362 観測者――世界の楽しみ方――
自身が用意した異空間から出て行った神代由治。
彼の向かった先は――管理世界。管理者達が普段いる場所だ。
真っ白な空間というのは転生の間と何ら変わらない。むしろ転生の間の方が専用設備があるため風景などはまだマシといえる。管理世界の方は地球並に広いのに本当に何もない。
「……まさか、汝がいるとは」
「予想外って感じ? こっちとしては予想通りだけど。一応彼らを避難させておいて正解だったかもね、にゃん」
見渡す限り白く広大な大地。いると思われていたそこに魂の管理者と転生の管理者を除いた五人はおらず、代わりにその場にいたのは一人の少女。
黒髪に突出した猫耳、黒い尻尾が生えている猫娘。――深山和猫だ。
「超次元生命体ミヤマ、噂程度に汝のことは知っている。我と同じ不老不死だということも」
「そう、こっちはよおーく知ってるにゃんよ。神代由治。色んな世界の命を絶やしまくってる世界の癌。正直さ、むやみやたらに死を撒き散らす天災なんてほんと迷惑なんだよね」
「ありとあらゆる世界に一人以上存在している汝の複製体が消えるからか。それも終わりだ。今日を持って全世界ごと、我も含め全生命が消滅するのだから」
「ほんっと迷惑だね自殺志願者ってのは。しかも全員巻き添えってのが質悪すぎ。死ぬ方法を探して実行するのは本人の自由だけどさ、お願いだからそういうの一人で勝手に自己完結してくれないかなあ」
目的は筒抜けと見て間違いないと由治は判断する。
まあ管理者を避難させていた時点で薄々察してはいた。なぜなら由治の目的、全世界と生命の消滅には管理者の力が必要なのだから。
「死は救い。全てのしがらみから解放される救済処置」
「だーかーらー勝手に死んでって言ってるの。今を満足している人だっているんだからさ。大体、今までみたいに世界を旅し続けていれば方法くらい見つかるかもしれないにゃんよ」
ありとあらゆる世界に存在している和猫だからこそそう言える。
世界ごとに何かが違う。ルールだったり、種族だったり、文明だったりと様々なものが違う。不老不死を殺せる者や道具だってどこかに存在しているかもしれない。
「……それが見つかっていれば苦労はしない。もう期待はしたくない」
「まあ君の精神が未熟ってだけだね。そんな人間みたいな思考回路したまま、普通じゃない不老不死になんかなるから後悔するんだよ。事情は聞いたけどさ、浅はかな考えで人間辞めちゃったにゃんね」
「我の話を……管理者からでも聞いたか。……そういえば会えたら一度訊いてみたかった。汝はなぜ死を求めない? もう終わりたいと思ったことはないのか?」
由治は死を求め、和猫は生を求めている。
同じ不老不死でも考え方がこうも違うのはどういうことなのか。由治は死ねるなら今すぐにでも死にたいと思ってしまうのに。
「逆に私が訊きたいよ、どうして君が死にたいのか理解出来ないにゃん。せっかく無限に生きられるんだからやりたいことを全部して、好き放題に旅して色んな人達と交流すればいい。世界ごとに文明とか生き物の考えとかが違うから飽きないにゃん。そのままその世界の自然な終わりまで行く末を見守る。それが私の観測者魂、世界の楽しみ方ってやつにゃん」
和猫はただひたすらに生きることを楽しんでいる。納得出来るかは別として、もう十二分に理解した由治は一つの結論を出す。
――神代由治と深山和猫は一生馴れ合えない存在なのだと。
「交流したところでその者らは先に死ぬ。残された我々には悲しみしか生まれないのではないのか」
「君にとってはそうなんだろうね。一々他人のために悲しめる、君って案外良い人なのかもにゃん。そしてそんな精神性だからこっち側は向いてない」
関わった者達が事故であれ寿命であれ先に死ぬのは当たり前。不老不死の存在にとっての常識のようなもの。だからなのか、和猫は周囲の者が死んだところで悲しみを覚えない、涙を流さない。彼女は他の者達と違い、一応神奈ともだがどこか一歩引いたところで関わり合っている。
「……我の計画を実行に移せば全生命を同時に消滅させられる。悲しみの連鎖は生まれない素晴らしい方法だ」
「管理者と神の加護を吸収し、新たな神として覚醒する。でしょ?」
「そうだ、そして――神の権限で全世界を消滅させる。自由の加護も万能でないためこればかりは方法が一つだった。さあ、管理者達の居場所を教えて貰おうか」
わざわざ訊いたことには理由がある。こんな問いを投げかけなくても自由の加護を使用すれば居場所など分かるし、どこだろうと即行ける。由治がわざわざ問いかけたのは和猫が邪魔をするかどうかの判断のためだ。
「どうでもいいけどさ、あの三人のところへ戻らなくてもいいにゃん? 死を目的とするなら邪魔をしてくる存在はいない方がいいでしょ?」
「笑止。すでに戦意は削いだ。テンも管理者を吸収した後で迎えに行けばいい」
神音とゴッデスがもう戦う気力がないのは確かだが、まだ神奈がいる。
由治はもう一人の存在をあまり気にかけていなかった。一度試した結果問題ないと判断したのだ。仮に何をしてきても、せいぜい周囲を飛ぶ羽虫程度の邪魔が精一杯であると思っている。
「神奈さんを舐めてると痛い目見るよ」
先程からのへらへらとした態度が一変し真面目な表情になった和猫に、由治は「何?」と目を細める。
「あっ、さっきの答えまだだったにゃん。管理者の今いる場所だっけ?」
もう和猫は笑みを浮かべた先程の態度と表情に戻っていた。
「教えなーい! にゃん!」
邪魔をするという意味だろう返答を告げた瞬間、和猫は由治を後方へと蹴り飛ばす。
蹴ったといってもその唐突な蹴撃はゴッデスより遥かに強い。純粋な力による死はないと少し前の戦いで確信している由治でも驚愕の表情を浮かべる。そしてさらにその驚愕を強める出来事が発生する。
(背後に時空の穴!? いつから……。それよりもいったいどこへ……!)
蹴り飛ばされた方向に異空間へと繋がる時空の穴が作られていたのだ。
何かをする動作も確認出来なかったのはそういう技だからか、それとも単に動体視力が追いつかなかったからか。どちらにせよ由治は黒い渦のような穴へと吸い込まれていった。
腕輪「ミヤマさん、あなたも不滅というわけですか。いつか神奈さん達に全てを打ち明けてくれる……わけもないでしょうね。だってあなたは我々とは一歩引いた場所で接しているんですから。……次回『腕輪争奪』。神奈さん、神奈さんは私のこと本当に大切に思ってくれていますか?」




