367 参上――意外な救世主4――
アメリカで行われている十六夜マヤのライブ。
透き通るように綺麗な歌声がライブハウス内に響き、観客である人々が穏やかな気持ちでそれを静聴していたそのとき――大きな爆発音と揺れが発生する。
唐突な激しい揺れにマヤは体勢を崩し「きゃあっ」と悲鳴を上げ、スタンドマイクと共に硬くひんやりとした床に転がってしまう。観客達も椅子に座っているとはいえバランスを崩し、中には前の席に頭をぶつけていたり、隣席に座る人間にもたれかかってしまう者もいた。
ライブハウス内で座っていた斎藤凪斗も「な、なんだ!?」と動揺で叫ぶ。斎藤と同じ列に座っている南野葵や影野統真達も同様だが、すぐ警戒する真面目な表情になる。
やがて揺れが収まるとマヤが倒れたスタンドマイクを直し、立ち上がってからライブハウス内にいる人々へと語りかける。
英語だったが内容は「何かが起きているから外へ出て安全を確保してください」といったところだ。それに応じて斎藤達も含めた人々は外へと出ていき、衝撃的な光景を目にした。
「嘘だろ……。なんだよこれ……」
ライブハウス前の地面が大きく抉れ、ビームでも通ったかのように直線状に続いている。視界の奥まで続いているそれは一つではなく複数存在していた。
「まるで魔力光線じゃねーか……」
日野昌が呆然と呟く。アメリカ人の者達も「Why」や「What」と呟いている。
少しして外へとマヤも出てきて現状を目にし、やや騒めいている観客達へと聞こえるよう持ってきたマイクを用いて告げる。
当然英語でだが「ライブは中止にします、また後日に行うので家族の元へお急ぎください」と告げた。理解不能な現状でライブを続けるなど観客の命に関わるため英断である。
観客達は斎藤達を除いて不安気な表情で帰路についた。
「あの、十六夜さんはどうするんですか?」
残った斎藤はマヤへと問いかける。
「あなた確か……神奈の友達、だったよね。アメリカなのにライブ来てくれてたんだ、ありがとう。でもせっかくのライブなのにこんなことになるなんて……。正直何がなんだか分からなくて、とりあえずライブに関わった人達に説明しに行こうかなとは思ってるよ」
ライブを中止してそのままにするつもりなどマヤにはない。事情を話して延期させてもらおうと各所関係者達へ話を通すつもりである。
延期するとしたら数日後になる。なにせ彼女はアメリカのライブが終了次第日本に帰国し、一度神奈の誕生日会へ出席してから日本のライブ会場に向かう予定だった。もう神奈の誕生日が明日なので、こうなれば一度そちらへ出席してからアメリカに戻るというややこしい手順にするしかないだろう。
「あなた達、上を見なさい!」
上を向いた葵が唐突に叫ぶ。つられて斎藤達が空を見上げてみれば二種類の光が何度も交差していた。マヤと坂下、日野については実力不足でそんな風にしか見えなかったが、葵、影野、斎藤には辛うじて誰かが戦っているのが見える。
「な、何……? 黒い光と白い光が何度もぶつかってる?」
「南野さん、あれって誰かが戦っているってことかな」
マヤと違って坂下は何度か超人同士の戦いを見たことがある。その過去の記憶から上空の二種類の光も同じようなものだと推測した。
坂下の予想に葵は「そうよ」と短く肯定する。
「影野君、あなたなら少しは見えるでしょ」
「神谷さんに比べれば遅いからね、見えるさ。あの怨念でも集まっているかのようなどす黒い魔力は忘れもしないしね」
「僕にもちょっとは見えるよ。白い光は知らないけど、黒い光は――イツキだ」
斎藤の結論にマヤが「イツキ!?」と反応する。
「イツキって……五木君達!? あの黒線みたいな光がそうなの!?」
――五木兄弟とはマヤのボディーガードをしている二人である。
メイジ学院で開かれた魔導祭にて親に見捨てられた五木兄弟は、神奈の助言と自らの感情に従ってマヤの護衛を買って出たのだ。それから三年以上、彼らの強大な力でマヤの身の安全は守られてきた。
現在戦っているのはその五木兄弟が合体して一人になった姿。当時の神奈に匹敵する程の実力を持つ赤茶髪の彼が苦戦しているとなれば相当手強いことが伝わってくる。
「おい嘘だろ! 白い光がもう一つ来やがったぞ!?」
日野が慌てて叫んだ内容は絶望的なものであった。
ただでさえ一対一でも苦戦する相手がもう一人。いくらイツキが強いといっても二対一となれば戦況は一変する。
「いや違う……さらに一つ! 三人目が来た!」
斎藤の発言で絶望は加速する。三対一などもはや勝ち目はない。
しかし予想外だったのは三人目の白光が瞬く間に斎藤達の目前へと降りてきたことだ。白光に包まれている、というか全身が光のような美しい青年。白い羽と頭上の光輪はまるで天使のようだった。
全員がその姿を見て驚愕する。美しいからではなく、明らかに勝てない相手が目前へ参上したことで目を見開く。
