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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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351 再戦――真の平和を得るために――


 魔力贈与という応用技術がある。自身のもの、もしくは接触しているモノの魔力を分け与えるというドーピング方法。

 ドーピングといっても使い方次第で卑怯な力とは呼ばれない。現在のように世界の危機となれば世界中の者から魔力を集めてもいいくらいだ。


「魔力をあなたに集める。まさか力を預かるから一緒に戦ったなんて言わないでしょうね」


「言わせてもらうとその通りなんだけどな。今回頼るってのはそれなんだ。帝王の力は凄まじいから私一人じゃ勝てないけど、みんなの力を集めればきっと……いや絶対に勝てると思うから」


「……いいわよ、納得してあげる。みんな集まって!」


 屁理屈ともいえないグレーゾーンな協力をサイハは受け入れ、今外にいる全員を周囲へと集める。

 およそ百人程が集まってからサイハは口を開く。


「聞こえていたわよね。子供も大人もみんなの魔力を神奈へと集める! 全員誰かと手を繋いで!」


 村人達が反対することはなかった。一人、二人とどんどん手を繋ぎ始めて広がる木の根のような形で繋がっていく。最後にサイハが左手で後ろにいる村人の手を取り、右手を神奈の背中へと押し付ける。

 世界の運命を託すには自分と同じくらいの少女の頼りない背中のはずなのに、なぜかサイハは触れてからとても大きく頼もしいものに思えた。


「神奈! 私の力をどうか役立ててください!」


「お前ならやれるはずだ! 必ず勝て!」


「私達の想いと力をまた託すからね。行くわよ――魔力贈与!」


 およそ百人あまりの魔力が、土から根に吸い上げられる栄養分のように神奈へと殺到する。

 まだ肉体のダメージは消えていないのに無遠慮に流し込まれる膨大なエネルギー。魔力器官が無理やり押し広げられているのと、そのエネルギー供給自体に神奈の体は悲鳴を上げる。


 そんなことをしているうちに痺れを切らしたのかカミヤも動き出す。

 元城の巨人の右足が一歩踏み出され、森の木々を玩具か何かのように薙ぎ倒していく。歩くことで土煙を昇らせる巨人の足には阻む障害物など紙屑のように意味をなさない。


「おぉ、これは……凄まじい総合戦闘値」


 腕輪が驚きで呟くのも当然のこと。実力者含めて約百人分の魔力を注ぎ込まれた神奈の総合戦闘値はおおよそ2000000近くなのだから。

 村人達はある者は倒れ伏し、ある者は片膝をつき、ある者は力が抜けているとしても立っている。そんな彼ら彼女らの想いと力を託された神奈は敵を見据える。


「覚悟しろ帝王。すぐに決着をつけてやる」


 力強い紫紺のオーラを纏う神奈は飛び上がり、一瞬にしてカミヤの目と思われる城の頂上付近にある二個の空洞と同じ高さにまで移動する。


「くくくっ来たなカンナ。城全体に魔力を巡らせている魔力炉と一体化し、無生物であるこの巨大な城を体として掌握するのは少々骨が折れたが、復活したこの帝王に驚き声も出せなかったようだな」


「さっきから思いっきり喋ってたわ! てか城に耳とかないじゃん!」


「魔力炉により今やこの城は余の体。この体全体で音を聴き、物を視て、匂いを嗅ぎ分ける。もはや以前の肉体を凌駕する五感とエネルギー量。果たして貴様にどれ程の抵抗が出来るか見物だぞ」


「はっ、大きすぎる体は動きが鈍いってのが定番なんだよ」


 紫紺のエネルギーを拳に漲らせて近付く神奈を迎え撃とうと、カミヤの細長の左腕が振りかぶられる。その動作は巨体のわりに素早くあっという間に振るわれた。

 大きさに異常な差のある二人の拳が衝突し、衝撃波が遠く離れたホウケン村の建物すら激しく揺らす。


「親に歯向かった罰を受けるがいい愚か者めがああっ!」


 確かに神奈のエネルギー量は格段に上昇している。しかしそれでも振るわれた拳に対して、神奈の体が羽虫のようにも見える程の体格差がある。


 神奈の拳はカミヤの中指の一部を砕いたもののそこで殴打のパワーが途切れて、単純な力比べになったとき神奈は押されてしまう。巨大な壁に凄まじい速度で押し潰されるかのように感じた神奈はなすすべなく殴り飛ばされた。


「ぐおおおっ! 腕輪ああ! 帝王の魔力炉の場所を割り出してくれええ!」


 あっという間に遠ざかっていきカミヤの姿が見えなくなった神奈。

 殴り飛ばしてきたカミヤを倒すためには魔力炉を破壊しなければならない。だが肝心の魔力炉の場所が分からず、城の装甲をぶち破るにも渾身の加速した一撃を繰り出す必要があった。一撃に全てを込めるため失敗は許されないので腕輪へのサポートを頼む。


