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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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334 休息終了――ほとんど休めてないですが――


 森の中に避難していたホウケンの人間達は、戦いが終了したにもかかわらず村に戻らずに森で過ごしている。

 スカルという四神将の男と神奈達の戦いにより民家の約八割が壊滅しており、傷はあっても過ごせる民家に全員が入ることは不可能になっている。かといってまだ住める状態の民家の持ち主だけ帰るというのも不公平さがあるので、それならいっそのこと森で寝泊まりしようという発想に至ったのだ。


 幸い野宿といっても、村人達の中で家からテントを持って来た者がいるので草や土の上で寝るということはない。食糧も森の木に生る果実や森に棲む野生動物がいるため問題はない。強いて問題があるとすれば、風呂がないため川で水浴びしなければいけないことに不満が出ているくらいである。


「話ってなんだろうな……。エミリーはなんだと思う?」


 現在は戦いの翌日。早朝、ホウケンの村人達は一か所に集合している。

 ハヤテから大事な話があると全員に告げられて集められたのだ。

 集合している村人達の中に交ざる神奈は隣にいるエミリーに問いかける。


「それよりも……すいません。私って一度寝たら熟睡してしまうので、四神将が攻めてきたという重大な危機にぐっすり眠ってしまっていて……」


「別にいいって、結果論だけど私とサイハにハヤテの三人で勝てたんだからさ。あの二人、エミリーより強いな。……サイハなんてたぶん大賢者に善戦出来るだろうし、ハヤテは隼より強いし」


 自分には使えない、いや使っても大した威力の出ない多彩な魔法を少数とはいえ見せつけられたのだ。魔法の威力は神奈の知る限り比べるなら神音と大差ないように思えた。これについては神音の全力をほぼ視認したことがないため、どちらも魔法に関して格上の存在だとしか思えないためである。

 ハヤテに関しては純粋に身体能力や剣速が速人以上であるのが目で見て分かる。


「大賢者? それに隼? お知り合いですか?」


「ああうん故郷の友達。まあそんなことは置いておいて、ハヤテが来たぞ」


 民衆の前にハヤテが歩いて現れる。

 朝日をかなり遮っている木々の葉をハヤテは真上のものだけ斬撃を飛ばして斬り刻む。そこから入って来た朝日がまるでスポットライトのようにハヤテを照らす。


「お前達、よく集まってくれた。これより重大発表が二つあるため聞いてくれ」


 重大発表と言われたため村人達全員がごくりと息を呑む。


「まず最初に、こちらは大したことないのだが……俺、ハヤテは今日を持って村長の役目を継いだ」


 そう言いつつトップ交代という話に神奈は「わりと重大じゃね!?」と叫ぶ。

 村人達は騒然とし始め、それを想定していた元村長が前に出てハヤテと並んで立つ。


「静まれえええい! この儂が直々に決めたことじゃ!」


 騒がしさが掻き消えて村人達の注目は二人に集まる。


「混乱する気持ちも分かる。今まで四十年近く村長の責を務めてきたが、いつか引退するときは必ず来ると分かっていた。皆が儂に辞めてほしくない気持ちも理解出来るが、儂はハヤテが適任じゃとここ最近で判断したのじゃ」


「いやそれはそうだろうし反対しないけど……」

「ね、ちょっと急すぎたから驚いただけで」

「いつまでもズルズル続けてないでさっさと交代しろよって思ってたし」

「だよな、辞めるの遅いなって思ってたわ」


 村人達の遠慮のない発言で元村長は傷付いて凹む。


「……儂、嫌われてる?」


「そんなことはないぞ村長、皆これまで引っ張って来てくれたことに感謝している。嫌うことなどあるものか」


 ハヤテは元村長の肩に手を置いて告げる。それから村人達に向き直り再び宣言した。


「そういうわけで今日から俺が村長だ。まだまだ若輩者だが皆が安心して暮らせる場所を作っていきたいと心から思っている。俺一人では出来ないかもしれないが……どうか、手を貸してくれ」


