332 魔力爆破――私は絶対に負けない――
スカルが微動だにしないので、キリサメはもう倒したのかと思い込む。
四神将というからには強かったのだろう。あのワイルドと同等とまでいかずとも近い実力は秘めていたはずだ。それを瞬殺したハヤテに称賛の拍手を送りたくなる。
――不気味な声がその場に響くまでは。
「本当に驚かされる。まさかあの一瞬で十も斬りつけるとは」
聞いたばかりなのだから二人はその老男のような声を忘れていない。もう死んだはずの四神将スカル本人の声だ。
二人は地面に転がっている白骨から距離をとる。
「我ら四神将と戦えるというだけでも素晴らしい実力だ。主のような者はもうこの世界にそうはいまい」
夜闇の中、転がっている白骨達は一つずつ宙に浮き始める。
ふわふわと無重力空間でも形成されたかのように浮き上がる骨達は、空中で全て元通りにくっつき出す。だがそのままではまたバラバラに落ちるだけだからか、断面同士に細い糸のような白骨をいくつも生み出しては突き刺し、縫うように各々接合されていく。
数秒で元通りになり、スカルはもう一度地に立つ。
「ゆえに村人同士を疑心暗鬼にさせて遊ぼうとせず、最初からこうして実力で叩き潰せばよかったのだ。さすがに遊びすぎたので早々に切り札を使わせてもらおう」
スカルの空洞となっている双眸に赤い光が灯る。
体を縫い付けた先程のように白骨であるその体から白骨を生み出す。それは決して縫合に使ったような細いものではなく、一つ一つが巨大な獣の爪のような形をした鋭いもの。それらが出現と同時にスカルを覆っていき、何層にも重なって分厚い壁のような体を作り上げる。
どんどん巨大な骨は生み出され続け、それを見て背を向け逃げた二人は十分な距離をとってから振り向きざまに確認した。――まるで巨大な骸骨が一回り大きな鎧を身に纏っているような姿の怪物を。
全長四十メートル。横幅二十メートル。
巨大な骸骨の暗き双眸にスカルと同じ赤い光が灯る。
「吾輩の持つ骨操の力で編み出した奥義〈餓者髑髏〉。この身に蓄えていた他者の骨を使い自由自在に形を作る力じゃが、この状態まで作り出すのは骨が折れる。おおよそストックの七割を消費してしまったからな。少しでも蓄えるよう、主らを食して吸収させてもらおうぞ!」
鎧を着ているが、妖怪である餓者髑髏という名から拝借した通り巨大な骸骨。その覇気は凄まじく耳をつんざく咆哮が村中に響き渡る。
「これは……キリサメ! 住民達に避難指示を!」
「言われなくてもそうする! 俺も逃げる!」
巨体ゆえに避けられない戦闘で出る被害は甚大になるだろう。今はどこも壊れていないが暴れられれば近隣の家は崩壊する。
キリサメは敵に背を向けて逃走し、近くにある家の住人から避難指示を出すことにした。
「逃がすと思うか? 一人たりとも逃がさんぞ、儂の食物!」
スカルは振り返り、キリサメを叩き潰すべく左手を伸ばす。
図体のわりに素早い動きだが、それよりももっと速い者がいる。
危機だと判断したハヤテはキリサメを守るため走り出し、伸ばされている左手を切断しようと刀を振るう。
硬いもの同士がぶつかったことで金属音に似た音が鳴り響く。
スカルの左手が半分程斬れたものの切断するには押し込みが足りない。いやむしろ普通の刀でここまで斬れること自体凄いことなのだが、ハヤテが満足するような結果ではない。
(硬いっ! さっきとは別物!)
