359 参戦――打倒、神代由治へ向けて――
静かな風が吹いて雑草が揺れ、草原全体が波のように蠢く。
その快晴で寝転べば気持ちよさそうな草原地帯を目にして呆気に取られている神奈へと、背後からいきなりエネルギー弾が飛んで来て爆発した。
「うわああああっとととおっ!?」
ダメージはないにしろ爆発の力で神奈は吹き飛ばされる。
一気に草達へとダイブすることになった神奈は地面を転がると、素早く起き上がって自分がいた方向を見据える。
「ここは我が創造した世界。魂宿りし生命体が存在しないここならば、汝が周囲を気にすることなく全力を出して戦える」
「そりゃお気遣いどうも……」
草原にミスマッチな扉とリビングから歩いて出てきた由治。
草に足をつけると同時、指を鳴らすと神奈の家のリビングと扉は光の粒となって消え失せる。さすがにそれには「私の家ええ!」と悲鳴を上げた。
「さあ、汝の全てを見せてみよ」
「言われなくても全力でぶっ飛ばしたらあああ!」
怒りを露わにした神奈が駆け、素早く距離を詰めると由治の腹部に拳を繰り出す。
回避も防御もせず直撃した由治は吹き飛び、何度も草の上を転がってから動かなくなった。
(あれ、弱い……?)
「油断しないでください神奈さん。由治さんは戦おうという気が今ないだけです。おそらく相手の実力を試している段階でしょう」
違和感があったのはそのせいかと神奈は納得する。
しかしいくら相手を試すとしても無防備に攻撃を受けるなどリスキーすぎる。もしその攻撃が即死するか致命傷を与えるレベルの力だったり、固有魔法などの特殊能力があったらどうするつもりなのか。不老不死ゆえに出来ることであり、少なくとも神奈はやろうと思えない。
「なかなか、強い殴打だった」
殴り飛ばされた由治がゆっくりとした動きで立ち上がる。
「しかし今のが全力なのか? 我を殺せると思い放った攻撃なのか?」
「……は、まさか」
強がってみせる神奈だが初撃は紛れもなく全力の一撃。不老不死だからかノーダメージの様子でいられるとショックを受けてしまう。
(ていうか不老不死ってどうやって倒すんだ。あれが効かないとなると打撃全般意味ないんじゃ……。一か八か、超魔激烈拳でも打ち込んでみるか……?)
「――やめておきなよ」
右拳を一度開いてから再度握る。後ろに引き、全身の魔力を右拳へ集約し始めたそのときだった。
既知の声が耳に届いたので振り向いてみれば後ろには純白の巨穴。渦を巻くそこから現れたのは黒髪黒目、黒い服という黒ずくめの少女――神野神音。
前髪に花の髪飾りを付けている彼女の服装はあまりお洒落しない性格からは珍しく、明らかにどこかへ出掛けていたのだということが神奈には分かる。
「君の使う超魔激烈拳はデメリットが大きすぎる。もし一撃で倒せなければどうするつもりだい」
「お前、どうしてここに……」
「奇妙でいて強大なエネルギー反応を感じたから飛んできたのさ。君の家に行っても誰もいないから焦ったけど、魔法を使用して位置を割り出してやって来てみれば案の定。厄介事に巻き込まれていたわけだ」
神音が使用したのは禁断の魔導書に載る禁術二つ。
まずは生命の居場所を探る〈生物探索〉。そして神奈の場所を割り出した後であらゆる場所へ移動できる〈理想郷への扉〉だ。この二つの究極魔法を使用すれば誰の元へだろうと赴ける。
「汝は……なるほど、大賢者と呼ばれし男。いや今は女か」
「どうやら私のことは知っていた、いや今知ったのかな」
「汝は我の邪魔をする気か」
「そうなるね。神谷が戦おうとしているということは、君が何か碌でもないことをしようとしているんだろう?」
これまで神音は神奈の戦いを見ている。決して正しい相手へ暴力を振るったりする者でないこと、間違っている相手は止めようとする者なことを知っている。
すでに戦闘していた時点で由治の方が悪人であると神音にはフィルターがかかっている。
「全生命に死を、真の自由を与える。これが悪であると?」
「……歪んでいるね。まるで昔の自分を見ているようだ」
神音もかつて全人類を滅ぼそうとした経歴がある。今でこそ人間と仲良くなろうとしているが、かつてそう思っていたからこそ心が歪なことを誰より理解出来た。
「一緒にするのは汝の自由。だが我は汝と違う。復讐ではなく救済なのだから」
「全てを知りながら否定するのか。まあ私は君を知らないから否定しないけど、大量殺人を救済と言ってのける君の精神のおぞましさだけは理解した。何があったかはどうでもいいけれど、案外誰かと関わることで心が晴れるかもしれないよ」
