346 噬指棄薪――カンナVSカミヤ――
「……カンナ、貴様がこれ程までに強いとはな」
カミヤは自身の固有魔法で、今受けた痛みと肉体の繋がりを弱くすることでダメージを極限まで減らす。その上、自然治癒力との繋がりを強めたことにより、微細なヒビが入ったり折れたりしていた骨を僅かな間で完治させる。
先程受けたダメージから回復したカミヤは立ち上がり、静かに神奈を見据える。
両者の鋭い視線が交差して数秒。互いの一挙一動を見逃さんと凝視していたが埒が明かず、痺れを切らして神奈がカミヤへと一直線に突っ込んでいく。
単調な攻撃を繰り出した神奈だが、その拳はいなされた。
続いて連撃を放つも全てギリギリなところでいなされる。そこまで実力が離れていないことを悟った神奈はこのまま攻撃し続けようと思いしていると、右腕を掴まれて引っ張られる。体勢が崩れた神奈に膝蹴りが腹にめり込んだ。
ズシリと重く、腹を突き破ろうとする膝。
想像以上の膝蹴りの強さに神奈は「ぐえあっ」と辛そうな喘ぎ声を漏らし、膝が離れた後で前に倒れそうになったがふらつきながらも耐える。
「今の膝蹴りは効いただろう。蹴りと威力と速度の繋がりを最大限強めたからな。それで腹を突き破れなかったのは貴様の頑丈さを示している」
「……そう、かよ!」
神奈は振り向きざまに拳を振るい、カミヤの腹を抉るようなボディーブローで攻撃する。
こちらもカミヤの膝蹴りに近い強さであり相当な威力を秘めている。腹を殴られてすぐカミヤは「ぐぅおっ!?」と潰れた声を思わず出してしまい、体をくの字に曲げて後方に四歩ほど下がった。
「今のは、効いたろ……! 全身全霊で殴ったからな……!」
「かっぐっ……! やはり、やはり効かんようだな、この帝王最強の力を貴様は無力化しているのだ。どうやってかなどはどうでもいい。貴様がアイギスと同じだろうと、そうでなかろうと、結局は余に勝てんのだからな」
体勢を元に戻したカミヤは淡々と告げる。
いくら攻撃しても傷と痛みの繋がりを弱くすることでなんとかなるのだから、神奈がカミヤに勝てる方法はそれが意味をなさない程に強い一撃を叩き込むか、それともダメージを蓄積させ続けるかの二択しかない。
「傷と痛みの繋がりを弱くすれば貴様から受けたダメージなど大したものにならん。一見互角に見えるこの戦いも、長期戦になれば余が有利になっていくことくらい誰の目から見ても明らかだ」
「ダメージを弱めるって、それにも限界があるだろ。私はただお前を殴りまくればいいだけさ」
「すぐにその愚かな思考は消えるだろう。今に濃厚な敗北で塗り潰される」
二人は同時に駆け出し、同時に拳を振るい――神奈の頬にカミヤの拳が一早くめり込んだ。
重い拳に歯を食いしばりながら耐えるも、負荷が消えてすぐ二撃目の裏拳が額に到達した。全身に衝撃と痺れが奔り、反応出来なかった腹部への蹴りで壁まで飛ばされる。
(ダメだ、目で追うな。視界はオマケ程度でいい……魔力で感じろ!)
壁に叩きつけられた神奈は自身の魔力を半径三メートル圏内にばら撒く。
大賢者神音も使用していた魔力応用技術の基礎――魔力感知。自身のエネルギー領域を作り出すことで領域内に存在するあらゆるものを感じ取るこれならば、素早い相手に対応する手段としては有効だろう。視界で認識するよりも、自身の魔力に触れた存在を認識する方が早い。
神奈は素早くカミヤの接近を感じ取った。そして咄嗟に魔力に形を持たせず放出することで空気を押し出す応用技術――魔力加速にて、通常よりも遥かに速い動きで横に飛ぶ。
急加速のおかげでカミヤの両足スタンプを躱すことが出来た。頑丈な壁に亀裂が入ったことでその威力を察して冷や汗を掻いてしまう。
「ほぅ、速度が増したな」
感心したようにカミヤが呟き、壁に沿うように飛んで神奈を追いかける。
数秒で追いついたカミヤは拳を振りかぶり、神奈はこれから来ると理解している攻撃に対して同じく拳で返そうとする。
先程と同じで片方の拳が先に相手へと到達した。
相手よりも早くへ拳を到達させたのは神奈だ。魔力加速で超速になった拳は顔面にめり込んで鼻を折ろうとしていたが、しかしそれはカミヤが反応して避けようとしたため頬への一撃となった。
後方へ吹き飛んだカミヤは途中で壁を蹴って、飛崩れた玉座の方へと飛ぶ角度を変えて着地する。
着地の勢いで轟音を鳴らしたカミヤは両手で魔力弾を生成する。筆で黒の絵具を使用して描いた球体のようなものが出来上がり、不敵な笑みを浮かべつつそれを放った。
放たれた黒い魔力弾に対し神奈も魔力弾で応戦しようとする。
紫紺の球体エネルギーを生成して放ち、両者の魔力弾が衝突し――神奈の魔力弾がまるで高温ですぐに溶けるバターのように消えた。さらにはカミヤの放った魔力弾が一回り大きくなって神奈を呑み込んだ。
「ぐあああああああああああ!」
エネルギー弾に呑まれるということは全身に満遍なく衝撃が襲いかかる。黒き闇の如きそれに呑まれた神奈は数秒間全身に激痛が奔る。やがて魔力弾は掻き消え、解放された神奈は左足と右膝で着地した。
「神奈さん、大丈夫ですか!?」