速すぎて空間すら斬り裂く斬撃もスカルには通用しない。
左手は止まることなくキリサメに接近し――飛来した少女の拳によって大幅に軌道が変更される。
「お前……」
「ハヤテ……」
少し癖のある黒髪。村人と同じというかエミリーのお古であるサラシと、ハヤテと同じ膝丈上のズボン。
その少女――神谷神奈はスカルの腕を逸らした後でハヤテの方を向き、焦燥を感じさせる声で叫び出す。
「何これ! 何この状況!」
「あまり説明の暇がないから簡潔に言うぞ。あれが事件の犯人だ」
「了解把握!」
なぜ神奈が外に出てきたのか。それは先程のスカルの咆哮が原因だ。
夜寝ているとき騒音がすれば起きるし、なんなのか確認したくもなる。そして外に出てみれば巨大な骨の塊が動いている光景。夢だと思った神奈だが、骨の手が民家を押し潰そうとしているのを見て黙って突っ立っているわけにもいかなくなった。
「起きているか! 家から出ろ、逃げろおお!」
神奈のように騒音で起きた者達はキリサメの焦ったような叫びで自宅から出る。そして外にいる怪物を目にすると慌てて森の方へと避難していく。
まだ起きていない者もキリサメの叫びで起き上がり、外の様子を見ては逃げていく。村人達の避難は順調に進みほとんどの者が村から避難した。
それを遠目で眺めていたハヤテはフッと笑みを浮かべ、改めてスカルの方へ強い眼差しを向ける。
スカルは神奈と激しい攻防を繰り返していた。骨の手で捕まえようとするも、神奈が蝶のように舞うことで空を切ってばかり。さらには両腕での攻撃を潜り抜けて巨大な頭蓋骨へと拳が飛ぶ。
「硬っ! いったっ! 手が赤くなってきた!」
神奈の拳はダイヤモンドすら容易に砕くが、硬い骨が何層にも重なって作られた餓者髑髏の頭蓋骨を砕くまでの威力はなかった。思いっきり殴ればスカルの巨体を軽く吹き飛ばすくらい出来るとはいえ、手が赤くなってヒリヒリするというそれなりの代償が伴う。
「こうも容易くこちらの攻撃を躱し反撃してくるとは……。やはり強いな主らは。だがこの餓者髑髏の恐怖はまだまだここからぞ」
虫の大群が歩き回るようにスカルの背が動き出し、両腕の根元の下から白い骨の棒が飛び出てくる。それはどんどん形を変えて二本の腕となる。
たった今、スカルの腕の本数は四本となった。
四本の腕が神奈を捕まえようと連続で動く。
二本のときと比べて手数は二倍。さすがの神奈も躱し続けるのが厳しくなり、何度か殴打や蹴撃で弾きながらもやがて一つの手に捕まってしまう。
神奈が「しまっ!」と悔しそうに呟き、必死にもがくが脱出は困難。
残り三本の腕が伸びて足掻く神奈の体を引き裂こうとしたとき――
「神速閃」
――〈フライ〉の魔法により超速で飛翔したハヤテが、神奈を拘束していた骨の手を斬り裂いた。
五指と手首が斬られたことで神奈の拘束は消え、ハヤテに腕を取られて高く舞い上がる。
「……あ、サンキュー、助かった」
「礼はいい。今は奴を殺すことに集中した方がいいぞ」
直後、斬られて落ちていくはずの五指と手が神奈達目掛けて飛ぶ。
槍のように鋭く飛来する骨達を迎え撃とうとハヤテは刀を振りかぶるが、今度は神奈がさっきの礼とばかりに前に出て拳を構える。
五指を最初に到達するものから連続で殴り飛ばし、手は魔力加速により速度を増した拳で粉砕する。
先程頭蓋骨を殴ってもヒビすら入らなかったのは単純に硬いから。おそらく加速した拳でも破壊は不可能だ。しかしその他の部位なら加速した拳で十分破壊出来る。
「よーし頭は無理でも他はいけるな。念のため毎回魔力加速を使っとくか」
「ふっ。その強さ、どうやら庇う必要などなかったようだな」
砕いた後に右肩を左手で掴み右腕を回す神奈。
見くびっていたわけではないが実際にその強さを見て共闘の価値はあるとハヤテは思う。やはりエミリーの報告通り、強大な戦力となってくれるだろうと密かに期待した。
「むぅ、なんという力を持つ娘よ。しかしこの数はどうかな?」
スカルが口を大きく開く。
汚れ一つない真っ白な歯の間。上下に開かれたその暗闇に一つ、また一つと人間の拳程の大きさを持つ白い物体が現れる。
正体は当然、骨だ。蓄積していた骨を武器として操ろうとしている。
