333 必殺――骨は折れて砕け散る――
「これより本気の本気、二百パーセントの力でお主らを排除する!」
スカルは長骨剣をサイハの方へ半円を描くように振るう。
地面が抉られて土砂が吹き飛び、土の津波が発生する。土砂の波を躱そうとサイハは後ろに下がるも、まだ無事であった民家もろとも呑み込まれて流される。
その後、サイハの元へ行きたかった神奈達の方へと、次の標的はお主らだとばかりにスカルは振り向く。
空中にいた二人に接近するためスカルは骨の翼で飛翔して、右手に持つ長骨剣を二人目掛けて突き出した。
神奈とハヤテは二手に分かれて長骨剣を紙一重で回避する。そして大きくスカルの周囲を回るように飛ぶと神奈の方には骨の左手が、ハヤテの方には斬り返した長骨剣が向かう。
神奈は迫る左手を、脇腹に掠りはしたがなんとか回避する。
危機を脱した神奈は手から遠ざかる最中に魔力弾を撃つも、球体のエネルギー弾は骨の左手に直撃して爆発したというのに傷一つ付いていなかった。
「だったら、魔力加速で!」
停止している左手目掛けて神奈は加速して突っ込み、右手で思いっきり殴りつけるとスカルの左手に亀裂が入って砕けた。
「神速閃!」
一方、ハヤテは迫る長骨剣に刀で対応し、超速の斬撃同士の衝突により衝撃波が周囲に飛び散る。だが長骨剣が切断されることはなく中途半端に傷付けただけに留まった。ハヤテは長骨剣の勢いに押されて〈フライ〉でも制御出来ないくらいの速度で吹き飛ばされる。
「くっ、なんて馬鹿力だ……!」
時空間すら斬るハヤテの剣速でも斬れないとなれば、相手も同等の剣速で斬りかかっている以外に理由はない。もしそうでなければどんなに硬い代物であろうと紙のようにあっさりと斬れるはずだ。
剣速に加えてスカルのパワーも恐ろしい。下手すればワイルドと同等クラスのパワーなので純粋に強い。
「まずは一人いいいぃ!」
「くそっ、体勢が……」
スカルは吹き飛んだハヤテを追いかけ、長骨剣を振りかぶる。
瞬時に間合いまで近付いたスカルは長骨剣を振り下ろすが――右腕へとピンポイントで直撃した土塊により軌道が逸れた。
邪魔をした者を確かめるべくスカルは顔をゆっくりと土塊の飛んできた方へと向ける。瞳の役割をしている赤い光が捉えたのは、土砂の津波に埋もれたはずのサイハであった。
所々サラシやロングスカート、肌が土で汚れたサイハの頭上には数十の土塊が浮遊している。
「〈土石乱弾〉
宙に浮く数十の土塊は先程の土砂の津波。
並の人間なら土の流れにより体の至る所を壊されてしまうが、サイハは魔力障壁で身を守りつつ、降りかかり流される土砂に対して魔法を発動したのだ。土砂は形をみるみると変えて、数十個の六角形へと加工されると宙へ浮かばされた。
その土塊が一つ、また一つと連続で発射される。
マシンガンのような射撃がスカルの胴体を包む鎧へと直撃し、土塊が木端微塵になると同時に鎧の極一部が破壊される。
互いに強化されている以上元々の硬度と込められた魔力が勝利を生む。元々の硬度は骨が圧勝だが、込めた魔力の量ではサイハの方が圧勝だ。土塊の威力は僅かにスカルの骨鎧の防御を打ち破れるくらいになっていた。
「ぬぅ、小癪な小娘よ」
スカルの口から毒々しい光が漏れ、紫光のエネルギー砲が放たれようとしていた。
それを察したサイハは土塊の進行方向を操作して、全弾を集めて顎へと強烈な一撃をお見舞いする。その結果、スカルの顔は若干上を向き、口が強制的に閉じられたせいで放つはずだった魔力光線が内部で爆発する。
驚愕で両目部分にある赤い光が点滅し、口が大きくぽっかりと開けられる。そしてその口内からは黒煙が出てくる。
(まずい、強い、強いぞ。この三人は強い。一番はあの黒髪の少女だが、厄介さで言うのなら多彩な魔法を使用している少女だ。自分が一番と言うだけの力があの小娘にはある! くっ、せめて他が雑魚ならばあの小娘に集中できるものを……)
「うおおおおお!」
長骨剣の先端付近を、神奈が魔力加速によって急降下したうえでの両膝蹴りでぶち折る。
先端付近は砕けて破片が宙を舞い、神奈がそれに得意気な表情を浮かべていられるのも一瞬。砕かれた先端はすぐに〈骨操〉の力で動き出し、礫として神奈を攻撃して後退させる。そして礫は長骨剣へと戻り、再生を始めてあっという間に元通りになった。
「おいおい、やばいっ!」
「先にお主が遺骨と成り果てろ!」
直った長骨剣が神奈へと突き出される。
薄紫の魔力障壁を咄嗟に目前へと張り防ごうとするも、刺突の威力が並大抵のものではないため徐々に障壁ごと押されていく。
「神速閃!」
そして駆けつけたハヤテの一撃で刀身が根元から切断された。
長骨剣の刀身は落下し、その重量と大きさゆえに爆音を生む。
(この小童も自由にさせると厄介じゃ、時空間すら斬り裂く剣速に達している以上こちらも同等の力で立ち向かわなければ防げぬ。なんなのだ、なぜこんなにも強い者達が……どこに隠れていたというのだ……! 不可能だ、三対一では勝てぬ! 取り急ぎ帝王様に連絡せねば……この強者達のことを早く……!)
