360 頂上決戦1――最強VS最強VS最強――
「大賢者。管理者の最終兵器。招かれざる客ではあれど実力は申し分なし。仕掛けるのはどちらからでもいい、この世界には我々以外に生命体が存在しないので思う存分全力を出すといい」
由治は神音、ゴッデスの順に視線を向けては逸らす。
現在、三人の位置を繋げると大三角形が出来上がり、神奈は神音の三歩程後ろにいる。割って入ろうにも三人のぶつかり合うエネルギーが強大すぎて息を呑むことしか出来ない。
戦闘能力を測る〈ルカハ〉で三人を神奈が見た結果。
神野神音 総合戦闘値 4000000
ゴッデス 総合戦闘値 2800000000
神代由治 総合戦闘値 1000000
(数値を見れば神代由治が一番弱く、ゴッデスが一番強い。弱いっていっても私の約二倍だし普通に強いけど、あくまでも数値は肉体強度やエネルギーの強さの合計。特殊能力や戦闘技術は入らないから実際のところ誰が一番強いのかは分からない。……でも数値じゃないって言ったってあそこまでの差は)
周囲に浮かぶ究極の魔導書三冊で大幅に強化されている神音は強い。実際に魔導書抜きで戦った神奈にはそれが分かるが安心出来ない。
今回倒すべき由治の数値は三人の中で一番低い。そしてゴッデスや神音の強さは破格。本来なら安心しきっていいレベルの差であるが、どうにも神奈には由治が数値通りの強さと思えなかった。
「先手は貰おうか。〈獄炎の抱擁・弾〉」
いつまでも睨み合ったままでは埒が明かないと痺れを切らし、神音は一つの究極魔法名を告げる。
周囲に浮遊している三冊の内、攻撃の魔導書が独りでに開く。強風が吹いたかのように一ページ目から勢いよく捲られ、神音の言い放った魔法のページで静止した。
そして神音の頭上に直径十メートルはあるどす黒い炎塊が出現し、微動だにしない由治の方へと素早く発射される。
どす黒い炎塊は直線状にいる由治に直撃した。
瞬く間に由治は黒炎に包まれ、大きな火柱が立ち昇ると共に足元にある雑草に燃え移り、辺り一面草原だった場所が黒炎の海になってしまう。
「あらゆる物質を焼失させるまで消失しない地獄の炎。これで終わり、と言いたいところだけれど」
黒炎の海の中でも燃え続けている由治以外は無事だ。
神音は透明な魔力障壁を張っており、神奈とゴッデスの足元には黒炎が接触してすらいない。そして黒炎に包まれて焼け死ぬかと思われていた由治も、少ししてから周囲の黒炎を消し飛ばして無傷の姿を晒す。
「……そう甘くないよね」
「全て燃やし尽くす特異な炎でも我は死ねぬようだ」
無傷で現れた由治が右手を頭上へと掲げると、もう草を燃やし尽くして消えようとしている黒炎が右手の先に集まっていく。
あっという間に集約した黒炎で作られた球体。その大きさは神音の放ったものの半分程度だが人間を焼き尽くすには十分すぎる。
「どれ、今度は汝らにもこの黒炎を味わってもらおうか」
そう言った直後、黒炎の球体が大きさを変えず――三つに増えた。
一つの球体が三つに分けられたのではなく本当にいきなり増殖したのだ。
増殖した荒ぶる黒炎の球体は右手が下ろされると同時、神奈達へと一直線に飛んでいく。
飛来してくる黒炎に対して神奈は防御の構えをとり、ゴッデスは棒立ちのまま迎え入れる。二人はもちろん黒炎に包まれるのだが体へは届かず、黒炎が消える数秒でその身に火傷一つ負うことなかった。
「〈消滅の光〉!」
一方神音はといえば、黒炎に右手を向けて純白の閃光を放った。
攻撃の魔導書が独りでに再度捲られてから放たれたそれは、先程の〈獄炎の抱擁・弾〉と似た効果であらゆる物質を消滅させる危険な光。向かってきた黒炎ごと由治を呑み込み、閃光が消えたときには由治だけが無傷で残っていた。
「くっ、やはり効かないのか」
「今のは細胞が一つも余さず消滅したのか。まあいい、我が無事だという事実よりも、汝らが無事という事実の方が驚きに値する」
「ふふふ、これも偉大なる神々のお力。防護の加護を持つ私には属性攻撃など効きません。さて、次はこちらの番ということでよろしいでしょうか」
