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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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337 大魔女対決1――憐憫――


 全体に埋められている小さな球体が青白く光っている。

 帝王城の地下に存在するその部屋は、最奥に他の球体と比べ物にならないほど巨大な球体が埋められていた。それには数十のパイプが付いており、埋められているうえパイプで壁に繋がって固定されている。


 帝王城のコアとされるそれは魔力炉と呼ばれていた。

 生物の心臓が血液を全身に送るように、城全体へと魔力炉から魔力を行き渡らせている。それがどういう意味を持つのか魔力炉の正面に立つ女性は知らない。


 体型は小柄で貧相。梟を模した仮面で顔を隠し、不気味な毒々しい紫のローブを着ている女性――バーズ。彼女はただ帝王に管理を任されたからこの場所にいるだけにすぎない。

 重要なのは帝王から任された事実だ。隠す気もないがバーズは帝王を性的な意味で好いている。一人の男性として愛している。


 それがぽっと出のぽっと出、いきなり現れたアイギスによって正妻の座を奪われた……正確には正妻に位置していなかったので奪われたという表現が正しいかは分からないが、バーズ本人はそう思っている。彼女はただひたすらにアイギスのことが気に食わない。


(あの女、あの女ああ……ああクソっ、あの女のことを考えると呪詛が溢れてくる。はぁ、帝王様はどうして……どうしてあの女を……ああもう、殺したいけどそれは帝王様が望まないし。……胸か? 胸が足りないからか? ああ、もぎ取って私につけたい。この世界の胸囲の格差をなくすには巨乳の女が貧乳に分け与えればいいってのに)


 神奈と同じことを考えている彼女だが実際に行動に移しそうな危うさがある。

 だがアイギスは仮にも帝王の正妻。危害を加えれば反逆者として帝王に処刑されるかもしれない。いやなまじ強いだけに都合のいい操り人形として残されるかもしれないが。


「イライラする。とってもイライラしてる。侵入者が来たのもあって鬱憤を晴らしたくなってきましたよ」


「あら、それは不機嫌な時にお邪魔したわね。大魔女バーズ、もしかして生理中?」


 ゆるふわパーマの黄髪の少女――サイハは入口から最奥のバーズへと話しかけた。

 褐色肌と、獣の革で作られたサラシにロングスカートを見てバーズはホウケンの人間であると理解する。ホウケン村は都会から孤立した集落のようなものなので暮らしのレベルが数段劣っているのだ。どこぞの民族のような外見なので、これまで帝王の傍で様々な者を見てきたバーズならすぐに分かる。


「冗談、品のない女ですねぇ。あなたのような女が子孫を残せず孤独死するんですよ」


「……ふっ、そんな気味の悪い仮面と服装をしてる人に言われたくないわね。あなたこそずっと独り身で過ごすことになると思うわ。可哀想可哀想」


「は? 勝手な哀れみの目を向けないでくれますか? ええほんと、女の嫉妬は怖いですねぇ。可哀想可哀想」


「はい? 嫉妬なんてしてませんけど? 嫉妬する要素なんてどこにもありませんけど?」


「あア? なんですかア? 何余裕って感じ出してるんですかア? いやほんと勘違いしないでもらえますかねぇ。テメェのような巨乳女はそのでっかい乳ぶら下げてるだけで勝ち確みたいに勘違いするんだよねぇ。女の本質は胸じゃねえんだよクソ女ア!」


 地雷を踏んだのかバーズの態度が豹変した。

 心の奥にしまっていた本音が怒りで思わず漏れてしまった。


「口汚い……それが本性? ますます嫉妬する要素ないじゃない」


「……失礼しましたねぇ。ああ本当にイライラしますよ、あなたのような人と会話しているとイライラが増してきます。その魔力の強さなら帝王様の配下に加えてあげようと思っていたのに……ここで殺して忘れることにしましょうか」


 怒りで漏れた本性はまたすぐに覆い隠される。そしてバーズの体を薄く青い光が包み込む。

 変化に少々戸惑っていたサイハだが、バーズの魔力が可視化出来る程に強まってきたので気を引き締める。


「この魔力、エミリーじゃ厳しかったはず……やっぱり一人で来て正解だったわね」


 サイハが突入直前で一人にしてほしいと言ったのはバーズと一騎討ちをするためであった。

 城の外にいた状態でもバーズの魔力は感じ取れた。強大なそれを感知した瞬間、エミリーでは接近する前に倒されてしまうと直感していた。こうして間近で見れば、やはり己の判断は正しかったとサイハは思う。


 赤紫の魔力がサイハを包み、二人のエネルギーが昇っていく。


「私の力を感知し、こうして一人で来るということはそれなりに腕に自信があるのでしょう。その自信がどれ程持ち、果たしていつ崩れるのか見物ですねぇ。さて最初は、そうですね、こんな攻撃はいかがでしょう」


