356 誕生日――団栗は無性に拾いたくなる――
終章 神代由治編 開幕
――伊世高校。
その学校は異世界メイザースからやって来た勇者、アムダス・カーレッジが作り上げたものであり、光天使という未知の存在に対抗すべく日々生徒達の強化を目的として掲げている。
校長室にて、柔らかそうな黒椅子に腰かけるアムダスは一人の男子生徒と話していた。その彼もまた光天使を危険視している少年。
彼、白部洋一は来客用ソファーに座らず、横に車椅子を密着させていた。そして長々と少し前に行っていた遺跡について話していた。
「つまり、要約するとこういうことか。未知の遺跡の調査に赴いたところ光天使にまつわる文章があり、過去一度この世界は滅ぼされていると」
長々と語られた内容をまとめたアムダスは険しい表情をしている。
「そういうことになります。もう一度独自で調査しに行って発覚したのは良かったですよ。神谷さんが文章の変化について発言していなければ、同じ文章を見直そうなんて発想に至らなかったですからね」
「確かに……だが違うかな。世界が滅んだなら生命も途絶えている。おそらく襲われても生き残った人間達がいたんだろう。そしてそれこそが君達の先祖となる人物達に違いない」
重い沈黙が降りた二人。それを破ったのは洋一だ。
「では僕はこれで失礼します」
報告を終えたからか早々に去ろうとする洋一をアムダスは引き留めようとする。
「待った待った、もうすこしゆっくりしてもいいんだよ。茶と菓子くらい出すから」
「いえ結構です。ちょっと大事な用事があるもので」
アムダスは怪訝な表情になって洋一の背中を見つめる。
「誕生日プレゼント選びですよ」
去り際に目的を伝えられたことでアムダスは「なるほど」と呟く。
決して自分のもてなしに不備があったわけではないのだと安心した。
* * *
宝生町の隣町。都会感溢れる町並みの中、二人の少女が買い物目的で歩いている。
オレンジ髪の活発そうな少女――秋野笑里は服屋のショーウィンドウに入れられているフリル付きドレスを見て目を輝かせる。
「おー可愛いい! 才華ちゃん才華ちゃん、プレゼントこれがいいんじゃない?」
白黒の二色でも鮮やかで美しいドレス。女性なら一度は着てみたいかもと思うだろう高級そうなそれを見て、隣で立ち止まったもう一人の少女は思い悩む。
黄髪のゆるふわパーマの少女――藤原才華は悩んだ末に口を開く。
「こういうのは着ないんじゃないかしら。もし服を贈るとしたらパーカーとかがいいと思うのよね。……ほら、いつもパーカーばっかりだし」
「あー確かにそうかも。神奈ちゃんって服のセンスないもんね」
今の笑里の服装はデフォルメされたクマが大きくデザインされている半袖、下は紺色のデニム。正直センスがいいとも言えない服装の笑里を見て、才華は「あなたには言われたくないでしょうね」と内心呟く。
二人がこうして都会感溢れる隣町へと来ているのは、神奈というかけがえのない友人の間近に迫った誕生日への準備だ。神奈の喜びそうな贈り物を選ぶためにこうして隣町にまで買いに来ている。
宝生町内でも買い物は出来るが見飽きた物品ばかり。しかし隣町ならばまだ見ぬ物品も多く存在することだろう。
十二月二十五日。クリスマスが誕生日である神奈には、特にプレゼントで喜んでほしいと二人は思っている。小学四年生、つまり十歳頃から毎年誕生日会は開いているがその都度プレゼントには悩むものだ。
さらっと笑里が神奈のことを小馬鹿にしたのを聞き流して才華は再び歩き出す。
「毎年悩むのよね。神奈さんって欲しいものがあるってあんまり言わないし。去年あげたのはゴバディの高級チョコレートだったわよね、やっぱり今年も食べ物がいいのかしら」
「神奈ちゃんが欲しいって言ってたのはゴリキュアのステッキだけど、もうステッキは全種類コンプリートしてるもんね。あ、敵キャラのフィギュアとかどうかな」
