352 祝勝会――立ち直る者――
――帝王撃破から二日後。
強大な敵に勝利した祝いとしてホウケン村はほとんどの人間が笑顔を浮かべている。
がたいのいい男達が嬉しそうに酒を飲み合っている。
陽気な女性が楽しそうに踊り回っている。他の女性にも踊り出す者がいるが、談笑している者達もいる。
子供達は笑い、夢中で追いかけっこに取り組んでいる。中にはかくれんぼだったり、村の中心で作られている料理の数々を美味しそうに食べている。
「……いい雰囲気だな」
そんな光景を見て回っている神奈はポツリと感想を零す。
体に出来た傷は効き目バッチリな塗り薬により酷いもの以外は残っていない。その酷いものというのも過去形であり、今は軽傷と大差ないので直に治ることだろう。
「そうでしょうね。あの巨悪を倒したんだからはしゃぎたくもなるわ」
後ろから神奈に声を掛けたのは黄髪のゆるふわパーマの少女――サイハだ。
サイハは神奈の横に並び立ち、料理の入った無地の皿を手渡す。
「これで全世界が帝王から解放される。私としてはホウケンが無事ならそれでいいんだけど、やっぱり世界を救ったって改めて思うと気持ちがスカッとするわ」
美味しそうな肉料理の盛られている皿を受け取った神奈は、村中を見渡して納得のいかなそうな表情を浮かべる。
「無事っていってもまだ崩れた民家とかあるだろ。被害が出てないわけじゃないけどそれでいいのか」
「崩壊した民家の住人達は他の家に居候することで乗り切っているじゃない。まあ……今回の戦いで出てしまった死人については残念に思うけれど。それでも今くらいパアッと盛り上がっても文句は言われないわよ」
そう、決して自陣が無傷というわけではない。
スカルの襲来により崩壊した民家はいくつも存在し、帝王軍との戦いにより命を落としてしまった者も複数いる。そういったことを考えると心が痛み、せっかく手に入れた勝利も神奈は素直に心の底から喜べない。
「……まあ、今だけならいいか。それで? その盛り上がりに乗っかってお前は何かしないのか?」
「何かって……私は別に料理とか得意じゃないし。陽気に踊るような性格でもないわよ」
「おいおいそんなことじゃないだろ。もっとあるだろ大事なことが」
「はぁ? 大事なことって何の話よ」
「すっとぼけてんじゃねえよ。告白だよ告白!」
サイハは「告白!?」と叫び、思いっきり目を見開いて驚愕する。
「この勢いに乗っかって一気に想いを伝えようよ! 大丈夫大丈夫、キリサメだって拒否ったりしないだろうしさ」
今までサイハの想いが通じなかったのは直接的な言葉で言わなかったからだと神奈は思う。もう思い切って愛の告白をすればいくら鈍感な男でも理解してくれるだろう。それでも理解してくれなかったら病気である。
「ま、まあ? 私だってしようと思ってたし? この際、今日気持ちを伝えちゃってもいいと思うけど?」
頬を赤く染めたサイハが呟きながらもじもじし始める。
実のところサイハは決戦前に出かける約束をしている。実際は神奈の言う素直な愛の告白だったのだが勘違いされた結果だ。
色事を焦る年齢ではないと分かっていても、バーズに啖呵を切った手前早めに再度告白しようと考えていた。一緒に出かける日になら丁度いいとも思っていた。だからこの祝勝会ではしないつもりだったのだが神奈の発言で思い悩む。
さらに悩むサイハに、話が聞こえていた周囲の大人達がヤジを飛ばす。
「おっ、言っちゃえ言っちゃえ」
「なんだなんだビビってんのか?」
「こーくはく! こーくはく!」
「私もお祝い事の日に旦那に好きって言ったのよ!」
「へい、こーくはく! こーくはく!」
大人達はサイハの恋に協力的だ。純度百パーセントの優しさで手伝う者もいれば、面白いからという理由で好き勝手する者もいる。だがどんな気持ちであれ後押しされるサイハはありがたく思っていて、今このときも勢いで駈け出そうとしていた。
「でも神奈さん。サイハさんとキリサメさんが結婚して子供を産むとしたら、なんか未来での関係性が変わっちゃうんじゃありませんかね。たぶん子孫の霧雨さんは才華さんの親戚とかじゃないですし」
「それはそれで面白いけど……やっぱまずいかな」
腕輪の指摘に神奈はバタフライエフェクトという言葉を思い出す。
バタフライエフェクトとは過去を変えた結果未来に大きな変化が訪れることだ。さすがに霧雨の先祖の交際相手が変わったくらいで起きる変化など些細なものだろうが、何が起きるのか分からないので一応は世界滅亡もありえる。
しかし神奈の心配が伝わる前にサイハが行動を起こそうと奮起する。
