348 情意統合――古代で紡がれた絆――
「……エミリー……サイハ……ハヤテ……来て、くれたのか」
まだ倒れ伏している神奈は自分を庇うように立つ三人に声を掛ける。
「酷い傷だな、後は俺達に任せてゆっくり休んでおけ」
「よく言うわ、自分だって大怪我しているくせに」
「でも残る敵は限られています。この瞬間に全てをぶつけましょう、必ず帝王を倒しますよ」
助っ人ととして頼りになる者達だが、今は怪我やダメージが多くて少し助っ人足りえるか神奈は不安になる。せっかく来てくれたとはいえこのままじゃ無駄死にすることになるかもしれないと、口には出せないが心の中で呟く。
「この余を倒す、か。不可能であろうな」
敵が増えてもカミヤは動じない。攻撃を一発喰らいはしたものの余裕な態度を崩さない。
「それは私達があなたより弱いからですか。あまり見くびらないでほしいものです」
「万全の状態で、それこそカンナを入れて四人がかりでくれば余の敗北もありえただろう。だが己を見てみよ、すでに満身創痍ではないか。そんな状態で勝てると思われるなど、見くびるなというのはこちらの台詞になりそうだな」
事実としてこの面子でカミヤに勝利出来る確率は相当低いだろう。
左足を失ったハヤテ、魔力残量が少ないサイハ、一度敗北を味わっているエミリー。今の状態の三人では先程の奇襲のようなことを繰り返さない限り二撃目を与えられない。
「満身創痍なうえ足手纏いが一人。果たしてそんな状態でどう対処するのか見物よな」
カミヤは色ムラのある黒い魔力弾を生成する。
漆黒の奔流が渦を巻くようなそれをサイハは見据えて口を開く。
「……魔力エネルギーに破壊意志や邪念が混じってる。加えて超濃密なうえ圧縮されている。まともに受ければ即死級の威力が秘められているわ」
冷静に解析したサイハの発言に二人も気を引き締める。
神奈は「逃げろ……」と小声で語りかけるも三人は真逆の行動を取った。全員で回避するでもなく黒い魔力弾へと突っ込んでいったのだ。
今や足手纏いと化している神奈の傍で迎え撃てば被害が出るだろう。だからこそ三人は危険を承知で接近し、持てる全ての力を使って攻撃を防ごうとしている。
「向かってくるか。覚悟はいいようだな」
「私が障壁を張ります! ハヤテとサイハはサポートを!」
回避しようがしなかろうが、カミヤは神奈に撃とうとしていると三人は察している。選択肢は一つ、魔力障壁で真正面から迎え撃つのみ。
黒い魔力弾が放たれた。それに対してエミリーが紫色の魔力障壁を前方へと張り、残り二人はエミリの肩に両手を置いて自身のエネルギーを分け与える。これで障壁は三人の力をフル活用して作り上げたものになった。
エミリーが生成した紫の障壁に黒い魔力弾が衝突する。
衝突時、凄まじい衝撃と強風が部屋中に広がった。エミリー達はなんとか耐えつつ障壁を維持している。
三人は気合の込められた咆哮を上げ、黒い魔力弾の進行を阻止し続ける。そしてついに限界の時は訪れ魔力弾は爆発した。
防ぎきったのは確かだ。しかし爆発を真っ向から受けた障壁は砕け散り、爆風とエネルギーの波を余波として受けたエミリー達は神奈のところまで吹き飛ばされる。ただでさえ満身創痍だった二人はもちろん、エミリーも圧倒的力を正面から受けて立ち上がれない程のダメージを負う。
「みんな……」
当然神奈も動けない。全滅状態であった。
「元からダメージがあったとはいえ一撃でこのザマとは。せっかく助っ人として登場したというのに。哀れなものよな、こんなものでは全員の死期が僅かに伸びたにすぎないのだから」
もう立ち上がれる戦士はいない。哀れみの視線を向けられ侮辱されても言い返す気力すら残っていない。状況を火を見るよりも明らかで全員殺されるのは時間の問題だ。