「げっ、ヤバそうだな。魔力弾を大量に発射すればなんとか防げるか? いやここは魔力障壁で守った方がいいか?」
最善の選択肢を思索する神奈だが瞬時に答えが出せない。
次の己の行動に迷う神奈と、次は自分の番とばかりに前に出たハヤテへ骨の弾丸が大量に撃ち出される。
――しかしそれらは突如として、乱入してきた極太魔力光線によって全てが消滅した。
紫だが、どちらかといえば桃色に近い色の極太光線。あと少しでも前に出ていれば神奈達をも呑み込んだだろうそれを放ったのは一人の少女。
黄色のゆるふわパーマと、サラシから溢れんばかりの巨乳が特徴的な少女――サイハ。彼女が放った魔力光線に驚愕したスカルは一度骨の弾丸を吐き出すのを止め、光線が飛来してきた方を見やる。
「「サイハ!」」
同じく振り向いた二人は登場した者の名を叫ぶ。
「家で寝てたエミリーを運んでたら遅くなっちゃったわ。それにしてもまったく、こんな怪骨相手に二人で戦おうなんて結構無茶するじゃない! ここからは私も参戦よ!」
一度眠れば朝まで起きないというエミリーを連れて避難場所である森に向かい、急ぎ戻って来たサイハ。自信の溢れている表情を浮かべる彼女を赤い瞳で眺め、スカルは「ほぅ」と感心したような声を漏らす。
「今の魔力光線は凄まじい威力じゃった。しかし今の一撃で相当に消費したはず。次は防げるかどうか、防げるというのなら防いでみるがいい――吾輩の魔力光線を!」
「私に魔力勝負? 知らないっていうのは哀れね」
まだ大きく開けている口からスカルは毒々しい紫のエネルギーを、同時にサイハは左手から赤紫のエネルギーを放出する。
どちらの魔力光線も強大な威力を秘めていたのだが拮抗したのは二秒前後。
スカルの放ったものと魔力の密度や大きさはそう変わらないのに、本気の本気で四神将という実力者が放ったというのに、サイハは余裕そうな涼しい顔をして打ち破った。
すぐに押し負けたスカルの口にサイハの放った魔力光線が侵入し、頚椎を容赦なく呑み込んだ。骨の鎧内に進むのもあれば、空いている隙間から漏れ出るのもある。
今スカルの骨の体は魔力光線に浸食されたかのように魔力で溢れ、全身にダメージが行き渡って蓄積されていた。
「みぎゃあああああああああああああ!?」
「無知は罪。こと魔力の扱いにおいて私は誰にも負けない。四神将にも大魔女とかいうのがいるらしいけど覚えておきなさい、この世界では私が一番魔力に長けている」
「ああああああああああああああああ!?」
「これはサービスよ、受け取りなさい」
サイハの放つ赤紫の魔力光線がスカルの上半身にまで拡大した。その余波が風圧となって周囲に広がり森の木々も揺れる。
空中にいる神奈とハヤテはその凄まじいエネルギー砲に若干引き気味になり、髪がオールバックになる勢いの強風で吹き飛ばないように〈フライ〉でその場から動かないようにふんばる。
「そして……魔力爆破」
赤紫の極太魔力光線がサイハが撃つのを止めると同時、サイハの放った魔力が全て大爆発を起こした。
爆発の余波で周囲の家は崩壊して消し飛び、強風と熱が合わさって出来上がった熱風によりあちこちに火がつく。森の木々も燃えてしまっているところがあり、たった一撃で災害のような被害をもたらした。
神奈とハヤテはその場でふんばり続け、瞬く間に爆炎と黒煙に包まれたスカルを倒したのではと希望を持つ。
「……やったのか?」
「おいその台詞は禁句だぞ」
やったか、という言葉は口に出してしまうとフラグになり、絶対にやれていないのだと古来から決まっている。神奈はよくそれを知っていた。
それを回収するかのように黒煙の中から笑い声が聞こえてくる。
「くはっはっはっは! 今のは効いた……効いたぞお!」
黒煙が晴れると、所々焦げたスカルが現れる。
焦げているしダメージはかなり負っているが致命傷には程遠い。これでロボットのように中に普通の人間がいたなら焼け死んでいるだろうが、スカルは骨が本体ゆえに死なない。サイハの魔力爆破は熱に強い金属タングステンすら瞬時に融解する程の熱量を秘めているのだが、スカルの骨相手だと高温で焦げつかせるだけで精一杯であった。
「……さすが四神将というだけはあるわね」
