338 大魔女対決2――サイハVSバーズ――
「私が憐れ? 今の言葉、取り消しなさい」
一瞬きょとんとしたバーズの心は怒りに染まり、青白い魔力に形が与えられていく。
魔力が小鳥の姿に変化した。それも一羽だけでなく数十羽という多さだ。
「取り消さないわよ。こんなこと敵に言うのはなんだけど、あなたが帝王のことをどう思っているかくらい私でも分かるわ。そしてあなたがどう思われているかも」
「取り消せよっ!」
体を小刻みに震わせるバーズの乱暴な叫びで、小鳥の群れが一斉に飛翔する。
まるで集団が行う舞のように華麗で統率された動き。半数ずつに分かれてから大きく迂回して一羽一羽が交差する光景は美しいものだ。
若干その動きに魅了されつつもサイハは一瞬で正気に戻り、障壁を展開して周囲を覆いながら右方へ飛ぶ。
直撃の直前で回避されたことで反応出来なかった小鳥は床に着弾して爆発する。そして反応した大半の小鳥はサイハを追尾する。
「私ね、この戦いが終わったらキリサメとデートするの。あなたはそれくらい帝王と距離を縮められたの? まあ、おそらく帝王はあなたさえも都合のいい道具程度にしか認識してないんでしょうけど」
「ふざけんっ……ないでくださいよぉ。なんです、いきなり死亡フラグを立てるなんてどうかしてるんじゃないですかね。それとも潔く死んでくれるんですかねぇ」
「あなたはさっき信頼されてるっていったけど……真の信頼じゃない。その仮面で顔を隠して、今のように口調を偽って、違うでしょ。まずはその仮面を取って素の自分を見せなさい。それが出来ないならあなたの方が相手を信頼しきれていない。そして信頼されてないと分かれば相手もしない」
青白い小鳥が何羽か追いついて障壁にぶつかると爆発を起こす。
障壁に小さなヒビが入ったのでサイハはまた直撃寸前で回避する。今度は上に回避して、もう一つの集団が目前へと飛んで来ていたことに驚愕して目を見開く。
魔力で作られた四十羽程の小鳥が障壁に追突して大爆発を起こした。
「永遠に黙れよ、私のことなんて何も知らねえくせに。それに素の自分を見せろだって?」
障壁が破壊され、大幅に軽減されたとはいえ爆発の威力によってサイハのこめかみに傷が出来る。多少切った程度だが血が垂れてくる。
「見ろ、この顔を!」
バーズは梟を模した仮面を外し、投げ捨てた。
小鳥達の襲撃が残っているサイハは球体の魔力弾を右手から連続で放ち、遠くで全滅させて大爆発を起こした後で見やる。
露わになったバーズの素顔は傷だらけであった。
右頬から右眉まで深く痕の残る火傷。唇から左頬に向かっていくつもの切り傷があり、縫った痕がくっきりと存在をアピールしている。左眉近くはただれて見るに堪えない。顔立ちは整っているものの傷痕のせいでそれをはっきりとは認識出来ない。
「実戦で火属性魔法を喰らって治らない火傷。風属性魔法を受けて一度裂けた口元。いったいこの顔を、この恥にしかならないものを晒してなんの信頼を築く!? 帝王様を振り向かせる!? どんなお花畑思考してても無理だって分かるだろ! こんな醜悪な顔面を帝王様には絶対見せたくない!」
再び小鳥の集団が作られてサイハへと向かっていく。
「本当の仲間なら相手のどんな醜い部分も受け入れてくれる。帝王がどういう人間なのか私は知らないけど、その顔を見て罵倒するような相手なら最初からその程度の関係だったってことよ。あなたはもう分かっている、心の底で気付いているんでしょ? 自分のことを帝王がどう思っているのかを」
サイハは魔力の小鳥達を回避するため飛び回り、追いつかれれば障壁で防御したりしてやり過ごしながらバーズへ語りかける。
