368 因縁――意外でもない救世主――
世界中で光天使が暴れ回るなか、当然伊世高校も例外ではなく光天使がやって来て暴虐の限りを尽くしている。
校長であるアムダス・カーレッジや教師達、そして土曜日なため部活動に勤しんでいた伊世高校の生徒達は、突如現れて暴れる光天使と校庭で戦闘を繰り広げている。もはや校庭は見るも無残な景色へ成り果てていた。
「ひれ伏せ」
短く、それでいて王者の風格を漂わせる言葉。
そう少年に言い放たれた光天使達総勢五十体は体の自由を奪われて、意思関係なしに上空から地面へとゆっくり落ちていく。
「王の威厳と風格を前に飛び回るなど不敬が過ぎるぞ」
赤髪オールバック、ぎらついた目をしているその少年、伊世高校一学年の王堂晴天は腕組みしながら堂々と立っている。
「そうだ、王の御飯だぞー!」
勢いづいてそう叫ぶのは王堂に心酔する三学年の岸野遥。
童顔で中性的な顔と小柄な体型の彼の叫びに、王堂は「御前だ、御前」と訂正を促す。なんともかっこつかない彼らに生徒と教師達は続く。
ゆっくり落ちて来させた王堂の固有魔法も光天使に通用するのは短時間。だがその僅かな時間が多くの手助けとなる。
黒い修道服を身に纏い、十字架のネックレスを首にかけている筋肉質な少年。伊世高校一学年の上尾響が光天使の一体を殴り飛ばして着地した。
「ふっ、まさか天使と拳を交えることになろうとは。牧師の私には数奇な運命だ」
「のろまめ響! お主が殴り終わった時にもう我は二体に攻撃を加えたぞ!」
蝙蝠のような羽を黒いセーラー服から飛び出させている小柄な少女、伊世高校一学年のメリオマニア・慶姫が響の隣に着地して誇らしげに告げる。
しかし二人の攻撃を受けても光天使が死ぬには至らない。決定打となるような威力の攻撃を生徒も教師も持っていないのだ。――ただ二人を除いて。
「夢断流〈泡沫の剣〉!」
光天使から放たれた光線の軌道を木刀で逸らした少女。
腰まである黒と赤の交じった髪、凛々しい顔つき。生徒会長である進藤明日香だ。
少し離れた地面に逸らして直撃させた明日香は両腕を震わせている。細かく振動しているのはわざとではなく反動だ。光線を逸らすことで予想以上の力が腕に加わったのである。
(マズい……。予想以上にダメージが来ますね。これでは二撃目を逸らせない)
追い詰められた明日香に直後二撃目の光線が放たれた。だが迫る光線に為すすべない明日香の前に一人の少年が庇い立つ。
少年が振り上げた刀は光天使ごと光線を縦に真っ二つに裂く。さらにそれだけだと再生することを知っていたのでもう八撃入れる。斬撃のエネルギーが爆発的に膨れ上がり光天使の体が爆散するように弾け飛んだ。
「速人、助けてくれたのですか。ありがとうございます」
紺色の男用セーラー服を着用している黒髪の少年、一学年の隼速人は明日香の方を見ずに口を開く。
「別にお前を助けたわけじゃない。ただ目障りな光がうろちょろしているから鬱陶しくて殺しただけだ。以前は消化不良だったことだしな」
「それでもありがとうございます。助けられたのは事実ですから、あなたが何と言おうとお礼は言いますよ」
「好きにしろ。俺は他の光天使を殺してやる」
決定打を持つ一人は速人だ。そしてもう一人は――
「スキル〈六連蒼星斬〉!」
遊ばせている金髪。頭には黄色のシンプルな冠。衣服は軽そうな鎧に包まれていて、足には鉄のように硬い金属の靴を履いている。背中には赤いマントもあり、成人男性ほどの大きさである大剣を振るっている青年。その姿はまさに勇者。
異世界メイザースからやって来た伊世高校校長、アムダス・カーレッジだ。
大剣が青く光ってあっという間の六連撃で光天使一体が光の粒となって消える。それを見て教師である若空焔は「す、すごいですねぇ」とつい口から漏らす。
「俺は日々鍛錬をしているし、あの日からかなりパワーアップしている。もはやお前達の破壊行為を前に逃げることしか出来なかったあの時とは違うんだ。スキル〈六連蒼星斬〉!」
再びの青い六連撃が光天使をもう一体消滅させた。
同族を殺されたことに光天使が怒ることはない。だがなぜか多くの光天使達はアムダスに狙いを定めていた。
さすがにギョッとしたアムダスに襲いかかる光線。それが到達――する前に桃色の魔力光線が同数ぶつかり合い光線を相殺して爆発する。
「はあっ、はあっ、大丈夫ですか……校長……」
「白部君……。君、買い物に行ったんじゃ」
車椅子に乗ったまま右手を突き出していた白部洋一がアムダスの背後へと高速でやって来た。誕生日プレゼントを購入するため別れてからまだ三十分も立っていないというのに、彼は異変が起きてからすぐさま戻って来たのだとアムダスは理解する。
「ははは、急いで戻って来たんですよ。恵は置いてきちゃったけど……。まあともかく校長先生、僕も戦いますよ。あれらは調べたところ強者のと元へ集まって来るようですし、このままじゃ新たな光天使を倒しても次から次へとやって来ますしジリ貧です」