「言われなくても既にやっていますとも! そして終わりました、神奈さんの頭に直接送り込みますよ!」


 魔力炉は人間と同じ心臓部分。正確な位置情報が神奈の脳へと直接送り込まれ、目で見ればミリ単位でその場所を理解出来るようになった。


「相当役に立ちましたよね私! これは何か褒美があってもいいのでは!?」


「何でも一つうううっ、言うことを聞いてやるよおおおおお!」


 勢いはなるべく殺さずに神奈は魔力加速によって方向変換する。慎重に両手で何度も行った加速で見事なUターンをしてカミヤの方へと戻り出す。

 吹き飛んでいた速度をほぼそのままに神奈はカミヤ目掛けて一直線に飛んでいく。僅かに減少した速度を戻すべく、そしてさらに上回るべく魔力加速を何度も何度も使い続ける。


「貫けえええええええ!」

「むぅ!? なんっ!?」


 神奈の視界にカミヤが入ってからほんの僅かな時間。刹那とでも呼ぶべき短時間で、神奈は全身の魔力を右拳に集中させて超魔加速拳を叩き込んだ。

 認識したカミヤも凄まじい速度で飛んでくる神奈に驚愕しつつ防御する仕草を見せていたが、間に合わずに城壁を破壊され、死を確定さえた一撃をピンポイントに魔力炉ごと貫かれた後で認識した。


「あ、止まれな……」


 カミヤの背中を貫通して飛び出た神奈は魔力を使い果たしているので〈フライ〉を維持出来ない。飛行魔法すら使用不可能となれば神奈はその凄まじい速度で落下するしかない。


 高速で流れゆく景色に目がおかしくなる程の速度。受け身も取れずに落下した先は広大な草原であり、着弾してすぐ緑豊かだった草原は崩壊した。それでも止まる気配のない神奈は転がり続けては、岩山を砕き、海を割り、大規模な地形破壊を繰り返す。ようやく光速程度に落ちてから両手足で地面を掴んで止まろうとし、大地を抉りながら減速して丁度ホウケン村の中で停止した。


 本来ならホウケン村でも止まれずに崩壊させる程の速度のはずだった。しかしそれでも止まれたのは神奈の踏ん張りと、密かに腕輪が〈フライ〉を使用して減速に多大な貢献をしていたからだ。


「……神奈」


 呆然とした様子だったエミリーが後ろを振り向いて名前を呼ぶ。

 しばらく他の者含めて固まったままであったが、時間が経てば多少は現実を呑み込めてくるものだ。帝王城と化したカミヤが胴に大穴を開けて静止しており、その大穴を開けた張本人だろう者が転がって来た現実を村人達は徐々に受け入れていく。


 エミリーはサイハと顔を見合わせ、ハヤテはフッと笑みを浮かべ、他の者達も喜びの表情を浮かべていった。


「神奈! 大丈夫ですか!?」


 喜ぼうとしたはいいがエミリーは倒れたまま動かない神奈を心配して駆け寄る。そして続くように動ける村人全員が駆け寄った。


 神奈の体は傷だらけであり、血が出ていないと思いきや急に溢れるように鮮血が流れてくる。戦いの最中ではなく撃破後の落下を止めるために負った傷だ。特に酷使した手足は真っ赤に腫れあがっていて血塗れになっていく。


「誰か一番効く塗り薬を! 急げ!」


 焦ったようにハヤテが叫び、まだ動ける者達は慌てて薬を取りに行った。

 傷と血だらけになった神奈が動けるようになったのは、持ってこられた薬を塗られてから二日後であった。



 * * *



 カミヤという男は幼少の頃の記憶を朧気にしか覚えていなかった。

 邪血による破壊衝動に呑まれて暴れ回り、意識が戻った時にのみ邪血の抑制方法の研究を進める。やってきたことはまさにそれだけであり、やっとの思いで抑制した時には故郷など跡形もなくなっていた。そして生き残った者達といえば諸悪の根源である邪血など気にすることなく、カミヤこそを最大の悪として討とうとした。


 カミヤにとっては家族すらどうでもいいの一言に尽きる。

 そんな彼が故郷の人間程度に何か思うはずもなく、あっさりと向かってくる者全員を皆殺しにしてみせた。最大の悪という人々の判断は間違っていなかったのだ。


 邪血は人間の意思すら変化させてしまう。産まれる前から洗脳するように破壊衝動の種を脳へ植えつけ、母親の腹から出てくる出産日と同時に芽吹く。これが神奈のように第三者からの抑制があれば普通の人間として生きられるのだが、抑制するのが遅すぎたカミヤの頭には破壊に対する抵抗が一切なくなっている。


 それが日常であるかのようにモノを破壊する彼にとって、心の変化が垣間見えたのはアイギスとの出会い。

 今まで全てを容易く粉砕してこれたカミヤが唯一、アイギスだけは傷一つ付けられないという屈辱を味わった。初めて面白い人間に出会えたと当初彼はこれこそが運命だと心を躍らせたものだ。


 何をしても傷つかないアイギスこそ自分のパートナーになるべき存在だと、カミヤは本気で死の報告を受けるまではそう思っていた。実の娘からアイギスが死んだという話をされるなど彼は思いもしなかったが。


