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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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343 剣戟――パンサーVSハヤテ――


 アイギスの部屋の前。

 サラシと膝丈上のズボンでは隠せない褐色肌。六つに割れた腹筋や全身のしなやかな筋肉から体を鍛えていることが分かる少年――ハヤテが一人の男と剣戟を繰り広げていた。


 相手となっている男も日本刀を扱っており、ハヤテと同程度の剣速で全ての剣に対応している。

 黄と黒のヒョウ柄である髪色と瞳。黒いコートを身に纏うその男――パンサーは余裕そうな表情を崩さない。


 二人の刀が真正面からぶつかり合い、離れてから再度ぶつかると鍔迫り合いになった。

 力で押し込もうとしてもハヤテの刀は一向に前に進まない。涼しい顔をしているパンサーを見ているとまだ余裕があることが嫌でも伝わってくる。


 しばらく鍔迫り合いしていると、埒が明かないのを察した二人は同時に後方へ跳んだ。


「解せないな」


 ハヤテの呟きにパンサーは「何がだ」と問いかける。


「お前は強い。これほどの強さを持つ者が、なぜ帝王などの下についている」


「愚問だな。強いから上にいるべきという思想は弱者との差別に繋がる」


「では訂正してやる。お前は先程までに数回、俺に致命傷を負わせることが出来たはずだ。なぜ攻めて来ず防ぐことに重点を置く? 実力があっても心が甘い、なぜそんなやつが帝王の下にいる?」


「それも愚問だな。答えは一つ、帝王様の思想に俺が共感して自ら下についたからだ」


 帝王の思想といえば世界征服だ。破壊と支配で人々を恐怖で縛ろうとする考え。

 そんな帝王の野望にパンサーが共感したというのがハヤテには信じられない。


「お前が世界征服したいようには見えんが?」


「真の目的はそれではないからな。元々アイギス様に仕えていたから帝王様に協力するのは当然なのだが、俺は自らの目的のために動いたにすぎない。世界中の人間達の貧困格差をなくすという目的のな」


 ハヤテは「貧困?」と思わず口から漏らす。

 いったい帝王の思想とそれがどう繋がるのか理解出来なかったからだ。平然を装ってはいるが想定外の内容に内心戸惑ってしまう。


「いや、アイギス様……だと? そこの部屋にいたやつか、何者だ?」


「知らないのも無理はない。帝王様とご結婚なさる前も後もあのお方の情報は隠されてきたのだからな。しかし随分と懐かしい思い出だ……どうせ時間もあることだし語ってやろう」


「いらん。早々に死んでくれ」


 高速でパンサーの左側へと接近したハヤテは首目掛けて刀を振るう。しかしそれはあっさりとパンサーの刀に防がれた。


「あれは、アイギス様に仕えたのはもう十六年も前だったか」


「おい語るな。その余裕な態度が癇に障る」


「俺は良家の生まれだった。幼い頃から欲しかったものは与えられ、好きなように道場で剣術に打ち込めた」


「おい俺は聞かんぞ。本気で殺すからな、おい人の話を聞け」


 ハヤテはパンサーの左側から右側へと移動して刀を振るうも、当然のように防がれて額に青筋が浮かぶ。

 これが真剣勝負なら怒ることなどないが片手間に相手をされては沸々と怒りが湧いてくる。


「ある日、道場の生徒の一人に俺の弁当を分けたことがある。そいつはそこそこ貧しい家庭で弁当はいつも梅干しと白飯。ただ哀れに思い、おかずとして鴨肉を分け与えた。するとそいつは一口食べた瞬間に笑顔になり、感涙に咽いだ。俺はそれを見てこの世の貧富の差とはこれ程のものなのかと衝撃を受けたものだ」


 もはや無言でハヤテは斬りかかる。

 四方八方から刀を振るい、いくら防がれても攻撃の手を緩めない。


「その日から俺の目的は貧富の差をなくすことになった。幸い金なら無駄にあったから炊き出しやら何やら多くのことに取り組んではみたが、結局何をしても格差が消えることはない。俺は何も成せないままこの剣術の腕を買われてアイギス様の護衛として雇われた」


 ハヤテの姿がブレて残像を数体作り出す。

 緩急をつけた動きで作り出したそれらで錯乱して、背後に来てから刃の先端で突く。だがそれも振り向いたパンサーが刀身で逸らしたために成功しない。


「アイギス様は女神のようなお人。恋愛感情ではなく人として尊敬出来る女性。そんな彼女に相談してみれば、素晴らしい考えだとは言われたものの何も得られなかった。それからしばらく俺は彼女に忠義を尽くしながら生活した。外からの力に一切影響を受けないアイギス様は国の盾であり、狙われることも多いが全てから守り切ってみせた」