「黙れ黙れ黙りなさい! 元々都合のいい駒だったんです。私はもうそれ以上なんて望まない!」
「嘘つき。本当は恋人になって対等に過ごしたいと思ってるくせに」
「……ふ、ふふ、ふははは! 知らないから言えるのです。もう遅いのですよ、帝王様にはもうあの女がいる。いくら私が好いていても気持ちは一向に伝わらず、届いたとしても虚しくなるだけです。私はもう諦めているのですよ!」
「たとえそうだったとしても、あなたは気持ちを伝える努力を続けるべきだったのよ。ダメだと諦める前に、きっぱりと気持ちを伝えた方が気持ちよく終われるもの」
「もう全部終わったって言ってんだろうが! ……はぁ、これ以上は平行線。話をしていても無駄のようですねぇ。大人しく死ぬといいでしょう。〈水龍の顎〉!」
透明度の高い透き通った龍の形の水がバーズの右手から現れる。
ただの水ではなく、全身が高水圧で超速回転している。飲み込まれればバラバラに引き裂かれるような流水だ。
サイハは向かってくるそれに魔力光線をぶち込み、瞬時に魔力爆破で高熱を生み出し水蒸気爆発を起こす。当然〈水龍の顎〉は消滅している。
「あなたの場合、真正面から大好きって言った方がよかったのかもね。ストレートな気持ちは絶対に伝わるもの。そのチャンスを上げたいところだけど残念だわ。私の役目はあなたを倒すこと、手加減は出来ない。〈風神の息〉」
突如、部屋内部に竜巻が発生した。
自然の竜巻を遥かに上回る威力を持つそれは部屋全体を暴風で荒らし、バーズを蹂躙するべく浮かび上がらせて呑み込む。
少々回転する風に呑まれて流されたが、バーズは障壁を張って風の影響を防ぐ。
「〈隕石〉
竜巻が発生している部屋の天井に大岩が出現した。そして風の影響を無視して超スピードで落下し、砕けると四方八方にその破片を弾丸のように飛ばす。
サイハは破片を障壁で防ぐ。もし高速で飛来する破片を生身で受ければ手首などが潰れてもおかしくない。
本来であればその大岩で敵を押し潰す魔法だが、今回は竜巻を止めるために使用された。
大岩を落とすだけでは止まらないが、このまま竜巻を維持していれば破片が飛び散って殺傷力が増す。敵に有効でも使用者にもダメージを与える可能性が高くなる以上解除せざるを得ない。
「〈隕石〉
「二発目!? 〈溶岩壁〉!」
またも天井付近に大岩が現れたのを確認し、サイハは同じ土属性魔法である〈溶岩壁〉を使用する。
その魔法はサイハの正面に煮え滾るマグマの波を出現させ、さらにその中に自動で岩が生成されて混ざり合い高熱の岩達の壁も追加で出来上がる。
大岩が床に落下し砕ける。破片が飛び、サイハの正面にあるマグマと岩の壁で防がれた。
(この部屋、ほんとに傷一つつかないわね。さっきから全力で魔法をぶっ放してるっていうのに……っ! 後ろ!?)
魔力感知を自身の周囲三メートル程に範囲で使用しているサイハは、背後から近付いて来るバーズを感じ取る。
振り向いたはいいが対応するまでの時間は残されておらず、サイハは右拳での一撃をもろに鳩尾へと喰らってしまう。そして〈溶岩壁〉をぶち抜き破壊すると、〈フライ〉によって勢いを殺しきれず床を跳ねて転がる。
激しく咳込みながら視界を正面へ向けると、サイハに迫る左腕が視界に入った。
咄嗟に障壁を張ってなんとか防御するも、亀裂が入ったうえに後方へ飛ばされる。さらに追撃しようとバーズが接近しようと踏み込んだとき――
「〈閃光〉!」
――部屋全体が眩い光に包まれた。
バーズの視界は白一色となり耳鳴りすらしてくる。
(目がっ! 耳も使えない……!)
