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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
553/608

342 敵対――子供同士――


 アイギスの部屋の前で、壁に寄りかかっているハヤテは扉を見やる。

 固く閉ざされていた扉がたった今開いたのだ。正確には一度黒いドレスの女性達が出てきたが、待つ羽目になった原因の少女ではないため無視した。


 扉から出てきたのは神奈と、不機嫌そうなパンサーの二人。

 何があったのかはほとんど聞く気がなかったが声をかけるためハヤテは口を開く。


「用事は終わったのか? なら行くぞ、帝王を倒しに」


「行かせると思うか。帝王様の元には行かせん」


 パンサーが俊敏な動きで通路を塞ぐように立ちはだかる。


「お前、やっぱり帝王側なのかよ。なあパンサー、お前はアイギスさんのことを大事に思ってくれていた。それなら帝王に少なからず思うところはあるだろ。頼む、共に戦えとは言わないから通してくれ」


「ああ、貴様ならいい」


「だろうな、やっぱダメ……えっいいの?」


 通してくれと頼んだとはいえパンサーは通さないと神奈は思っていた。

 どこまでいっても四神将という帝王の配下であり敵なのだからその思考が当然だろう。戦いは避けられないと理解していたので本気で困惑してしまう。


「ああ、貴様の正体はなんとなく予想出来た。アイギス様に深い関りのある貴様なら俺もここを通そう。貴様を殺すことはあのお方の望むことではないからな」


「正体って……。まあ分かった、ありがとう」


 神奈は歩いてパンサーを様子見しつつ通り過ぎる。

 無事に通れたことにホッとすると、付いてこないハヤテに目を向ける。


「おい何してんだよハヤテ。帝王倒しに行くんだろ、さっさと行こうよ」


「何も分かっていないなお前は。……俺はここに残る。お前は先に行け」


「え、なんで? せっかく通してくれるんだから行こうよ」


「神奈、こいつはどういうわけか知らんがお前だから通したんだ。この男は俺を通すつもりはない。その証拠にこちらへの敵意がはっきりと伝わってくる」


 そうなのかと視線で問いかければパンサーは頷く。


「俺はカンナだから通した。だからさっさと行くことだ、この俺の気が変わらんうちにな」


 正体が予測出来たというのも嘘ではないと神奈は思う。

 アイギスと深い関係、すなわち実子であると見抜いたからこそ神奈だけを通すのだ。


 ここからどうするか神奈は少し考える。

 ハヤテを置いていくか、それとも二人でパンサーを倒して先へ進むか。


 二人で戦った方が時間短縮になるだろうが、考えてから神奈は先へ進むことを決断する。

 帝王を倒してしまえばパンサーが戦う理由もきっとなくなるだろうと思ったからだ。神奈にはパンサーが敵討ちするほど帝王に忠誠を誓っているとは思えなかった。


「……ハヤテ、負けるなよ」


「……貴様こそな」


 神奈は最後にそう言ってその場を走り去る。

 目はまっすぐと前を見て決して振り返らない。


 パンサーの実力は本物だ。ハヤテに勝ち目がないとまでいかなくとも勝率は低いだろう。それでも決して負けることなど考えないのが伝わる瞳は神奈を走らせた。



 * * *



 帝王がいるのは謁見の間か城の上層かのどちらか。

 以前ミュート……いやスカルのもたらした情報を頼りに神奈はまず謁見の間へと向かおうと走る。


 信用出来ないとハヤテは言っていたが、逆に神奈は信じることにした。

 スカルは敢えて本当の情報を明け渡したのではないかと思っている。なぜなら彼にとってホウケン村の住人達は全員始末する予定の者達であり、冥土の土産として正しい情報を教えても全く問題ないからだ。


(確か、ここをまっすぐだったな)


 最初の分かれ道に戻って来た神奈は急いで謁見の間へと走る。

 しかし謁見の間と呼ばれるような部屋の前にそこそこ広い部屋へと出た。そしてその部屋に行く手を阻むようにエミリーが立っていた。


「……エミリー?」


 なぜここにいるのか疑問に思うも、神奈はアイギスの部屋の前からエミリーがいなくなっていたことを思い出す。理由についてはジッとしていることが我慢出来ず、一人で突っ込もうとしていたのだろうと推測する。