 ハヤテが「神速閃」と呟き高速で刀を振るうも防がれる。

 続いて「神速連斬」と呟き、神速閃の連撃を放つも正面から相殺される。


「だが数年が経った頃、乗り込んできた帝王様に俺は敗北した」


 そのとき、初めてハヤテの刀がパンサーの肩に掠った。

 さすがに連撃は相殺しきれなかったのだ。黒のコートが裂け、僅かに肌が傷ついたのか少量の血が飛び出る。


「帝王様は初めアイギス様を殺そうとしていた。しかし彼女は外から加えられる力に対して無敵。何をしても通じず、それが引き金になったのか帝王様はアイギス様を自分の城へと誘拐した。当然俺も付いていったがな」


 ダメージを与えられたことでハヤテは追撃のため連撃を繰り出す。

 パンサーは攻撃を刀でいなし続け、最後の刺突だけは刀身で受け止めた。かなりの威力が刀の先に集中しているので数メートル後方へ下げられる。


「帝王様の野望を静聴したとき、これだと思えた。世界中に格差があるというのなら、上にいる連中を全員下層に引き摺り下ろせばいい。そうすれば貧富の差はなくなり真の平和が訪れる。人々は真に平等な存在になれる」


「……くだらん。そうなったらお前や帝王が最上位に座するだけだ。貧富の差がなくなっても全員が貧しくなっては生活するのも困難になるだろう。お前の目指す未来は等しく困窮するだけの世界でしかない」


「もちろん資産も平等に振り分けよう。労働も、知識も、全てを平等に分けて格差のない世界を誕生させる。これでもまだ不服か? 差別意識は消え去り、平等を得られるこの策を聞いても不服なのか?」


 確かに全てが平等ならば対象がなくなるため差別なんてものは消える。

 比較することのない世界。それは争う意味もなく平和が訪れているのだろう。だがハヤテはそんなものまやかしの平和でしかないと思う。


 その平等は結局与えられるだけのもの。人々は向上心を失くし、心は停滞するに違いない。争いのない平等な世界が全て正しいとは限らない。


 何より強引な支配によって生み出された世界など反発する者がいくらでも出てくるだろう。少なくともハヤテやホウケン村の人間達、理不尽を認められない者達は確実に反逆者となる。こうした一面を考えてみるとハヤテには、パンサーの語る世界が将来を甘く見ている子供の絵空事にしか思えなかった。


「与えられるだけの世界など不服だな。……まあなんにせよ、お前の語った作戦は実行不可能だ。なぜならお前は、お前達は――今日で死ぬ」


「違うな。死ぬのは目的の邪魔者だけだ」


 ハヤテは左手で鞘を掴みパンサーへと回転をかけて投げつけた。

 直撃すれば回転の力により骨に響くダメージが加わるだろう。だがただ物を投げただけの単調な攻撃はパンサーに通用しない。それをハヤテも理解している。


 縦回転しながら迫る鞘をパンサーが真っ二つにした。分断された鞘がパンサーの頭上と股下を通って外れる。

 しかしハヤテの狙いはその迎撃にある。

 パンサーの速度は実質ハヤテよりも速いが、一度攻撃した後の僅かな隙を突ければ勝機は十分にあるのだ。


 鞘を投げてから駆けだしていたハヤテは軽く跳んで、パンサーの頭上から刀を振り下ろす。

 攻撃と攻撃の刹那とも呼べる時間にねじ込んだ振り下ろし。それをパンサーは横に一歩ずれることで軽く躱し、流れるような動作でハヤテを袈裟斬りにした――かに思えた。


「これは……」


 斬ろうとした瞬間ハヤテの姿が――先程真っ二つになって頭上を飛んでいった鞘へと変わっていた。


 どういう原理か理解するよりもパンサーには気にすべきことがある。

 ハヤテがいったいどこにいったのかである。だが鞘になったということはそれはつまり。


(殺気、背後……!)


 振り向いたパンサーの視界にはもう振られている刀が真っ先に入ってきた。

 目を剥いて急ぎ後方へ跳ぶも――パンサーの左肘から先が斬り落とされた。


自他変換アラギルコンバージョン。これを使用して殺し損ねるとは思わなかったな。やはりスピードはそちらが上のようだ」


 パンサーの左肘から先が床に落ち血だまりを作る。

 自分の腕が斬り飛ばされたのだと認識したパンサーは、自らの黒いコートから覗く左肘の断面と血飛沫を見やり、右手で止血しようと強く掴んだ。そのおかげで鮮血は徐々に勢いを弱めて完全に止まった。


「傷口を潰して止血したのか」


「いや、掴んで止めたというより魔力で傷口を包んで止血したという方が正しい。だがなるほど、貴様のことを少し侮っていた。謝罪しよう。そして同時に我が愛刀の魔刀(まとう)オルクスで冥府へ誘おう」


「ふん、ごめんだな。だがやれるものならやってみろ。俺の今までの努力を蹴散らす程の実力があるというのならな」


 パンサーが右手に持つ刀を胸元へと持ってくる。

 何かの技かと思い警戒するハヤテは目を細めた。

 胸元へと持ってきたパンサーの刀に薄紫のオーラが柄の方から纏わり始めたのだ。


「この魔刀オルクスは魔力を流し込みやすい素材で作られている。そして流したとき、この刀は別次元の力を与える」


「そうか。御託はいい、来い」


 細めた目を戻して二人は再び刀を構えた。


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