335 進撃――加護の誘導――
夜闇に紛れて百人近い団体が地を駆ける。
ホウケン村の人間プラス神奈、エイル、アリアの協力者三人。それだけの人数が行進するかの如く動きを合わせて帝王城へと近付いていく。
森を抜けようとしたところで全員は足を止めて屈む。
城の入口には当然の如く見張りの兵士が立っており目を光らせていた。無暗に突っ込めば侵入する前にバレて他の兵士達を呼ばれてしまう。
「改めて見ると……でかいな」
神奈はそびえ立つ高層ビルのように高い城を見上げ、その高さに思わず感想を零す。
薄茶のレンガを積み上げた西洋風の城は、三つの建物がくっついているように歪な形をしている。まるで両手を胴体に密着させた人の上半身が埋まっているかのような形だ。
「作戦を今一度確認しておくぞ」
ハヤテの近くにいるエミリー、サイハ、神奈は視線を集中させる。
「俺達四人は城の奥へと侵入。ミュートがスカルだったことを踏まえ事前に手に入れた情報は忘れていいが、二人一組で四神将及び帝王を撃破。残りの者はわざと入口近くで騒ぎを起こして兵士を引き付ける。それは変わらない」
「……この土壇場で一ついいかしら」
今にも異議を申し立てるようにサイハは小さく挙手する。
「どうしたサイハ」
「二人一組って話だけど、私の戦闘スタイルは広範囲の魔法攻撃をバンバン撃つ感じなのよ。スカルとの戦闘を振り返ってもらえば分かると思うけど誰かと組んで戦うのは自信がない。もしかしたら全力で攻撃出来ずに足を引っ張っちゃうかもしれない。だから私は一人で、大魔女バーズの相手をしたい」
「……本来の力を発揮出来ないというのなら一人でも構わん。それでバーズだったか、そいつの居場所は分かるのか?」
「ええ、嫌でもはっきりと。おそらくあの城内で一番強大な魔力の持ち主でしょうし間違いないわ」
「そうか、それならばいい。ではサイハは単身でバーズを引き受けてくれ。……となると誰かもう一人も単身で動くことになりそうだが、いやそれは危険だし三人で行動するか? いずれにせよ、状況に応じて臨機応変に行動するしかなさそうだ。ここから先は予想外のことも多いだろうしな」
何しろ敵の本拠地だ。殺傷力の高い罠、強力な伏兵、色々予想外のこともあるだろう。しかしそれはどの戦場でも同じこと。敵が誰だろうと、どこだろうと、予想外の何かというものは起こりうる。
「これから見張りを殺し突入する。……準備はいいか?」
「もちろんです」
「ええ、いつでもいいわ」
汗がハヤテの額から一筋垂れる。
あまり違いはないが、平常時より僅かに荒い呼吸なことに気がついた神奈は隣に移動して問いかける。
「緊張してんのか?」
ハヤテは一拍置いて「ああ」と呟いた。
「……これから始まるのは一生で一番厳しい戦いだろう。なにせ相手が相手だ、さすがの俺でも死ぬかもしれん」
神妙な面持ちのハヤテの不安を払拭しようと、神奈はその背中を軽く叩いて笑いかける。
「そういうときこそやってやるって思えよ。私はお前のことあんまり知らないけどさ、こういうとき私の知ってるやつなら不安を表に出さないぞ。村の長がそんな顔してたら士気も下がるしな」
「今の音はなんだ? こっちから聞こえたような……」
神奈は「あ」と、やってしまったという内心が透ける一言を漏らす。
背中を叩いたとき、動作は軽かったとはいえ音は軽くなかった。いい音が鳴ったというべきか、バシンッと兵士にも聞こえるレベルの音が出てしまっていた。
「……まったく」
兵士が神奈達の方へと歩いて来る。
徐々に近付いて来る兵士を確認し、エミリーやサイハはミスした本人に責めるような視線を向けた。
「緊張感がなさすぎるというのも考え物だな」
含み笑いを浮かべたハヤテは立ち上がる。
「な、何奴だ!」
兵士が叫ぶと同時、ハヤテは瞬時に通り過ぎる。
敵を見失った兵士は持っていた槍を構えて――両手首から先が槍ごと地面に落ちた。さらに驚愕と痛みで悲鳴を上げようとした瞬間、頭と上半身も地面に落ちる。残った下半身はバランスを崩して倒れた。