「そういやお前は扉の外にいなかったな、待たないで帝王のところへ向かってたのか。まあなんにせよ無事で何よりだよ。さあ、一緒に帝王倒しに行こう」


 歩み寄って神奈はエミリーの肩に手を置く。

 視線を下に落としているエミリーは何の反応も見せない。


「……この魔力……ダメです神奈さん離れてください!」


「はぁ? 何を言ってぐぼあ!?」


 何かに気付いた腕輪が忠告するも遅かった。

 エミリーは顔を上げて無機質な瞳で神奈を見やると、その外見的にも無防備な腹部に強烈な拳の一撃を叩き込んだのだ。


(え、何が……)


 殴られたことを理解する前に壁に激突し、ようやく神奈は現状を理解する。

 理解といってもエミリーがおかしくなっている程度の認識であり、腹部の痛みに顔を顰めながら詳細を知るために腕輪へと話しかける。


「くそっ、さすがに気を抜いてるときは効く……。なあ腕輪、ダメって言ってたよな。どういうことだ?」


「何やら不気味な魔力がエミリーさんの身体に纏わりついているんです。おそらく洗脳……いえ、帝王の力の詳細は不明ですので違うかもしれませんが、今の状態は洗脳に近い何かですね」


「解除方法は?」


「不明です。解析しますから少々お待ちを」


 今すぐ分からないことを悔しく思い神奈は小さく「くそっ」と口から漏らす。

 そして近付いたら攻撃されるのでないかと推測し壁際から動かないでいると、普通にエミリーの方から殴りかかってきたので躱した。

 右方に数歩分跳んだ神奈は額に汗を滲ませてエミリーを見やる。


「おいエミリー、今はこんなことしてる場合じゃないだろ! 帝王を倒すんじゃないのかよ!」


 エミリーは「神奈」と呟いて振り返る。


「正気に戻ったのか!」


「神奈、帝王の元には行かせませんよ。ここは通しません、村の人達と一緒に今すぐ引き返してください」


 あれほど帝王を殺したい、その配下も殺したいと宣言していた少女の発言とは思えない内容だ。

 やはり正気には戻っていないのかと神奈は淡い期待が裏切られて密かにガッカリする。


「なんでだよ、その帝王を倒すために私達はここにいるんだろ?」


「ええ、今思い返せば愚かな考えでした。大人なら周囲に合わせるのが普通だと思い合わせて来ましたけど……もう必要ないからやめるね」


 エミリーはそう軽く笑みを浮かべて告げる。


「神奈、どうしても先に進むなら私が倒すよ。私、四神将になるって決めたから」


 四神将といえば帝王直属の最高戦力のような者達。その一員になるとまで言うのは普段のエミリーからは考えられない。

 人の心すら操る帝王のやり口に神奈は心を怒りで燃やす。


「……だったらお前を倒して正気に戻してやる。二度とそんな戯言を口にしないようにな」


「そっか。じゃあしょうがないかな」


 エミリーは駆けて神奈へと拳を振るってくる。

 軽い動作で避けると、連打を放ってきたので全ていなして反撃の拳を腹部へ叩き込む。

 くぐもった悲鳴を上げるとエミリーは吹き飛び、床を五回ほど転がってから平然と立ち上がる。


「どうして戦うの? 私は神奈を殴りたくなんかないのに、さ!」


「それにしてはやけに強い拳だけどな!」


 二人は距離を縮めて拳をぶつけ合う。

 衝突で生み出された衝撃波が部屋全体に行き渡るも亀裂などは生まれない。異常に頑丈な帝王城内部ならどんな激闘を繰り広げても問題ないだろう。


「私だってお前と戦いたくなんてない。どうしてお前はそこまで帝王に肩入れするようになっちゃったんだよ」


 ふいに神奈は右拳を下げ、力を入れ続けていたエミリーの体勢が崩れたところを狙って左拳で頬を殴る。

 よろけたエミリーは倒れずに踏ん張り、再び神奈の方へ駆けてくる。


 神奈は目を見開いた。なぜかエミリーが地面から足を離して跳んだのだ。それも高くではなく体の左側が床スレスレの低空飛行で、右足を前方に伸ばしながら。