「なんで敵……。でもフィギュアか、そういうのもありよね。ゴリキュアレッドのフィギュアとかなら喜んでくれそうじゃない?」
「じゃあ今年からフィギュアシリーズかあ」
少し残念そうに呟く笑里。何か渡したい物でもあったのかと察した才華は問いかける。
「何か渡す気だったの?」
笑里は「うん」と頷き、デニムの右ポケットへと手を突っ込んで何かを取り出す。
「団栗、綺麗でしょ」
「男子小学生か!」
何かと思い気になって見てみれば見せられたのは三つの団栗。綺麗と表現されているだけはあり汚れ一つない清潔な状態で保存されている。それを見た才華は興味を持ったこと自体がバカらしくなってしまった。
「うわっ、なんか才華ちゃんって神奈ちゃんに似てきたよね……」
「誰かさんのおかげでいらないつっこみスキルが上昇していくのよ。誰かさんのおかげで」
もちろん才華は誰とは言わないが笑里のことである。そろそろ付き合いも長いので、若干元からつっこみ気質だった才華のスキルは無駄に昇華していき、今では神奈と同レベルかそれ以上のつっこみを言い放つことが可能になっている。
「――藤原さん!」
不本意な自分の現状に才華は顔に手を当てて落ち込んでいたところ、正面から知っている声が掛けられた。
二人が人混みの中、声の主を注意深く捜してみた結果。歩道の左方から三人組が歩いて来るのを発見する。
「夢咲さん、霧雨君、パンダレイさん!」
紫髪がとぐろを巻くように首回りを覆っている、若干眠そうな瞳をしている少女――夢咲夜知留。
そして夢咲の恋人である白衣の少年――霧雨和樹。さらに隣には鉛色の髪を歯車型の髪留めでポニーテールにしている、百七十五センチメートルと高い身長の少女――マテリアル・パンダレイ。
「夢咲さんと霧雨君はなんだか久し振りな気がするわ。前に会ったのっていつ頃だったかしら」
「二か月くらい前だったかな。今日はもしかして神奈さんの……」
「そう、誕生日プレゼント選び。そっちもでしょう?」
笑いかけて「正解」と告げる夢咲。
談笑する雰囲気の二人から視線を逸らし、笑里はパンダレイの方をきょとんとした目で見つめる。意外ではない事実だが笑里とパンダレイの二人は面識がないのだ。ゆえに知っているであろう霧雨に向かい問いを投げかける。
「ねえ霧雨君、この人は?」
「そういえば面識がないのか。パンダレイ、挨拶」
指示に従って挨拶するためパンダレイは一歩前へと踏み出す。
「初めましてですね秋野笑里様。ワタチはマテリアル・パンダレイです。マスターである和樹様の家で家事をする機械であり、伊世高校という場所で学生をやっています」
「あれ、私のこと知ってるの?」
「俺達のデータはインプットしているからな」
挨拶している姿を横目で確認した才華は会話を中断して声を掛ける。
「パンダレイさん。体、治ったのね」
マテリアル・パンダレイは時空超越機械生命体であり、少し前に古代の遺跡にて真の力を発揮するため死んでもおかしくない程損傷していた。まだ未完成といえる彼女が時空超越機能を再度発動させようものなら確実に停止する。
治療のためといって強制的な別れになってしまった才華だが、こうして顔を見るまではどうなったのか心配していた。一応夢咲に話しかけながらもどのタイミングで結果を訊こうか考えてはいたのだ。
「藤原様、その節はご迷惑をおかけしました。なんの報告もせず神谷様を危険な目に合わせてしまいましたこと、この場で謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
「……いいのよ。あなたにも事情があったんでしょうから」
遺跡探索のとき、才華は神奈が死んでしまったと思いとても心配した。心臓が止まるような思いであったことを今でも思い出せる。結果的に無事だったとはいえパンダレイのことを恨んだ時間も多少ながら存在している。しかし自分も神奈を危険な目に遭わせたことがある以上、誰かを恨む資格などなく身勝手な感情であると感じた。
