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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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376 エピソードオブ神代由治2


 元少年は順調に、何の事故に巻き込まれることなく一歳まで成長出来た。そう、一歳までは。

 一歳と一か月といったところか、両親が突如育児放棄して元少年は捨てられてしまったのである。あまりに酷い両親達に転生の管理者は絶句した。


 ここで転生の管理者は自分の役目を果たすため、ここまで奇跡的に育った元少年の元に赴き、捨てた両親の代わりに育児しようと考える。

 概ね、それは上手くいったといえる。


 まずは衣食住の三つ。服は世界の基準に合うようなものを暇ゆえに一から編み、食事は暇ゆえに自身で料理し、田舎と呼べるようなのんびりとした場所に一軒家を購入する。これだけすれば最低限不自由しない暮らしは出来るだろう。


 普通は親に育てられるため育児などしたことがないが、今まで転生者をサポートする仕事をしてきた以上そういった場面は多く見てきた。基礎的な知識はあるはずだと転生の管理者は元少年のことを必死に育て上げた。

 結果、元少年から「元」がとれるくらいには成長した。


 五歳になった頃、育児のため転生の管理者が購入した木造宅で、これまた購入して着替えさせた半袖半ズボン姿の少年は告げる。


「今まで、ありがとう」


 転生の管理者は「へ?」と間抜け顔で声を漏らす。


「ありがとう……というのは?」


「育ててくれたこと。言葉もまだ大変だけど喋れるし、一分は思いっきり走れる。全てあなたのおかげ。これからは一人でも生きていける」


「いやいや、まだ五歳ですよ? 一人でなんて……」


 五歳とはどんな世界でも子供の域を出ない。自由に喋れても、運動が出来たとしても、黒髪の少年のそれは一般的な子供となんら変わらない。


「前は、もう一人で生きていた。これ以上は迷惑かけられない」


 転生の管理者は少年の前世、というかもうそれどころではないほど前の世界の人生を思い出す。

 少年は貧民街に捨てられたのだ。幼少の頃から最低限のことしか学べず、日々を生きるのさえ精一杯な苦労する人生。一人で生きていけるというのもあながち嘘というわけではないだろう。だが子供が一人で金を稼ぐ方法など限られている。


「……どうやって生きていくつもりですか?」


「盗んで売る。金を稼ぐ。ご飯食べる」


 一人で生きていけるのは嘘でなくても、それが真っ当な生き方でないことは明白。転生の管理者の予想通り犯罪に手を染めて底辺で生き抜くつもりだったのだ。


「やっぱり……それはやっちゃダメです。あなたの生き方ではすぐに捕まって、満足に生きることなど夢のまた夢です。あなたがしようとしているのは犯罪、やってはいけないことなんですよ」


「……じゃあ、どうやって生きる?」


「他人の物を盗まず、自分が働いて貨幣を稼ぐ。まだ五歳のあなたを雇うところなんてどこにもないでしょうが、十二歳くらいになったらこの世界では働けます。あと七年、私と一緒に暮らしてください」


 黒髪の少年が元いた世界では少なくとも十六歳辺りでなければ働けない。だが世界が違えばルールも違くなるものだ。子供と大人の分け目が曖昧で、成人という概念が存在しないこの世界では働ける年齢が下がっている。


「七年……それって、どれくらい?」


「あなたがここで暮らしたのが四年弱。だからまあ、今までの時間を三回繰り返したら確実に過ぎていますね。長いかもしれませんけど、自由に生きるための下準備みたいなものだと思ってください」


「うん、分かった。待ってる」


 納得してくれるかどうか悩んだがそんなものは杞憂だった。

 少年は不自由しかない場所で生活してきたのだ。貧民街での生活に比べれば少年は満足気だし、不平不満を一切告げられたことがない。


 何度も転生失敗して心が変化しなかったのも同じ理由かもしれない。九十九万回の死を経験すれば誰だって心が歪みそうなものなのに、少年はそんなものなかったかのように振る舞っている。貧民街での生活が余程苦しかったためか、生き地獄になるなら死ぬ方がマシというスタンスが芽生えつつあるのだろう……あるいはもう死を恐れない心になってしまったのか。


