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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二.三章 神谷神奈と山菜ツアー
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31.23 喧嘩後はだいたい気まずい


 絶交宣言から二日経った月曜日。

 宝生小学校に登校途中の神谷神奈は秋野笑里と待ち合わせ、合流してから歩き出す。これはいつもの流れである。

 他愛ない会話を広げている二人の前に夢咲夜知留が現れた。これはいつもの流れではない。


「あっ、夜知留ちゃんやっほー!」


「おはよう秋野さん。それに……神奈さん、おはよう」


 現在、神奈が一方的に絶交宣言しているため二人の態度はぎこちない。

 普段なら爽やかに挨拶を返すところだが神奈は素っ気なく「おはよう」と返し、立ち止まることなく通り過ぎた。――そして風になった。


 夢咲と笑里は「ええ!?」と驚愕の声を上げる。

 挨拶をしたと思ったら急に物凄いスピードで走り出したのだ。あまりの速さに夢咲には視認すら出来ていない。


「待ってよ神奈ちゃーん!」


 ――そして笑里も風になった。

 あっという間に一人になった夢咲は「ええ……」と引き気味な声を漏らす。

 もし喧嘩していなければ一緒に登校出来たはずである。こうして逃げるのは予想していたのだが予想以上に速すぎた。追いかけるつもりだったのにもう背中も見えない。


「……って私も行かなきゃ」


 仕方ないので夢咲は一人で走り出した。



 * * * 



 宝生小学校に登校した神奈達。

 教室に辿り着いた後も神奈と夢咲は気まずい雰囲気を纏っており、二人の様子を見た藤原才華は不審に思う。なお笑里は何も感じていないので通常運転だ。


「はーい、それでは授業を始めますよー。みんな初めに四人一組のグループを作ってくださいねー」


 担任である女教師が生徒達に告げる。

 一限目は道徳の授業。グループを作るということは四人で何かを考えて発表するような内容であると、神奈は推測する。


 そこで問題になるのは誰と組むか。

 笑里と才華の二人と組むのは決定だが残り一人が決まらない。妥協案として隼速人を仲間に入れることも考えたが生憎と怪我で入院中だ。


「神奈ちゃん一緒にやろー」

「私もいいかしら」

「全然いいって。私も二人と組む前提で考えてたし」


 考え通り二人と組んで三人になったもののあと一人は必要。

 速人がいない以上関りがあるクラスメイトといえば、クラスの熱血リーダー熱井(あつい)心悟(しんご)くらいだろうか。だが彼は人気者なので既に四人組が完成している。


 その他の生徒達もだいたいがグループを完成させていた。残り物には福があるというが、残念ながらこういった時に余るような者は友達が少ないと決まっている。もしくは友達ゼロ人なんてこともあるだろう。まあ神奈だって悩んでいる時点で同類なので勝ち誇れはしないが。


「夜知留ちゃーん! 一緒にやろー!」


「あ、ありがとう秋野さん」


 悩むうちに笑里が距離が少し離れている夢咲へと声を掛けてしまった。

 最悪な選択肢の一つだ。何せ神奈は夢咲と絶交宣言中なのだから気まずくてしょうがない。一緒になっても上手く会話出来る自信がない。


 神奈だって一応土曜日は言いすぎたと思っている。

 いくら一億円という大金を失くしたといっても、それで縁を切るというのは気分がよくない。まるで夢咲夜知留という少女の価値が金以下のようになってしまう。


「秋野さん、藤原さん……神奈さんも、よろしくね?」


 小走りで駆けて来た夢咲が神奈の顔色を窺うようにして話す。

 笑みを浮かべて歓迎する二人と違い、無理に笑おうとした結果神奈は引き攣った笑みを作ってしまう。神奈も頑張ってはみたものの、仲直りしようなどの言葉が口から出ることはなかった。


