っている実。二つの酸味は全く違っており、上手く特性を活かしているのをテンが食べれば理解出来ただろうが、生憎と由治が食べても美味しい以外の感想がない。
他の料理も全て驚愕するほどに美味しいものであった。魚介や野菜を角切りにしたマリネサラダ。様々な果物が小さく角切りにされたもの。ふわふわで口に入れると溶けるかのような食感のパン。これまでテンの手料理を食べて育ってきた由治だが比較するとはっきりとした差というものがある。
「美味しかった……」
「これまでで一番美味しかったんじゃないですか? 食べなくても分かる、私の料理よりも遥かに高い味の完成度。王都の料理店のレベルがこれほどまで高いとは予想外でしたよ」
「……いや、一番じゃない」
首を横に振って由治は告げる。
店の方が料理が高品質なのは確かだが、比較してみれば由治はテンの手料理の方が美味しかったと思う。思い出補正だとか不思議な力だとかではなく、テンの料理は真心とでも言うべき思いやる感情がダイレクトに伝わって来る料理だったからだ。
「テンが作ってくれた料理の方が好きだよ」
面食らったような表情に変化したテンは数秒動かず、動き出したと思えば頬を赤く染めて照れた様子を見せる。
「……いやさすがにお世辞でしょ? いくら私が何でも出来るといったって万能は最強ではないんです。その道のプロにはさすがに勝てませんよ?」
「ううん、好きだよ。テンの料理の方が美味しいよ」
頬の紅潮が強くなり目を逸らす。まるで乙女のような反応を見せるテンに対し、まだ恋愛に疎い由治はきょとんとして首を傾げるだけである。
(なんという純粋さ……。これから長い付き合いになるというのに……こんなんで照れていたらキリがないはず。さすがに恋愛感情を抱くまではいかないでしょうが油断してると堕ちるかもしれませんし。いや、管理者が人間相手に恋に堕ちるとか笑い話じゃ済まないです)
「テン、どうしたの? 具合悪いの?」
「い、いいえ。何でもありませんよ!」
大袈裟に首と手を横に動かすテンは叫ぶようにそう言い放つ。
不思議に思った由治だが一先ず流す。次に問題となるのはこれからどうしたいか、それを考えなければいけないこと。
「それより、次は何をしますか? 由治さんの行きたいところに行きましょう」
金は得た。腹ごしらえもした。……とくれば次は何なのか。
答えは既に由治の中で選択肢としてあり続けており、後は選ぶだけだった。
「そうだ、冒険者ギルドに行こう。僕、冒険者になるよ」
――冒険者になるという選択を由治は心のままに選んだ。
テン「冒険者って便利な言葉ですよね。だって具体的に何をする職業なのかよく分からないじゃないですか。まあこの世界では考古学者のような存在らしいですが……。次回、エピソードオブ神代由治4!」
ミヤマ「冒険者は世界によって仕事内容とか規則がちょくちょく違うから、意外と面白いにゃん。もちろん存在しない世界も多いにゃん」
テン「ちょっとあなた何でこんなところに来てるんですか!?」
ミヤマ「私は別世界のミヤマ。ちょっとお邪魔させてもらっただけだよ、気にしないでほしいですにゃん」
テン「この人……由治さんよりも自由すぎるんじゃ」
ミヤマ「こういったノリを忘れないでよね。どちらかといえばあなた達はシリアスよりギャグ寄りの世界なんだから……今後、シリアスすぎるっての」