「ふっ、嫌も嫌よも好きのうち。なんて言葉もあるくらいだ。どうせ番いとなることが運命なのだから照れ隠しか何かだとも思ったいたんだがな」


 現在、カミヤは実質融合に近い力で同化していた魔力炉を神奈に粉砕されている。もうここから挽回することなど出来るはずもなくその命を散らして――いなかった。


 カミヤは今、奇妙な空間を漂っている。

 精神世界とでもいうべき空間だ。ただしそれは自分のではなく神奈のものだと注釈は付くが。


 カミヤの固有魔法は繋がりの強弱を決めるもの。それを利用して他のモノと限りなく同化することが出来るのは帝王城にて実践済み。今度は対象を帝王城すら貫いた神奈に移しただけである。


「それにしても甘かったな、帝王城すら貫いたのは見事と称賛してやるが。余はこの魂ある限りいくらでも復活する。しかも今度は英雄と褒められるであろう貴様の体を乗っ取ってだ。まったく余を打倒しようなど無駄な努力だとなぜ分からないものか……」


 神奈の精神世界は肌色。時々よく分からない黒い泡だったりが飛んでいっている奇妙な場所。

 そんなところで流れに身を任せていると、カミヤは前方に知っている一糸まとわぬ後ろ姿を捉える。間違えようのない程に見慣れたその女性はアイギスのようだった。


「アイギス……?」


 か弱き抵抗か顔を背けることが多かったアイギス。ゆえにその後ろ姿はカミヤにとって何よりも見覚えあるもの。

 名を呼ばれたことにより黒髪の女性が振り向いてカミヤと対面する。


「くくっ、そうか、そうだったのか。カンナに余の力が効かなかったのはアイギス、貴様が守っていたからというわけか。死しても娘のために働こうとは親として立派なものだ。しかし貴様もカンナもこの後で余の一部となって意識は消えるだろう。余を倒したなど泡沫の夢だと早く知らせてやるといい」


「あなたは何も変わらないですね。対等な者が現れても、理解しようとしてくれる者が現れても、結局その邪血由来の性格は何一つ変わることがない。いっそ哀れにすら思えるその人生を終わらせてあげましょう」


「はっはっは! アイギス、貴様に余を倒す術などないことくらいもう理解しているぞ。くだらん冗談は止めておくんだな」


 もしカミヤを殺せる手段があるのならとっくに実行していただろう。パンサーすら歯が立たないカミヤに通用する手段などそうないだろうが、アイギスの性格上自身を犠牲にしても実行してくる。

 優しい性格といっても限度ある優しさだ。決して人を殺さないというわけではない。


「一つ、勘違いを正しておきましょうか」


 人差し指を立てて告げられた言葉にカミヤは「何?」と呟く。


「前提が違うのです。私は――アイギスではない」


「何だと……? 余が見間違えているとでも?」


 それはありえないとカミヤは思う。

 先程の後ろ姿も、顔も、現在互いに晒し続けている一糸まとわぬ姿も長時間見てきたものだ。それを他人と見間違えるなどありえないと鼻で笑う。


「確かにこの姿は彼女のもの。でも、この姿は彼女の願いを受けた影響で変化したものです。ああ願われたゆえに私の力も害のある超常の力や環境を防ぐものになった」


「貴様、何者だ?」


「私は神の加護そのもの。それがシンプルな答え」


「……まあいい」


 加護という言葉にカミヤは首を傾げるが、アイギスでないのならその正体など特に気にする必要などない。本来の目的のため早々に動こうと意識を全方位へと巡らせる。


「カンナと余の繋がりを強めて意識を乗っ取る。そうすれば帝王の復活だ」


 しかし、何度それを試みても一向に出来る気配がなかった。いつもは繋がりの強弱を決める際に操作する独特な感覚があるのだがそれがない。


「……どういうことだ。なぜ余の力が使えない」


「当然です。ここはもうすでに私が宿りし神谷神奈の魂の中。存在自体が害悪と判断しているあなたの力が使えないのは、あなた自身がもう消滅しかかっているからですよ。……汚らわしかった己の下半身を見てみなさい」


 言われた通りに自身の下半身を見下ろしたカミヤは驚愕する。

 まさに消滅という言葉が当てはまる。カミヤの下半身は分解され白い粒となっていき、やがてそれも消えていく。


「あ、ああっ、ああああっ! こんなバカな、余の力でも戻らない!?」


「ここに侵入して来たのはあなたで二人目です。一人目の方がまだ物分かりがよかったですが、末路は同じ。害あるモノは消滅あるのみ」


 消滅の進行は速まっていく。胴体すら消滅してもはやカミヤは首から上だけとなっている。


「こんなっ、こんなはずが……! 帝王であるこの余の最期がこんなっ……こんなあああああああっ!」


 理不尽な状況に絶叫しながらカミヤは頭まで白い粒となり果てる。

 その最期を加護と自称した女性は無表情で見送る。慈悲すらかけず一方的に、害虫を潰すかのように一切の感情を抱かない。


 結局、神奈の魂の中には女性一人しか残らなかった。


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