立ち止まってしまったバーズの視界の白に赤紫が奥から近付いて来る。
サイハの魔力光線だ。魔力感知により理解したバーズは障壁を張って防ぐ。
「魔力氷結」
赤紫の魔力光線がバーズを呑み込んで少しすると、あっという間に光線が氷塊と化す。
一気に氷漬けになったとはいえ障壁は健在。バーズは障壁を広げて氷を砕き、真上へ脱出すると――先端が鋭く尖った氷柱が狙ったように飛んできた。
――〈追跡の氷柱〉。
使用者の思うがままに、生み出した氷柱を操作して敵を貫く魔法だ。
目が見えずともバーズには魔力感知で近付く氷柱を感じ取れる。障壁を前面に集中して氷柱の連撃を見事に防ぐ。
そこでようやく目と耳が回復してきて視覚と聴覚が戻り――バーズは目を見開く。
「な、なんだ……それは……」
サイハが両手を翳している謎の球体。
白く光り輝いていると思えば黒く濁っていく。
火の粉が舞ったかと思えば水滴が垂れる。
電気が奔ったと思えばそれが岩になって固まる。
風が吹いたと思えば球体が消えかけた蝋燭の火のように点滅する。
果たしてその異常現象に溢れている球体はなんなのか。バーズは見たこともないそれに冷や汗を流す。
「複合魔法ってあなたなら知っているでしょ? 同属性、もしくは別属性の魔法を組み合わせて全く別の魔法を作り出す技術。さっき使った〈溶岩壁〉も火と土の複合魔法ね」
「知っている、知っているけどそれは! その奇妙なエネルギー体はいったい何と何を混ぜ合わせた!」
「――全属性よ」
口角を僅かに上げてサイハは得意げに答える。
「ぜ、全、属性……そんなの……そんなの、全て混ぜる前に反発し合って暴発するはずだ」
「微量でもそれぞれの複合させる強さを間違えればそうなるわ。でもこうして成功させれば全ての魔法を超越した威力の魔法になる。試したことはなかったの?」
バーズは試そうとも思わなかった。戦闘員育成施設では既出の魔法や技術しか教えられなかったからだ。進んで強くなるのも施設の人間を喜ばせるだけなので癇に障るため、一人では訓練などしなかった。
複合魔法は施設の者に教えられたが複合出来ても三つか四つまで。火、水、風、雷の四つの属性を混ぜ合わせた魔法がこの時代では最高位の複合魔法とされている。それ以上を試すなど考えもしない。
「〈火炎放射〉、〈水龍の顎〉、〈風の爪痕〉、〈電撃の渦〉」
激しい業火が放出され、それに次々と放たれる魔法が追いついて融合していく。
「四属性複合魔法〈雷炎風水廻天流〉!」
「全属性複合魔法〈生と死の共鳴弾〉」
赤、青、緑、黄が四層になって高速回転する龍。
様々な現象が引き起こされ続けている球体エネルギー。
二つが引き合うように近付いていき、球体を龍が飲み込んだ。
そして龍の体は爆発四散して、なんともなかった球体はバーズの手前で超爆発を起こす。
この世に存在するありとあらゆる色が爆発を彩った。だが美しさと禍々しさを併せ持つその超爆発の規模はバーズを中心とした半径五メートルの球状程度。それは決して威力がなかったからではない、分散せずその狭い範囲内で集中して威力を発揮したからである。
爆発の光が止んだ後、そこにバーズの姿はなかった。
完全消失したのを確認してサイハは小さく息を吐くと、前のめりに倒れてしまう。
全属性複合魔法は消費魔力が激しすぎたのだ。超魔激烈拳程ではないといっても超威力の技にリスクは必ずある。サイハが倒れずに済むには万全の状態で撃つ以外にない。
「帝王様……大好き……」
倒れたサイハにはもう存在していないはずのバーズの声が聞こえた。
空耳か。幻聴か。それとも……。
(はぁ、私も……ストレートに大好きって言わなきゃね……人のこと……言えないわ……)
なんにせよ聞こえた声にサイハは苦笑して、すぐ気を失った。