「そういえば……あなたのことをいつまでもあなた呼びはおかしいですね。私が名前をつけてあげましょう!」


 少年には名前がない。貧民街にいた時も、この世界でも。

 両親が育児放棄しているため名前すら付けてもらえなかったのだ。


「名前? それって大事なの?」


「当ったり前ですよ! 古来より名前には特殊な力が宿るとも言いますし、個人にとっての特別な言葉とも呼べます。何よりそれがないと不便なことは多いですから。う~ん、悩みますねえ……」


 転生の管理者は顎に手を当てたり、回転してみたり、浮遊したりしてみて熟考する。その悩みに悩み抜いた末、少年に丁度いい名前を脳内で組み立てることが出来た。


「――神代(かみしろ)由治(ゆうじ)なんていい名前じゃないですかね!? 神様の神に、時代の代、自由の由、治定の治。うん、我ながら素晴らしい名前じゃないですか! まあこの世界風に名乗るならユウジ・カミシロとかなっちゃいますけど……いやぁ、私の故郷ではこんな感じの名前が当たり前だったものでしてねぇ……」


 自由に物事を決定してほしいという願いから転生の管理者はそう名付ける。尚、名字の方に深い意味はあまりない。

 自由を求める少年にはぴったりな名前になったと本人は満足気な笑みを浮かべている。意味のない名字も、意味がない選択でも自由に選べというようなこじつけを脳内で考えた。


「故郷……あなたの故郷って……どんな場所?」


「日本という所でして、多くの人間が創作を楽しみにしている場所です。ああ、懐かしいですねぇ、たまーに仕事で別世界の故郷に向かうこともあるんですけど、やっぱり自分の原点だったんだって思えますね。管理者に神から選ばれた後だって、あの場所があったからこそ仕事を楽しめるとすら思っていますから」


 楽し気に語る転生の管理者に少年、神代由治は問いかける。


「……あなたの名前って……何?」


「私の名前……?」


 心当たりのない転生の管理者は首を傾げて呟く。

 転生の管理者というのはあくまでも種族名のようなもので、個人名ではない。

 故郷のことは大まかに思い出せるというのに、管理者になった瞬間元の名前は記憶から忘却されてしまったのだ。これまで数えきれない年数を生きてきて名前など気にしたことがなかった。


「ないなら、僕がつけてあげる。神代由治って名前をくれたから」


 由治は今までにない新鮮さを名前というもので味わった。いなくなった両親の代わりにここまで育ててくれた。だからこそせめて転生の管理者に何か恩返ししたいと心から思っている。

 先程の転生の管理者の真似をして顎に手を当てたり、回転してみたり、浮遊はさすがに出来ないので何度もジャンプしてみたりして考える。


「――テン。テンって……どうかな」


 安直な名前だと転生の管理者は思う。

 どう考えても転生の転から取っているのは誰でも分かる。しかしそんな誰でも思いつくような安直な名前だとしても、名前を初めて付けられる感覚に喜びが全身を駆け巡る。


「いい……とってもいいじゃないですか! どんな名前でも嬉しいですけど可愛らしくて……よーし、今日から私はテンと名乗りましょう!」


 考えた由治は「よかった」と小さく呟いて笑う。

 名前を付け合った二人はその日も、これからも七年笑顔で過ごす。互いに性格上喧嘩することなく田舎の中だけとはいえ世間一般的な普通の生活というものを送った。


 そして由治が十二歳となった時、自由の旅が始まる。







テン「転生の管理者だからテン、シンプルでいいじゃないですか。名前は誰かが付けてくれることに意味があるんですよ。次回、エピソードオブ神代由治3」


??「なお、このエピソードは毎日投稿とする」


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