カミヤがゆっくりと余裕そうに歩いて来る間、三人は神奈へと手を伸ばす。
「……まったく、情けない限りだ。もう動けん。だがホウケンの誇りと、希望は、お前に託している。頼む、勝利を……」
ハヤテは神奈の右足に触れて、
「お願い、私達が縋れるのはもう神奈さんだけ……。今の傷だらけのあなたに頼むのは、酷いって分かっているけれど、もう私、動けない。酷い話だけどあなたに……全てを……託す。帝王を、倒して……」
サイハは神奈の左足に触れて、
「裏切った私を引き戻してくれたのは、神奈、あなたですよね。私、忠告もしましたよね。帝王は強い、勝てないって……それでもあなたは突き進んだでしょ。ねぇ、責任、取ってくださいよ。あいつを倒して……自分が正しかったんだって、証明して、ください……」
エミリーは神奈の左手に触れて、三人は各々の想いを告げた。
無茶苦茶な内容だなんてことは全員が理解している。もう微動だに出来ない神奈に対して後を託すなど正気の沙汰ではない。しかし神奈はそれに応えようと手足に力を入れ、全身が崩れてしまうような激痛を我慢して立ち上がろうとする。
「わ、たしが……!」
神奈の胸辺りがほのかな黄金の光を発し始めた。
気にする余裕もない神奈はさらに力を入れ続ける。
「私が、やらなきゃ……!」
黄金の光は徐々に拡大していき、全身を優しく包み込んでいく。
その様子を見てカミヤの目は細まり、両足での進みは止まる。
「誰がやるんだああああああ!」
激しい咆哮と共に神奈は立ち上がった。
両足は小刻みに震え、息は多少荒く、痛々しい怪我はそのままだが、黄金の優しい光が全身を包み込んでオーラのようになってから立つことが出来たのだ。
「これは、この光はまさか……」
「ありえん……。その怪我とダメージで動くなど、痛みでいつショック死してもおかしくないのだぞ。とても動けるような体ではないはずだというのに……!」
腕輪とカミヤも驚愕しているが、一番驚いているのは神奈自身である。
痛覚が麻痺したかのように不思議と痛みを感じない。全身に纏う黄金のオーラが力を与えてくれているようにも思える。
(温かい……とっても温かい。まるで誰かに抱きしめられているようにも感じるし、誰かが見守ってくれているようにも感じる。……誰かは分からないけれど、見ていてくれ。私があいつをぶっ飛ばす瞬間を……!)
光は優しく、母親のようだった。アイギスが力を貸してくれているようにも考えられるその光のことは詮索せず、神奈は雄叫びを上げて敵へと駆けていく。
「動けても関係ない。所詮は余に一度敗れた存在、短時間でパワーアップするはずもない」
両者の拳が衝突した。
これまで純粋な力はカミヤの方が上だったのだが拮抗し、神奈の左腕は力みすぎで震えながらも押し始める。
「みんなの想いを無駄には……しない!」
心からの叫びを口から出した直後、神奈の拳はカミヤの拳を弾いて右肩へとめり込み骨に亀裂を入れる。
呻き声を漏らすカミヤは右肩を押さえて後方へと跳ぶ。距離を取ろうとしたのはやはり肉弾戦となれば不利になるのが分かっているからである。つい先程、もう肉弾戦はしないと宣言していたにもかかわらず勢いに呑まれやってしまったためにダメージを負った。今度こそもうやらないことを誓い、エネルギー弾のみで対処しようと思っていると――加速して来た神奈の蹴りが右肩へと叩き込まれた。
亀裂が入っていた骨が耐えきれるはずもなくカミヤの右肩は砕けてしまう。いくら痛みを弱め、自然治癒力を高めようと完治するには数秒を要する。つまり治る隙すら与えず一気に畳みかけることこそ、今の神奈がカミヤを倒す唯一の方法。それを理解しているからこそカミヤが肉弾戦を嫌がる理由の一つになっている。
(距離をとらなければ……!)
