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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
終章 神谷神奈と自由人
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375 エピソードオブ神代由治1


 孤児やホームレスの集う一つの街。

 とある地域に存在するそこ、スラム街に住む人々は日々の生活だけで精一杯で、余裕がないゆえ助け合いのない場所であった。


 家は外装が剥がれていたり、道は整備されていないのでデコボコしている。街全体には様々なゴミの悪臭が漂っている。そんな場所に行くあてもない少年が一人。


 親に名も付けられず捨てられた少年。ボロい布切れのような衣服を身に付けている彼は、空腹に悩まされながら覚束ない足取りで前へと進む。


 じりじりと照りつける太陽。薄汚れた地面へ垂れる汗。

 歩きながら今までを思い出す。捨てられた食糧を拾い食いし、なんとか生き延びてきた。なぜ自分がこんな環境で生きなければいけないのか。街に数台あるテレビに映された平凡な暮らしと呼べる人々を眺める度、現実逃避したい気持ちに襲われた。


 ふと、地面に軽い音を立てて落ちてきた財布に目がいく。

 財布は前方を歩く男のものだとすぐ気付いた。彼はふらつきながらも座り込んで拾い上げ、渡してやろうと立ち上がった。


 低く枯れた声で「おい」と話しかけられる。

 後ろから聞こえてきたのでゆっくり振り返ってみると、目に酷い隈がある痩せぎすな青年が睨んでいた。


「お前、それを寄越せ。それは俺が貰う」


 盗賊紛いの人間はここでは珍しくない。

 こうした貧しい土地や環境で生きていくためには、どうしても犯罪に手を染めなければいけないこともある。目前の青年も生活が苦しいため脅しているのだと少年は察する。


「でも、これはあの人の」


「うるさい……! いいから寄越せえええ!」


 青年は枯れた叫び声を上げて何かを振りかぶる。

 それが長く鋭利な刃物なのだと気付いたとき、既に時遅し。ピンポイントで心臓を貫かれた少年は激痛に目を限界まで剥き、叫ぼうと口を大きく開けたものの声は出ない。水分を碌にとっていなかったせいでもう限界だったのだ。


 ここはスラム街。――誰かが命を落とすことなど珍しくない。



 * * *



 真っ白で広大な空間。真上では白いモヤが飛んでいっている。

 今の自分は上空にある白いモヤと同じ存在であり、肉体はないが視界と言っていいのか不明な景色を見ていた。


「お主、随分と落ち着いておるな。まあこちらとしてはその方がありがたいのだが……」


 目前には白く長い顎髭か特徴的な老人がいる。元少年はその老人や、この空間についてなんの疑問も抱いていない。

 スラム街にいた少年は呆気なく死んだ事実を呑み込んでいた。どうせこんな場所では長く生きられないと常々思っていたからだ。


「ここは転生の間。未練がなければ真上に見える魂達のように輪廻転生の輪へと向かう。だがお主のように強い未練を持つ存在となれば入口で引っ掛かる。未練を解消させる機会を与えるためにな」


 難しい話は分からない。喋る口もないので少年は静聴する。


「ふむ? 分からんか。簡単に言うならお主のような者に異世界でやり直すチャンスを与えるということじゃ。そのために……お主の未練を教えてくれ」


 未練と言うべきか分からないが少年には強い想いがある。

 ――ただ自由に生きたかった。

 テレビの向こうでは多くの人間が楽しそうにしていて、自分とは真逆で幸福に溢れた生活をしているのだろうと思わされた。

 スラム街では無縁だった自由。それを今度こそ味わいたいと少年は思う。


「自由……なるほど自由か。よし、お主には自由の加護を与えよう。これさえあればお主の未練は消えたも同然じゃぞ」


 加護と言われても少年はピンと来ない。もし生前の肉体があれば不思議そうに首を傾げているだろう。


「ふむ、疑問に思うのは当然か。だが詳しいことは儂よりも彼女に訊くとよい。ほれ、後ろじゃ後ろ」


 老人が少年の後ろへと指を向け、二回程曲げて伸ばすのを繰り返す。

 少年は目もなく映る不思議な視界を後ろへと移動させると、そこには一人の美しい女性がいた。


「どうも、私は転生の管理者です。ここであなたのように迷った魂の転生をお手伝いしているんですよ、私。いやあ偉い! 私超偉い!」


 着ているのは白いローブ。見える手や首、顔は透き通るような白い肌。艶のある滑らかな、腰ほどまである黒い長髪。スラム街では会ったことのないタイプの女性だった。あの場所にいた大概の女性、というか人間は基本的に貧相で元気なく過ごしている。だが転生の管理者は元気が有り余っているように見える。