「はーい。みんな四人グループを作れましたね」


 四人一組となった生徒達は四つの机を密着させて一塊になる。

 出来ることなら神奈は夢咲の隣は遠慮したかったが、先に笑里と才華が席へ座ってしまったため余っているのは夢咲の隣のみ。


(よく残り物には福があるなんて言うけどさあ、あれって絶対嘘だよなあ。誰だよそんなご都合解釈した馬鹿野郎は)


 本当に福があるかどうかは分からない。そもそも慰める時や、争っている相手を止めるような時に使う言葉なのだから実際は運次第である。


「これからプリントを配ります。それに書いてある問題をみんなで考えて答えを書いていってねえ。最後にはみんなに発表してもらうつもりだから頑張ってね」


 女教師が四人の合わさった机の中心に一枚の紙を配っていく。

 神奈達の方にも来たので、笑里と才華が見やすいよう中心で位置を調整した。そして女教師の言っていた問題に目を通した。

 上下逆さまで見づらい神奈と夢咲のために、才華と笑里が音読する。


 二人が読み上げた問題文は三種類。


 問一。

 あるところにお爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは年々力が弱くなっていると嘆いていましたが毎日芝刈りに行っています。お婆さんは今日何をするでしょう。


 問二。

 A君はB君の友達です。ある時B君の上履きをC君が隠しているところを発見しました。理由は不明ですがC君はB君が悪いと言っています。しかしB君はD君が悪いと言っています。D君は今日学校を休んでいて話を聞けません。A君はどうするべきでしょう。


 問三。

 あるところにいたお爺さんとD君が芝刈りの途中に亡くなってしまいました。それをきっかけとし、お婆さんは陸上の世界大会に出場することを決めました。お婆さんは以前病気で右足が動かしづらくなった過去があります。孫であるA君はどうするべきでしょう。


「――と、こういう問題ね」


「いや最後登場人物繋がりすぎってか話滅茶苦茶すぎだろ! これ本当に答えとかある!? 小学生がこの答え求められる!?」


「元々決まった答えなんてないものよ。人によって答えは違うしね。もし正しい答えなんてものを決めるのなら、おそらく多数決になってしまうわ。そうでもしないと正解なんて決められやしないんだから」


 道徳の授業はあくまでも人間の心を学ぶもの。正解が用意されていると全員にそうなるよう強要しているように思えてしまう。正しい答えなんてものはどこを探してもない。ただ、間違いはいくらでもあるだろう。


「まずは問一から考えていきましょう」


「あの適当すぎる問題だな」


 何はともあれ授業なのでやらなければいけない。

 どんな答えであれ思考した末に出すことに意味がある。世間一般的に間違いである思考をしていたのならそこで気付けるはずなのだから。


「お爺さんは力が弱くなってるけど毎日芝刈りに行っている。その情報を踏まえてお婆さんはどうするべきか……まあ答えは一つよね」


 苦労しているお爺さんに協力するという答えが一般的なものだろう。

 共に芝刈りをするでも協力者を呼ぶでもいい。助けになる行動をするべきだとこの問題は訴えていると神奈は思う。


「普通に考えればそうだな。当然自分が手伝いに――」


「孫のA君を手伝わせればいいんだよね」


「いや何でだよ。てか孫がいる情報どこにもないし」


 笑里が予想外な答えを出してきたので神奈はつっこむ。

 孫がいる情報は問一に一文も書いていない。だが笑里は「え、書いてあるよ」と宣って問三の文章を指す。


「ほら、書いてある」


「……確かに問三には書いてあるけども」


 書いてはあるがそう考えていいのかは謎だ。

 そもそもこの三つの文章が繋がっているかなど分からない。先の文章を読んで答えを考えるというのも問題的にどうなのか。もはや推理小説で先にトリックを知ってから読むようなものである。


「笑里さんの案が通るとしたら問題はA君の都合ね。彼は学校に行かなくてはいけないから手伝いは出来ない。……でもそれだとD君が芝刈り中に亡くなっているのはおかしい。なぜD君がその場にいたのかも推理しなきゃいけなさそうね」