瞬間、カミヤは肉体を空気に溶け込ませる。
霧のようになって消えたカミヤは神奈の後方十メートル程の位置に移動して――飛んできた神奈とその拳に左手で対応した。
「んなっ……! なぜ余の位置を……!」
「さあな。ただ、声がする。心の中で、敵はあそこだって声が」
カミヤの左手の骨にも微細な亀裂が入った。小さくはないダメージに歯を食いしばり、カミヤは状況を打破すべく神奈を蹴り飛ばそうとする。だが蹴る前に右足を押さえられたうえ、その押さえた力の反動を利用した動きで顎に掌打を浴びせられる。さらについでとばかりに脇腹に回り蹴りが叩き込まれる。
右方に吹き飛びながらもカミヤは黒い魔力弾を左掌に生成し、両足を床につけて勢いを徐々に殺して止まってから放つ。
一方、神奈は凄まじい威力の黒い魔力弾に対して通常の魔力弾を放った――つもりだった。
今回は消されたわけじゃない。弱かったわけでもない。ただ神奈がいつも通りに放ったそれはなぜか黄金に輝いていた。
今も体に纏っている黄金のオーラを神奈は認識している。だがこの局面で疑問を持ち、気を取られることで好機を逃すのは惜しいと思い敢えて考えないようにしているのだ。魔力弾が、いや魔力そのものが黄金になった事実については後で、強大な敵を倒した後ならゆっくりと考える時間がある。
神谷神奈は迷わない。カミヤを倒す道を剛毅果断に突き進む。
「力が溢れてくる。お前を打ちのめす力が」
黒と黄金の魔力弾がぶつかり合い、呑み込まれたのは黒。
黄金へ触れると綺麗さっぱり黒の魔力弾は消滅した。
(消せない! なんなのだあのエネルギーは……!)
カミヤは何度か固有魔法を行使していたが通用していない。
黄金の魔力弾と現実の繋がりを弱めることで極限に消滅に近い状態へとならない。
エネルギーと威力の繋がりを弱めているが効力があるか分かったものではない。いやそれは実際に喰らってはっきりした。
「ぐおおおおおあああああああああああ!?」
黄金の球体がカミヤを呑み込むと柱のように上へと伸びる。
弱まっていれば全くと言っていいほどに通用しないはずである。それがこうにも、今までに受けた攻撃の中でも一番のダメージを与えてくるのはおかしい。
心も含め、肉体が焼かれるような痛みがカミヤを襲う。
(なんなのだ、何かがおかしい。先程までと同一人物とは思えない程のカンナの戦闘力上昇……変質した魔力……。これが固有魔法なら納得だが、カンナの固有魔法はアイギスと似たものだったのではないのか。余は何か……根本的な勘違いを……)
突如、カミヤの腹に衝撃が奔り後方へ飛ばされる。
衝撃の正体は神奈の左拳。黄金の柱を腹部もろとも突き破る勢いで突破してカミヤを殴り飛ばしたのだ。
「カンナ、貴様はいったい……何者だ……」
壁に激突したカミヤの影響で巨大なクレーターが発生した。
カミヤの傍まで歩いて来た神奈は呟かれたような問いに答える。
「大層な人間じゃないさ。ただ、お前を倒す者だ」
「仲間の想いが貴様を強くしたとでも……? いいや違う、そんな繋がり如きでそこまでの力を得られるはずがない」
「繋がりを操るやつが繋がりの強さを否定すんなよ。みんなの想いが私を立ち上がらせて、願いが私を強くしてくれた。お前はそんな力を持っているのに、人と人の繋がりがもたらす強さを知らなかっただけなんだよ」
そう告げて神奈は超魔激烈拳の構えをとる。
いつもなら右拳だが、今は折れているため左拳へと黄金の魔力が一気に集結していく。
黄金に光り輝く左拳を神奈はこれから放つ一撃のため引き絞る。
「……ふっ、どうやら今の余では貴様に勝てんようだ。だが一時の勝利に酔いしれて精々束の間の平和を噛みしめておくといい。結局最後に笑うのは余だということを、しっかりその身に刻んでおけカンナアアアアアアアア!」
笑みを浮かべて叫ぶカミヤへと希望の一撃が放たれる。
最期に言い放ったのは負け惜しみだったのか、それとも策があったのか。帝王カミヤの胸部には風穴が開いたので詳細はもう聞けない。




