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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.三章 神谷神奈と山菜ツアー
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31.24 仲直りはお早めに


 宝生小学校の屋上で、金網のフェンスに手をかけながら神奈は町の景色を眺めていた。

 今の神奈の心境とは真逆で町は平和なものだ。学校の前を通り過ぎていく自動車も、道路を歩く老若男女も、紅葉で赤くなった山も何一つ変わらない。


「よかったんですか? あんな風に逃げて。次会った時に気まずくなるのは自分ですよ?」


 景色を視界に収めていると腕輪が声を発する。

 気まずくなることくらい神奈も分かっている。だが一言謝ろうとしても、口が開いてはいたものの声は出なかった。


「何でかなあ……分からん。自分のことなのに今の気持ちが全っ然分からん。本当は逃げたくなかったのになあ……」


 ただ一言ごめんと謝れば解決する問題だ。夢咲は謝っているので後は神奈だけなのに、意識した途端に声が出なくなる。


「昔、ああ前世の話だ。前世でもそうだった。あの頃は友達なんて一人もいなかったんだけど」


「悲しい子供時代ですね」


「唯一親しげに話しかけてくれた奴がいた。でも私のせいで、友達になれたかもしれなかったあいつは苦しい思いをした。……なのに私は謝れなかった。今でもそれは後悔してる。なんでかなあ、自分が悪いって分かってるのにさ」


「心の中では自分の非を認めたくないものです。誰でもというわけではないですが、決して神奈さんだけじゃありませんよ」


 自分の非を認めるのが嫌だから神奈は謝れもしないのか。

 非を認めることは大事だがそれだけではないだろう。ただ喧嘩したという事実から生まれる気まずさが声を発させないのだ。

 重要なのは自分とも相手とも向き合うことだと神奈は思っている。思うだけで実行出来ないのは悔しいので自然と力が入り、金網フェンスを掴んで変形させる。


「神奈さん」


 誰もいない屋上のはずなのに神奈は後ろから少女の声が聞こえた。

 首を曲げて目の端で捉えたのは黄髪のゆるふわパーマ。誰なのかすぐに気付いて「……才華」と覇気のない声で呟く。

 屋上に一つしかない扉から出て来た彼女は歩み寄り、神奈の隣に立って町を見下ろす。


「何かあったのよね、夢咲さんと」


 町を見下ろし続けている才華の言葉で神奈はハッとして顔を向けるが、少しして再び町へと向ける。


「やっぱ分かるか」


「分かるわね。分かりやすいもの」


 特に事情を語るわけではない。神奈はそれからもボーっと町を眺めていた。

 沈黙状態だったのを打ち破ったのはやはり才華であった。


「夢咲さんのこと、嫌いになった?」


「……ああ嫌いだね。だって絶交してるし」


「絶交……ね。まあ、何があったのか無理に訊く気はないわ。話したくないならあなたも無理に話さないでいい」


 顔を見ないで才華は「ただ」と続ける。


「仲直りは早めにした方がいいわよ」


 事情を訊かないでくれるのはありがたく思う一方、仲直りを神奈が計画しているかのような決めつけは神奈の眉間にシワを寄せた。

 実際はしようと思っているのに肯定の言葉が口から出ない。


「いや、別に……。仲直りなんてする気は……」


「した方がいいわ。これだけは言いたかったの。せっかく友達になれたんだからその縁は大切にするべきよ」


「縁を、大切に……」


 才華は「そうよ」と頷く。


「笑里さん含めた私達だって、小さな縁の巡り合わせで友達になれたんだって思う。そういった縁を大切にしない人が一人になるっていうのが持論ね」


 告げられた言葉を噛み締めて神奈は拳を握る。

 縁を蔑むような人間の周囲には誰も近寄らない。前世の経験からもそれは正しいと思う。神奈は十分理解しているつもりだ。


 今まででも些細な選択ミスが起きれば神奈は一人だっただろう。そうならないためには出会った人間全員に優しくするわけではなく、最低限の思いやりを忘れなければいい。


「あなたは無理するよね。そうやって意地張るのが辛い時だってあるじゃない。本当は絶交なんて勢いだけで言ったこと後悔してるんでしょ?」


 概ね心境は合っている。気持ちを見透かされた気がした神奈はムッとした表情になり、すぐに力を抜いてため息を溢す。


「……はあ。才華には敵わないなあ。実は転生してたりしない? 前世の記憶を持ってるとか」


 裕福な家庭に生まれ、優秀な家庭教師をつけられ、小学生とは思えないくらいに大人びている才華。彼女がもはや転生者でも神奈は驚かない。むしろやっぱりかと納得するだろう。