「……ホウケンの誇りを持ちし住人達よ、俺に続け。突撃だああああああ!」
いつの間にか抜刀し、血の滴る刀を持ったハヤテが走り出し、それに続くように神奈達も立ち上がって後を追う。
百人以上の気合を込めた雄叫びが周囲に響き渡る。武器を持った村人達の進撃が始まった。
ハヤテ、神奈、サイハ、エミリーの四人は加速し、一気に侵入。帝王城の最初の分かれ道へと到達する。
四人は立ち止まり、素早く話し合う。
「分かれ道か。サイハ、バーズの居場所は?」
「バーズの魔力は左。私は左へ行くわ」
「なら俺は右だ。神奈、エミリー、付いて来い」
サイハは一人左の通路を〈フライ〉を使用し飛翔して進む。
神奈とエミリーは頷き、右へ駆けるハヤテへと付いていく。
なるべく音を立てずに走る三人は誰かに視認されない程のスピードで進み、再び分かれ道に遭遇した。
ハヤテは素早く左へ向かうことを決め、後続の二人に左手でこれから進む方向を伝える。
そうして三人は左に向かう――と思いきや神奈だけは立ち止まって右を見た。
「神奈?」
「おいどうしたモタモタするな。兵士共に見つかって戦闘になるのは面倒だ」
神奈は二人の声が届いているにもかかわらず全く反応せず、右に向かう通路の先だけをひたすら見つめている。
右の通路の先に何があるかといえばアイギスの部屋だ。神奈は一度来たときのことを思い出し、彼女のことを再び思い出していた。
(アイギスさん……ああダメだ何考えてる、今は大事なときじゃないのか? こんなことしてる場合じゃない、さっさと四神将と帝王をぶっ飛ばさないといけないのに……どうしても、気になる。なんでこんなに気になるんだ、あの人は関係ない赤の他人なのに……)
思考を巡らせる神奈は右拳を振り上げ、自分の右頬に勢いよくめり込ませる。その威力に押されて体も右に動き壁に激突する。
「神奈!?」
「なんだ!? 精神攻撃でも受けたのか!?」
もちろんそんなものは受けていないので警戒するだけ無駄である。
ただ、敵からの攻撃ではなくても神奈は内側から精神に干渉されている。胸の内側にある何かが熱くなって心を焦がし、ズキズキと、まるで恋でもしたかのように胸が痛くなる。本人でも理解不能な現象がこの分かれ道にやって来てから襲ってきているのだ。
「神奈さん、どうやら加護がこちらへ行くことを願っているようです。行かなければその体の不調はいつまでも続くでしょう。ここは素直に従った方がいいかと」
加護が願うというのも不思議な話である。
神奈は知らないことだがそもそも加護というのは神の力の一部。意思を持つということ自体ありえず、腕輪も今神奈が襲われている現象を正確に把握しきれてはいない。
ただ可能性という点でなら一つ、妄想のような結論を出せる。
もしかすれば神奈が持つ加護に何者かの意思が入り込んでいるのではと。
加護自体に意思がないのなら後から加えられたのは明白。それが何者の意思なのかは不明だが神奈の行動を妨げる程には強いものだ。
「エミリー、ハヤテ……悪い。私、こっちへ行く」
「神奈がそっちへ行きたいのならそちらへ行くのは構いませんけど……。なんだか急で、おかしくないですか?」
「二人は来なくてもいい。大丈夫、ちゃんと用事が終わればまた戦いに戻る」
「いや、俺達も共に行く。今の不安定なお前を一人には出来ん」
「そうか、本当に悪いな……」
三人は走って右の通路へと向かうことにした。
あのアイギスの部屋に近付くにつれ神奈の胸の痛みは強くなっていく。
(ズキズキするし、ザワザワする……。この感じは、ザワザワする方はたぶん邪血だ。でもあの時みたいにおかしくはならない。同じ痛みなのに、ズキズキする方が抑えてくれているみたいだ)
神奈達はアイギスの部屋の扉が視界に入ると、扉の前に一人の男が立っていることに気付く。
黄と黒のヒョウ柄の髪色と瞳。黒いコートを身に纏い、腰には鞘に入った日本刀を下げている男――パンサーは走る三人を見据えている。
「止まれ、侵入者」