「強者の元へか、なるほどそれでこの学校にやたらと来るわけだ。まさか光天使に対抗するべく作り上げた場所が、奴等をおびき寄せる餌場になってしまっていたなんて……。いや、むしろ好都合。おびき寄せられた奴等を一体残らず俺が駆逐すればいい!」
「微力ながら僕もお手伝いさせてもらいますよ。このままあれらを放っておくことなんて出来ないですしね」
洋一が車椅子から立ち上がり、アムダスが大剣を構えて一歩踏み込む。そして二人と同時に速人も赤いオーラを体と纏い始める。
「二十パーセント!」
「スキル〈星光竜滅斬〉!」
「極・神速閃!」
残っていた四十体以上の光天使は三人の手によって一気に十体まで数を減らした。残りが十体でも十分に脅威だが先程の状況より遥かにマシな戦況となっている。
その圧倒的な力に魅せられていた若空焔含めた教師陣や生徒達は歓喜し勢いづく。そんな時、一つの巨大な閃光が上空で停止した。それは正しく新たな光天使だが体の大きさは通常の十倍程、二十メートルはある巨大な新手――大光天使だった。
「新手の光天使か! スキル〈星光竜滅斬〉!」
一等星の如き三日月状の光が剣から放たれる。
最強の種族とされる竜すら一撃で消滅するような威力の斬撃刃。大抵の生命体は余波だけで消し飛ぶアムダスの誇る奥義であり、最大最強のスキル。自身から数メートルの範囲に誰もいないことを確認してから放ったそれが大光天使へと吸い込まれるように向かう。
以前は和猫の助力があったとはいえ月すら両断した斬撃刃は大光天使を真っ二つに――出来ず、触れただけで弾かれて消滅した。
アムダスは最強技があっさり破られたことに戦慄する。
「な……なに……」
驚愕で目を見開いたアムダスを横目で見た後、洋一は大光天使の方を金色の瞳で視た。固有魔法解析で視た結果、通常の光天使とは桁違いの実力を知ることになる。
「マズい、総合戦闘値3000000越え……! 今の僕の全力は2200000と少し……いや、本当の全力はこんなものじゃないはずだ」
「止せ洋一、今以上の力を引き出せば後遺症が残る。下手すれば死ぬのじゃぞ」
腰に二本のベルトで巻きつけている桃色の本が焦ったように告げた。
実際のところ今の洋一が出せる力は夢現世界の時の五分の一程度。ただでさえ筋肉痛のように持続する痛みが襲っているのに、それ以上を引き出そうとすれば一生物の痛みが残るだろう。四十パーセントを出したとしても一瞬すら維持できず肉体が崩壊する。
「それでも……それでもあいつを倒せるのは僕しかいない!」
「……お主はそういう奴じゃったな。いくら止めようと無駄じゃろう。数年の間だったとはいえお主との生活は幸福に溢れていたよ」
「ごめんねムゲン。でも大丈夫さ、君は一人じゃない。恵や神谷さんならきっと君を助けてくれる、もう一人にはならないさ」
「勘違いするな。洋一、お主だったから余は共にいたのじゃ。最期まで共に付き合おうではないか。だって余とお主は……生涯を共にするパートナーなのじゃろう?」
覚悟を胸に洋一は痛みを無視して、今二十パーセントの壁をぶち破ろうと魔力を高めようとする。勇者よりも勇者らしい彼の英断は間違ってなどいない。
たとえ大切な者達が悲しみに暮れるとしても、放っておけばその者達まで殺されてしまうのだから。生きていなければ何一つ感情を抱くことも出来ないのだから。道連れになったとしても洋一に悔いはない、むしろ誰かを守るために死ねることを誇りにも思える。
そう、最善の選択だった。――乱入者が来なければ。
「猫猫神拳奥義いいいいいぃ!」
大光天使に向かって飛び出す影が一つ。
黒い猫耳と尻尾の生えた少女、深山和猫が拳を引いて突進していく。
「ね~こ~パンチ☆」
華奢な少女が突き出した拳とは思えない威力。圧倒的な破壊力を秘めたその拳が大光天使に届き、洋一が自滅覚悟で倒そうと思っていた存在は――爆散した。
華麗に着地した和猫は「にゃーはっはっは」と笑い出す。
「世界の平和を守るため、世界の破壊を防ぐため。猫っぽさと己の信念貫きし最強の獣人。次元体ミヤマ改め深山和猫、只今参上!」
抱いていた覚悟が泡となって消えた洋一は放心してしまう。ムゲンの方は先程までのやり取りが茶番に感じられて「なんじゃそれ……」と落ちこんだように呟く。
「いやあ、悪かったね校長。大変なときにいなくて。でもこっちもこっちで結構一大事だったから来るの遅れちゃったにゃん。さあみんなで反撃といくにゃんよ」
展開についていけなかったアムダスはハッと正気に戻る。
最大の障害であった大光天使が爆散した今、残るは通常の個体のみ。このままの勢いなら倒せない相手と数ではない。
「伊世高校生徒と教師諸君! 行くぞ、この調子で勝つんだ!」
大剣を真上に掲げて大声で全員に喝を入れる。
そんな風に叫ぶアムダスの近くで和猫はきょろきょろと周囲を見渡していた。
「あれ……一人いなくなってる」
先程までこの場にいた人物の一人が確かに姿を消している。
それに唯一気付いた和猫は「まあいっか」と目前の戦いに意識を戻した。
腕輪「次回、ようやく私が帰ってきたああああ! みなさんの知られざる私が今明かされる! 次回『潜入』! ……嘘みたいだろ、この終章まだ半分も終わってないんだぜ」