 最後に頭を下げて挨拶は終了する。

 静聴していた村人達は次第に口を開き、各々が賛辞や喜びの声を上げる。誰一人反対しない彼ら彼女らに感謝しつつハヤテは笑みを浮かべて面を上げる。


(礼儀正しい隼みたいで新鮮だなあ)


 続いて、笑みを消し真面目な顔になったハヤテが「静まれ」と言い放つと、村人達は一切の不満なくその口を閉じた。


「……次の方が重要な話だ。安心して暮らせる場所といっても、世に帝王軍という悪がはこびる今の状況ではそんなもの夢のまた夢。準備を整えて決戦に挑むつもりだったが、結果的に後手に回って死者も出してしまった。……だから、今度はこちらが先手を取る! 今日の真夜中、予定を早めて俺達は帝王城へと攻め入る!」


 村人達から喜色が消え、ハヤテと同じような真面目な顔へ変化する。

 帝王軍襲撃の作戦を一秒たりとも誰一人忘れたことはない。神奈も「ついにか……」と、エミリーは「いよいよですね」と拳を握って呟く。他の者も決戦が間近になったことで緊張の色が強くなる。


「各自、心の準備だけでも済ませておけ。持って行く武器に関しては川の傍に集めてある。亡くなったグレンが作っていた武器だ。素手が戦いやすいという者は止めないが、出来れば一人でも多くあいつの意思を持って行ってやってほしい」


 ハヤテはそれだけ言うと南にある川の方角へ歩き去っていく。

 解散の合図はなかったが村長が去ったので村人達は散開する。神奈とエミリーは準備するために武器があるという川の方へと進んでいった。


 神奈に武器は必要ないが、エミリーは剣士だったので必要不可欠。素手でも戦えなくはないがどうしても戦力ダウンしてしまう。

 他の村人達は急な報告だったためか心の準備が済んでいない。神奈達のように川の方へ行くのは精神的な心構えが出来てからだろう。


 少し南に森の小道を歩いて行くと森を抜けて、透き通っている綺麗な水の流れる川が存在していた。野宿中の飲料として重宝している場所だ。

 小道は途切れ、河原になっているそこで大量の武器が放置されていた。


「武器ってのはあれか」


「グレン、さすが武器職人だっただけはありますね。失ったのは未だに心苦しいです」


 綺麗に並べられている武器は剣、槍、薙刀、日本刀、小太刀、刺股などなど、初心者から熟練者向けの武器がぞろっと揃っている。

 その近くに立って日本刀を持っているのはハヤテだ。河原に転がる石を踏む足音で神奈達の存在に気付いたハヤテは後ろを振り向く。


「……お前達。エミリーの武器か?」


「ええ、軽くて丈夫なレイピアがあると嬉しいのですが」


「あるぞ。あいつめ、手当たり次第に武器を作っていたからな」


 エミリーは細剣が二十本程並べられている箇所に行き、どれが自分に合うかを確かめるために手に取ってみたりじっくり眺めはじめる。

 その間、神奈はハヤテが持つ刀を見やり口を開く。


「お前はそれでいいのか? こんだけ武器がある中でさ」


「いいんだよ、グレンの作った刀ならどれでもな。あいつは嫌々武器職人になったらしいが腕は優秀だ。どんな武器だろうと当たりもハズレもない、等しく秀作さ」


「親友、だったんだよな」


 親友と呼べる程の間柄ではなかったかもしれないが、神奈も失ってしまった人がいた。海梨游奈、大塚誠二の二人もそうであるが、ときには父親であったり、宿敵であったり、印象は薄いが速人も一度失っている。失う怖さも、失った怒りも神奈はその身で覚えている。

 哀愁の漂う表情になったハヤテは刀を強く握る。


「ああそうさ、親友だ。俺は二人も親友を失った。だがだからこそ、だからこそ俺は絶対に負けない。あいつらの無念を晴らすために一人でも多く敵を斬る。この、忘れ形見で!」