胴体の前で光球が生成されるのを眺める。突如現れた光天使が光線を放とうとする前に、弾かれたように咄嗟に動いた三人がいた。
葵が坂下の服の襟を引っ張って左方へ、影野が日野の首根っこを掴んで上へ、斎藤がマヤを抱きかかえて右方へとそれぞれ動く。そのおかげか丸太のように太い光線は誰も巻き込まずライブハウスを貫通する。
助けられた三人が助けてくれた三人にお礼を告げる。日野だけは若干不満そうにしていたがしっかりと言うべきことは言う。
「ニゲラ」
回避した葵は坂下を離すと一言。
瞬間、葵の周囲に突然青紫色の花が咲き乱れ、花びらが葵の全身を竜巻となって覆う。
光天使が光線を再度放つも花びらの竜巻に衝突した光線は霧散した。そして竜巻が止んだときそこに立っていた葵の姿は、青紫の花が咲き誇るドレス姿へと変化していた。
「伸びよ、ニゲラの葉!」
左手を伸ばし、手の甲に咲いている青紫の花につく葉が伸びる。棘のように鋭く尖るそれは一直線に光天使へと向かっていく。
しかし光天使は光速。体勢そのままであっさりと横に移動して躱された。
光線を放つための光球が生成されていく。
「〈囮〉!」
叫んだのは坂下だ。このままでは葵に直撃してしまうと感じた坂下は、対象の攻撃を全て自分へと向ける自己犠牲魔法を使用したのだ。
〈囮〉の効果を知っている葵は「ばかっ!」と慌てて叫ぶ。
光天使の放つ光線の威力を前に何も出来ないのは坂下も同じはずである。このままでは自分に訪れるはずだった死が坂下へと移るだけでしかない。
放たれた光線が葵には向かわず、軌道が逸れて坂下へと向かっていく。
全員が焦燥に駆られた表情をしている最中、坂下だけは笑みを浮かべる。
(これでいいんだ。二度と使うなって怒ってくれた南野さんの気持ちは嬉しいけど、僕が傷付かないでほしいと思ってくれたことは嬉しいけど……僕だって君が傷付くのを見るのは嫌なんだから)
「――自己犠牲は何も美しくないですよ」
光線が坂下へ届く――前に坂下の前に一人の少年が勢いよく降りてきた。
左目に片眼鏡をかけている少年。青のシルクハットとマント、そして右胸のところに下を向いている矢印の刺繍があるスーツを着用しているその少年は――怪盗サウス。世間を騒がせ続けている大物の怪盗である。
サウスは迫り来る光線に対し、太陽のように真っ赤な宝石を掲げた。
軽々とサウスと坂下は消滅するはずだったが、掲げられた太陽宝石に光線が吸い込まれて五体満足で立っている。
「太陽宝石は熱と光を吸収する。光線なんて格好の餌ですよ」
「か、怪盗サウス? 僕を助けてくれたの?」
「まあそうなるかな。未来の兄さんに死なれたら困るものでね」
「み、未来の……兄さん? どういうこと?」
二つ目の疑問を持つ坂下を無視してサウスは光天使に殴りかかった。
太陽宝石は蓄積したエネルギーを所持者に与える効果を持っている。そのおかげで光速を超えたサウスはあっさりと光天使の体を霧散させる。
「さーて、後は上のお手伝いでもしましょうか」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
坂下の叫びも虚しくサウスは上空へと飛び立つ。
心のモヤモヤが晴れないままの坂下だが、実は葵もサウスを間近で視認した時から心が落ち着かなかった。
「怪盗サウス……。何なの、この懐かしくなるような気持ちは……」
右胸に手を当てて葵は不思議そうな表情で呟いた。
一方、上空。白雲の下で戦い続けているイツキは着実に追い詰められている。一体でも苦戦していた相手が二体になったのだから当然だろう。しかし彼はマヤを守るという仕事に熱心なので引くつもりはない。
背後から光線を撃たれたので魔力障壁で防御しようとしたそのとき、サウスが下からやってきて太陽宝石で代わりに防いだ。
「……怪盗サウスか? なぜ怪盗なんぞがこの場所にいる」
背中合わせの状態になっているイツキは問いかけた。
「ふふ、偶然ですよ。後日盗ませてもらうお宝がある博物館の下見をしようとやって来たところ、偶然このような事態になってしまったのです。これも運命の悪戯というやつでしょう。ところでこれは一つの提案なんですが、ここは私と手を組みませんかね人造人間。お一人では大変でしょう」
「なぜ知って……いや、今は細かいことはいいだろう。一応信じて背中を任せるぞ。まあ倒した後でどうするかは分からんがな」
そうして初対面である二人の共闘が始まる。
光天使の実力は高いが相手との相性が悪い。特に太陽宝石を持つサウスは天敵のようなものだ。ほどなくして二体の光天使も消滅することになる。
腕輪「怪盗サウス、その正体……みなさんはもう知っていますよね。ところで場所は打って変わって伊世高校。次回『意外でもない救世主』!」




