353 信用――疑ってばかりは疲れる――
サラシに半ズボンというホウケン村独自の服装をしているキリサメ。
彼は今自分の家の地下室にてエミリーと話し合っている。内容はといえば神奈を未来に返す時空超越機械生命体の作成状況についてだ。
「つまり、その時空……なんちゃらの完成はまだまだ時間がかかるということですね」
「時空超越機械生命体だ。……神奈が未来から来た以上完成させられるはずなんだがな、どうにも俺の知識だけでは完成に程遠いように思える。おそらく協力者の存在があったのかもしれないが、もう神奈が無意識にそうなる過去を変えている可能性もあるんだ」
時空超越機械生命体には大まかに四つの機械が必要となる。
一つ目は能力の元となる時空超越コア。大雑把に言うならタイムマシン。
二つ目はその時空超越コアの作動に必要な生命エネルギーを生み出す機械。別に人型にこだわる必要はないがキリサメの構想ではパンダレイのような機械人が生み出されている。
それらを二セットずつ作成することで、共鳴現象を利用してパワーを高めて時空を超越するというのが時空超越機械生命体だ。
「なんだか嬉しそうだな」
エミリーの顔が若干緩んでいるのを見てキリサメは呆れた顔になる。
「い、いえ、そんなことはありませんよ。まあ完成まで時間がかかるというのなら、その間は村に滞在してもらうのみ。やはりすぐお別れでは寂しいですから丁度いいです」
「あのな……これが完成しなきゃ神奈は二度と元の時代に帰れないんだぞ。それを分かっているのか?」
途端にエミリーの顔が真剣なものへと戻る。
「……分かっていますよ。もちろんキリサメには全力で、完成へ向けて開発を進めてもらいたいと思っています」
エミリーとて神奈にずっと残ってほしいなどと我が儘を言うつもりはもうない。神奈のことを真に想うのなら帰還を喜ぶべきなのだから。
「ああ、何年後になるか分からんがやってやるさ」
「――その必要はないです」
否定の声が聞こえてきた方向へと二人は顔を向ける。
神奈の帰還を望まないという意味に聞こえ、エミリーはどういうつもりかと入口にいた少年――エイルのことを軽く睨む。
「どういう意味ですか。まさか、神奈をこのまま村にいさせてもいいと?」
「いえ、俺が必要なエネルギーを供給するから今すぐ帰れるという意味です」
一瞬、エミリーはエイルが何を言っているのか理解出来なかった。短時間呆けていたエミリーは我に返って勢いよくキリサメの方を向く。
「そんなことが出来るんですか!?」
「……可能だが、確実に死ぬ」
「そんな……やっぱり、地道に作って完成させるしか」
目に見えて落胆するエミリーに信じられない言葉が聞こえてくる。
「それでもいいんです。俺の命を使ってください」
この短い時間でエミリーはエイルに二回も驚かされた。
さも当然のように告げられたのは自殺同然の内容。命を捨てなければならないと聞いてすぐエミリーは選択肢から外したというのに、エイルはいとも簡単に選んでみせた。
「なっ、正気ですか!? あなたは確か採掘場の奴隷でしたよね。ワイルドを倒して解放してくれたことに感謝しているとはいえ、助けられた命を本当に捨てるというんですか?」
「解放してくれたことよりも、姉さんのために戦ってくれたことに俺は感謝しています。それに捨てるんじゃありません、繋ぐんです。俺の命で過去と未来を繋ぐ架け橋を作る。戦いの後で実行するとキリサメさんは約束してくれましたよね」
もうこれからいったい何度驚かされるというのか。
決戦前に約束をしたとエイルは言った。それはつまり、帝王軍との戦いに勝とうが負けようがどちらにしろ命を落とす結果だったということ。それ程の覚悟を持ってあの戦いに臨んでいたなどエミリーは驚愕するしかない。
「……不可能だ」
重苦しさを感じさせる声でキリサメが拒否する。
「えっ、でも約束を」
「それはお前の姉もいたからだ。時空超越機械生命体は二人で一つ、ゆえにエネルギーを注がなければいけない時空超越コアは二つ存在している。お前一人の命を使ったところで足りはしない」
「まさか、最低でも二人、犠牲にならなければならないということですか。それならば仕方ありませんよ、やはり進んで死ぬ必要なんてありません」
変えようのない事実にエイルは「そんな……」と落ち込む。
戦死したアリアがいれば神奈の力になれたのに、そう思うも死者は帰ってこないので無意味な嘆きである。もう何も出来ないのかと項垂れるエイルはそのとき足音を聞いた。
足音は徐々に近付いてきており、エミリーとキリサメも気付く。
エイルは通路の方を見やると目を見張る。そして歩いて来る男が二人にも見えるように室内に入り、二人の傍へと小走りで向かう。
「――なら俺の命を使え」
発明品の散らばる地下部屋。その入口に立つ男が視界に入った瞬間、エミリーは以前までなら腰に下げていた細剣を取ろうとする仕草を見せる。当然何もないので空振るだけだが。
武器を持っていないことも忘れ咄嗟に戦闘態勢を取ってしまう程の相手。エミリーが相まみえたのは一度だけだが濃厚な殺気は今でも思い出せる。
黄と黒のヒョウ柄の髪色と瞳。左肘から先が切れている黒いコートを身に纏い、コートの袖だけでなく生身の左肘から先もないことが分かる。鞘に入った日本刀を腰に下げているその男は、一度戦えばその尋常ではない強さが原因で中々記憶から消えてくれない。
「あ、あなたは……なぜここに……!」
「誰だ、エミリーの知り合いか?」
「初めましてというべきか。俺は帝王様の配下、四神将が一人――パンサー」