 ハヤテは刀を頭上に振り上げると、勢いよく川の方へと振り下ろす。

 河原、緩やかな流れの川、その先の森まで一度の斬撃で真っ二つに割れた。衝撃波により川の水は数秒流れを遮断され、剣圧によって裂かれたため底が露わになっていた。


「そんじゃまっ、いっちょやりますか。帝王軍、捻り潰そう!」


 パンッと拳を軽く合わせた神奈は帝王城を見据えながら呟いた。



 * * *



「ねえキリサメ、この戦いが終わったら……私……私と……」


 頬を赤らめてもじもじしながらサイハが必死に言葉を絞り出している。

 キリサメ、エイル、アリアの過ごしているテント内に入って来たかと思えば重大な話しがあると告げ、愛の告白をしようと震える唇をなんとか動かしていた。


「私……と……」


 エイルとアリアの姉弟は、周囲にバレバレなサイハの想いを知っているため静かに優しく見守っている。


「私…………付き合ってください!」


「……何を言うかと思えば、それくらい構わんぞ」


 返答の瞬間、三人の表情が喜色に溢れる。


「ほ、ほんとっ!? つ、付き合ってくれるの!?」


「ああ、戦いが終わるなら記念すべき日だしな。どんな用事でもどこにでも付き合ってやるさ。お前とはそこそこ長い付き合いだしな、ふっ、俺達は友達だろう?」


 そしてすぐに姉弟の顔は呆れたものとなる。意味が正しく伝わっていないと理解したサイハの方はショックを受けすぎて放心してしまっている。


 十秒後。キリサメの「どうした?」という問いかけで正気に戻ったサイハはプルプルと全身を震わせ、涙ぐみながら真っ赤な顔を両手で覆い隠す。


「と……と、友達は嫌あああああ!」


 全力疾走で去ってしまったサイハを見送り、キリサメは訳が分からないよとばかりにきょとんとした表情になっていた。


「……あいつ、俺のことが……嫌いだったのか?」


「キリサメさん、そりゃないよ」


「女の子の気持ちに鈍いですね~」


 真逆の勘違いをするキリサメにエイル達はがっくりと頭と肩を下げる。

 サイハの純情が伝わるのはいったいいつになるのだろうか。


「まあよく分からんあいつは置いといて、だ。お前達、さっきの話は正気なのか? この村の者でもない以上命を賭ける必要などないんだぞ? せっかく奴隷から解放されたというのに死んでしまっては意味がないじゃないか」


 姉弟はサイハの来る少し前、キリサメに作戦への参加を申し出ていた。

 奴隷から解放された今、姉弟の目的は神奈達への恩返し以外にない。返しきれない程の恩義を感じている姉弟はその命すら神奈達のために捨てる覚悟を持っている。


「大丈夫、死にませんよ。ここで死んだらその後に命を使えなくなりますから」


「まだそんなことを言っているのか。それこそお前達が命を賭ける必要性皆無だろう」


「少しでも恩返しがしたいんです。俺も姉さんも未練はありませんよ。……村の人が言ってました、首都は壊滅したと。住んでいた人間は全滅したとも、聞きました。……もう、母さんも父さんもこの世に存在してないんです」


「私も覚悟は出来ています。もう私達に出来ることといえばそれくらいしかありませんから。……それに、早ければ早い方があの人も助かると思います」


 姉弟はもう覚悟を持ってしまっている。何を言っても変わらないのだとキリサメは悟る。


「……はぁ、素晴らしい覚悟だがあいつは喜ばんだろうさ。……だが、それがお前達の真の望みだっていうんなら叶えてやらなくもない。俺も手詰まりな以上どうにも出来んしな。でも忘れるなよ、その行動はお前達以外誰も満足しない、ただの自己満足だってことを」


 姉弟は頷き、真剣な表情でテントを出ていく。

 来たるべき争いのために覚悟を持つ姉弟は川へと向かう。

 一人残ったキリサメは「はぁ」と深い溜め息を吐き出して、少し遅れてテントを出ていった。


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