 蹴撃が来ると予測した神奈は迎え撃とうと右足を振り上げ、エミリーの左足へと勢いの乗った蹴りを放つ。しかし勢いでは相手の方が上で神奈は押され気味になる。

 神奈が押し負けようとしたとき、突如エミリーの前方に伸ばしていた右足が後ろから膝裏を襲ってきた。挟む形になると前の力より後ろからの力が強くなり、膝カックンのような要領で膝から前のめりに倒れた。


 顎を打ちそうになる前に両手を床につきホッとする神奈の後頭部に衝撃が奔る。

 エミリーは神奈を床へ倒した後、強く動かした右足の勢いで体を引っ張って回転し、高速回転で高く上がってから速度を乗せた蹴りを神奈の後頭部へと放ったのだ。

 当然突然の衝撃に対応出来ず神奈は顔面を床へと強打してしまう。


「戦いは痛みを生む」


 エミリーは神奈の顔面を床へ激突させた直後、左足で遠方へと蹴り飛ばす。

 壁に叩きつけられた神奈は「ああ?」という声を漏らした。


「争いは犠牲を生む」


「じゃあなんだ、戦うなっていうのかよ。横暴な帝王を放っておけって?」


 神奈はエミリーを見据えて問いかける。


「私はね、みんなに死んでほしくないんだよ。それが私にとっての真の平和。村のみんなが生きてさえくれていたらそれでいいの。四神将になる代わりにホウケン村は襲わないと帝王は約束してくれたから、私は村を守るため帝王の配下になる」


「世界のことはどうでもいいのかよ。帝王は放っておけばホウケン村以外を侵略して、独裁政治を行うかもしれないんだぞ。そうなったらどれだけの人間が迷惑するか分かるだろ」


「死ぬよりはマシだよ。他の人達がどうなろうとみんなさえ生きていればいい。帝王に助力することで冷たい目で見られようと私は構わない。だからみんなを連れて帰ってよ!」


 叫んだエミリーが神奈へ向かって走り出す。

 対する神奈も「ふざけんな」と呟き走り出す。

 二人の拳は再び衝突して想いをぶつけ合う。


「帰るならお前も一緒にだろ! それにな、帝王をここで倒しちゃえばいいだけなんだよ!」


「神奈はまだ知らないから言えるんだよ! 帝王には誰も、どんな方法を使っても、絶対に勝てっこない!」


「やってみなきゃ分かんないだろ……!」


「私はもう分かってる……!」


 二人の拳と想いが互いへと突き刺さる。

 一言一言叫ぶ度に二人の拳は互いへめり込む。どちらも防御する素振りを見せずにただただ殴り合っている。


「死んだらっ、何も残らないんだよ! 生きることが一番大事なんだ!」


「死んでも残るものはある! 託された想いがっ、背中を押してくれるんだ!」


「絵空事だよ、そんなの都合のいい妄想だよ! 一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり、色々一緒に過ごせなきゃ意味ないよ! 私はそうじゃなきゃ嫌だもん!」


「子供かお前は! いい加減折れろ!」


「神奈だって妄想ばかりの子供でしょ!? 胸も子供だよ!」


「ブーメラン刺さってんだよお前はああああああああ!?」


 神奈の拳がエミリーの腹部にめり込み、吹き飛ばす。

 足を床につけたまま後方へ下がらされたエミリーは気絶しそうになる強烈な痛みになんとか耐え、履いていた靴の底が擦り減って消えてしまったが勢いは止められた。


「一番キレるとこそこ……? だいたい私の方が胸あるし、あともうちょっとでBいくから大丈夫だし」


「神奈さん確かAAでしたっけ? うわっ、改めて見ると酷いですね。成長してるとか言ってましたけどこれって全然成長してない」


「うっるせえええええ! 胸の話はいいんだよ! 私はただこの怒りを帝王に全てぶつけたいと思ってる。エミリーもう一回言うぞ、帝王に私が勝てるかなんてやってみなきゃ分からない……いや、勝ってみせる。だから……」


