31.2 草相撲――焼き芋は美味しいけども――
休憩開始から十分経過。
各々雑談をしていた神奈達ツアー客に向かって三佐が大きな声で呼びかける。その横には大きな灰色の袋がいくつも置いてあり、何かが入っているのがデコボコな袋から分かる。
「みなさーん! これから特別イベントを始めるのでお集まりくださーい!」
ツアー客が全員集まったのを確認してから三佐は再び口を開く。
「これから特別イベント〈焼き芋ゲットだぜ〉を開催いたします。このイベントで見事優勝した人にはなんと驚きの景品を用意しております」
(……焼き芋って言ったよね?)
三佐は横にいくつもある大きな袋のうち一つを開けてみせる。
袋が開かれて中身が露わになる。紫色の皮が特徴的な秋の食べ物だ。
「この焼き芋! 一年分です!」
(やっぱ焼き芋じゃん! てか多すぎいぃ!)
一年分はいくらなんでも多い。食べ終わる前に腐るのが容易に想像できる。
焼き芋を常温で保存した場合、冷めたときに湯気が水滴になってついたままになりやすく、そこに外気の細菌やカビが住みついて傷む。常温で保存する場合はなるべく作ったその日に食べた方がいい。もちろんしっかり水気を取って外気と遮断するなら事情は変わり、二日三日は持つ。
「あの量、仮に一年分だとして……冷凍保存するしかないわね」
「才華ちゃん、それだとカチコチになっちゃうよ」
「もちろん食べるときは解凍するの、半解凍で食べたらアイスクリームみたいになるからオススメよ。まあそれでも一日六本くらい食べなきゃダメだけど」
冷凍する場合、よく冷ました状態で一本ずつラップに包んでジップロックに入れて冷凍庫へ入れる。そうすれば二か月ぐらいは持ってくれる。
「うひょーたまんねえぜ! それで!? 何をすれば焼き芋を食べられるんだよ!?」
小太りの少年が涎を垂らし、目を輝かせながら叫ぶ。
「焼き芋一年分……まあ作るのが間に合ってないから今も作っているんですが、これを手に入れるには神聖なる決闘をしなければなりません」
(おいおい、もし喧嘩とかそういうのなら止めるぞ)
「――草相撲です!」
(なんでえ!? 物騒じゃないのはいいけどなんで草相撲!?)
草相撲。地面に生えている雑草を使用し、互いの草を鎖のように絡ませて引っ張り合う遊びだ。シンプルに引っ張って千切れた方が敗北となる。
「あの、それは参加しなくても……?」
ここで若い女性が控え目に手を挙げて質問する。
「もちろん構いません。参加者ゼロの場合は私が食べますので」
そう言われれば不参加に遠慮がなくなる。ツアー客の半数以上がやりたくない、もしくはそんな量を食べられないということで参加しなかった。
「それでは参加する方は前へどうぞ」
イベントに参加するのは総勢八名。その中には神奈達三人もいる。
元々出るつもりがなかった神奈と才華なのだが、笑里に「出てほしいな」と頼まれて仕方なく参加することにした。もしこれで二人のどちらかが優勝しても焼き芋は笑里が貰えるという小狡い策である。
「ルールを説明します。まず草相撲の命と言ってもいい草ですが、これについては草なら何を使用しても構いません。次に敗北に関してですが普通に千切れたらその時点で負けです。お近くの方とお好きに対戦して勝ち残った一人に焼き芋が贈呈されます」
「神奈ちゃん、才華ちゃん、潰し合わないようにね」
「まあ、そうしましょうか」
(うわぁ才華の微妙な表情分かるわぁ、やりたくもない草相撲だもんなぁ。笑里に頼まれさえしなければ傍観勢の一員だったのになぁ)
使う草など悩んでいても仕方がない。神奈はすぐに適当なものを雑に引っこ抜いて準備を完了させる。
意外と草を厳選している才華は置いておき、近くにいた眼鏡をかけている若い男性と「よろしくお願いしまあす」と言い合って、会釈してから草相撲を始めた。
――結果として詳細を語る必要はない。ただ草を数秒引っ張り合って神奈の草が千切れなかった……それだけだ。どんなに優れた実況者がいてもそれ以外に表現しようがないだろう。
八名しかいないので勝負の回数は最大三回。神奈はこれであと二回勝てば、いらない焼き芋を手に入れることができる。
少し余裕ができた神奈は他の二人の様子を窺うことにした。笑里はすでに勝利したようだが、才華の勝負はこれから始まる。
「私は藤原才華、よろしくお願いします」
「俺は色翼央生だ。焼き芋は俺が貰うぜ!」
(安直な名前!)
