361 頂上決戦2――残された策――
予想外に殴り飛ばされたゴッデスは地を勢いよく転がり倒れ伏す。とはいえ、倒れてからすぐによろめきながらも立ち上がり由治を見据える。
ゴッデスの表情は攻撃を受けたことへの驚愕一色。神に選ばれたと思い込んでいる彼には漲る自信があったのだ。どんな相手にも負けるはずがないという絶対の自信。それは揺らがなければ精神を強靭にするが崩れれば脆弱にする。
「バカな……この私が一発とはいえ殴られるなど、加護が働かなかったとでもいうのですか」
絶対の自信が揺らぐ。
彼の持つ加護の中には回避の加護というものがあった。どんな危険や攻撃でも避けられるという心強い能力を持つ。だというのに殴られた事実は彼を追い込む。
「ありえない、ありえないのですよそんなことは! 偉大なる神々より授けられしお力にいいいぃ、反逆者如きが打ち破るなどおぉ、あってはならない……の、です! 超越の加護おお!」
またゴッデスの戦闘能力値が何倍にも膨れ上がる。
切羽詰まったような表情になったゴッデスは殴りかかり、由治の右頬へと拳がクリーンヒットした。しかし直後に殴り返されて仰け反った。
「ぐっううぅおぉおお……! 超、越!」
反撃を受けてしまうのはまだまだ劣っているからだ。それならばもっと今の自分を超越してしまえばいい。
兆を超えた戦闘能力値の拳が由治の胸部へとめり込み――脳天に手刀を振り下ろされる。
両手で頭を押さえたゴッデスは涙目になりつつ悶絶してしまう。
「ふむ、違和感がある。いくら耐えようと汝の自由だがなぜここまで耐えられる。超越、防護と複数の加護を持っていることからまた加護によるものか」
「どう、でしょう、ね!」
涙目のゴッデスは蹴りを叩き込もうとする。
使用したのは超越、瞬動、怪力、疾走、撃滅、増強の加護。つまり先程よりも速く強い一撃であったのだが由治は最低限の動きで躱してみせた。
決してゴッデスの体術が未熟なわけではない。彼の持つ加護の中には体術が超一流になるものもあり、才能が芽生えるものもあり、急速に成長するものもあるのだ。単純な力関係なしに戦闘技術は神奈や神音よりも遥かに高い。
ただ由治に宿る自由の加護がそれを上回らせているだけだ。
「鉄壁の加護か」
由治の告げたそれこそゴッデスへのダメージ浸透率が低い理由。
鉄壁の加護とは持ち主へ加わる衝撃やダメージなどを九割カットする。由治の反撃が致命傷レベルなものであっても少し痛い程度、即死レベルなものでも涙目になる程度で済む。
「な、なぜそれを……まさか、まさか私と同じで知欲の加護を」
「あらゆる加護は一つのみゆえ同じというのはありえない。我が持つのは自由の加護、不完全な全能。だが他に存在する加護のほとんどを再現するくらいわけないものだ」
知欲の加護は自分が知りたい事柄を知ることが出来るもの。それを自由に再現出来る由治からすれば、相手が初見殺しの能力を持っていたとしても事前に知れる。当然ゴッデスの持つ加護全てを知ることだって可能である。
手札を全て知った由治は軽い動作で裏拳を繰り出す。ゴッデスは回避も防御も出来ずに強烈な一撃を受けて吹き飛んだ。血を吐いて転がったゴッデスは、初めてまともなダメージを受けたことですぐに立ち上がることが出来なかった。
「ぐぼっ!? がああぁ、神、神よ。この試練を乗り越えるにはどうすれば……。何卒、何卒天啓で先をお示しください……」
「何を信じるも汝の自由。だが神などという者は存在しない」
「……はい、超越ではなく別の加護を。承知致しました」
ダメージを加護により回復しきったゴッデスは立ち上がる。
「健康の加護か。怪我や病気を治療するその力、汝には悪いが使用を禁じさせてもらおう」
「今さら遅いですよ。神からの啓示に従い今度こそあなたを滅しましょう」
「……なるほど、悪趣味な連中だ。この場所を覗き見しているのか。そんなに手塩にかけて育てた最終兵器の壊れ様が見たいとは」
管理者達がこの戦いを見物しているのを由治は察した。
考えてみれば当然だったのだ。目の敵にしている存在の消滅を報告だけで信じるわけもない。心境は分からないが強い不安を抱えているであろうことは由治でも分かる。
「それにしても、今この時すら管理者達の指示で動いているとは。とんだ傀儡もいたものだ。汝が何に従おうと自由だがそれは真の自由に不必要。取り除くのは我の役目か」
何かに気が逸れた由治。その隙を見逃さない者が一人。
神音は「今しかない」と口にし、覚悟を決めた瞳で敵を見据える。
「消えてなくなれ自由人、この世界ごと! 世界終焉!」