 体の成長の話は隅へとぶん投げて神奈はもう一度想いを告げる。


 先程エミリーが帝王と約束したと言っているということは一度会っている証拠だ。エミリーが見つけたら即行で殺しにかかるだろうことは分かっているので、ここまで勝てないと断言するのは余程実力差が開いていたからだろうことは神奈も予想がつく。


 打倒する目的が変えられてしまうくらいに帝王が強いことも理解出来る。

 それでも神奈は諦めたりしない。エミリーがいくら止めようとしても強引に押し通るつもりでいる。


「言ったでしょ、帝王には勝てない。村のみんなを死にに行かせるわけにはいかない」


「だったら私だけならいいんだな?」


 エミリーが「え……?」と困惑の声を思わず漏らす。


「私は余所者だ。私だけが戦えば何も問題ないだろ」


 困惑の表情になっていたエミリーの顔は悲しみが滲み出たものへと変わる。


「……神奈は確かに村の生まれじゃない。でも、私は、私は神奈のことをもう村の一員だと思ってたよ。仲間だと思ってくれてなかったの……?」


 今さらながらエミリーの胸中を神奈は理解した。

 エミリーの言う村のみんなの中には神奈も入っていたのだと。帝王と戦わせないなどと告げていたのは神奈のことを心配してくれていたからなのだと。


 腕輪は洗脳に近い状態と言っていたが、最初よりエミリーの意識ははっきりしていると神奈は思う。

 完全な洗脳ではなかったのかエミリーの意思はエミリー本人のものだ。誰かに操られているから帝王の元へ行かせないのではなく本当に自分の意思で、苦渋の決断だっただろうに神奈と戦うことを選んでいたのだ。


「……仲間さ。そうだな、私も村の一員に加えてくれるならありがたいよ。みんな良い人達だから死なせたくないってのも分かる。……でも、仲間だからこそ頼む。私を帝王の元へと行かせてくれ、必ず勝つって約束するから」


 エミリーの表情が悲痛なものから険しいものへと変わっていく。


「ならそういう程の力を……見せてよ」


 神奈は頷き拳を構える。エミリーも拳法のような構えをとり一気に駆け出す。

 接近するのに対し神奈は何も行動を起こさない。不思議に思ったエミリーが拳を突き出そうとした瞬間――神奈が急速に一回転して裏拳を放った。


 まともに視認出来ず、エミリーの目にはその姿がブレていた。回避行動をとることも出来ない速度の攻撃が脇腹に突き刺さり壁へと殴り飛ばされる。


「がふっ!? ……うん、強い……や」


 受け身をとることも出来ず壁へつけられたエミリーはそう呟き床に倒れる。


「……お前もな」


 神奈は今の一撃に魔力加速を使用していた。使う必要はないだろうと勝手に思い込んでいたゆえに使用を控えていたが、エミリーの意志の強さを尊重して躊躇いなく使用した。いや使用させられたのだ。


 進むのを邪魔する者は倒れたので神奈は謁見の間の方向へと歩いて行く。だがその途中でエミリーの声によって足が止まる。


「待って……最後に一つだけ。……帝王は、帝王の固有魔法は……繋がりを弱くする」


「神奈さん。どうやら解析の結果、エミリーさんの状態は帝王との繋がりを強くされただけのようです。受け入れやすくしたと言うべきでしょうか」


「そうか。エミリーありがとう、絶対勝つから待っててくれ」


 再び神奈は歩き出す。その胸に純粋な怒りを抱いて。


「……いって……らっしゃい」


 最後に掠れた声が神奈に届いたが歩みを止めることなく、小さく「いってきます」とだけ告げて部屋を出て行った。


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