「よし、じゃあまずは予行練習ね」
目を瞑って深呼吸し、告白する際の定番の台詞を口に出す。
「……ずっと前からあなたのことが好きでした、私の恋人になってください!」
そしていつの間にか目前にいた老人が「え、儂?」と口を開いた。
元村長である老人は似合わない照れを見せて頬を赤く染め始める。元村長の熱が上がっていくのと反比例してそれ以外の熱は下がっていく。
「普段からのキリサメへの態度は儂への好意を隠すためか、仕方ない娘じゃの。儂の迎え入れる準備はいつでも出来とるぞ」
「ごめんなさあああああああああい!」
目を開いたサイハは相手に気付いて一目散に駆け出した。
あっという間に走り去ってしまったサイハを見送って神奈は呟く。
「あの二人は……くっつかない運命なのかもな」
才華と霧雨が血縁者になる未来は訪れそうもないと神奈は悟った。
* * *
ホウケン村を出てすぐの森。
森の中には開けた場所もあり、川沿いにはいくつもの墓石が置かれている。
墓石にはグレンやミュートといった故人の名が刻まれており、その前で左足のない黒髪の少年が座り込んでいる。その少年――ハヤテは穏やかな表情で並んだグレンとミュートの墓石に語りかけている。
「終わったんだ、今度こそ。今度こそお前達の敵を取ったんだ。やってくれたあいつには感謝してもしきれないよ」
戦いの終わりを報告していたのだ。届かない知らせだと分かっていても、親友二人があたかもそこにいるかのように語りかけていた。
「激戦だった。帝王城で四神将のパンサーは強くてな、正直今も勝った実感が湧かないくらいだ。本当にいつ死んでもおかしくない勝負だったよ、左足だけで済んでラッキーだったと思える。他の四神将もきっとすごく強かったんだろうな」
総合戦闘力や剣技はパンサーの方が上だったにもかかわらず、ハヤテは意地で勝ってみせたのだ。本来なら絶対に勝てなかった相手に勝てた喜びは今になっても来ない。
「帝王に関しては歯が立たなかった。次元が違うやつだった。俺もまだまだ修行不足だなって神奈を見て思えたよ。まあいつかあいつに負けないくらい強くなってやるがな」
そのとき、ハヤテは誰かが近付いて来る気配を感じ取って立ち上がる。
後ろの道へと振り返ってみればハヤテの視界に映ったのは一人の少年であった。
「どうも。俺も墓参りしていいですかね」
「確か――エイルだったか。そうか、お前も失ったんだったな」
童顔で筋肉質な少年エイルはハヤテに並び墓石群の中の一つを見下ろす。
墓石に彫られている文字はエイルの実の姉であるアリアの名前。彼女は帝王軍との戦いにて深い傷を受け、そのまま治療が間に合わず息絶えてしまったのだ。その死の瞬間まで一緒にいたエイルはしばらくの間落ち込んでいたが、今日ようやく歩き回るくらいに立ち直ることができた。
「二日前、復活した帝王との戦いに参加しなくてすみません。死ぬ覚悟なんて当に出来てると思っていたのに……どうして、でしょうかね」
「自分の覚悟があっても他人を殺される覚悟がなかった、ということだろう。それに怒りや憎しみをぶつける相手も今となっては誰もいないしな。どうしようもなかったんじゃないのか。お前にとって姉を失うことが何よりも辛かったんだろうさ」
「はい、俺にとっては姉さんの存在が大きかったですから。姉さんのためなら頑張れる、なんだって我慢出来る。そんなことも思ってましたね。……すみません、ハヤテさんだってご友人を亡くされたのに」
ハヤテは「気にするな」と告げて青く澄み渡った空を見上げる。
「戦争が起きれば人は死ぬ。常識さ」
頷いたエイルは「仰る通りですね」と返し、屈んでからアリアの墓石に触れて撫でるように手を動かす。
「姉さん、後は俺に任せて安らかに眠ってくれ。……直に俺もそっちへいくから」
微笑みながら姉の墓石に触れていたエイルはそう言うと立ち上がり、何かを決意したような真剣な表情になって身を翻す。そして短時間で墓参りを終えたのでエイルは元来た道を戻ろうとする。
「もういいのか?」
立ち去っていく後ろ姿をハヤテは流し目で見て口を開いた。それにエイルは足の歩みを止めないで返す。
「ええ、覚悟はもう持っていますから」
エイルの瞳は決戦前の生きたものに戻っていた。ただ戻っただけならよかったくらいしか思わないが、問題は決戦前のものに戻ったという点。
あれは死を改めて覚悟する目だったとハヤテは思い出す。だが敢えて止めずに行かせたのは、自殺するから目の色が変わったわけではないと一目で理解出来たからだ。
「……何をするかは知らんが、悔いだけは残すなよ」