「ズレてるズレてる。明らかに別問題だからねそこは」


 お婆さんがどうするべきかを考えなくてはいけないのに議論がD君へ逸れていく。笑里が妙なことを言わなければ、すんなりと問二へ行けたのにと神奈は心で愚痴を呟く。


「ああごめんなさい。お婆さんが手伝いに行くのよね。……あれ、でも待って。なんで芝刈りの現場にいたはずのお婆さんは亡くなっていないのかしら。つまりこれはお婆さんによる殺人の可能性が」


「えー、お婆さん最低」


「だからズレてるって! もう早く次行くぞ!」


 才華が疑って考え出したらいつまでも問一で止まってしまう。このまま動かないことを察した神奈は強引に話を断ち切って次の問題へと進める。


(……話に入れなかった)


 この問一を考える最中で夢咲は一言も喋っていない。だが先の会議で何となく自分がやるべき方向性を掴めた。


(そうだよ、ここでボケれば神奈さんにつっこんでもらえる。それをきっかけに仲直り出来るかも!)


 それは神谷神奈という人間の性質を利用したものであった。

 ボケられるとつっこむ、つっこみ気質の神奈なら喧嘩中の相手でもやってくれるはずだ。我ながらいい策だと夢咲は内心呟いてうんうんと頷く。


「さて、次は問二ね。整理するとA君がB君の友達。B君の上履きをC君が隠した。でもC君の言い分はB君が悪いとして、肝心のB君は芝刈り中に殺されたD君が悪いと言っている。この状況下でA君がどうするかという問題ね」


「そうなんだけど、さりげなくD君が殺人被害者って決めつけるなよ。殺されたとかは才華の妄想だからね? この問題そこまで考えて作られてないからね?」


「お婆さん最低だよね」


「お前は信じるなよ。まだお婆さんは無実だから」


 夢咲は会話に入る隙がないと察して俯く。

 しかし隙があろうがなかろうが計画は実行に移す。顔を勢いよく上げた夢咲は数秒で考えついたボケを、神奈の方へ向いてからぶつける。


「私の案なんだけど、全部A君の幻覚だったんじゃないかな!」


「……お、おう。まあ、可能性はあるんじゃね、可能性は」


(うっわ反応悪っ……)


 明らかに引き攣った表情でそう神奈に告げられた夢咲。

 完全に迷惑そうな顔を向けられ、引き気味な口調で告げられれば察しが悪くない人間なら気付く。


(これ本気で迷惑がってるわ。なんかボケじゃなくてただの痛い人になっちゃった感じだ。クラスに一人はいる感じのヤバい人に向けられる顔だわこれ)


 本人も想定外な事態がここで浮き彫りになってしまう。

 笑里達と今の夢咲では決定的な違いがあった。自然か不自然かだ。

 そもそも笑里達のボケは素である。ゆえに自然であり心なしかつっこみしやすい。しかし夢咲は事前に考える工程を通ったため些か不自然さが増してしまった。これが芸人などボケつっこみのスペシャリストなら不自然さを消すことも出来ただろうが、残念ながら夢咲にそんな高度な技術はない。


「まず考えるべきはB君が本当に悪いのかという点ね。それによってC君の罪は少し軽くなるでしょうし、逆に嘘なら重くなるでしょう」


「え、罪になっちゃうの?」


 笑里が目を丸くして問うが才華は「当然よ」と返す。


「上履きを隠すなんていけない事でしょ? 笑里さんだって隠されたって想像をしたら嫌な思いをしない?」


 視線を上に向け、人差し指を顎に当てた笑里は想像する。

 もし上履きを隠されたら靴下で歩かなければならない。集団の中に靴下で歩き回る者が一人。異様な異物感が発生してしまう……とはいえ笑里が視線と指を下ろして出した結論はたった一つ。