「ふふ、何それ。前世の記憶なんてあったら面白そうね。私の前世ってどんな感じだったのかなあ」


「たぶん今とそんな変わらないと思うな。根っこの部分はどんなに生まれ変わっても、変わらない」


「どうかしら。答えは神のみぞ知るってやつね」


 そんな話をしていると屋上の扉がもう一度開かれる。

 キイイィと音を立てた扉を開けたのはオレンジ髪の活発そうな少女。振り向いた神奈は「笑里か」と少女の名を口にする。


「あー! 神奈ちゃん見つけた!」


 笑里は神奈を発見すると人差し指を向け、大声を出しては駆け寄った。


「神奈ちゃん! しっかり夜知留ちゃんと仲直りしてあげて! 喧嘩はよくないよ!」


 その話題は完結しているといっていい。なぜなら神奈の気持ちはもう固まっているのだから。


「……ああ、仲直りしに行くよ。今から」


 柔らかく笑った神奈は笑里の横を通り過ぎる。

 向かおうとしているのは当然、絶交中である相手の元だ。



 * * *



 ひと気のない校舎裏。

 学校の影となって暗めのそこで神奈は夢咲と対面している。


「えっと……こんなところに呼んで……何か、用?」


 夢咲をこの校舎裏へと呼び出したのは神奈自身だ。

 全ては謝罪、仲直りのために。教室で話すと大勢いるので恥ずかしいため、滅多に人が来ない校舎裏を選んだ。


「まあ、うん。ちょっとやりたいことが、あってさ」


「まさか……人目のないところで私をボコボコに」


「いや誤解だ! そんなことはしないから!」


 不良ではあるまいしそんなことはやらない。そんな勘違いをされていたこと自体納得出来ないが、状況が状況で勘違いする人間もいるだろう。

 神奈は激しく否定してから「ごほん」とわざとらしい咳をする。


「……仲直り」


「……え? 今、何て言って」


「だから、仲直り! 絶交取り消し! 私もう怒ってません!」


 呆気に取られた夢咲は口を半開きにした状態で動かない。

 突然の謝罪に驚いたのだろうか。しかしこんな謝罪でも神奈は相当な勇気を振り絞って行ったのだ。これで仲直り出来ないとなればショックを受ける。そう考えたところで――気付いた。


(あっ、そうだった。こうして謝るのもすごい勇気がいることなんだ。……なのに私は謝罪から目を逸らして、返事もしないで、逃げて……酷い奴だった。夢咲さんだって、必死に考えて謝ってきたっていうのに……)


 自分の最低さに気付いた神奈は「ごめん」と頭を下げる。

 正気に戻った夢咲が慌てふためく中、頭を上げてじっくり目を見つめる。


「そっちが謝ってきたの……無視して、ごめん」


 真剣な表情で告げた神奈の言葉が届き、夢咲はふふっと口元を緩ませた。


「もうっ、何でそっちが謝るの。悪いのは私なのに」


「いや、私も言い過ぎたんだ。絶交なんて、本当は勢いだけで言っちゃっただけだ。私はまだ夢咲さんと友達でいたい。これからもずっと、友達でいてほしい」


「私だってあなたとずっと仲良くしたいんだから。そんなに頼むような言い方しなくても、私だって友達でいたい。……許してくれるなら、だけどね」


「言ったじゃん。私はもう怒ってないよ」


 神奈は自分から握手を求める。

 差し出した右手に夢咲は恐る恐るといった風にゆっくりと手を伸ばす。


「じゃあ、仲直りだね」


 力強く握った夢咲は笑顔になり、神奈も満面の笑みを浮かべた。

 絆というものは不思議なものであって、一度壊れたとしても再び繋げるとより強固になる。二人のそれは固く結びついてもう解けることはないだろう。


「ねえ、仲直りしたことだし……その、これから……これから私のこと名字じゃなくて名前で呼んでよ。友達、だしさ」


「ああ、でも夢咲さんって呼ばせてもらうよ」


「えっ、あの、でもその、名前で呼んだ方が親近感が――」


「それでも夢咲さんって呼ばせてもらうよ」


 頑なに譲らないことで夢咲の笑顔は段々消えていく。

 俯いてしまい、神奈からは死んだような表情が見えなかった。


「……まだ怒ってる?」


「ちょっと恨んでる」


 怒りはなくなっても恨みは消えないのだろう。

 夢咲は俯いたまま「ですよねー」と呟いて繋ぎ合っている手を見下ろす。

 握手している二人の手はその時、決して離れてはいなかった。


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