そして開かれるは禁断の魔導書の最後のページ。
攻撃の気配を感じ取り由治が振り向くがもう遅い。もう何を使用と神音の発動した魔法は止まることなく蹂躙を開始する。
――世界が輝いた。
光源となるものはない。強いてあるとすれば世界そのもの。
白くなり、次第に強烈な閃光に包まれる世界は超巨大な爆弾のようであった。
音が消えた静寂の空間と成り果てた神奈達がいた場所、いや宇宙全体が爆発する。全てを呑み込んだ光はやがて薄くなっていき暗闇と化す。
暗黒に染まった世界。神奈はただ黙して見守ることしか出来なかった。動く時間がなかった程というより、どうやれば止められるのか分からなかったという方が正しい。
植物、動物、大地、海、太陽、そして空気すらも、宇宙に存在している全てのものが先程の光に呑まれて消滅してしまった。その光すら消えた今、神奈の視界には無事であった二人の姿しか映らない。
魔法使用者本人である神音は副次効果といっていいもので生存している。ゴッデスは神奈と同様に加護のおかげで生き残っている。しかしあれ程圧倒的な力を秘めていた由治の姿はない。
本当に倒せたのかと神奈は考えたいところだが、現在空気すら消滅しているので呼吸が苦しくなっていく。右手を口元へ持っていき、酸素を生み出す魔法〈オキシド〉を使用して裏技染みた呼吸をする。
(いったい何が……。世界が一瞬でおぞましい暗黒に……)
空気の消失した世界でゴッデスが魔法なしに平然としているのはもちろん加護の効力。
呼吸の加護と呼ばれるそれは、どんな状態状況であろうと呼吸出来るシンプルなもの。だが蓋を開けてみれば生存に必要な酸素などを無から生み出し、人体に害あるものを取り込まない便利な力だ。
他にも無重力や暗闇など問題点があるとはいえ、それらは適応の加護というものによってなんの異常も及ぼさない。
(〈世界終焉〉。禁断の魔導書の最後に載る一つの世界を無に帰す究極魔法。これで奴を倒せているなら後は簡単、〈世界始動〉で世界創造を行えばいい。しかし……もし、この宇宙ごと消滅させても無駄なのだとしたら……)
文字通り、世界の終焉。最強の手札。
これ以上の破壊は不可能。不老不死への対処法をもう他に思いつかない。
(世界が消えたってことかよ、星もないってことは……もうここは宇宙ですらない暗闇。宇宙の黒じゃなくてただの黒、いや色ですらないのかもしれない。ここまでの規模で攻撃するなんて神音のやつ、相当焦ってたってことか。……頼むぞ、いくら不老不死だからって世界ごと消滅しちまえば終わっていいだろ)
一つの希望を抱く神音。ゴッデスも神奈も次第に状況を理解していく。
状況を見守り、ついに倒したかと三人が緊張の糸を解いたその時だった。
(……ん、なんだあれ)
闇の中でも視界良好な神奈は何かを視界に捉える。
それは無から生まれた球体。徐々に大きくなっていくうえ変形していく。ぐにゃぐにゃと絶え間なく形を変え続けること数秒、それは人間のようになってから変形を止める。
神奈はまさかと息を呑み行く末を見守り続けた。
人間の形のそれに色が出る。髪や歯などが一本ずつ生え、その他人間にあるものが生成されていく。もうここまでくれば疑いは確信へと一変する。
神代由治は無からでも蘇るのだ。肉体と魂が消滅してもまた生まれるのだ。
「――よもや世界ごと消滅させてくるとは恐れ入った」
声。空気の存在が消えた今、届くはずのない声が三人の耳に聞こえた。
視界が黒一色の神音と違いゴッデスは由治の姿を目に入れる。
モデルのような長身とスラッとした手足。一種の芸術品と見間違う程の白い肌。その姿で誰なのか分からない程愚鈍ではない。
「やはりただ消滅させるだけでは無意味なようだ。新たな発見をさせてくれたことには礼を言おう。……とはいえ大賢者、何も見えないままでは不便だろう。しっかりと光を浴びなければ何一つ捉えられないのが、汝ら人間なのだから」
軽い動作で由治が手を叩く。
パンッという音がして――世界は再生した。
一瞬で戦闘前の景色、若草が風で靡く広大な草原へと一転したのだ。
太陽も復活したことでいきなり差す日光が眩しく感じた神音は、思わず両目を二秒程瞑ってからゆっくり開く。
平然としている由治の姿、そして元の緑溢れる大地を視認して強烈なショックを受ける。
世界を再生させることなど由治にとって日常の動作となんら変わらない労力。それが神音には一目見ただけで理解出来て、自分がしていたことが愚者の無駄な足掻きでしかないのだと心に刻み込まれた。
両目を大きく見開いた神音は驚愕一色の表情から動かず、両膝が無意識に折り曲げられて草上に座り込む。
