355 帰還――五文字の感謝――
「あれ……ここって」
気がつけば神奈は帝王城の多少広い部屋にいた。
勘違いではない。あんなに色々あった場所を間違えるはずがない。
時空超越機械生命体……いや時空超越コアにて神奈は現代へと戻って来たのだ。
「神奈さん!」
まだ状況を呑み込む途中の神奈に、後ろから迫る少女が一人。
黄色のゆるふわパーマで探検隊らしき服装の少女――藤原才華。彼女は涙を流して表情を喜色に染め、全速力で駆け寄って抱きついた。
「ぬおっ!? あ、さ、才華……どうしてここに」
「どうしてって一緒にこの遺跡に来たからでしょ! まさか記憶障害!? 帰ったら家が経営に関わっている病院で即行検査しなきゃ!」
「お、落ち着けって。そうだった、遺跡調査の途中だった」
困惑しながらも段々と神奈は記憶を掘り起こす。
なにせ古代での出来事が本当の母親や帝王との邂逅、奴隷生活、エミリー達とのホウケン村生活などインパクトが強すぎた。現代での記憶も薄れてしまうというものだ。
「落ち着けというのも無理があると思うよ」
「白部君、どういうことだ?」
振り向いてみれば車椅子に座っている茶髪の少年の姿。
白部洋一という彼は神奈と同じく遺跡調査の人員であった。
「君に付いてた発信機の反応が消えちゃったんだ。心臓と深く繋がるそれの反応が消えたもんだから死んじゃったと思っていたんだよ。いざ来てみれば本当に文字通り消失していたしね」
「ああそういう……そうだ、パンダレイ! パンダレイはどこにいる!?」
「パンダレイ……」
洋一の反応は煮え切らないものだった。
まさかという想像を神奈は膨らませる。過去を変えた影響で時空超越機械生命体の役割がなくなり、マテリアル・パンダレイ及びアーティフィシャル・パンダレイの存在自体が消えてしまったのではと。洋一達はマテリアルのことをもう覚えていないのではと。
沈黙が流れ、才華はその間に神奈の背中から降りる。
「ど、どうしたんだよ。まさか覚えてないのか……?」
不安を募らせる神奈に洋一は早々に答えを出す。
「まさか、クラスメイトを忘れるわけがないじゃないか。何があったのか分からないけどすごい損傷だったよ。もう一人の方もね」
「生きてる、のか?」
「こっちに来てくれてた霧雨君曰く修理可能だって。もっともそれはもう一人の方のパーツを移植する形でらしいけど」
「そっか、アーティフィシャルは助からないのか……」
元から二人のパンダレイは重傷だったのだから一人でも助かるなら奇跡だ。
それでも彼女達は別れた姉妹のようなものなので、神奈としては出来ることならどちらも無事に治ってほしかったと思う。
「パンダレイさんの治療は家の方でやるみたいよ。私達も帰りましょう」
「え、遺跡調査はいいのかよ」
元は才華が調査するためにこの帝王城跡に来たのだ。あまり神奈が飛ばされてから時間が経過していなさそうなところを見るに、遺跡調査についてはあまり進んでいないだろう。
「いいのよそんなもの、後日プロの調査員チームを複数向かわせるわ。……私、怖くなったのよ。また私のせいで神奈さんが傷付いて、今度はもう……二度と会えなくなるんじゃないかって……怖くなったの」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃない!」
面と向かって怒声を浴びせられたことに神奈はたじろぐ。
「大袈裟なんかじゃ、ないよ。本当に……死んじゃったと思ったんだから」
「……ごめん、私の考え不足だった。そうだよな、いきなりいなくなって才華は心配したよな。ごめんな」
神奈は過去に行っている間、現代の仲間にはちょっと心配しているだろう程度の認識だった。しかし考えてみれば唐突に友人が消えてしまう状況、死亡か行方不明、どう転んでも二度と会えないと思うと恐ろしくなる。
多大な心配をかけてしまったことを認識して神奈は素直に謝った。
「うん、本当に……。帰りましょう……」
調査ならまだまだ出来そうであっても本人が帰りたがっているのなら仕方ない。何よりも才華の心情を一番優先すべきだし、神奈は早めに切り上げて帰ることにする。
「ムゲン、この遺跡の座標を記憶」
「了解した」
小声で洋一が手元に置いている桃色の本に話しかけていたのは誰も気付かない。
そのまま部屋を出て帰ろうとしたとき、神奈は一部屋進んだところで壁に見覚えのない文字を発見する。
「あれ、この文字……変わってる?」
神奈は覚えている。ここに彫られていた文字は四文字であったことを。
しかし現在見ている文章はあのときの【たすけて】ではなく五文字。些細なことかもしれないが神奈は妙に気になった。
「どうしたの?」
「いや、ここに彫られてた文字が増えてて……いや字自体が違うのか?」
最初この場所を通ったときはパンダレイの翻訳があったため理解出来たが今はいない。神奈もホウケン村でたまに見た種類の文字だと気付くが、帝王軍との戦い準備や骨残し事件があったため勉強していないので読めない。
「金石文と文字は同じ種類ね。白部君、解析出来る?」
「出来ると思うよ。〈解析〉」
洋一の瞳が茶から金へと変色して全てを調査する。
「うーん、誰かが感謝してるみたいだね。誰に言ってるのかは分からないけど」
「なんて彫ってある?」
「――ありがとう。だってさ」
茶の瞳に戻った洋一がそう告げたとき、神奈はエミリー達のことを思い出す。
壁に彫られている【たすけて】から【ありがとう】への変化。これは帝王撃破に協力したことへの感謝なのではないかと思い、神奈は「そうか」と呟いてから自然とその口元に笑みを浮かばせる。
「あれ、なんだか神奈さん嬉しそうね」
「別に。さ、もう帰ろう」
神奈は先頭を歩き、その後に才華と洋一が続く。
こうして神谷神奈は因縁ある帝王城から軽やかな足取りで去っていった。
腕輪「みなさん、ついに帝王編が完結しました。いやぁ、かなり長かったですよね帝王編。それで見どころを振り返りたいんですが……やっぱあれですよね! 帝王戦での私の大活躍! ふふっ、神奈さあん、何でも言うこと聞くって言いましたよねえぇ。……何を言われて後悔しても遅いですよ。みなさんは気軽に何でもするとか言わないでくださいね」