防護の加護という言葉に腕輪が疑問を持ったものの、それについて考える間もなく次の攻撃が始まる。
「瞬動の加護」
そう呟いたゴッデスは一瞬にして由治の背後へと回った。
ゴッデス程の戦闘能力を持っているなら加護など使用しなくても一瞬で移動出来るだろうが、彼は神と信じる管理者達からの贈り物として必要ない場面でも使用する傾向にある。
「把握の加護」
背後へ移動したゴッデスは由治の肉体構成を細部まで把握し、臓器や血管の位置を全て理解する。そし背中から骨や肉を貫通させて手を通し、心臓へと一気に伸ばして掴み取っては引き抜いた。
「さようなら、神への反逆者」
ドクンドクンと脈打つ心臓をゴッデスは躊躇いなく握って破裂させる。
貫通した穴から真っ赤な鮮血が噴き出し、破裂した心臓のせいで手は血塗れになってしまう。だが実際のところ血は付着することなく黒焦げの地面へと流れ落ちていく。
清潔の加護によりゴッデスの体と身に纏う衣服などは汚れない。水を弾く新品の傘のように血を弾き、白い手は先程まで血塗れだったなど信じられないくらいに綺麗だ。
使命を果たせたことに内心歓喜し、黒雲が全て終わったと教えるように晴れてきた空を見上げて笑みが深くなる。
「これだけで終わりなのか? 狂信者」
しかしゴッデスの笑みは消え失せた。動揺を隠せない表情になって由治の方を見やると、貫いたはずの傷が完治している姿が目に入る。
「どういうことです……確かに、心臓を」
「基本的な情報を教えてもらっていないようだな。心臓を破裂させた程度で死ぬのなら我はとっくに死んでいる」
「ならば脳を破壊させていただきましょう!」
心臓を潰して死なないというのなら、体を動かすのに必須な脳を破壊すればいい。そう思ったゴッデスは由治の額を素手で貫く。
生物なら心臓や脳はデリケートであり重要部位。破壊すればどんな生物も死に至るはずであるのだが、この世には少なからずどんなことにも例外がある。
「無駄なことをするのも汝の自由」
頭を腕が貫通している状態で由治は平然と口を動かす。
そのままの状態でもなんら影響がないので意味はないのだが、痛みなどが鬱陶しいという理由で後ろに下がって貫通している腕を頭から外す。栓の役割をしていた腕が抜かれたことで血液が噴き出しては、貫通の傷がみるみると塞がって血は数秒で止まる。
「もはや我の心臓や脳は飾りにすぎない。心臓がなくても生き、脳がなくても動く。臓器などの破壊は無意味だと思っていい」
「……再生ですか。ならそれが追いつかない速度で攻撃するのみ」
不老不死に由来する再生能力。それを上回る速度での攻撃なら通用するはずだとゴッデスは思考している。
実際上回るのは実に簡単なことだ。由治が反応するまでに拳や蹴りなどを万単位で浴びせ、由治の肉体を一瞬でひしゃげさせた。さらに粉微塵にするまで攻撃しようとし――ゴッデスがいきなり後方へ吹き飛んだ。
「な、いったい何が起きたというのです……」
訳も分からず数メートル吹き飛んだゴッデスは困惑の表情になる。
一方、全身がミキサーにかけられたかのような姿から由治は元に戻る。
「その程度で殺せると思うも汝の自由。だがその程度では我を殺せない。我の息の根を止めたいのならばその数倍以上の力が必要になってくる。もっともそれ程の力を受けたことがないだけで通用するかは知らないが」
「数倍……たった、それだけでいいのですか?」
無理な話だろうと高慢な態度をとっていた由治は「なに」と目を丸くした。
本来実力を上げるには地道に努力するかドーピングするしかない。もちろん今そんな時間はないので容易なパワーアップなど出来るはずない。だがそれを可能とするのがゴッデスの持つ加護の一つ。
「――超越の加護」
それはありとあらゆるものを今の状態よりも強力にしてくれる加護。
この加護があれば限界など無視してどこまでも強くなれる。そんなものを使用したゴッデスの戦闘能力値はおよそ五倍に跳ね上がった。