複雑な気持ちを整理するのは多くの時間が必要だ。今の才華にはあのときのことを責めたりすることなど出来ず、できるだけ話題とすることは避けたいと思っている。
「なんにしても治って良かったわ」
「ええ、本当に。……まあ今は明日のことを考えようと思います。お二人は誕生日プレゼントを選び終わったのですか?」
辛気臭い話を続ける必要もないと思いパンダレイは話を切り替える。
それに対し才華は首を軽く横に振って「まだなの」と回答し、笑里は手に握ったままの団栗を差し出す。
「これをあげようと思うの、綺麗でしょ」
「……あ、はい。……そう、ですね?」
「反応に困ってるじゃない! あとまだ団栗あげようとしてたの!?」
「えっ、お前それはないだろう」
良識があるのか霧雨が否定的な目を向ける。そして白衣のポケットから何かを取り出して見せつける。
「団栗はコナラじゃなくてクヌギ一択だろう!」
「否定すると思わせて結局団栗じゃない!」
霧雨が手に持つのは笑里と同じく団栗だ。しかし笑里のはコナラという種類の誰もが団栗を想像して出てくるような形だが、霧雨の持つクヌギは無数の枝が生えているような形をしている。
二人が団栗を見せ合う形で終わる、かと思いきや夢咲も手を開いて中を見せだす。
「甘いわね霧雨君。私のマテバシイが一番よ」
「なんでみんな団栗持ってるの!? あとなんでそんな種類詳しいの!?」
「落ちてたから拾ったの」
「高校生ってこんなに団栗拾うっけ!?」
もはや打ち合わせでもしたかのように団栗を出してくる。残ったのはパンダレイのみだが才華はまさかと視線をそちらへ向ける。
無表情でも内心困惑しているパンダレイはたどたどしく手を開いた。その手には違う種類の団栗――ではなくなぜか落花生が存在していた。
「なんで団栗じゃないのよ!」
「くっ……申し訳、ありません」
「……いえ、よく考えたら別にどうでもよかったわ。流れ的につっこんじゃったけどすごいどうでもいいことだったわ」
冷静になれば訳の分からない状況である。なぜ誕生日プレゼント選びのはずが団栗発表会になるのだろうか。
「まあ冗談は置いといて、だ。こちらはまだプレゼントの目処は立っていない。今日中には決めておきたいところだな」
霧雨と夢咲、そしてパンダレイは手に持っているものを歩道脇にあるゴミ箱に捨てる。今の流れが冗談だったのと、そういったボケをする相手でないと思っていた才華は二重の驚きに襲われる。
冗談と思っていなかったのは笑里もであり、三人がゴミ箱へ団栗と落花生を捨てたときに「え」と呆けた声を出していた。
「確か誕生日会の場所は喫茶店だったよね」
「そう、喫茶マインドピース。明日は貸し切るから何しても大丈夫よ」
「金銭感覚おかしいのが無自覚なのって怖いね。まあいいや、私達はもう行くよ。プレゼントは当日のお楽しみってことで」
夢咲達三人は去っていき、その背中を見送っていた才華は隣を見やる。
隣にいる笑里は先の流れが冗談なのに本気で困惑していたらしい。目を丸くしたまま無意識か「団栗……」と呟いている。
「笑里さん、本気で団栗あげようとしていたのはあなただけよ」
悲しい事実、それが現実。異端なのは笑里一人だったのである。
迷った末、笑里は手に持つ団栗を地面へと捨てて「行こっか!」と歩き出す。こうして神奈が誕生日に団栗を贈られる未来は消え失せた。
腕輪「次回予告! みなさん、次回予告ですよ! 帝王編ではシリアス面から後書きに登場出来なかったので久し振りですね……あれ、前回も喋ってましたっけ。まあいいです、とにかくこれからは私の時代。これから後書きは私の次回予告の場所となるのです! え? もう時間ない? あと十文字!? ちょっ――」
次回 主人公、未だ登場せず