「……なんとか、まだ、戦える」
外周の焦げついた小さな穴がサラシに少数空き、膝丈上の革製ズボンは太ももまで露出する程に破れている。纏めて衣服も魔力で強化しているとはいえ強力な攻撃なら傷ができるものだ。
荒かった息を整えて、右膝を上げて立ち上がった神奈は疑問を声に出して呟く。
「私の魔力弾、完全に吸収されてた。あれも繋がりとやらの力なのか」
「おそらく神奈さんの魔力弾の存在を帝王の放った魔力弾と限りなく同質にしたのでしょう。衝突直後急速に速度を落として、ぶつかったというより道中にたまたま強化素材が落ちていたような状態にしたのです。結果見事融合し、威力も増した」
「いくらでも拡大解釈出来そうな魔法だよな。まったく、最近はチート持ちばっかで嫌になってくる」
「神奈さんの身体能力も通用しない者が多すぎましたね。本来なら最強宣言出来るレベルのスペックを持つこっちも大概とはいえ、相手が悪すぎる場合が多すぎますよ」
「ああまったくそうだ、なっ!?」
――神奈の表情が強張った。
カミヤの姿が霧のようにぼやけていき、空気と同化するように溶けて消えたのだ。
「消えた……!」
「落ち着いてください神奈さん。確かに帝王の力は厄介ですし、能力頼りでも強いです。でも今まで色々経験してきた神奈さんなら勝てるはずですよ」
一度冷静になった神奈は頭を働かせる。
体が溶けるように消えたということは瞬間移動の類ではない。一種の透明化に近い、移動を認識させないための力だろう。だが問題なのはどういう能力かではなくどこへ行ったかだ。遠くから魔力弾で攻撃してくるか、接近して肉弾戦を仕掛けてくるかの二択。もし遠距離戦をしようというのなら厄介なのだが――
「そこか……!」
選んだのは接近戦だったらしい。魔力感知領域内に体を再構築して左方に出没したカミヤを早くに感じ取り、勢いのついた拳で額を殴りつける。
まさか感知されるとは思っていなかったカミヤは「ぐぁ!?」と悲鳴を漏らし、高速で後方へと吹き飛んでいった。
「いけるぞ……その移動はもう攻略した。……いっつうぅ」
先程の魔力弾で受けたダメージはかなりのもので、全力で動こうものなら容赦なく鋭い痛みが襲ってくる。殴った右腕も例外ではなく棘が内側から何本も飛び出たような痛みが襲う。
「自分の存在と空気との繋がりを強めて限りなく同化に近付くとは恐ろしい技ですね。あの状態のときは魔力感知でも捉えるのが困難でしょう。そして休む暇は与えてくれなさそうです、来ますよ!」
再びカミヤは空気に溶け込むことで存在を限りなく消し、神奈の背後に出現してから殴りかかる。感知した神奈はまた迎え撃とうと思ったが腕の痛みのこともあり魔力加速で後退することにした。
そこから高速の逃走劇が始まり、何度も魔力加速を複雑な軌道で繰り返すうちに神奈はカミヤの姿を見失う。
感知があるといっても消耗を考えて三メートル圏内でしか行っていないので万能というわけではない。部屋全体を感知圏内にすることも可能だが消耗は激しくなり、実際に行ったとして維持できるのは一時間程度。それも激しい戦闘を繰り広げながらだと十分程に減少する。魔力残量が強さに直結してくる以上余計な消耗は避けた方がいい。
三メートルはカミヤを感知してから攻撃に反応出来るギリギリの距離。とはいえ複雑な軌道で加速し続けていた状態では完璧な防御や反撃は厳しくなる。今の神奈がカミヤの攻撃を回避するのはかなり難しく――だから真上から振り下ろされた両腕を躱せなかった。
神奈が丁度下を向いたとき、空気に溶け込んでいたカミヤは感知圏内三メートルより僅か上に存在を現し、急接近してから高速高威力の両腕を振り下ろした。なぜ彼が感知圏外で存在を浮上させたかといえば偶然ではなく、むしろこの戦闘中に感知圏内を把握した計算による必然である。
存在を元に戻すまで感知されないことを悟ったカミヤは、この短い鬼ごっこの中で感知圏内を把握するためだけに動いていたのだ。徐々に出現する距離を遠くすることで正確な感知距離を見事突き止めてみせた。
そして神奈はといえば、カミヤの両腕に反応したはいいものの回避が間に合わず、右腕で防御することしか出来なかった。その結果右前腕が中心から骨ごとありえない方向に曲がり、衝撃により床に叩きつけられる。
骨折の嫌な音と、右前腕の煮えるような熱さと痛みで神奈は大声で悲鳴を上げる。床に叩きつけられた背中もだが何より右前腕の方が痛い。利き腕だというのに骨が筋肉に刺さって思うように動かせない。
しかし痛みに悶えている場合ではない。苦痛でほんの僅かな間のみ目を閉じていたとき、すでにカミヤは神奈目掛けて落ちてきていた。目を開けた神奈の視界には落下するカミヤが一番に入り込んできて、左手で魔力加速を行うことで右に転がって両足スタンプを回避する。だがその際に右前腕が何度か体の下敷きになったことで痛すぎて呼吸が数回止まった。
瞳を涙で潤ませた神奈がふらつきながらも立ち上がり、それを凍てつくような瞳で見ていたカミヤは告げる。
絶望の淵へと叩き落とす事実。諦めへと導く魔の言葉。
「余の娘カンナ。貴様には、余を超える程の力はない」