サイハの使用した魔力爆破は文字通り魔力を爆発させる魔力応用技術の一つ。応用技術に関してはトルバ人が使用する魔技と同質のもので〈魔力爆破〉は熱エネルギーに変質させる高度な技だ。熱量については使用者の実力次第であり、サイハが使えば並の生物など骨も残らない。
「嘘だろ、あれでも倒せないなんて……。よく分かんないけど相当凄い魔法だろうに……」
「いえ、あれは応用技術の一つ。神奈さんに分かりやすく言えばトルバ人の魔技です。やろうと思えば神奈さんでも練習して使えるようになるかもしれませんね」
「呑気に話している場合か? あの熱気のせいで物理特化の俺達は攻撃が封じられたようなものだぞ」
「いえいえハヤテさん。サイハさんはおそらく次のプランも考えていますよ。熱したとすれば次は……」
腕輪の言う通り、サイハは爆破で倒せなくても次の手を考えていた。
セカンドプランを実行に移すべく魔力を高め、〈魔力感知〉の要領で火の手が回っている場所全体へとばら撒いていく。
「熱したものを急速に冷やすとどうなるか。知っているわよね?」
「ぬう!? まさか!」
「予想しても遅いわ。〈氷華花〉」
ばら撒いた魔力が、火の回っているところやスカルに氷の花を咲かせる。
全てが氷で形成された美しい氷花。それらは急速に火の手を消し、スカルの骨を冷却していく。ほんの一瞬で一帯の気温は真冬を下回り、スカルの体温ならぬ骨温はマイナス二百度を上回っていた。
スカルは氷の花々に閉じ込められて「かあっ」と悲鳴を漏らす。
「サイハさんは急激な温度の変化で熱衝撃を繰り返すつもりです。急激な温度差で熱応力が発生し、熱疲労により損傷させる。単純ですが、あそこまで硬い骨を破壊するとなれば相応の魔力量が必要でしょう」
「金属とかガラスとかが割れるみたいにか。……それにしても、なんつう綺麗な魔法だよ。威力だけじゃなくて芸術すら兼ね備えてやがる」
「ふっ、一番重要なのは威力だが、見事なものだ」
「ハヤテお前ちょっと震えてない?」
凍りついたスカルの近くにいる者達には当然驚異的な寒さが襲ってくる。
神奈は加護によって寒さという環境を無効化しているため何も変わらないが、ハヤテにそんな便利なものはない。まつ毛などが凍り、体が凍えて小刻みに震えてしまう。微細な振動を繰り返す唇で「問題ない」と返すも、見ているだけで寒くなりそうだなと神奈は思う。
「何度も急速に熱したり冷やしたりを繰り返せば、どんなに硬い物体でも内部に働いた力でダメージが蓄積されて破壊される。私のように強い魔力障壁を張れれば熱量変化の攻撃なんて防げるけど、あなた程度じゃ私レベルに届かない。さあ、お次は――」
「サイハ右だ! 避けろ!」
叫んだ神奈の視界に映るもの。それは神奈が殴り飛ばして地面に落ちて放置されていた骨の手の五指が、サイハ目掛けて飛来する光景。
声につられて右を見やるサイハに、いやその体をコーティングしているかのような魔力障壁に骨の五指がぶつかって弾かれる。
事前に、高熱と低温に耐えるため魔力障壁を張っていたのが幸いした。しかも透き通るガラスのようなものだったために敵に悟られなかった。衝撃により軽く吹き飛ばされはしたもののサイハへのダメージはゼロに等しい。
「防いだか」
現実を確かめるような呟きと同時、スカルを覆っていたもの含めた氷花達全てが砕け散る。
散るときも粉雪のように美しく儚く散っていき、最期まで素晴らしいと絶賛されるだろう魔法であった。
「実に良い魔法であった。その策もだが、敵ながら称賛に値する。しかし吾輩も帝王様のご期待に応えるためここで敗北するわけにはいかん!」
スカルの背が再びざわざわと動き出し一対の何かが出てくる。
また骨の腕かと神奈は思うもそうではない。一本の骨が飛び出て、その骨に等間隔を開けて別の骨が生み出されぶら下がる。さながら蝙蝠の羽のような形をしているそれは明らかに骨で作られた翼であった。
さらに変化はそれだけで止まらない。
右手から太く長い骨の剣が生み出されて握られる。
刀身の長さはおよそ四十メートル。スカルの身長程あるその剣は鋭く、先端は槍のように尖っている。
「これより本気の本気、二百パーセントの力でお主らを排除する!」