「臆したな、屑骨」
ハヤテの侮蔑が込められた言葉がスカルに届く。
次の瞬間、スカルの四本あった腕のうち後から追加した二本が斬り落とされていた。
「神速閃、二連」
赤の光は僅かに大きくなり、驚愕を表していた。
そんな愕然としているスカルの二十メートル程先に神奈とハヤテが着地する。そこへサイハも飛んできて三人が集結する。
「二人共、手を貸せ。奴に必殺の技を各々繰り出すぞ」
「再生能力対策ね。全てを一瞬で粉砕出来れば再生も不可能になるかも」
「そうと決まれば早速やろう、あいつ今隙だらけだし」
愕然として硬直しているスカルには隙しかない。神奈達にとって絶好のチャンスに他ならない。
(……逃げられぬ、勝てぬ、吾輩は負ける。……帝王様、帝王様、この声が届いているのならばどうか、どうか吾輩をお助けください。あなたのために尽くし、戦ってきた吾輩をどうか、どうかお救いください)
天に願うように、神に縋るかの如く帝王に縋ったとき思考がクリアになる。
走馬灯なのか。スカルの頭の中に過去の記憶が流れてくる。
スカルは元々普通の人間だった。いやそれだと今が人間じゃないような語弊が生じるだろうが、昔はごく普通の肉体を持つ人間だったのだ。決して最初から骸骨などではなかったし、至って健康で平凡な少年時代を過ごした。
だが平凡な人生というのも長く続けるのは難しい。
ある日、魚の骨を食べた。普段なら絶対に焼き魚の骨は徹底的に除去するのだが、二歳年上である恋人からの薦めで骨せんべいというものを食べたのだ。
特に美味しいとは思わない。でも恋人の薦めだからと一口目以降も食べ続けた結果――そのときから平凡な人生というものは終了を迎える。
まず初めに恋人の耳をつんざくかのような悲鳴が聞こえた。
鏡を指さす恋人の仕草が気になりスカルは鏡を見てみると、自身の顔面の肉が酸をかけられたかのように溶けていた。
――〈化けの骨〉。
それがスカルの今まで知覚していなかった固有魔法である。
生物の肉や骨を食らい、その持ち主に変身することが出来る異質な魔法。
溶けるのは顔面だけにとどまらず、腕も、胴も、脚も、とにかく全身が溶けだして、最終的にその場所にスカルという人間はいなくなった。代わりに現れたのはピチピチと跳ね回る魚一匹。あまりに異質な光景に恋人は失神して床に倒れてしまった。
偶然、本当に偶然〈化けの骨〉が発動してしまったのだ。
本人は知覚していないゆえに発動条件など知らず、意図せず満たしてしまったことにも気付かない。
もちろん最初は戸惑いを隠せずに魚の姿のまま動き回った。しかし一時間もすると、人間に戻りたいという願いが通じたのか視線が元の高さに戻る。
何も自身の体を確認せず先程のことを振り返っていたスカルのことを、目覚めた恋人が立ち上がって直視した瞬間――口をあんぐりと開けて、恐怖に顔を歪め、腰を抜かして尻餅をついた。戸惑うスカルに背を向けて逃げようとするもうまく立てず、恋人は尻を向けて這ってでも離れようとする。
心配したスカルが手を伸ばすと、自分の腕が視界に入り一驚する。
魚でなくなったのはいいが、決して今までの人間の姿ではなかった。白く細い五指など、学生時代に見た人体骸骨模型そのもので、鏡へ視線を向ければ映っているのはただの骸骨だ。
このときまだ知らなかったことだが〈化けの骨〉は一度きりの使い捨て。つまりスカルは人間から魚に変身してしまった時点で、意図せず何も分からぬままに自分の肉体を捨ててしまっていた。
恋人はスカルだと気付いていなかったのか、それとも気付いていたのか。どちらにせよもはやスカルにはどうでもいい論点である。
怪物でも目にしたかのように恐怖で顔を歪め、そのままみっともなく這いつくばりながらも逃げた恋人は戻って来なかったのだから。