見たことのない姿に神奈は思わず「神音……」と心配そうに名を呟く。
「さて。ゴッデス、だったか」
由治の視線がゴッデスへと向けられる。
怯えることなくゴッデスは不敵な笑みを浮かばせ、右手を由治へ向けると紫紺の球体エネルギーを手から生成。そして直径二十メートルはあろう巨大な魔力弾を放ち、もう一発、さらに一発と連続で撃ち続ける。
「ふふっ、先程指示を受けた攻撃方法です。必中の加護、あなたが避けようとしても百パーセント命中しますよ。それに加えて無力の加護であなたの力を打ち消し、魅了の加護で反撃させる気力すらなくす。一方的に蹴散らせるこの加護と神の知恵は本当に素晴らしい」
大爆発を起こし、せっかく元通りになった草原を焼き払う。
爆炎と黒煙に包まれた敵。勝利を確信しているゴッデスは無抵抗で受けた由治を鼻で笑い、今頃灰塵になっているだろうと思い込む。
「――その程度、避ける必要もない」
しかし届いた抑揚のない声で余裕は崩れる。浮かんでいた不敵な笑みは欠片も残らず、警戒心が色濃く表情へと滲み出る。
「もう単純に強いエネルギーで我が死なないと証明されたも同じ。もはや我が汝の攻撃を受ける意味は消失した」
「……強がりを。瞬く間にそれが思い上がりだと証明されますよ。なにせこの私は神々から選ばれ、愛され、使命を請け負う心清き人間なのだから」
魔力弾を撃つのを止め、ゴッデスの右手の力が抜けて下がる。
攻撃が止むと由治が指を鳴らし草原が復活した。
「汝の心の支柱は管理者達か。丁度いい、どうせこちらも用があったのだから我が直接出向こう」
「ふっ、神々を相手にしようとは愚かな。そう思いますよね神よ。……神よ、先程からお声が届かないのですがどうかしたのですか。……神? ……何かあったのですか、何卒私にその美しきお声をお聞かせ願います!」
ゴッデスにとって管理者達は何よりも大事な存在。
熱烈な信者である彼は日々の会話ですら至福としていた。ゆえに自身から話しかけたとき何の返答もなければショックを受ける。
「……不憫なものだ。見捨てられたか」
「黙れ、あの御方達が敬虔な信徒である私を見捨てるはずがない!」
もしそうなれば絶望しかない。ゴッデスはいやも応もなくそんな結果を受け入れない。
「きっと何かがあったのだ。こちらに構えなくなる程の重大な何かがあったに違いない! 神よ、今すぐこの私が駆けつけます!」
まずは知欲の加護で管理者達の居場所を突き止める。それからどんな場所にでも行くことの出来る移動の加護でそこへ向かう。
加護人間と化しているゴッデスなら容易く行える――はずだった。
「……な、なぜ……なぜ加護が発動しない!?」
いくら使おうとしても知欲の加護は発動しなかった。続けて異常を確かめるべく、それ以外の常時発動するタイプ以外の加護を発動しようとするも同じだ。
異例の事態で混乱に陥るゴッデスへと由治から説明する。
「無駄だ。汝では我を殺せんことが分かった以上無駄な邪魔はされたくない。ゆえに、汝の持つ加護全てを無力化するも、これから管理者達の元へと向かうも我の自由」
由治は目前に煌めく純白の穴を無から作り出し、そこへ何の躊躇もなく入っていった。そして由治が入った直後に純白の穴は小さくなって最終的に消えてしまう。
残された三人に助かったという気持ちはない。あらゆる世界に死をもたらそうとしている目的を持つ以上、必ず自分もいつか殺されるのだから。
「あぁ、神から授かりし偉大なるお力が使えないなど……あってはならない事態だ。神々からのお声が聞こえない、何かあったはずなのにすぐさま参上出来ない。あってはならない……」
ゴッデスは神音と同じように呆然とし、両膝を草上につけて座り込む。
「神、神よ……どうかまた私にお力を、その、お声を……。大丈夫だ、神は滅びない、永久に私達信徒を奮い立たせてくれる素晴らしいお方なのだ……」
「勝てるはずがない。あれはもはや怪物などという言葉では言い表せない。最初から、ただの人間である私達が戦えるような相手ではなかったんだ。ああ、なんて愚かしい……」
俯いて両膝を草上につける二人のことを神奈は交互に見やり、最後に由治が先程までいた場所へと視線を向ける。
「……どうすりゃいいんだよこれ」
呆然としている神奈は思わず呟く。
先程までの激闘など嘘のように草原を静かな風が吹き抜けていった。
腕輪「どうすりゃいいんですかねこれは……。おっと、次回由治さんと対峙するのはあの人ですか。次回『観測者』。……終章の中で神奈さんの見せ場あるんですかね?」