「おぉ、それは」
感想を零す前に由治の頭部は消し飛んだ。
ゴッデスが何をしたのかといえばただのデコピン。今の彼にはそんな程度の動作で強者を粉砕する程のパワーがある。
「今度こそ終わりです」
拳の一撃を放っただけで由治の肉体はあまりのダメージに破裂する。
風船が割れるかのように弾け飛び、少量残った皮膚がひらひらと花びらのように舞う。そして遅れてきた衝撃波により黒焦げの地面が直線状に大きく、地平線の彼方まで抉れていく。
あまりの威力に呆然とする神奈と神音は本当に倒したのではと愚かにも考えた。早く倒れろ、そう思いたくなるくらいに神代由治という男は怪物染みた力を秘めている。
「反逆者などいつの世も惨めな最期を迎えるもの。神の怒りを買ったことを後悔し、己が愚行を反省しなさい。せめてその魂が来世では純粋な信徒として生まれ変わるよう願いましょう」
閉じた瞳から涙を流すゴッデス。しかし「残念だ」という呟きが背後から聞こえてきたのでバッと振り返る。
「……どうやら、これ程の力でも死ねないらしい。想像以上の力だったのでもしやとも思ったのだが本当に残念だ。やはり我に死は訪れないのか」
ゴッデスの背後には由治が何事もなかったように佇んでいた。
相変わらず無傷の状態で復活するその姿に三人は驚くしかない。
「驚きましたよ、よもやあの状態からも蘇るとは。しかしそれなら何度でも、あなたが復活出来なくなるまでこの拳を叩き込むのみ」
そう告げてゴッデスが再び拳を振りかぶろうとしたとき異変に気付く。
なぜか由治は誰のことも気にかけることなく自身の指を眺めているのだ。由治の様子がおかしいと感じたのは神奈を入れて二人。そうさせた張本人である神音は緊張で固くなりつつも右手を向けている。
「禁術、生命老化」
変化が訪れないまま数秒。
何も起こらないので効かないと思いきや、由治の右手の五指にシワが現れる。ただしそれは僅か二秒程度で消えてしまった。
由治は「なるほど」と呟き神音の方を一瞥する。
「そちらの大賢者、不老不死と知りながら老化を早める魔法とは随分と思いきったな。ほんの少しでも効果が出たことこそ奇跡のようなものだが、やはり意味はなかったようだ」
物理も含め直接的な攻撃の効果が薄いから特殊な魔法で攻めた神音。
傍に浮いている禁断の魔導書を閉じて、もう魔力の無駄なので魔法を中断する。
「今のって?」
「単純に老化促進効果のある魔法だよ。対象の肉体のみならず魂すら老衰させる禁術。……さて困ったな、こうなると属性魔法も特殊系統魔法も効き目がなさそうだ。あと効き目がありそうな魔法といえば……」
脳裏に一つの魔法が過ぎる神音はそれを使用するのを躊躇う。
渋い顔をしたのはその魔法があまりに強大すぎるためだ。仮にそれが効けば即死だが、効かなければ戦況が不利になる可能性は高い。そうしてどうしようか神音が思い悩んでいるうちに戦況は動く。
「何があったか知りませんが余所見とは。傲慢にも程がありますね」
ゴッデスの強力な連撃が放たれる。防御も回避もせずまともに受けた由治はまたも消し飛ぶ――ことはなく平然とその場に立ち続けていた。
先程と違う結果にゴッデスは「なっ!?」と驚愕する。
「ああ、すまないな。先程の力で我は死ねんようなので受けてやる意味はない。薄々理解していたが単純な力では死ねないのかもしれんな」
「ならばさらに強くなるまでです。あなたの力が及ばなくなるまで今の私を超越する! 超越の加護よ、私に力を!」
またも数倍に膨れ上がった戦闘能力値。
圧倒的な力を手に入れたゴッデスは再び殴りかかり――殴り返された。
「限界をいくら超えようと汝の自由。だがそれを超越し返すのは我の自由」
腕輪「ついに始まった強者同士の戦い。しかし由治さんの力は圧倒的であり、神音さんやゴッデスさんは追い込まれていく。神奈さん、今こそあなたの力を見せるときです! 今こそ覚醒してチートパワーに目覚める時なんですよ! あ、無理ですか。次回『頂上決戦2』お楽しみに!」