面識のないキリサメとエイルは驚きと怯えを顔に表す。
「なんっ、お前があのパンサーだと!? な、なぜここに……まさか帝王を倒した俺達を殺しに!? お、終わった、みんな殺される……」
酷い怯えようだがパンサーは気にした様子はない。
その真剣な表情を見て、奥底にある想いをなんとなく感じ取ったエイルは思い切って口を開く。
「あの……彼の提案、受け入れませんか」
「な、何を言っているのですか!? こんなやつの話を聞いてはダメです!」
「落ち着けエミリー。まずは話を聞こうじゃないか」
「なんでキリサメは急に冷静になっているんですか!?」
エミリーにとってパンサーは帝王に与する敵。とてもではないが信用出来る相手とは思えない。
そもそもなぜ生きているのかを考えてみると、ハヤテが戦ったとは言っても殺したとは言っていなかった。おそらく何かしらの方法でしぶとく生き延びたのだろうとエミリーは推測する。
そう疑心しか持たないエミリーと違い、キリサメは一度話を聞こうとする。
ネームバリューに勝手に怯えていたがキリサメはパンサーのことをほとんど知らない。実際に合ったこともないのに人格を決めつけるのはよくないとして、少しでも話し合いをしてどういう人間なのか掴もうと考えた。
「まずパンサー。さっき命を使えとかなんとか言っていたが、俺達がどういった話をしているのか理解はしているのか?」
「話は一部しか聞いていなかったが推測は出来る。神奈を元の時代に帰すために必要なものがあり、それには生物の持つ生命エネルギーが必要といったところだろう」
ここまで正確にパンサーが推測出来たのは、神奈が未来人だと事前に分かっていたからである。
あのとき、帝王城にて二人の会話を聞いていると自ずと見えてくる答えである。パンサーはそこに自力で気付いたからこそ、アイギスの娘である神奈と戦おうとはしなかった。
「ふむ、事情は理解しているか。ならば次だが……動機はなんだ?」
キリサメ達にとって一番疑問なのは動機についてだ。
背景を何も知らないキリサメ達には、パンサーと神奈の関係性が見えてこない。つまり敵なのに助けようとしてくる不気味な存在に思えてしまう。何か企みがあると推察されても文句は言えない。
「……俺は、神奈の母を知っている。そのお方はお優しい方で恩もある。だから娘であるカンナを助けることになんの迷いもないし、他に企みがあるというわけでもない。純粋に助けようと思っただけだ」
その発言に対し真っ先に返したのはエミリーの「信用できません」という、端から信じようという気持ちのないだろうことが透けている答えであった。
しかしパンサーがそれに対して怒りを見せることはない。こういった態度になることも、一度剣を交えたことから薄々察してはいたのだから。
「信用しましょう、二人共」
だから他の二人も同じ答えを出すと思っていたのに、エイルの口から予想外の言葉が放たれてパンサーも多少動揺を見せる。
「エイル、帝王の配下なんですよ? 信じる価値があるんですか?」
「待てエミリー。……エイル、理由を聞かせてくれないか」
真剣な表情で告げた言葉には何かの意味が込められている。そう感じたキリサメは興奮気味のエミリーを止めて本人に問う。
「この人の顔を見ていると分かるんです。この人も俺と同じで、自分に何が出来るのかを必死に考えて考え抜いたんだって。さっきの言葉だって本心なんだって俺は感じられました。……納得出来ませんか?」
あまりに根拠のない理由を聞いたキリサメは思い悩む。
科学的根拠などまるでない。神奈を未来へ返したいがためにパンサーを信じさせようとしていると疑ってしまう。だがエイルの瞳や態度からは嘘の気配など感じられない。
「まさか素人に見抜かれるとはな。修行の足りない証拠か」
「エイルの言ったことが真実だと?」
「ああ、初めは神奈の護衛でもしようかと思っていたんだが……未来へ帰れないのなら話は別だ。帝王様が手中に収めようとしていたこの村随一の天才、貴様に話を聞こうとやって来れば先程の会話が聞こえてきたものでな。……俺は一度命を救われた身、この命をいつ失おうと惜しくはない」
キリサメは全てを信じるほど純粋ではない。
何か裏があるのではないかと思うし、まだ疑いの気持ちが消えたわけではないため悩む。しかしパンサーの想いを聞いて何も思わないような薄情な男でもない。
二人の男をキリサメはゆっくりと交互に見やる。やがてパンサーの方で視線を固定して口を開く。
「……分かった。今はお前を信じよう」
「正気ですか!? キリサメは帝王の配下を信用すると!?」
「帝王の配下を信じるんじゃない。俺はエイルと、パンサーという二人の男を信じるだけだ」
到底エミリーが納得し切れないことくらいキリサメも承知していた。だが認めてもらわなければ話は進まないので口を続けて動かす。
「それにもう帝王はいないんだ。こいつはもう帝王の配下じゃない。エミリー、一度くらい信じてみてはどうだ」
エミリーはパンサーを睨みつけ、目を瞑っては再び開けて睨みつける。
「……いいでしょう、これも神奈が無事帰還を果たすためです。そのためならば……たとて憎き帝王の配下だった者だとしても協力することを見逃しますとも。ただし、妙な真似をすれば殺します」
「……ああ、感謝する」
敵意は消さずにエミリーが承諾した。これでエイルはが目的を果たすことが出来るのでパンサーの方へ笑いかける。
方針が決定したのでキリサメはすぐ「準備に取りかかるぞ」と告げて、二人にやるべきことを説明していった。