色翼央生。彼は唯一神奈達と同年代で、小太りの少年だ。
相手が同年代だということでのメリットは草相撲しやすいということだろう。神奈や笑里の場合、一回戦目で大人が相手だったゆえに身長差が酷くてやり辛かった。その点小学三年生という同年代なら身長もあまり差はないのでやりやすい。
二人は互いの草を交差させて相手を見据える。
「じゃあ三秒数えたら始めましょうか」
「それでいいぜ、勝つのは俺だけどな」
三秒からのカウントダウンが始まる。あっという間に開始時間となり「いくわよ!」と才華が声を上げ――才華の草が千切れた。
一秒程の決着に才華は「……え?」と困惑し、色翼は嬉しそうに笑う。
「よっしゃー、勝った……ぜ」
元気に喜ぶかと思いきやそこまで声量が大きくない。それもそのはず、なぜか色翼は一瞬で痩せていて一部骨が浮き出ているのだから。
(いやおかしくない? なんでギャグ漫画でもないのに一瞬でそんな痩せた? ……いやこれ本当に冗談抜きでおかしいな。誰かから何かされたか?)
「神奈さん、少しマズいかもしれません」
右手首につけている腕輪から話しかけられて神奈は視線を下ろす。
「どういうことだ? あの色翼だっけ……何をされた?」
「恐ろしいものです、あれは生命力を消費した結果ですよ。下手すれば死にかねません」
「で、それをやって殺そうとしてるのは誰だ」
「色翼さんですよ。あの子自身が、焼き芋を食べたいから負けたくないという執念で生命力を無意識に使用しているのです。草に生命力を流し込めば相当な強度になりますからね。一瞬で才華さんの草が千切れたのもそれが原因です」
(なにそれ……)
正直理解したくないことを言われて神奈は困惑している。
何者かの陰謀だとかそういうことではなく、ただ焼き芋が食べたい一心で死にかけているなど理解も納得もしたくない。
頭を悩ませている間も現実は容赦なく進んでいく。八人から四人に減った参加者のうち、笑里と色翼、神奈と余った大人の女性で草相撲を行うことになる。
神奈の方は瞬殺だった。先程の色翼が行っていた生命力を草に流し込む技術、それを魔力でやってみれば出来たのだ。強度は草どころではなくなって、ナイフなどでも切れない程の強度になる。
「次はお前が相手か。焼き芋は渡さねえ!」
「こっちの台詞だよ。焼き芋は私が食べる!」
色翼と笑里が向き合って互いの草を絡ませ――そのとき神奈はおかしなことに気付く。先程まで痩せていたはずの色翼の体が少し戻っているのだ。
「腕輪、気のせいかあいつの体型少し戻ってないか?」
「あれを見てください。どうやら山菜を食べたようです」
色翼の近くにある木の根付近にある竹籠にはさっきまで大量の山菜が入っていた。しかしそれもすでに影も形もなくなっている。どこにいったのかといえば色翼の胃の中だろう。
「もっとも山菜程度では完全回復まで不十分。生命力の回復は三割程度といったところでしょう」
山菜は米などのように胃に溜まるものではない。カロリーも相当低いので完全回復するはずもない。生命力回復には睡眠と食事休憩が必要で、エネルギー量が多ければ多い程回復するのだ。色翼の消費の方が激しいために一戦目と同じになるのを神奈は容易に想像できる。
勝負の決着は一瞬だ。また一戦目と同じように色翼の草は生き残った。