「犯人には正拳突きするね」


「笑里さん、何も命までとらなくていいのよ?」


「殺したりしないよ!? 手加減出来るもん!」


「どうかしら……夢咲さんはどう思う?」


 またとない好機が巡って来たと夢咲は拳を握る。

 会話に入れなかったとしても、こうして交ぜてくれる可能性はある。ずっと一人でいて会話術が欠落している者にとってはまさに助け舟だ。


「本人が手加減するって言ってるし、大丈夫……かな」


「不安要素がありそうな感じね。神奈さんはどう?」


「九十九パーセント相手は死ぬ。それよりも話戻さないとダメだろ」


 今は道徳の授業中。笑里の正拳突きの威力などどうでもいい話だ。

 本題である問二について全員が思考を戻す。そんな中、最初に声を発したのは一番話に入れていなかった夢咲であった。


「上履き、私も盗まれるのは困るかな。お金も予備もないから」


 まごうことなき自虐ギャグである。

 狙ってやったわけではない。今度のボケに不自然さなどない。


「三十万くらいなら貸しましょうか?」

「後で私の予備の上履きあげるよ」


 しかしウケがいいというより単に憐れむ空気になった。

 求めていた反応とは違ったが目的は達成したも同然。なのに肝心の神奈は無言で問題用紙を見つめている。


(反応すらなくなった……普通に無視だこれ……)


 二人との仲は多少深まった気がするが神奈とは何も変化しない。

 自分には無理だったのかなと落ち込んだ夢咲は肩を落とす。


「とりあえず、上履き隠したからC君を責めるでいいな」


「ええ、そうね。そうしましょう」


 神奈の発言に才華が同意して頷き、問二の解答欄が埋まる。

 頷いた後に才華は隣へと少し椅子を動かして、笑里の方へ体を寄せてから小声で話しかけた。


「ねえ笑里さん。あの二人って何かあったの?」


 さすがに露骨なので才華は喧嘩でもしたのかと察していた。

 笑里も気付いているようで「うん」と頷く。事情を把握するためにすかさず「何があったの」と訊くと、笑里の顔が真剣な表情に変化して返事がくる。


「……何かが、あったんだよ」


「つまり何も知らないのね」


 落胆のため息を漏らした才華は肩を落とす。

 結局、二人が事情を把握する時は訪れなかった。


 そんなやり取りがあったことも知らない神奈と夢咲はぎこちない雰囲気を作ったまま道徳の授業は進む。最後である問三は神奈が強引に「もう応援するでいいよな!」と決定して繰り返されるボケを未然に防ぐ。

 少し後に発表したが他のグループとあまり変わらない内容だったので可もなく不可もなく、とりあえず変な解答を発表して怒られる事態だけは避けた。そうして道徳の授業はあっさりと終了した。


 十分間の休み時間になり机と椅子が正位置に戻る。

 ほとんどの生徒が他人の席で授業を受けていたので誰もが自分の席に戻っていく。


「……ねえ、神奈さん」


 自分の席に戻ろうとして歩く神奈に声が掛かる。

 振り向いてみればボリュームある藍色の髪が首に巻きついている少女、申し訳なさそうな夢咲の姿が神奈の目に映った。


「土曜日は本当にごめんなさい。許せない気持ち、私も分かるよ。同じことされたら私もキレるから。だから……私自身、すっごく反省してるの」


 神奈は顔を逸らしまうが耳を傾け続ける。


「許してとは言わない。でも、これから許してもらえるよう私は頑張るから。例えあなたが見ていないところでも頑張るから。……ごめん。言いたかったの、それだけ」


 視線だけを神奈は送る。

 謝罪の気持ちは十分伝わる。だが神奈はもう一度視線を外してしまい、何かを言おうと口を僅かに動かしたものの声が出ない。

 そんな自分に嫌気が差し、神奈は逃げるようにその場から走り去った。

 なお、速すぎて誰もその背を追うことは出来なかった。


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