スカルは放心し家から、いやその場から一歩も動かずに過ごした。
恋人が戻って来るのを信じて、家族や友人が心配して来てくれるのを信じて。寂寥を抱く骸骨はただ立ち尽くして時を過ごした。
それからどれくらい経ったのだろうか。
正確な時間は分からないが家の扉は開かれた。
入って来たのは見知らぬ男。後の帝王。
一瞬、彼は多少の驚きを顔に表したものの、骸骨であるスカルに歩み寄り手を差し伸べてくれた。我慢していた愚痴や感情を一気に吐き出しても、男は嫌な顔一つせず静聴してくれた。
そして告げられたのだ。余の部下にならないかと。
ただ人の温もりを懐かしく思い、誰かと共に歩みたかったスカルは嬉々として承諾する。たとえ男の目的が何だろうと協力しようと強く思う。
まだ自分は人間であるのだと空っぽの体のどこかにある心に強く刻む。知らなかった力を知り有効活用しようと思い、帝王と名乗った彼に尽くすことを生きる目的としたのだ。そして――
「超大玉魔力弾!」
「神速閃、百連!」
「超魔ああぁ、激、烈、拳!」
もう滅びのときは間近に迫っている。
三人は各々の必殺技を繰り出した。
サイハの両手から直径二十メートルはある魔力弾が二つ発射され、スカルの両腕を呑み込んで大爆発を起こす。
ハヤテがスカルの胴体へと突っ込んで、凄まじい速度の斬撃百回を一瞬で繰り出して数百の細かい破片と変貌させる。しかし同時に刀も砕けたので両目が見開かれた。
(ああ、帝王様……愚かな人間とは一線を画すお方。あなただけが吾輩の真の姿を受け入れてくれた。あなただけが吾輩の希望だった。どうかご無事で……)
神奈は高く飛び上がり、スカルの真上から脳天へ向けて全魔力を込めた拳を振るう。
落下速度も威力に加算されたそれはもっとも硬い頭蓋骨を数瞬の抵抗を許したものの見事に砕き、その中に潜んでいたスカルも、胴体の数百という細かい破片も粉砕してみせた。
(務めを果たせず、申し訳、ありません……)
スカル自身が砕かれたことで餓者髑髏の両足、長骨剣の刀身、落ちた二本の腕などは上から粉塵となり、風に吹かれてどこかへ飛ばされていく。もはや先程まで確かに存在していた巨大な骸骨は影も形も存在していない。
全魔力を使い果たした神奈は飛べずに落下し地面へと叩きつけられる。そして大の字に土の上で寝転がると、息を切らして苦しそうな表情から口角を上げる。
「……勝った」
* * *
帝王城、謁見の間にて。
玉座に腰を下ろしている多少癖毛である黒髪の青年。一見整っている顔立ちだが鋭い目つき。様々な模様のある青を基調としたローブを着ているその男――帝王はふと立ち上がる。
「……負けたか」
スカルという男の存在が掻き消えたのを帝王は確かに感じた。
思えば彼が一番最初に部下へと勧誘したのはスカルであった。長い付き合いとはいえないが帝王軍の中でいうならもっとも長い付き合いの男。そんな男が死んだのを感じ取り彼は涙を零すのか。
否。零れたのは涙ではなく笑い声である。
「ふっ、くっ、くくくくくっ、どうやら本当に死んだらしいなあの骨は。強い魔力を放つ骨など発見したときは多少驚いたものだが、駒として使えると思い引き込んだんだったな。懐かしいものだ、あんな人外の怪物でもかなりの利用価値があったものよ」
帝王は決してスカルの気持ちなど考えていない。
偶然使えそうな道具が落ちていたから拾っただけにすぎない。
「しかし、ワイルドに続きスカルまでも倒すとは。ホウケンの連中で価値あるものはキリサメという男だけかと思っていたが、四神将の空席を埋めるために強者を勧誘してみるのもありか? 手駒は多い方がいいしな」
帝王は足を動かし始めて謁見の間の入口へと向かう。
「なんにせよ、余を殺せると思っているのならその鼻っ柱を折らなくては」
扉を開けた帝王の姿はその場から掻き消えた。