「あー、負けちゃった……」
「全部俺のものだぜ……ひゃっふー」
笑里に勝利した色翼の体はまた元に戻る。
覇気のない喜びの声を上げる色翼は近くの木の根付近にある竹籠に視線を移して、もう何も入っていないことに気付くと絶望的な顔をする。それでもまだ諦めず、周囲に食べられる物があるか探し――ある物が色翼の目に入る。
色翼の視界に入ったのは用意された景品だ。色翼は「焼き芋……」と呟きながら、ゾンビのような足取りで袋の上に山のように積まれている焼き芋へと近付いていく。
様子のおかしい色翼を見て三佐は不思議そうな顔をするが、すぐにギョッと目を剥く。
「焼き芋おおおお!」
突然、色翼が景品である焼き芋にがっつき始めた。物凄い勢いでバクバクと食べていき一個二個と食べ終わっていく。
エネルギーを補給したことによって色翼の体は元に戻っていった。
「ちょっ君、何をしているんだ!」
「ぐうう! もっとだ、もっと食べさせろおお!」
「何この子怖い!」
無理やり三佐が引き離すも色翼の食欲は収まらない。じたばたと暴れて再び焼き芋の元へと行こうとしている。
そこで神奈が「三佐さん」と呼びかけた。
「景品はいいですよ、気にしないでください」
「しかしそれではルールが……」
「袋一つにどれだけ入っていたのか知りませんけど、まだ相当量があるでしょ? 元より一年分なんて一人じゃ食べきれないだろうし構いませんよ」
「そうだ! それに俺が二回勝ったんだから六割くらいは食べる権利あるだろ!」
「いやそんな権利ねえよ! フォローを台無しにすんな!」
三佐が暴れなくなった色翼を一度離してから両肩を掴み、座り込んで視線を合わせる。目前に三佐の顔が来たことにより色翼をほんの僅かに怯む。
「色翼君だったね。君は間違っている。ルールを破るのは結構簡単なことかもしれない……でも決められたルールを守って何かを達成した方が気持ちいいと思うよ」
「……分かった。ちゃんと守る」
「うん、ありがとう」
両肩を放して三佐は「さあ二人共、勝負の時間だよ」と笑みを浮かべて言う。
解放された色翼は少し申し訳なさそうな顔をして神奈に近付き、ただ一言「ごめん」とだけ謝った。しっかりとした謝罪の気持ちを感じ取った神奈は「いいよ」とだけ返す。
互いに草を交差させて草相撲の準備を始める。真剣な表情で自分の草を見つめている二人は極限まで集中力を高めている。
「二人共、今回は合図を出すよ。レディーゴー!」
「早いよ!」
開始の合図と共に両者草を引っ張り始めた。
生命力で強化されている草と魔力で強化されている草。二本の草はほぼ互角といっていい戦いをしている。それは込められているエネルギーがほとんど同じだということに他ならない。
神奈の魔力は脅威的なエネルギー量であるが、その全てを草へ流し込んでいるわけではない。そんなことをすれば〈超魔激烈拳〉を発動したときのように神奈自身が長くは持たない。だから草に流し込んでいる魔力は少量のみだ。
拮抗したエネルギーが二人の戦いを長引かせてしまう。早々に決着をつけたい神奈としては悪い展開で、色翼の体が痩せてきているのを見て焦りが出る。
(引っ張り合っても千切れない、このままじゃ埒が明かない。終わらせるために私から動く!)