「これからあなたはあなたの知る世界とは違う、異世界の生命へと生まれ変わります。もちろん未練を解消するためなのでそれに適した世界です」


 いきなり未知の場所に行くのは怖いと少年は不安に思う。

 そんな不安を感じ取ったのか、転生の管理者は人差し指を立ててチッチッチと三回左右へ動かす。


「安心してくださいよ。右も左も分からない世界、赤子から生まれるとは言っても不安なのは分かります。ですけどね、ある程度の年齢まで私がサポート役として見守るので安心ですよ。あなたは胸を張ってどーんと生きてくれればいいのです」


 スラム街ではない新たな世界に期待が高まる。

 サポートしてくれるというのなら、またスラム街のときと同じ目には遭わないだろう。


「さあ、それではあなたの望む世界へ行きましょう。何かあればすぐに相談してくださいね」


 ありがとうとお礼を告げた少年の魂が浮き上がる。ここから自由を得られなかった少年の新たな人生が始まる。


 ――かに思われた。


 九ヶ月後、転生の管理者の元にある報告が届く。

 少年が生まれるまでは他の転生者のサポートを行っていたが、そんな多忙な時に管理世界に呼び出されては祝福の管理者からとある報告を受けた。


「え、死産……?」


 白いローブを着ている、ふわりとした金髪の彼女が告げたのは少年のこと。

 とある世界で母親の中の新たな命として転生したはいいが、運の悪いことに死産となってしまったという知らせだ。

 その不運な少年の知らせを聞いた転生の管理者は困惑の表情を浮かべる。


「え、そんな、ありえませんよ……。確かに前世で極悪人だったならそういった結果に終わることもありますけど……。彼は生きるため最低限の盗みなどしか行っていないはずです」


 輪廻転生の輪を通る際、基本的に前世で悪事を働いていた場合は不運になり、善行を積んでいた場合は幸運になる。

 どちらかといえば少年は前者になってしまうとはいえ、死産になるほどの不運に見舞われるような人生は歩んでいなかった。それを転生させる際に視て知っているからこそ転生の管理者は困惑している。


「ええ、私もあなたと同じ意見なんですよぉ。まあこんなことも前例がないだけで有りえてしまうということでしょうかぁ」


「そうですね。まあ仕方ありません、気分を一転させてまた別の世界に転生させましょう! なーに、この異世界転生のスペシャリストにかかれば次こそ大丈夫ですよ!」


 未練をそのままで死んでしまった以上、神の定めたルールにより基本的にもうその世界には転生出来ない。少年の場合、例外として扱うことも出来る事例だろうがそうしなかった。自由に生きられる世界などいくらでも存在しているので替えはきくのだ。


 そうして戻って来た少年に事情を説明し、二度目の異世界転生へ送り出す。

 お金を払って売買するという概念がない世界へと少年は転生し――死産となった。


 さすがに二度目ともなれば異常であった。

 今日という日まで転生の管理者がどれだけの者を転生させてきたのか。もう五千万人以上送り出してきた経験から、自分というよりもやはり少年がおかしいのだと推測する。


「まさか二度もなんて……。おかしいですよこれは」


「ええ、そう思って予め情報の管理者の協力を得ましたよぉ。分かったのです、どうしてこうも産み落とされることすらないのかが」


「分かったんですか!?」


 マイペースなわりに仕事が早いことに転生の管理者は驚き叫ぶ。


「もちのろーん。どうやら彼は相当な極悪人の生まれ変わりらしいですねぇ。その世界で神と崇められたにもかかわらず生みの親である存在を殺し、自らを最上位の存在へと昇華しようとした愚者ですね。その神殺しとも呼べる罪に、輪廻の輪はしばらく転生しても不運でいいと判断されたのでしょーう」


「……それでも、私はやってみせますよ」


 三回目、死産。

 四回目、死産。

 五回目、死産。


「このまま前世の罪で生さえ受けられないなんて酷すぎます」


 十回目、産まれた直後に感電死。

 五十回目、産まれた直後に圧死。

 百回目、産まれて三分後に窒息死。


「そうですよ、奇跡ならとうに起きていた。彼は劣悪な環境とはいえあの場所で育った。あの世界に産まれて人生を歩んでいた以上、奇跡と呼べるそれはとうに起きている。なら二度目の奇跡くらい私が起こしてみせますとも」


 五百回目、産まれて十分後に狂人に殺される。

 千回目、産まれて三十分後に施設ごと潰れる。

 三千回目、産まれて一時間後に国が爆撃されて爆死。

 五千回目、産まれて三時間後に病死。


「……やった。ついに……奇跡は起きた……!」


 ――百万回目。肉体や精神に障害なく無事一歳まで到達。







テン「そう、全てはここから始まったのです。彼を意地でも転生させたのが善だったのか、それとも悪だったのか……次回、エピソードオブ神代由治2」


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