 バーズが青白い魔力に形を与えていく。

 体を覆っていたそれは二方向に伸び、大きく膨れ上がると巨腕になる。


「魔力弾の応用です。これくらい出来るでしょう?」


「お遊びね。それくらい低度な技術よ」


 魔力弾とは魔力に形を与えて銃のように撃ち出す基礎技術。それはなにも球体に限らず自由自在に形を与えることが出来る。

 遊びと宣う程度の技術なので真似するのは簡単だ。サイハの背から赤紫の巨腕が作られた。


 青と赤の巨腕が互いに向かっていき取っ組み合う。

 指を絡ませ力比べをする四本の巨腕は互角。部屋の中心でどちらかが優勢になることなく止まってしまう。


 力比べが互角なことは意外だったバーズと、まあこんなものだろうと推測していたサイハ。多少動揺すれば隙が生まれるはずだが二人の次の行動は寸分違わず同時に行われた。


 ――魔力爆破。青と赤の巨腕は二人の傍から熱エネルギーへと変化する。

 高熱の爆炎と化した巨腕は混ざり合い、炎と爆風が部屋全体に広がる。充満した熱気は生物が生存不可能な温度に達していた。

 燃える物がないため爆炎が部屋を包むのは数秒。それでも室温は二人の爆破によって五千度を超える超高音であったが、魔力障壁によって二人共五体満足である。


(驚きましたねぇ。爆破によって起きた熱で焼失させるつもりだったのですが)


(考えることは同じってわけね。そう容易くは倒せないか……)


 爆発により酸素が急激に失われ、部屋全体の酸素はゼロに等しくなったものの、二人はすぐに〈オキシド〉という酸素を生み出す魔法を唱えて補充する。

 まだ常人では呼吸しただけで肺が燃える程の室温であるが、魔力で肺も守っているサイハは深く呼吸する。そして周囲の景色を眺めて方眉を僅かに上げる。


(……どういうこと? あれだけの高熱と爆炎で部屋に傷一つ付いていないなんて……この部屋、いったい何?)


 焼け跡も、焦げカス一つすらない無傷の部屋。

 本来ならこの部屋ごと城も半分くらいは溶けていいような熱量であったにもかかわらず、全く影響を受けていないのは不自然だ。何者かによる力の補助が入っているのは間違いないとサイハは思う。


「ねえ、どうしてこの部屋は溶けてなくならないわけ? 普通あんな熱に耐えられるわけないでしょ。どんな金属でも溶けるような高熱よ?」


「あの程度の熱で影響を受けるわけないでしょう。ここは魔力炉、帝王城の心臓部なのですから」


「で、それはなんなわけ?」


「……この城の重要な役割を持つ何かです」


「ああそう、知らされてないってことね。四神将っていっても帝王から信頼されているわけじゃないのかしら。何も教えられてないって、あなたそれでいいの?」


 サイハの言う通り、バーズは魔力炉という存在の詳細を知らない。教えられていない。しかしそれが信頼されていない証明になるわけではない。もしなってしまったとしたら、愛する帝王に信じられていなかったら、バーズはきっとその現実に耐えられない。


「黙れよ」


 言葉の棘は胸に刺さる。ブスブスと刺さって痛みを訴える。

 バーズはこれまで帝王に尽くしてきた。アイギスが来てからは控えめになり、今では全くといっていいほどしていないが愛情をなるべく表現してきた。それらの行動が彼に何一つ届いていないことくらいバーズとて理解している。


 だがそれでも決して、帝王にとって自分がどうでもいい存在ではないと信じている。

 強い魔力を持っているその一点だけで帝王軍に勧誘された。この生まれ持った力は、国の秘密兵器として育てられた実力だけは興味を持たれていた。


「たとえどう思われていようと、好きな人のために働けるのは素敵なことでしょう?」


 バーズが帝王へ恋に堕ちた瞬間は初対面時。俗にいう一目惚れ。

 国が経営している孤児院――とは名ばかりの戦闘員育成施設で育てられたバーズは自由に憧憬(しょうけい)を持っていた。


 強大な魔力を生まれ持った者を拉致して育てる戦闘員育成施設。それを知った者、バーズを含めたほとんどが国の腐敗した汚点であると思っている。

 育ててもらったといっても実戦訓練を山ほど経験させられて、女性だというのに顔も体も傷だらけ。傷を隠すように仮面とローブを身につけ、いつしか恩も憎悪に変化した。


 生後一か月も経たず本当の両親、会ったこともない二人には事故死として伝えられ、愛があったかも分からない両親が付けてくれた名前は国に捨てられている。


 今さら両親に会いたいとも思わないが、バーズとしてはまだ顔も知らない両親に育てられた方がマシな生活を送れたのだろうと度々思う。だが辛い過去さえなければ、国の兵器としての生さえなければ帝王とは出会うこともないのでそこだけは感謝している。


 あのとき、世界に宣戦布告した帝王を仕留めるため、ターゲットの容姿と名前だけ伝えられたバーズは帝王の元へと送り込まれた。


 そこで初めて自由の象徴を知った。

 国の命令に従い、普段は訓練続きでお洒落も出来ず、外出には監視が数名つけられ、一応秘密兵器扱いなので施設以外の人間と必要以上に仲良く出来ない。不自由だったそんな日常が崩れ去った気がした。


 自由に破壊し、支配する帝王の在り方にバーズは惚れ惚れする。あの生き様こそ人間のあるべき姿だと認識する。


 強い魔力に目をつけた帝王はバーズを勧誘し、元々国や施設に悪感情しか抱いていない彼女は即承諾した。あっさりと母国を裏切った。


「私はただ、帝王様の傍らに立っていたいだけなのです。そう、それに私は信頼されている。この場所の管理を任されているということこそ信頼の証!」


 サイハはバーズを憐れむ。心から、憐れむ。

 好きな者の前で本当の自分を偽り、現状に満足していると自分に嘘を吐く。

 バーズの今の在り方はサイハからすれば不自由で、惨めな敗北者に思えた。


「憐れね、あなたは」


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