神奈は右に走り出す。その動きに驚きつつ色翼も付いて行かざるをえない。
なんとか動きを変えて草に対する負荷を多くかけようとした神奈だが、色翼の食への執念を甘く見すぎていた。
「焼き芋を食べるのは俺だあああ!」
走っていた神奈の体が魔法なしで宙に浮く。
色翼は引っ張られるのをマズいと感じて、逆に草を引っ張って柔道の背負い投げのように神奈を投げ飛ばしたのだ。
投げられるなどあまりに想定外すぎて神奈は「んなっ!?」と驚き、一度左手から草を放してしまうがすぐに掴み直す。だが「うおおおお!」と雄叫びを上げる色翼がジャイアントスイングのように回転し、神奈の体は地面につくことなく色翼の周囲を回り続ける。
もはや草相撲の域を超えたナニカ。三佐もツアー客も目を丸くして驚き続けていた。
「調子に、乗んな! 〈フライ〉!」
飛行魔法によって神奈は停止して、その体を地面へと戻す。
一度地面へと体を下ろしたのは一般人に魔法を隠すためである。魔法が明るみに出てしまえばそれだけで人間の価値観が変化してしまう。もちろん世界中に魔法使いはいるのだが、その者自身が、国が、超常の力の情報漏れを防いでいるのだ。……もっとも身体能力を隠そうともしない輩は存在しているが。
「特別サービスだ、空を飛ばせてやるよ」
軽くジャンプした神奈はロケットのように空へ跳ぶ――体勢を崩した色翼も一緒に。
思いっきり上に引っ張り上げられたというのに草はまだ切れない。色翼は骨が浮き出ている程痩せているが勝負を諦める顔ではない。
白い雲と並んだ神奈達は重力に従い落ちていく。
死への恐怖を感じることなく色翼は勝負に集中している。空中であまり細かい動きがとれないにもかかわらず、神奈の両胸に両足をつけて足場として、体のバランスを安定させながら力一杯引っ張れる体勢となる。
「……もう一回特別サービスだ。安全性一切無視のジェットコースター、料金は無料だから安心しろよ」
神奈はそう告げると、いきなり高速回転して色翼の両足をなんとか胸から退かす。そして予測不可能なめちゃくちゃな動きで飛び回った。
幸いなことに高い位置なので一般人には見えない。というか飛行速度が速すぎてどこを飛んでいようと見えない。
一度上昇してから降下したり、縦や横に大きく回ってみたり、星のマークを描いてみたり、そうして色々めちゃくちゃな軌道で飛び、最後に地面に一直線で下りていってスレスレで停止する。
二人は地面に足をつけて――色翼だけが草から手を放し白目を剥いて倒れた。
「私の勝ちだな、草切れてないけど」
三佐やツアー客は規格外な草相撲に混乱しつつも、笑里の「神奈ちゃんはすっごいなあ!」という声で神奈の勝利を徐々に受け入れ始める。
「……ゆ、優勝は……お嬢ちゃんに決まった! 焼き芋をプレゼントおお!」
「神奈ちゃんがやってくれたよ才華ちゃん! これで焼き芋を食べられるんだあ!」
「え、ええ……これもう草相撲じゃないでしょ」
焼き芋が入っている大きな袋を三佐がどんどん持って来る。最終的に十袋も用意されたそれを見て神奈は「持って帰れなくね……?」と呟いた。
「約束通りの一年分。遠慮なく持って帰ってくれ」
一袋に三十個以上も入っているのに女子小学生が持って帰れるはずがない。いや性別とか年齢関係なしに持って帰れない。人間の手は二個しかないのだ。
そこで少し考えた神奈は嬉しそうにしている笑里の元に行き、ある提案を持ちかける。
「なあ笑里、これもうみんなで食べない? いくら私でもあれ全部持って帰るの無理だよ」
「いいよ」
「まあ気持ちは分かる。せっかく独り占めできるのに……あれ、いいの?」
「いいよ、だってみんなで食べた方が美味しいもんね」
嬉しそうな笑みを崩さずに笑里は答えた。予想外に肯定された神奈は一瞬驚くも、笑里らしいといえばらしいかもと思いふっと笑った。
振り返って神奈は三佐へ「いいですよね?」と問いかける。別に断る理由もない三佐は頷いて賛同してくれた。
「みなさーん! お腹も空いてきた頃合いだと思いますので、焼き芋をお好きなだけお食べくださーい! 優勝した子からのプレゼントですよー!」
三佐からツアー客全員に伝えられ、遠慮気味だったがツアー客が焼き芋の袋へと近付いていく。気絶から覚めた色翼もフラフラの状態で焼き芋の元へ歩み寄った。神奈達も袋に向かって歩き焼き芋を手に取る。
作られてから時間が経っているため冷めているが、実は少し冷めていた方が甘味が増して美味しくなる。全員で一斉に齧りつけば、その美味しさに全員が満足そうな顔になった。
「ふぉいふぃいふぇ、ふぁんふぁふぁん」
「笑里、喋るか食べるかどっちかにしような」
口に含んだ黄金色の芋を笑里はよく噛んで飲み込み、もう一口齧る。
(食べる方に集中するんだ……)
神奈と才華は胸中でつっこんで、自分達ももっと食べようと手元にある焼き芋を食べ進めた。
来月、2・6章 神谷神奈とクリスマス
割り込み投稿予定。
 