「そう思うも汝の自由。だが誰かと関わることで心が曇ることだってある」
一理あると二人は思ってしまう。
他人と関わって良いことばかりあるわけではない。時に辛いことも悲しいこともある以上、誰かと友達になれば救われるなんて甘い考えだ。
「どうやら説得は不可能らしいね」
「……ああ。物理で目を覚まさせるしかない」
「同感。でも、君は下がった方がいい」
戦うなと言われたも同然の神奈は「なんで」と焦って問う。
由治の実力は未知数。底知れない相手に対し一人で戦う必要などない。
「……はっきり言って足手纏いになる。あれはヤバい」
まさかの戦力外通告。神音がそこまで言う程なのかと神奈は目を剥いた。
そこでヤバいというふわっとした表現に腕輪が補足を入れる。
「確かに今の神奈さんでは勝てないかもしれません。由治さんに与えられた加護は――自由の加護。ほぼ全能に近い力を持っています」
「自由の加護、聞いたことはあるね。加護の中でもトップクラスに凄まじい力を秘めているらしい。神の系譜を失っている今の私がどこまで太刀打ち出来るやら……」
「そ、そんな相手なら尚のこと私も」
「分からないのかい。邪魔になるということが」
そう言うと神音が魔力を開放し、三冊の分厚い本がふいに現れた。
斎藤から預かっている攻撃の魔導書。そして元から所持していた召喚の魔導書、禁断の魔導書。これら三冊の究極の魔導書は持っているだけで絶大な力を与えてくれる。
神音が凄まじい魔力を開放した影響で天候が荒れ始めて黒雲が現れ始めた。風も静かだったものが段々と激しくなっていく。
今までより遥かに、死者蘇生で蘇ったときよりも強い魔力に神奈も一歩後退る。
「――失礼。その戦い、私も交ぜて頂きたい」
黒い時空の穴が上空にゼロから出来上がっていた。
三人がそちらへ視線を向ければ一人の青年がゆっくりと登場する。
白を基調としたローブという聖職者のような服装。首には金のネックレス。優しそうな笑みを顔に貼りつけているその青年が纏う雰囲気が異質だ。人間であるのだろうが種族を超越したかのような、神性を秘めているかのようなオーラがある。
その青年は重力の影響を無視してふわっと地面に降り立った。
只者ではない力を感じ取り神音は「誰だい、君」と問う。
「……ほぅ、管理者達の差し金か」
「管理者……ああ、神々のことですね。知っていたのですか。いえ、今知ったのですね。どうも初めまして、私の名はゴッデス・GGGGG・クレストリア。長いのでゴッデスと呼んで頂ければ嬉しいですね」
青年――ゴッデスは三人のことを順番に見て軽く会釈した。
そんななか神音は新登場したゴッデスの実力を見破り戦慄する。
「神代由治、私はあなたを滅する使命を持っています。しかしその前にお願いです、どうか偉大なる神々の元へ自首して頂けませんか。反省し、真摯な心を持てばきっと安らかな死が待っています」
「管理者が我を殺せないのは検証済み。行く理由はない」
二人が話しをしているうちに神音は少し後ろにいる神奈へと口を開く。
「……神谷、あの男を〈ルカハ〉で見てみなよ」
「あいつを……? まあいいけど」
どういった意図があるのか疑問に思いつつ、神奈は言われた通りに戦闘能力を測る魔法〈ルカハ〉を使用してゴッデスを見やる。
身体能力、魔力の二つを合計した総合戦闘値。視界に入るそれを一桁ずつ数えて神奈の顔は青褪めていく。全て数え終わると「は?」と間抜けな音が喉から出てしまう。
「……に、2800000000?」
「まったくとんだ怪物が来たもんだよ。今は味方と考えていいだろうけど、敵だったらと思うと背筋が凍るね」
まさに怪物と評せるレベルの数値だ。今まで神奈が見てきた相手の中には億越えの存在などいなかった。それどころか一千万越えもいなかった。敵だったら背筋が凍る程度では済まない。
「それでは仕方ない。偉大なる神々に反抗する愚者として、このゴッデスがその生命に終わりを告げましょう」
もうあいつ一人でいいんじゃないかなとすら神奈は思う。
自分より遥かに強大な戦力が味方という事実。しかし心強いと思う反面若干の不安もある。ゴッデスという人間をよく知らないためこの後も味方でいてくれるか確信が持てないのだ。由治を倒した直後に牙を剥く可能性だってある。
一抹の不安を抱えながら神奈は一歩退き、これから始まる戦闘に後れを取らないよう目を凝らした。
腕輪「大賢者、管理者の使徒、二人の強者が乱入して混沌としている戦場。最強同士の激突が今始まる! 次回『頂上決戦――最強VS最強VS最強――』! そう、つまり神奈さんはその最強の中に含まれていないですね」




